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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
連続××事件でお別れです―Mystery for you
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10-7 日向、首斬りをする

 六時間目の予鈴が鳴っている。

 逃げるように去っていった衣田乃々。その後ろ姿を見送りながら、ショックを受けたようにカナがつぶやく。

「乃々が、あんなことするなんて」

 日向は首の後ろに手をやる。

「手芸部か演劇部に恨みでもあるのかな?」

「『お姉ちゃんは関係ない』って言ってたけど……」

 カナはいまだに信じられないという表情をしている。

 だが、『チョッキーを持ち去ったのは、私です』――とたった今、彼女は告白したのだ。そのことは否定の仕様もない。


「あ……」

 背後でかさりと音がした。足元にポスターが落ちている。『三食バランスよく食べよう』。家庭科室の掲示板に貼られていたものだ。

 四隅のテープを貼り直していたカナが、ふと動きを止める。

「変なこと、思い出しちゃった」

「うん?」

「昨日、家に送ってもらって降りるとき、乃々がトランクから箱を出してくれたのね」

「カナさんのサツマイモが入った方の?」

「うん。後から気づいたんだけど」


 カナはセミロングの髪を撫でつけながら、

「箱の蓋を(、、)閉じていた(、、、、、)ガムテープ(、、、、、)()剥がれてたの(、、、、、、)。梱包してくれた直後は、ふうがしてあったんだけど」

「――それ本当? 中身が変わっていたりは?」

「最初に分けた通りよ。サツマイモが八本」

 人が変わったように食いついてきた日向に、カナは気軽に答える。

「日向くん?」

 授業始まるよ、と呼びかけられたが、それどころじゃなかった。

 今まで見聞きした情報が、頭の中で、めまぐるしく旋回せんかいしている。授業はじまるよっ、とカナに背中を押されたり、すねを蹴られた気がするが、身動きひとつできなかった。





「ん……やっぱり熱っぽいかも」

「でしょ? いつにも増して普通じゃないもん。白目むいてたし」


 遠くに聞こえていた声が、ぐっと近くなった感覚。


「――日向?」


 目の前に雷宮光の顔があった。額をぴたりとくっ付けられている。


「っ!? はぅわあああっ!」

 日向は椅子ごと後ろにひっくり返った。

「な、な、なに、なんですかいきなり」

 ドギマギしている日向を、やっと現実(こっち)に戻ってきた、と野巻アカネが面白げにコメントした。光に手を引かれて、作業台の椅子に座り直す。

 ここは――家庭科準備室か。


「家庭科室の前に座り込んでたんだよ、石像みたいに。殴っても蹴っても動かないって、カナちゃんが。アタシと光に抱えられたの覚えてない?」

「……覚えてません」

「すごいね。人間ってこんなに集中できるものなんだ」

 アカネは純粋に感動したようだ。

「その集中力を勉学に向けられたらな」

 と、お決まりの皮肉をぶつけられ、光に頬を撫でられる。


「だいじょうぶ? 少し熱っぽいみたいだけど」

 冷たい手が心地よくて気持ち良い。

「さすが恋人同士だわよね。額コツンで熱を測るなんてラブいわ~。ああ、ドキドキした」

「別に。この方法が一番分かりやすいし、道場の門弟たちにもやってるぞ」

「男女関係なく?」

「苦手な奴じゃなければ」

「止めたほうがいいって。光はそういうところが無防備なんだよ。ねえ、水無月くん?」

 同意を求められたが、日向の興味は、作業台に並べられたものに引かれていた。


「チョッキーの代わりよ。家の物置をひっくり返して、探してきたの」

 お下げの女の子や、指をしゃぶった赤ちゃん等々、眺めているだけで賑やかな会話が聞こえてきそうだ。

「新品で探した方が手っ取り早いんじゃないか」

「駄目よ。チョッキーは、“遊び飽きた子供に捨てられた人形”って設定だからさ。使い古した感がないと。光は家にないの? お人形」

「私は人形より、動物派だから」

「中学生までクマちゃん抱いて寝てたもんね。かわい」

「悪いか」

 アカネが、ふぅと悩まし気な息を吐く。 

「乃維ちゃんもね、最後まで力になりたいって、人形を探してくれてるんだ。――水無月君はどれが良いと思う?」

「う~ん……それぞれ印象が違いますね」

「素材が違うからね。これは布製だけど」


 アカネはお下げの人形を片腕に抱いて、「こっちのは塩ビ製だし」と赤ちゃん人形も一緒に抱く。

 お下げの人形を、はい、と手渡された。

 綿がぎっちり詰められているのか、見た目の印象より、固くてしっかりした感触だ。

「その子はアンジェリーナだよ。気に入った……水無月くん?」

 アカネの問いかけを無視して、日向は家庭科室の方へ消える。

 一分もたたずに戻ってくると、その手には包丁が握られていた。銃刀法違反である。


「ちょっ、なにする気……?」

 慌ててアカネが呼び止める。

「大丈夫です」

 言葉とは裏腹に、ぬらりと包丁を振り上げると、『アンジェリーナ』の首を斬りにかかった。

「うぎゃあああーっ!! 何してくれとんじゃワレっ!」

「ふぅ、ダメだ」

 どこか催眠術めいた動作を中断して日向がぼやく。

「これ、すっげえ斬りにくいですね」

「――そりゃそうだ。料理用(、、、)包丁なんだから。塩ビ製のなら、まだマシかな」

 違う人形に視線をやった光に、アカネが叫ぶ。

「これ以上は許さないよっ! 水無月君って、そんな過激派だっけ!?」


 首を切断し終えた日向は、切り口を注視していた。

 布がほつれて綿がはみ出している。

 作業台の隅で、人形用のベッドに寝かされたチョッキーの胴体――その切り口に一致する。


「野巻先輩」

「な、なによ。実は僕が犯人でした、とか言い出すんじゃないでしょうね?」

「首斬りされたチョッキーを見つけたとき、人形をベッドに寝かせていましたね。そのとき、妙なことを言ってませんでしたか」


『ベッドに収まるようになっちゃって。痛々しいわね、チョッキー』


「……ああ、うん」アカネは眼鏡の赤フレームを触りながら頷く。「試作段階で寝かせたときは、足先が数センチはみ出していたのよ。チョッキー用に作ったベッドじゃないから仕方がないんだけど。それが収まるようになっていたから」

「収まるようになったら駄目なんじゃないですか?」

「は?」

 だって、と日向は切り離したアンジェリーナの頭部と胴体をピタリと合わせる。

「――ほら。人形の身長が縮まったわけじゃないでしょ」

 綿がはみ出した分、むしろ縦長になったようにさえ感じる。


「ベッドから足がはみ出ていたチョッキーが、首斬り(、、、)された後(、、、、)収まるように(、、、、、、)なった(、、、)というのは変ですよね」


「た、たしかに……」

 慄然りつぜんとして、アカネが呟く。

「でも、どういうこと……? なんでそうなっちゃったのかしら」

 日向は人形の胴体をじっくりと観察する。

「首の他に、傷つけられた箇所はなさそうです」

「うん。頭の方も無事だったと思うけど」

「――だとしたら、可能性はこれしかない。

 人形の首は、少なくとも二か所切断された(・・・・・・・・)んです。そして、切り取った一部を持ち去られた」

 


挿絵(By みてみん)



「マジで!? やけに縮んだような気がしたけど、実際に短くなっていたなんて……」

「そうでないと、チョッキーの身長が低くなっていたことに説明がつきませんから。周辺に布や綿は落ちていなかったので、首の一部は持ち去られたんだと」

「持ち去った? 何のために?」

 アカネがしきりに首をひねる。

「わかりません……けど」

 日向は静かにかぶりを振った後、ついと顔を上げる。

「手芸部って、衣田先輩と縫野さん二人だけですか」

「そうそう。今年から縫野ちゃん一人になっちゃうからピンチよね。我が演劇部も総勢五名だけど」

「野巻が抜けたら四人だろう」

 手持ち無沙汰だったのか、糸くずを片づけていた光がツッコむ。


「――じゃあ、昨日、チョッキーを発見した現場には、演劇部と手芸部の全員が集合していたんですね」

「昨日はチョッキーの完成お披露目会だったのよ。アタシと乃維ちゃんはゲスト扱いで、準備が整った段階で、部員が呼びに来てくれたんだけど」

 そこでアカネは、いかにも演劇っぽく大げさにもだえた。

「すっごく良い出来だったのに! 高校最後の製作だからって、乃維ちゃんが張り切ってね。イギリスから輸入したアイボタン(ぬいぐるみ用の目)を使ってくれたのよ!」

「そんな貴重なものを使ってたのか。あの人形に」

 もったいない、と光が小さくつぶやく。

「頭さえ無事なら修復できたのに。――はっ、まさか!」

 興奮したようにアカネがまくしたてる。

「貴重なボタン目当てで、誰かが泥棒したんじゃ!?」

「だとしたら、犯人は相当な手芸マニアだな」

 光が冷めた声で言う。


 頭部を持ち去った犯人は、衣田乃々である。

 秘密にして、と懇願されたばかりなので、この場で明かすのはさすがに躊躇ためらわれた。

 いや、正確には、『明日まで(、、、、)秘密にして』と頼まれたのだ。

 何故、明日までなのか。明日になったら何があるのだろう――?


「おい、また白目をむきかけているぞ」

 目の前で手をひらひらされる。日向は光の手をつかんで、

「園芸部は?」

「……え?」

「園芸部も、部員二人だけですか」

 光は目を大きくして瞬かせる。

「園芸部の元部長って、A組の恵庭だろ。二年生が一人しかいないってぼやいてたのを聞いたことあるけど」

「やっぱりそうですか。……天文部は四人だし」

「天文部といえば、今、演劇部(うち)の後輩たちと揉めてるのよね」

 アカネは細い眉を寄せて唇を尖らす。

「揉め事か?」

「ビデオカメラ争奪戦よ! 明日の本番と今日。舞台を撮影するために、演劇部が貸出予約をしていたんだけど。昨日になって、天文部が割り込みで借りて、まだ返却しないんだって。後輩から怒りのメール送られてきたもの」

 ビデオ――天文部の撮影で、天野川が持っていたハンディカムのことか。


「ビデオって台数少ないんですか?」

「放送部の備品が、カメラ四台とビデオ二台のみだから。前々から予約しておかないと、本当は借りれないんだからねっ! 天文部め~!」

「ご、ごめんなさい……」

 叱られてしまった。天文部じゃないのに。

 スマホのメール画面を開いていたアカネが、憤然ふんぜんと立ち上がる。

「ええいじれったい! アタシが直接、ビデオの交渉をしてくる!」

「野巻、だから、あまりしゃしゃり出るなと言ってるだろう」

「非常事態だからしょうがないじゃない!!」

 ドタバタという形容がぴったりな階段を下っていく足音。それが遠ざかるなり、光が話しかけてくる。


「――あのさ、日向」

「はい?」

「話があるんだけど」

 彼女にしてはめずらしく歯切れが悪い。

「もし、東京の大学の試験に受かっていたら、わたし……」

「え」

 猫のような双眸が彷徨さまよい揺れている。

 背景には窓を通じて、雪がまばらに残る中庭が広がっている。中庭が……


「――ちょっと、すみません」

 すっくと日向が立ち上がった。

「空野くんを探しにいかなきゃ。あと放送部にも」

「日向?………おい!」

 呼び止めたときには遅かった。

 家庭科準備室を飛び出した日向は、振りむきざまに伝言する。


「野巻先輩が帰ってきたら伝えておいてください! チョッキーは、きっと無事に戻ってくるからって!」

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