9-4 ハマる!―【B】の部屋
「わかっちゃったもんね!」
へっへっへ、と勿体ぶった笑いをする楓。
「チューリップの色は、赤、黄、青」
左から順に、花が植えられたプランターを指す。
「英訳すると、Red、Yellow、Blue。頭文字を並べると? はい、水無月兄」
「R、Y、B……。モニターの文字と同じだ!」
「そして、チューリップは色ごとに本数が異なっている。――つまり、入力すべきは〈チューリップの本数〉ってことだ!」
「スゲー!」
素直に感嘆する日向。
一方、陽太はしらーっとしている。
「そんなん直ぐ気づくだろ」
「そうなのか?」
「常識だよ」
もしかして、基礎的な発想なのか? この種のゲームを殆どしない日向にとっては、何もかもが斬新だ。ふいに背中を叩かれる。
「どいて、邪魔。えっと、赤が8本で」
小さな身体を屈ませて、カナがチューリップを数えている。行動が早い。
「ぼおっとしてないで、日向くんも数えてよ」
「……あ、うん」
右端の青いチューリップ(造花)を数える。
間近で見ると、花びらに水滴が付いていたりで、なかなか凝った造りをしている。が、お腹空いたな、と花より団子的なことを日向は考える。皆で分担し、あっという間に数え終わる。
「《赤》が8本で、《黄》が5本で、《青》が7本。――間違いないな?」
「間違いないと思う……けど」
「けど?」
入力ボタンに手をかけた楓に、アカネが言う。
「この〈2times〉って、さっきの入力モニターには無かったわよね」
「それ、私も気になってました」カナは唇に指を当てて、「〈2回まで入力OK〉ってことですかね?」
「大丈夫だよっ! 答えはもう明らかなんだから。2回も入力する必要ないって」
「待って」
Enterボタンが押される瞬間、陽太が声を張り上げる。
ジーンズのポケットから、鍵を取り出す。【B】の部屋を開けた鍵だ。
「ここに【BLUE】って書いてあるだろう」
持ち手に貼られたシールに表記された文字。
「それがどうしたよ。【青い部屋】の鍵ってことだろ?」
「【青】の部屋はここだけじゃない。もう一部屋ある」
「――あ!!」
陽太から鍵を奪った楓が飛び出していく。
玲於奈が愛想よく手を振ってくる。そんな彼女にデレっとすることも忘れず、もうひとつの青い部屋――【E】の鍵穴に、楓は鍵を挿し込んだ。
「開いたぞ!!」
はたして【E】の部屋には――
「ほら、やっぱり!」
誰かが置き忘れたかのように、中央に、プランター鉢がひとつ在った。《青》のチューリップが1本植わっている。
「……ほんとに在った。よく気づいたわね、陽太」
「常識だよ常識」
えへん、とカナに胸を張る陽太。「そうかぁ」と楓がうなる。
「これを見落とす可能性があるから、〈2回まで〉の入力が許されてるってわけだな」
「アタシたちは1回で済みそうね」
「よし、今度こそ正解だ!」
【B】の部屋に戻り、再び入力モニターと向き合う。
「もう一度確認するぞ? 赤8、黄5。青が、ここにあるのが7本と、向こうにあるのが1本とで、合わせて8だな」
メンバーたちは各々うなづく。ピッピッピッと電子音。しばしの沈黙の後――
ブッブー!
全身の力が抜けるような、効果音が響いた。
「不正解!? なんでー!?」
「落ち着いて、もう一度数えてみましょうよ」
アカネが提案し、この中でいちばん几帳面と思われるカナが数え直すが、
「――ダメ、やっぱり同じです」
ふるふると首を振る。
「もしかして」日向が言う。「別の部屋に、まだ何か在るんじゃ……? カレンダーの部屋とか」
クリアした【C】の部屋のことである。
「あそこにはチューリップなんて無かったぞ」
「出現条件をクリアしたら、新しいアイテムやイベントが発生するんじゃないかな。ほら、RPGみたいに」
もしそうだとしたら、プランターを運び入れるのは、玲於奈の役割だろうか。
「まあ、一応確認してみるか」
相変わらず素敵な笑みを向けてくる〈案内嬢〉の前を通り、【C】の部屋へ。
「無いじゃんか」
不満げに息を吐く楓。
楓が拘束されたシート、左右の壁に貼られたカレンダー……。何も変わっていない。
「今回の問題って、時間制限は無いんですかね?」
タイム計測器の電光掲示板を眺めながら、カナが呟く。
「――まだ決めていないの」
一同振り向く。玲於奈が戸口に立っていた。
「あなたたちの結果次第で、決めることになっているわ」悩ましげに手を頬にやって、「〈花の本数の問題〉ね。社長が心配してたわ。この問題にハマって、ゲームの制限時間をオーバーする可能性もあるって」
「はあ~!?」
制限時間をオーバーするとは、一体どんな難題なのか。
「難題かどうかは人によるわね。“閃き勝負”っていうか。――ごめんね、ヒントを出すのは禁止されてるの」
玲於奈は困ったように微笑み、健闘を祈るわ、と退場した。
「パパったら。どんな問題を考えたのかしら」
社長令嬢のアカネが溜め息を吐いて、腕時計を見る。
「――そういえば、光、遅いわね」
「もしかして」楓が視線をさ迷わす。
「あのことがバレたのかも……」
「何よ、あのことって。味方してあげるから、言ってみなさいよ」
「本当ですか?」気まずそうに頬を掻いて、「道場で師範代の着替えを覗いたこと」
最低、とカナが楓をにらむ一方、「覗けるのか?」と陽太が身を乗り出した。
「一回だけだよ、一回だけ! しかも一昨年のことだから! いつもは失敗するんだよ、脱ぐ前にかならず気付かれるんだ。……でも、あの日は、何故だか成功しちゃったんだよなぁ」
回想してニマリとする楓。
「それがどうして光が遅れていることと関係あるのよ」
「現場で証拠固めをしてるんじゃないかと……うぅ」ぶるっと身を震わせる。「アカネさんっ、オレの味方してくれるんですよね!?」
「いやーちょいキツイかなぁ。覗きはさすがにねぇ」
「そんなっ、お願いしますよ! うわっ!?」
カレンダーの壁に頭から突っ込む楓。
キャスター付きのパーテーションが押されて動き、何枚かのカレンダーが剥がれ落ちる。
「何すんだよーっ!!」
四つん這いで楓がわめく。
蹴った張本人――日向は悪気なさそうに、「足が滑った。わざとじゃないよ?」
「わざとだろうが!!」
「水無月くんも人を蹴ったりするんだね。貴重な瞬間を見たわ」
「なんだよっ、着替えを覗くくらい! そっちは、二人でお泊り旅行したくせに!!」
「えっ、そうなのー!?」
日向がぎくりとした表情になる。
光と温泉宿を訪れたことである。身内には秘密にしていたらしい。陽太が涙目で抗議する。
「ヒナタめーっ、光とエッチしたんじゃないだろうな!? 許さないぞ!」
「……お前もう帰れよ今すぐ頼むから」
「友達と行くって言ってたくせに。母さんに報告しなきゃ!」
「そうだ陽太、お前新しいゲーム欲しいって言ってたな。帰りに買ってあげようか?」
「ありゃ、そういえば――カナちゃんも彼氏できたんじゃなかったっけ」
「誰から聞いたんですか、それ?」
「アタシは何でも知ってるのよ。部活の先輩だっけ? やるわねーこの」
「たはは」
だらけた雰囲気のなか、楓が当り散らす。
「なんだよっ、皆幸せですって顔をしやがって! オレなんか、バレンタインチョコ一個も貰えなかったんだぞ!」
「そうだったの? 教えてくれればあげたのに」
義理だけど、とハッキリ付け足すアカネ。
「――っ! 気晴らしに玲於奈さんを拝んでくるっ!」
「そういえば、玲於奈さん結婚するらしいよ」
「……マジかよ」
へなへなと楓が崩れ落ちる。報われない男である。
「結婚って、付き合ってた脚本家の人とですか」
「そうそう埜村さんと。結婚式の日取りも決まって、今、衣装合わせをしているんだって。玲於奈さんのウェディングドレス、素敵だろうなぁ」うっとりと手を合わせるアカネ。
「埜村さんもタキシード着るんですか。似合わなそうだな」
茶化した楓にアカネは首を振って、「堅苦しいのは嫌だからって、スーツの胸元に花を飾るだけだって。玲於奈さんは不満そうだったけど」
「……胸元に花」
「日向くん?」
真顔になった日向に、どうしたの、とカナが尋ねる。
それには答えず、日向は部屋を飛び出した。
横断歩道の定位置に、彼女が立っている。
漆黒のスーツを身にまとう、美貌の〈案内嬢〉。興奮した様子で走り寄ってきた日向に、素早くほほえむ。
「あら、どうかした?」
「Bの花」
玲於奈の胸ポケットを指す。
「それだったんですね……?」
優雅な笑みが消える。やがて赤い唇が開いた。
「驚いたわね。まさか本当に気づくなんて」
胸ポケットに挿していた、黒バラの造花を取り、日向に手渡す。
「一本だけ?」
「ええ。ボディチェックしてみる?」
「……信用します」
きびすを返し、そのまま【B】の部屋へ。
「おい、いきなりどうしたんだよ一体」
後を追ってきた面々たちが入ってくる。
「思い込みだよ」
振り返った日向は、チューリップが並んだプランターを順に眺める。
「赤、黄、青――の“信号色”。ここに来てから、その3色ばかり目にしていた。思い込みにハマってたんだ」玲於奈から譲り受けた黒バラの造花をかかげる。
「【B】はBlueじゃなく、【Black】の頭文字」
罠は二重に仕掛けてあった。
漆黒の暗幕、野巻氏と玲於奈のブラックスーツ――執拗なまでの【黒】。そのなかに、紛れるように在った、“黒バラの造花”。
「汚ねーっ! そんなん気づくわけないだろ。なんて引っかけだよ!」
楓が悪態を吐いたが、日向も全く同意見だった。意地が悪い。
「そうか。【B】がBlue、Blackのどちらかを確認するため、〈2回〉入力が必要だったんだな」
呟いた陽太が、モニターに数字を入力する。
先刻の答えを【B】は1、に修正して――
「よっしゃ!」
小気味よい正解音が響いた。
【next…】




