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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
温泉宿で××事件発生です―How done it?
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7-3 ナイフとコケシの問題提起

【雪の間】

 ご家族や会社の集まりでもご使用いただける個室宴会場です。人数が多い場合は、奥の間も続きでご利用できます。会議やご法要など、幅広いニーズに対応いたします。(旅館リーフレットより)





 事件現場である〈雪の間〉には、捜査員たちが出入りしており重々しい空気が漂っていた。

 泊まり客や従業員らが遠巻きにそれを眺めている。

 見覚えのある一団がいた。観光バスを一緒に降りた老若男女が混じったグループだ。年代の近いもの同士で寄り添い、ひそひそと話している。


「おうい!」

 周りを観察していた日向は姿勢を正す。

 頬ジワの目立つお巡りさん――黒部が大股で駆け寄って来たからだ。

「君の知り合いの仲居さんは、『湖多美ユキ』さんだったね。年齢は十七歳」

「はい」

 再会してすぐ、こんなことになるなんて。日向は悲壮な表情でうなずく。

「被害者は彼女じゃないよ」

「はい……えっ?」

「被害者は、湖多美こたみ倫代みちよさん。四十三歳。湖多美ユキさんの叔母(、、)だ」

 困惑する日向に黒部がたんたんと伝えた。


 叔母さんが……。

 全身の力が抜けていくと同時に、ユキと交わした会話を思い返した。親戚の紹介で旅館で働いていると教えてくれた。その親戚というのが、叔母さんのことだったのかもしれない。


「ユキ姉ちゃん、ユキさんは今どこに?」

「別室で事情を聴いているよ。彼女は現場の第一発見者だ」

 第一発見者。ドラマや小説でしか聞かない言葉だ。現実感が付いてこない。

「湖多美さんの容体(ようだい)は?」

 日向の横で壁にもたれていた光が質問する。

「意識不明の重体だ。現場に落ちていたナイフで腹部を刺されたらしい」

「刺された……」

 めずらしく光が(おび)えた声音をもらす。

 殺人未遂事件。思いのほか事は重大なようだ。ナイフで刺された叔母を発見したユキは、今どんな心境なのだろう。


「〈奥の間〉に倒れていた男性も意識不明だし――まったく、温泉街交番に勤務して以来の大事件だ」

「男性? その人も刺されていたんですか?」

 黒部は糸のような目をいっそう細める。

「いや、彼はコケシ(、、、)で殴られていて……」

「ちょっと、黒部さん!」

 夕食時に訪ねてきた、若い警官が走り寄ってくる。

「何ペラペラ喋ってるんですか。身元確認済んだら、早く警備に戻ってださいよ」

「おう、白原しろはらくん、お疲れ様。身元確認まだ終わってないよ」

「威張ることじゃないでしょ、もう!」

 息巻きながら脇に抱えていたファイルを開く。


「二〇一号室に宿泊しているのは、ええと、代表者名は雷宮光さん、18歳と」

 白原と呼ばれた警官は光に眼差しをやってから、

「そちらの君は? 備考欄には『姉弟』ってあるけど」

 心なしかうろんな顔になる。

 やばい……!

 突然の窮地きゅうちに立たされた日向は反射的にうつむく。

 一方、光はむっすりと押し黙ったままでいる。嘘を吐くつもりはないが、すすんで話したくもない。そんなところか。

 万事休す。日向はぎゅっと拳を握る。『姉弟』ごっこはもうオシマイだ。


「ほんとは、僕たち姉弟じゃないんです……! ごめんなさい!」

「やっぱりね~。顔も全然似てないし、姉弟って雰囲気じゃないと思ったんだ」

 必死の覚悟で告げた日向に、黒部がなぜか嬉しそうにコメントする。

「僕たちまだ高校生で……僕が泊まり旅行したいっていったから、彼女が宿を取ってくれて……すべて僕の責任なんですっ」

「ばかっ、そんなことまで言わなくていいんだよっ」

 光に思いっきり背中をどつかれた。

 勢い良く日向は前につんのめる。光を守ったつもりなのに……なんだろうこの仕打ちは。


「あっははは!」

 黒部がついに大声で笑い出した。

「別にいいよ。事件には関係なさそうだし、旅館に告げ口もしないから」

「本当ですか!? よかったぁ」

 安堵あんどの表情を浮かべる日向の肩を、にやけ顔の黒部が小突いてくる。

「君、なかなか男気おとこぎあるねぇ。中学生みたいな顔してるくせに、この」

「子どもをからかうのは止めましょう、黒部さん」

 ごほんと白原が咳払いする。

「部屋に戻っていいですよ。外出はなるべく避けて欲しいけど、どうしても必要なときは、僕か黒部巡査長に連絡して。あと窓の施錠をしっかりね」

「窓?」

 首を傾げた日向に、白原が付け加える。

「発見時に〈奥の間〉の窓が開いていたから。犯人が逃走した可能性もあるということだ。周辺の警備はしているけど、警戒するに越したことはない」

「〈奥の間〉にも、男性が倒れていたんですよね」

「ん? ああ」

「コケシで殴られていたって……もしかして客室の床の間に飾ってあるコケシですか」

 白原がぐむっと唸って、おしゃべりな先輩巡査を睨む。

「いや。客室と同じものかまだ確認はしていないけど、〈雪の間〉の土間どまにあったコケシだ」

 土間。座敷にあがる前に、靴を脱ぐ場所か。

 そうこうしている間に、白原は捜査に戻ってしまう。かたや、お巡りさんの黒部はそう忙しくもないのか、「部屋まで送り届けようか」と申し出てきた。

「自分たちで戻れるから結構です」

 行こう、と光は日向の腕を引く。

 日向は白目をむいていた。


「――あのなあ」

 光は盛大な溜息を吐く。

「友達が心配なのはわかるけど、殺人事件未遂だぞ。水無月くんが考えたって、どうにかなることじゃないだろう」

 いままでの謎とは明らかに違う。警察関係者が動いている、これは本物の(、、、)事件(、、)なのだ。

「そうなんですけど、気になるんです――“凶器”が。〈雪の間〉ではナイフ、〈奥の間〉ではコケシ」



挿絵(By みてみん)




 日向は人さし指で唇をなぞる。

逆だったら(、、、、、)まだわかるんですよ。犯人の狙いは〈奥の間〉にいる男性だった。が、手前の〈雪の間〉に仲居さんがいたので、目的遂行のため土間のコケシで殴って昏倒させた後、本来の目的である男性をナイフで刺した」

 光が眉根をよせる。

「犯人の狙いが男性(、、)だったとは限らないんじゃないの。〈奥の間〉の窓は開いていたんだろ? 犯人は外から(、、、)侵入してきたのかもしれない。まず〈奥の間〉にいた男性をコケシで殴っておいて、〈雪の間〉にいる仲居さんを刺した」

 自分たちが考えてもどうにかなることじゃない、と言ったくせに具体的に意見する光。従順じゅうじゅんな様子で聞いていた日向はすぐに反論してきた。

「だったらなぜ、犯人は男性を殴るのに土間(、、)にあったコケシを使ったんでしょう? 外から侵入した犯人が、土間のコケシを手に入れるには〈雪の間〉を通過しないといけません。

 本来の標的(ターゲット)である仲居さんをやり過ごして、わざわざ土間にコケシを取りにいく意味って? そもそもそんなことが実際に可能かどうか」

「わかった、もういい」

 光がうんざりしたように会話を打ち切る。そして、今のやり取りを傍観していた黒部をキッと睨みつけた。


「――あ、お邪魔だった? いやぁ面白いこと考えるなって、つい聞き入っちゃったよ」

 変わった人だ。黒部さん、と日向が呼びかけると、ん? と相好そうごうをくずす。

「現場に落ちていたナイフのことなんですけど、刃が欠けていたりとか、破損していたようなことはありませんでしたか」

 黒部は尖った顎を撫でる。

「いや……そういう話は聞いてないな。なんで?」

 大したことじゃないんですけど、と日向は前置きしてから、

「仲居さんを刺したとき、刃が欠けたとか、ナイフが使用できない(、、、、、、)状態になった――だからコケシを凶器として使ったと思ったんですが……違うみたいですね」

 日向は深みのある黒い瞳を曇らせる。

「なんだろうこれ」

 浴衣の袖を上げて、首の後ろに手を当てながら呟いた。

「考えれば考えるほどわからなくなる――こんなの初めてだ」

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