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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
温泉宿で××事件発生です―How done it?
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7-8 おみやげはサブレで

「たぶん、紫藤さんが酔いつぶれたのは、演技だったんじゃないかと」

「演技だと?」

 落ち込んだ黒部がぎょろりと目をむく。

「酔いつぶれたのは偶然だ、とさっき言ってなかったか」

「それは、彼がただの被害者と仮定した場合です。〈奥の間〉に寝かされた彼は、湖多美さんと二人になる機会をうかがっていた。で、目的(、、)を果たす前か、果たした後――半纏をはおったのだと思います。その後、何者かにコケシで殴られた……」

 頭に描いたストーリーを語り終えると、日向は生唾をのみ込む。

 少しの間のあと、黒部が難しそうな顔でうなった。

「大まかな筋は納得できるが。コケシっていうのがな」

「やっぱり、引っかかるのはそこですよね」

 

 思案顔のまま日向がたずねる。

「〈雪の間〉の隣に、〈STAFF ONLY〉の部屋がありましたね」

「あれは事務室だよ。湖多美ユキは、そこの電話から午後8時20分に通報している」

「事件当時、事務室には誰もいなかったんでしょうか。不審な物音を聞いたとか」

 黒部は頬ジワをかき、気だるそうに肩をすくめる。

「残念ながらめぼしい目撃情報はなかったよ。この旅館、盛況してるわりに従業員が足りないらしくな。事務所にとどまってノンビリ仕事できる状況じゃないって。休憩時間以外はほぼ無人だとさ」

 仲居として働くユキもそんなことを言っていた気がする。

 改装されたばかりで新しく、和モダンで洒落た旅館の舞台裏は、外観ほど優雅でないようだ。


「あーっ!」

 突然、黒部が絶叫した。

 ポニーテールの毛先をいじっていた光が、耳をふさぐほどの大音響だった。食堂の奥にいた従業員らも、何事かと顔をのぞかせる。

「『紫藤が犯人』っていうなら、防犯カメラに映ってた〈長身痩躯の男〉はどうなるんだよ!? 紫藤の外見とは似ても似つかないぞ」

 興奮で小鼻をふくらます相手に、日向はあっさり答える。

「凶器を購入した人物=実行犯、とは限りません」

「ただのナイフじゃない、凶器のナイフを購入してんだぞ!」

「静かにしろ。皆見てる」

 いっこうに落ちない声のボリュームに、光が厳しく注意した。

「す、すまん」

 気まずそうに周囲を見渡した後、クールダウンの深呼吸をひとつ。


「だが、さすがに事件に無関係(、、、)ってことはないだろ?」

「それはそうです」

 日向は深く頷いて、

「共犯者か、もしくは協力者といった方がいいですかね。ちなみに、その人物が、防犯カメラに映っていたのは何時のことだったんですか」

 警察手帳を探った黒部はメモをチェックして、

「昨日の午後4時だ。チェックインしてからすぐだな」

 年寄りくさい溜息とともに、しぱしぱと目をこすった。

「ちょっと頭を整理してくるよ。いちおう忠告しておくが、今、話した内容は」

「わかっています。秘密にしておきますから」

 悪い顔でクギをさす黒部に、日向も悪ノリしてこたえる。

 何かあったら連絡してくれ、とテーブルに名刺を置き、中年警官は大儀たいぎそうに腰をあげた。





 梅ジャム、カッパまんじゅう、ウニふりかけ、かっぱクッキー……

 売店のお土産コーナーには、温泉街のマスコット・河童をモチーフにした商品が多く並べられている。

「まだ迷っているのか」

 すでに商品の清算を済ませたらしい、両手に紙袋を下げた光が寄ってくる。

「先輩は何を買ったんですか」

 ほら、と袋の中身を見せてくれる。何やら毒々しい緑色の粉末が詰まった瓶が十本程も並んでいた。

「わさびふりかけ。うちの家族、皆これが大好物だからさ」

 甘党の日向がちょっとたじろぐ光景だった。家族そろって辛党らしい。

「さっさと決めろよ」

「うーん」

 そういえば、空野(ふう)にも、お土産を買った方がいいだろうか。心配(?)して、何度か電話をかけてきたし。

『コレが人気!』とPOP広告が掲げられた特設コーナーで選ぶことにする。『人気ナンバー1』の看板が付いた〈湯けむりサブレ〉なる商品が、山積みにされていた。……これでいいか。商品写真を見るかぎり、煙の形をしている以外は何の特色もないサブレだが。


 お土産を無事に購入したふたりは、スリッパをぺたぺた鳴らしながら客室に戻る。

「荷物まとめておけよ。バスの出発は11時だから、まだ余裕あるけど」

 そろそろ旅も終わり――腕時計に視線を落とすと、午前10時。あと一時間足らずで、この旅館を出るのだ。

 ずいぶんと濃密な一泊二日だった気がする。

 事件のことが気にならないといえば嘘になるが、捜査は進められているようだし。ユキの叔母も心配だが、自分がここにいてできることは何もないし。

 ふと気づくと、光が猫のような瞳を寂しげに潤ませていた。


「どうかしました」

「……うん」

 日向をちらりと見上げて、

「もう少しで帰らなきゃだから、ふたりっきりが終わっちゃう、と思って」

「…………」

「――なんてな!」

「ふぐっ!?」

 両頬を左右にぎゅーっと引っ張られた。

「何の因果いんがか知らないけど、初恋の人に再会するし、変な警官には付きまとわれるし、お前は相変わらずの好奇心旺盛だし! ふたりっきりの時間なんてほとんど無かったけどな!?」

「ご、ごめんなひゃい」


 赤くなった頬をさすりながら、日向は申し訳なさそうに提案する。

「札幌駅に戻ったら、帰る前にどこか寄っていきませんか」

「いいよ。なんだか疲れてるし、まっすぐ帰りたい気分なんだ。結局、岩盤浴にも入れなかったし――最後に客室露天風呂に浸かっていこうかな」

 ベランダに続く障子窓が開け放たれると、心地よい冷気が入り込んでくる。雪の山肌を背景に、しなやかな身体を伸ばす光はくるりと振り向いて、

「一緒に入る?」

「……遠慮します」

 大浴場と違い、客室には脱衣所がない。

 部屋を出ようとすると、「ケータイ忘れるなよ」と注意される。はいはい。木造りの座卓に放っていたスマホをポケットにねじこむ。

 下敷きになっていたメッセージカードも、ついでに拾い上げた。


【お客様のお部屋は 湖多美 がお掃除させていただきました】


 思えば――このカードを発見してから、すべてが始まった気がする。〈湖多美ユキ〉が、この旅館にいることを察して(、、、)……


「――日向?」

 カードを持ったまま固まっている日向に、光が声をかける。

「何でもないです。外に出てます」

 ほとんど無意識のまま応答して、客室を出る。

 絨毯じゅうたん敷きの廊下に出ると、ガラガラと車輪が回る大きな音が響いていた。ランドリーカートを押している従業員の男性が、軽く会釈してきた。その顔に見覚えがある。


「あ、申し訳ありません、うるさいですね」

 いんぎんな態度で礼をする。いえ、と日向が笑顔で返すと、男性は日に焼けた顔に人懐こい表情を浮かべた。

「あなたは、たしかユキちゃんと一緒にいた」

 やっぱり。ユキと会話していたとき、手を振っていったクリーニング担当の男性だ。名前はたしか、黄田川といったか。

「小学校のときの友人同士です。旅館で働いていることを知らずに、偶然再会したんですけど」

「へえ。ユキちゃんにそんなお友達がいたんですねぇ」

 黄田川は目じりの皺を深くしたが、「では」と、きびきびした動きで去っていく。

 カートには、何枚ものシーツ類が重なって入れられていた。早い時間にチェックアウトした客室の清掃をしているのだろう。


「やっぱり、うるさいかな……?」

 なおも凝視してくる日向に、黄田川が振り返った。

「いえ、ぼおっとしてただけです。すみません」

「こちらこそ。このカート、普段使っていないものだから慣れなくて」

「いつも使っているカートはどうされたんですか」

「警察に押収おうしゅうされたんです」

 そこで、黄田川は従業員の顔とは違う、素の表情を見せる。

「血液がべっとりついたタオルが放り込まれていてね。事件現場の血を拭いたものかもしれない、って警察が。カートの底にも、血が染みついてしまっていて……ひどいもんでした」

 黄田川は眉間の皺を深くさせる。


「あんな事件が起こるなんてなぁ……ユキちゃんもかわいそうに」

「――タオルが放り込まれたのは、何時でしたか?」

 急に問いかけてきた日向に、初老の従業員はきょとんとして答える。

「午後8時10分です……いや、大浴場は岩盤浴もあって使用済みタオルががすぐ溜まっちゃうから、毎日決まった時間に集めることにしているんです。昨夜も、溜まったタオルをランドリーに運んで戻ってきたら、血染めのバスタオルがカートに放り込まれていたというわけで」

 無残な様子になったバスタオルとカートのことを思い出したのか、黄田川は悲しげに言葉を締めた。

「なにか?」

 張りつめた表情をしている日向を、黄田川が怪訝けげんそうにのぞいてくる。

「……いえ、何でもありません。ありがとうございました」


 客室に戻ると、光が荷物の整理をしていた。

「露天風呂に入るのは止めたよ。湯冷めして風邪ひいたら大変だしな」

 ついつい忘れそうになるが、彼女は受験生なのだ。

「廊下で誰と話してたんだ?」

 ちょっと、と言葉をにごし、日向は電話をかけた。相手はすぐ応答する。


「黒部さん、ひとつ教えてください」

「ん? 何かわかったのか」

「現場の血がついたタオルのことなんですが」

「なぜそれを知っている?」

「タオルで血が拭かれていたのは、〈雪の間〉のどこ(、、)でしたか」

「……土間だ。発見時、血液は拭き取られていたが、ルミノール反応が出ている。それが何だっていうんだ」

「何でもないです」

「おいっ!」

 一方的に会話を切り上げた日向は、重苦しい表情で光に告げる。


「先輩、申し訳ないんですけど。先に帰ってもらっていいですか。ちょっと用事ができてしまって」

「――事件のことだな?」

 すべてを察したように、光の目に鋭さが宿る。

「ダメだ。一緒に帰るぞ」

 畳に正座していた彼女はすっくと立ち上がって、仁王立ちした。

「これ以上深入りしてどうする。お前は警察でも探偵でも何でもない。事件に知り合いが関わっているからって、入り込む権利はないんだ」

「でも」

 口を挟もうとしたのを許さず、重い言葉を放たれる。


「いい加減にしろよ! もし、事件の真相にたどり着けたとしても、だ。お前は、その真相に責任が持てるのか。どういう結果になっても、それを受け入れることができるのか」

「……覚悟は、してます」

「お前の覚悟がどうとか、そんなのはどうでもいいんだよ。どうにもできないんだから、止めておけ、と言ってる」

 氷のような冷たい目に射られて、日向は怖気づきそうになる。

 光と出逢ってから、これほど厳しく責められたことはない。おそらく、彼女の言っていることは正しい。うつむいた日向は唇を噛みしめる。


「……たしかにそうかもしれません。僕は何もできない。僕だけじゃ」

 勢いよく顔を上げた日向は、光の腕を掴んだ。

「だったら、先輩も一緒に来てください!」

「っ!?」

 思いのほか強い表情をしている日向に驚き、光は抵抗を止める。

「ちょっと!?」

 そのまま客室を出て、絨毯敷きの廊下を転びそうになりながら走った。

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