おまけのエピローグ
「ほんとうにお前がやったのか――?」
押し殺した声で、大杉が問う。
ギプスをしていない方の腕が小刻みに震えている。
「人を階段から突き落とすなんて……救護部が聞いて呆れる! 最低だお前は!」
「知ってるよ」
自嘲めいた返答がされる。
切れの長い眼のはしで、仲丸はアカネを睨む。
「……どうしても許せなかったんだ。野巻先輩が」
「どう、して……?」
鋭い眼光にアカネは肩を震わせた。
「――知ってるんだろ!? 僕が……っ、田雲先生のことを……好きだってことを!!」
「ええええええっ!?」
あまりに衝撃的な告白だった。
手で口を覆ったアカネが興奮ぎみに叫ぶ。
「BL的な生告白聞いちゃった!――じゃなくて、アナタが田雲先生に想いを寄せていたなんて、知らなかったのよ!」
ほんとよ、と念押しをしてくるアカネに、仲丸は鼻白む。
「嘘だ。僕の気持ちを知ってるくせに、わざと目の前で先生とイチャついたり、翻弄させるようなことを聞かせたり。もう我慢の限界だったんだよ!」
「翻弄させるようなことって、もしかして水無月くんと先生が"デロデロベッチョン"の関係だ、とか言ったこと?」
「なんですそれ!?」
日向が悲鳴を上げる。もうメチャクチャだ。
「冗談よ冗談。仲丸くんを傷つけるつもりは一切無かったの。……ごめんなさい」
腰まで届く明るい髪を垂らして、頭を下げるアカネ。
仲丸は居心地悪そうにそっぽを向いた。やがて、体の奥から絞り出すように言う。
「……やり過ぎたってことはわかってます。許してもらえるとは思ってません。でも、すみませんでした」
「仲丸くん」
田雲が近づいてきて、その肩に手を置く。
「救護部に入る理由を、君はこう教えてくれたよね。ケガの処置を受けたとき、僕の接し方に感動したからだって」
「…………」
仲丸は身を震わせて俯いた。
「皆も聞いてくれるかな」
黒縁眼鏡の奥の目で、救護部員たちを見まわす。
「これから僕が顧問として、君たちに指導する内容についてだけど。それは知識や技術だけじゃない。一番大事なのは、傷ついた人を勇気づけて安心させることなんだよ」柔和な声音で続ける。
「救急法は、その名のとおり、救急時の対応を学ぶものだ。でも、普段から人を気遣う優しさを忘れないでほしい。――そうでないと、緊急時に誰かを勇気づけることなんて出来ないから」
救護部員たちは真っ直ぐな瞳で顧問を見つめて、それぞれに頷いた。
もう仲丸を責めようとする者はいなかった。
一足先に旧校舎を出た、アカネと日向。そして、三度呼び出された田雲。
「日向くん」
曇り空の下を三人並んで歩いている。
「手は大丈夫かい?」
尋ねられた日向はテーピングの指をグーパーして、
「痛むけど平気です」
結局、今回の事件での唯一の負傷者は彼だった。
「――でもね、アタシ感動しちゃった」
無傷の被害者・アカネが両手を組んでうっとりする。
「先生が話してくれたこと。『救護は知識や技術だけでなく、人を勇気づけることである』って。なんかぁ、先生の愛を感じるっていうか」
「まさにそうだよ」
田雲は柔らかく微笑む。
白衣のポケットに手を入れて、前を向いたままいう。
「人を助けるっていうことは、人間愛に基づく行動だからね」
「――なにをエラそうなこと言ってるんだか」
背後から飛んできた横柄な発言に、彼らは揃って振り向く。
ポニーテールに猫目の少女が、腕組みをして立っていた。
「光、どうしたの!? 今日は塾だったんじゃ」
「日本史の講師が休みで、早く終わったんだよ」
雷宮光は、ふん、と蔑むような表情を田雲に向ける。
「おまえが養護教諭になったのは、家の道場を継ぎたくなかったからだろ。なあ、政宗?」
「相変わらず手厳しいなぁ……」
というわりに、板についた笑みを崩さない田雲。
仏頂面VS笑顔仮面。ピリピリした無言の応酬がされる。
「ねえ」
アカネが日向にささやく。
「あのふたりって、過去に何があったのかしら?」
事件の謎を解いたのが嘘のように、頼りない様子で「さあ」と日向は首をかしげた。
「野巻先輩も知らないんですか?」
「まあ、ね」
親友といえど、大好きな人といえど。まだまだ知らないことは多い。
もちろんアカネにだって秘密はある。謎は日常生活にも蔓延っているのだ。
でも、と思う。高校生活もあとわずかだし、そろそろ打ち明けて、打ち明けさせてみようか――?
「ねえ、これから保健室でお茶会でもしない?」
密かな決意を固めて。
アカネは光と田雲に走り寄って、ふたりの手を同時に握った。
(end)
お読みいただきありがとうございます。
エピローグが何だかグダグダですみません。
よかったら、ブクマ、評価、感想などなどお待ちしています。気づいた点等もまだまだお待ちしております。
というわけで、解答編でした。怖々。
問題編に頭を悩ませていただいた皆々様に、心よりお礼申し上げます。
読者様から推理をいただくことが、これほどに嬉しくありがたいことだと思いませんでした! 大感謝。
解答編に疑問や矛盾を発見された場合は、遠慮なくご指摘くださいませ<m(__)m>
以下、ちょっとだけ反省文を。(ネタバレ含みます)
《装置を使ったのが誰か――?》
こちらは皆様、余裕で辿りつかれたようです。
作品の出来を上回るトリック案までいただき、脱帽。
《犯人を絞る根拠》について、
〈身長〉に着目され、さらに、双子が犯人であれば《毛氈》を選んでいたはず――というパーフェクト推理をされた方が、一名いらっしゃいました。完敗です!
が、作者は幼い頃からお雛様に親しんで育ちましたけど、そうじゃない方にとっては、『《毛氈》がどういうものか』――イメージが湧きにくかったのでは……とも思います。ここがアンフェアだったと。
また、へんてこなカラクリ〈装置〉を登場させたこと、安易に算数の力を借りたのではないかということ――これらがご都合主義だったとも反省しております。
次回【読者への挑戦】を作る機会があれば、以上の反省点をクリアしたいです。
読者さんへの感謝をいつもより強く感じた【読者への挑戦】章でした。
本当にありがとうございました。(2016.4.8 羽野ゆず)
(2016.5.11追記)
荷物の降ろし方について、『箱の一つを装置に置き、もう一つを持って装置に乗ることはできないか』とのご指摘をいただきました。
なんて単純明快な別解でしょう! グウの音も出ません。そのとおりでございます。
※引き続き、お気づきになった矛盾やご意見をお待ちしております<m(__)m>




