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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
階段下は××する場所であるーHow done it?
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1-1 ファーストバトル

水無月みなづきひゅうが君」


 彼女は嵐のようにやって来た。

 黒志山こくしやま高校一年D組。

 水無月日向(ひなた)は窓際の席でぼんやり外を眺めていた。グラウンドには、キャッチボールやバレーボールにきょうじる生徒がいたが、彼らを見ていたわけではない。空や雲を眺めるのが好きなのだ。どしゃ降りが続いた先週から一転して、今日は澄み渡るような快晴である。

 

「やっと見つけた――水無月ひゅうが君」


 りんとして響く声。高い位置で結ったポニーテール。女子にしては高い身長。昼休みの教室は騒然そうぜんとしていたが、それでも彼女は注目をあつめた。


「もしかして、僕ですか」


 天空の世界から現実に引き戻され、おずおずと返事する。『日向』を『ひゅうが』と読み間違えられるのはたまにあることだが。

 活発そうな少女は、外見のイメージに違わずぴしゃりとした口調で言い放つ。


「私は三年生の雷宮らいきゅうひかる。君に頼みがある」

「はあ」

「私と付き合ってほしい」

「はい?」

「よし! じゃあ放課後に迎えにくるから」


 嬉々として去っていく三年生の女子を、日向はあ然として見送った。

 その足取りは軽やかだったが、爆弾低気圧がおとずれる予兆のような、不穏さはぬぐえない。

 一体なんだったんだろう――?

 お弁当を食べていた女子グループのひとり、宮西みやにしカナが華奢な身を乗り出し、「日向くん」と怪訝けげんそうに声をかけてくる。


「今、告白されてたけど」

「告白? 今のが?」

「だよね」


 カナが友人らに同意を求めると、口をモグモグしながら揃って首を縦に振った。呆れ果てた様子で。


「ちょ、ちょっと待って。付き合って、ってそういうことなの?」


 今さら慌てはじめた日向に、カナは心底疲れたような溜息をついた。


「もぉ、日向くんぼおっとし過ぎ! 何度も同じ目に遭ってるのに学習しないんだから」

「あの人、女子剣道部の元部長でしょ。かっこいいよね、私、好き」

「美人だしね」

「武道の達人で、男子から鬼って呼ばれてるらしいよ」


 ガールズトークに似つかわしくない、鬼、という形容に日向は体をふるわせる。とんでもない存在に目を付けられてしまったものだ。なぜ自分ばかりがこんなめに。

 軽いパニックに陥りながらも、日向はカナに視線ですがりつく。


「カナさん、お願いが」

「今回ばかりは嫌っ!」


 幼馴染のよしみで、今までカナは日向が勢いに押されて受けてしまった告白の始末をしてきた。小さな身体で強引な女たちとも渡り合ってきた。そんな彼女が、つぶらな瞳を伏せ顔面蒼白(がんめんそうはく)でつぶやく。

 

「あの人、女子にも容赦ないっていうし。一度受けたものを断ったら何をされるか」

「う、嘘だろ……」


 日向の思考はそこで停止した。


「水無月くん、また白目むいてる」

「ほんと見た目は最高なのに、中身がイマイチね」

「止めてあげて」


 日向を遠巻きに観察して、好き勝手に言う友人たちを、カナはたしなめる。

 幼馴染の彼女は少なくとも周りの友人たちより水無月日向という少年を理解している。彼が抱える厄介なトラウマも――。



 *



「ぬわにぃー! 水無月日向に告白しただと!」


 ところ変わって、三年A組。

 五時限目と六時限目のあいだの休み時間。受験用テキストにかじりつく生徒、生き疲れたように机に突っ伏す生徒、狂ったように筋トレをする生徒。この時期の受験生の教室はわりとカオスである。

 赤フレーム眼鏡を落としそうな勢いで迫ってきた友人に、光はそっけなく「ああ」と答える。


「なんだ、野巻(のまき)の知り合いだったのか。先に聞いておけばよかった。名前を調べるの大変だったんだ」


 野巻アカネは、いつになく機嫌良さそうな親友の机を倫理のテキストで叩く。明るい髪色が特徴的な彼女は頬杖をついて、しみじみと呟いた。


「光があのタイプに落ちるとはねぇ」

「なんだよそれ」

「女子人気の高い、元剣道部部長サマが、よ。王子様系の美少年が趣味とは意外過ぎるでしょ。しかも二学年下だよ」


 いいの? と鼻先に指を突きつけられる。光はそれを退けて、


「野巻と水無月ひゅうが君はどういう知り合いなんだ」

「『ひゅうが』じゃなくて、『ひなた』ね」

「ああ、そう読むんだ。でも、ひゅうがの方が剣豪(けんごう)っぽくて好きだな私は」

「まあ、振りかえれば四月。入学式で目を付けて、我が演劇部に速攻スカウトしたわよ」

「演劇部に?」


 アカネは演劇部の部長である。

 つねに部が人員不足に悩まされているのが功をそうしたのか、はたまた生まれ持っての才能か、老若男女の役をこなせるマルチプレイヤーらしい。


「だって、あの美少年ぶりでしょ。王子様役やらせたら、どれだけ集客できるかって話でしょ!」

「で、入ったのか」

「だったらいいんだけどね。断られちゃったのよぉ、自分にそういうのは向いてないからって。今はバスケ部らしいけど。でも、光と合うかな? あの子変わってるっていうか。そもそも――」


 アカネは光の教科書を机に戻して、もったいぶった含み笑いをすると、面白そうに告げた。


「女性恐怖症らしいよ」



 放課後の、ふたたび一年D組。

 光は教室を覗いてみるが、日向の姿はすでになかった。ひとつの机に向かい合いお喋りにふけっていた女子二人が、光に気づいて緊張した面持ちになる。光は微笑んで、


「水無月君は?」

「……部活にいきました。バスケ部です」

「なるほど。ありがとう」


 おずおずと答えた女子に手を振って廊下に出る。方向転換したところで――


「あ、光先輩」


 道着姿の女子と出くわした。女子剣道部、新部長の夏見なつみ香織かおり。童顔で二つに括った髪型は幼い印象だが、入部当時から剣の腕は飛びぬけていて、男子剣道部の部員も負かすほどだ。


「どうした。部活前に三年生棟まで来るなんて」

「いえ、あの」

「何か相談でもあったか」

「相談、というほどでは」


 歯切れが悪い。光は後輩を探るように見つめる。

 光の引退後、香織は満場一致で新部長に就任したが、いまだ慣れないのかオドオドした様子が気にかかっていた。


「ごめんなさい。やっぱ、なんでもないです」


 会釈えしゃくして、光の脇を通り抜けていく。

 肩にかけた防具袋と竹刀がひどく重そうにみえた。部長職は大変だろうが、己の力で乗り切ってもらわねばならない。

 あとで剣道部に顔を出そう。光は小さく嘆息すると、ふと思いついて、体育館に寄り道してみた。


 体育館は、部員たちの活気に満ちた声とボールの弾む音とが響いている。

 真ん中をネットで仕切って、手前にバレーボール部、奥は男子バスケット部が陣取っている。光の視力はかなり良い。入口にいながら目的の人物がどこで何をしているか、すぐ発見することができた。


 水無月日向はシュート練習をしている。

 Tシャツにハーフパンツ。汗ばんだ肌にシャツが張り付き微かに透けている。制服姿しか見たことがなかったが、美少年は運動着姿も爽やかだ。

 思わず頬が緩みかけたが、次の瞬間、その期待を減速させることが起こった。

 レイアップシュートしようとしたところ、転がってきたボールを避けきれず日向が「うぎゃ!」とマヌケな叫びとともに転倒したのである。


「む?」


 人には生まれ持った運動神経の良し悪しがある。

 それが彼の場合どう贔屓目ひいきめに見ても、“良い”とはいえなかった。走る、飛ぶ――大体の動作でわかってしまうものだ。


「むむむ?」


 光は首をかしげつつ体育館を後にした。





 今日も今日とて自主練を命じられてしまった。

 中学からバスケ部に所属していたのに、高校から入部した初心者に負けそうになっている。おのれのセンスのなさを恨みつつ、日向が孤独にドリブル練習をしていると――


「水無月くん」

「ひぃっ!」


 視界の端で、制服のスカートがひらりと揺らめいた。驚いた日向はボールを滑り落とす。光はそれを拾って、ワンバウンドでパスしてきた。距離感も強さも的確で、日向の手にしっかり収まる。


「放課後に、って言ったじゃない。待ってたんだけど?」


 帰宅しかけていた部員らが「これから何が起こるのか」と興味津々な視線を向けてきたが、光がひと睨みすると、クモの子を散らすようにいなくなった。他に誰もいなくなった広い体育館で、ふたりは対峙たいじした。

 光は他人との距離をあまり気にしないのか、ぐいっと寄ってこられて、日向はたじろぐ。弱ったように首の後ろを掻いて、お決まりのセリフを言った。


「雷宮先輩。すみません。僕、告白はお断りすることにしているんです」

「じゃあ、どんな告白だったらいい?」

「どんなって……」


 初っぱなから通じ合えない。日向が困っていると、光はにっこり笑みを浮かべながら、おもむろに腕を掴んできた。


「女子が苦手なんだって?」

「っ! 近いですって」


 もう一方の腕を掴もうとする光から、日向は必死で逃れる。額には脂汗が流れていた。


「とにかく無理なんですっ、ごめんなさい!」


 後ずさりして頭を下げる。言った。はっきり断ったぞ。

 うつむいた視界で、紺のハイソックスの脚が微動だにせず佇んでいるのが見えた。諦めてくれたのか。ふと光を見上げると、しんみりとした表情をしていた。


「女性恐怖症って本当だったんだな――でも、大丈夫。私が治してあげる」

「治す?」


 日向は戦慄した。

 まったく予想だにしない言葉が返ってきたからだ。光は慈悲深くほほ笑む。


「女性恐怖症を克服するには、女性経験を積みまくるのが一番。この私が、君のために一肌脱ごうじゃないか。どう?」


 再び詰め寄ってくる光は妖しい目つきをしている。


「じゃあ、手始めにキスでも――」


 細い指で顎をすくわれて顔を近づけられた。うなじがぞわっと粟立つ。


「う、うう、うわああっ!」


 尋常じゃない量の汗を吹き出しながら、日向は勇気と力を振りしぼって、キスを回避した。そのまま猛ダッシュで走り去る。


「ふうん。逃げ足は速いようだな」


 そして、この出来事は、もとより好戦的な光をあおることになったのである。

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