表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
脱出ゲームで××なご褒美あります―Where's the Key?
58/162

9-1 それぞれのプロローグ

【NONモール・イベント情報】



『交差点からの脱出』――“The SIX rooms”


平和な休日。

ふらりと寄ったショッピングモール。


「ここは――?」


迷い込んだのは、“日常”から“非日常”へいざなう扉の前。


扉の先には、あか、あお、き――。

信号の3色にいろどられた“6つの部屋”。

絶望的にふさがる壁。各部屋に仕掛けられた罠。


あなたは『6つの部屋』を縦横無尽じゅうおうむじんして謎を解き、

“悪夢の交差点”から無事に脱出することができるだろうか!?


Coming soon!!!


※ホール型。1チーム6人のゲームです。

プレイの制限時間  分。





蹲踞そんきょのとき、ふらつくな」

 たよりない腰を、竹刀しないの先で押さえつけられる。

 しゃがんだ姿勢の少女は、顔だけ後ろを向いて笑った。

ひかるさん。あいかわらず厳しい」

「――あのな。いくら型が綺麗にできたって、蹲踞で減点になることもあるんだぞ」

「はい」

 素直な返事。

 少女は、師範役の雷宮(らいきゅう)光を小動物めいた目で見上げる。

 稽古後の個人練習中につき、他に門人はいない。

「……光さん。道場()めちゃうんですか?」

「辞めはしないよ」

 手ぬぐいをかぶった頭をさらりと撫でる。

「しばらく休ませてもらうだけ。落ち着いたら戻ってくるから」


 本当は、辞めるつもりだった。

 最近は塾のせいで休みがちだったし、無事大学に受かっても、それからの生活環境は未知数だ。これまでどおりに通えるかは分からない。

 道場主にそう伝えたが、『何も辞めなくても』とやんわり拒否された。幼い頃から指導してくれている師範だけに、無理は言えない。


「ところで、今日、空野そらのは? 稽古で見かけなかったけど」

ふうくんなら、イベントモニターの仕事があるから休みだって」

「……」

 アイツめ。

 お調子者の後輩を思い浮かべ、光は道着の腕を組んだ。

「あ、若先生」

 少女の視線の先、道場の戸口に、田雲たぐも政宗まさむねがいた。

 道場主のご息子だ。柔和にゅうわな表情を浮かべながら、歩みよってくる。

「練習中に悪いね」

「……なんだよ」

 ろくに指導もしないのに、“若先生”とは良いご身分だ。そんなことを思いながら、光は、猫のような瞳で田雲を睨む。

「終わったらちょっといいかな。しばらく道場に来ないんだろ? 忘れ物を渡しておきたくて」

「忘れ物?」

 あからさまに嫌そうにする光に近づいてきて、ささやく。

「僕の部屋に忘れた君の、だよ」

「…………」

 眉を寄せた光は、あきらめたように息を吐く。そして、

「わかった。着替えてから行く」

 ぽかんとして見上げてくる少女に、「またな」と優しく微笑んだ。





 円状に空いた吹き抜けは、まるで未来都市のよう。


 ふだんから人混みは避けて生きている。水無月みなづき日向ひなたは、階上から見下ろす光景にめまいがした。

 さすが休日のショッピングモール。すごい人混みだ。

「――なあ、光は?」

 エスカレーターの一段下から、パーカーの袖をひかれる。

 水無月陽太(ようた)が、日向とよく似た顔の、白い頬を膨らませている。

「光なら、道場に寄ってから来るって。さっき連絡あったよ」

「えーっ、光に会えると思ったから来たのに!」

 先頭にいる、野巻のまきアカネは、赤フレーム眼鏡の奥の目をぱちくりさせる。

「陽太くん、光のことが好きになったの? いつの間に!?」

「くそ、来て損した」

「こら陽太」

 たしなめたのは、兄の日向ではなく、幼馴染の宮西みやにしカナ。 

「……なんかコイツ、巨乳派から美乳派になったって宣言して」

 げんなりした表情で日向がいう。

「ちょっ、日向くんも! そういう解説いらないから!!」

 陽太の一段下にいるカナは、華奢な肩を落とす。「すみません野巻先輩。……私と陽太まで付いて来ちゃって、ほんとに良かったんですか?」

「むしろ大助かりよ。チーム戦だからね、人数が必要だったの」

 わざとらしくウインクすると、アカネは感心したように呟く。

「それにしても良いわね、光。兄弟から同時に好かれるって、ティーンズラブコミックの設定みたいじゃん!」

「……何の話ですかそれ」

 

 イベントモニターやらない――?

 その誘いを受けたのは、金曜日の放課後である。

 ショッピングモールのイベントとして開催予定の〈体感型・脱出ゲーム〉。正直、その手のゲームに興味はなかったが、一緒にいた光が「いいよ」と承諾してしまったため、半強制的に日向も参加することとなった。


「はあ」

 ひとり浮かない表情を浮かべているのは、最後尾の空野楓である。

「師範代、稽古に出たのか。最近来ないから、今日も休みだと思ったのにさ。これじゃあ、オレだけがサボったことに……」

「そんなに光のことが怖いの? 大丈夫よ、アタシが味方してあげるから」

「ほんとですか!?」

「そりゃそうよ。こちらが無理に誘ったんだから」

 グーにした手を挙げて、「まかせて」と胸を張るアカネ。

「よっしゃ! 脱出ゲーム、たのしみだなー!!」

 楓はからりと元気になる。

 この単純なところが、彼の長所であり短所である。


 4Fの《アミューズメントフロア》に到着し、激混みのゲームセンター、さらに、献血ルームを抜けていくと、

「――ここよ」

《イベントホール》と銘打たれた扉には、〈準備中〉の張り紙がされている。一般客には閉ざされているエリアに、アカネは悠々と入っていく。


「パパ、連れてきたわよ」


 薄暗い室内。

 まず、目に飛び込んできたのは、深夜の闇のような暗幕あんまく

 暗幕の黒にまぎれるように、ブラックスーツの男性が仁王立ちしていた。

「やあ、よく来てくれたね」

 しぶいバリトンの美声。

 パパ、と呼ばれた男――野巻清兵衛(せいべい)は朗らかな笑みで、一同を出迎えた。鼻の下のチョビ髭が印象的だ。

 “黒ひげ危機一発”を上品にしたらこうなるんじゃないか? そんな連想を日向はした。

「うちのパパ、イベント企画の会社を経営してるの。今回のゲームはね、パパが直々(じきじき)に企画したのよ」

「君たちのことをアカネから聞いてね。ぜひモニターになって欲しい、と私からお願いしたんだ」

 小さな目をまばたきして、カナが訊く。「イベントはいつから公開されるんですか?」

「一週間後だよ。プレイの制限時間を細かく設定していなくてね。

 君たちの出来次第で、決めようと思っているんだ。無事に脱出できたら、少しだけど賞品もあるよ」

「マジですか!!」

 目を輝かせたのは、楓と陽太だ。

「オレ、脱出ゲームけっこう得意なんですよ。スマホとかPCでよくやってるし!」

「おれも!」 

 野巻氏はわずかに表情を緩ませた。

 よく整えられたチョビ髭を触りながら、

「そういう人にぜひ試してもらいたいと思ったんだ。健闘を祈るよ。……ん?」モニターたちを見回す。「ひとり足りないね?」

「光よ、光。寄り道するから遅れるって。ここの場所は伝えてあるから、来たら入れてあげて」

 想定外の報告に、野巻氏は「うむ」とうなった。

「……まあ、なんとかなるだろう」

 暗幕の隙間に手を差し込み、左右に開く。

「さあ、どうぞ」

 シャーロックホームズの世界に登場しそうな、古めかしく洒落しゃれたドアが出現する。

 目を凝らして見ると、それは、板に描かれた“扉の絵”だった。本物かと見紛うほどに精巧せいこうだ。

 ドアノブ付近に、南京錠が付けられている。その箇所だけ妙に現実めいている。野巻氏が扉を開いた。


「『交差点からの脱出』にようこそ。――君たちのゴールはひとつ。扉の鍵を発見して、こちらに戻ってくることだ」


 交差点、だって……? 

 日向は首をひねる。ドアの隙間からは、交差点どころか、暗闇ばかりで何も見えない。


「よっしゃ!」「あ、おれが先だよ」

 黒ひげ社長に誘われるまま、勢い込んだ楓と陽太が入っていく。

 続いて、カナと日向が、最後にアカネが「いってきまーす」と手をひらひらしながら入る。


「君たちの柔軟な脳、そのひらめきに期待しているよ」


 美声が響き、扉が閉ざされる。

 わずかに入り込んでいた光が遮断され、必然的に、暗闇が訪れる。近くにいたカナが怯えたように腕を掴んできた。


 かちゃり、と――。

 闇のなか、南京錠の鍵がかけられる金属音が、容赦なく響いた。



 Game start!!

次話からいよいよゲーム開始です。

画像アリなので、データ重かったらすみません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ