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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
Interval02 読者への挑戦
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手がかり編

「痛たた……」

 

 ゆっくり目を開ける。鈍い痛みに襲われて、アカネは顔をしかめた。ひじを打ったらしい。


「……うぅ」


 身体の下で、苦しげにうめく声がした。え? 


「ぎゃっ!!」


 日向がアカネの下敷きになっていた。


「だ、大丈夫!?……もしかして受け止めてくれたの?」


 しんどそうに身を起こすと、日向はうつろな目で両手を眺める。


「どうかした?」

「……全部の指を、突き指しました」


 やがて、救護部のメンバーたちが騒がしく駆け寄ってきた。


 

「ちょっと、これじゃあアタシがすごく重いみたいじゃない!?」


 助けてくれた恩人に、ついケチをつけてしまう。

 片手はすでに"突き指済み"だったので、全てがアカネのせいではないのだが。ちなみに彼女は奇跡的に無傷だった。 


「でも、ふたりとも無事で良かったよ。ほんとに」


 日向のケガを処置しながら、田雲が嘆息する。今日の養護教諭は心労が絶えない。


「それより、野巻先輩。誰かに突き落とされたんですよね――?」


 その言葉に、場の空気が張りつめた。

 一階の倉庫に集合した救護部員たちは、それぞれ神妙しんみょうな面持ちをしている。


「廊下を歩いていたら、後ろからコレを被せられて……。両腕を掴まれて、階段から突き落とされたのよ」


 コレ、というのは、アカネが手にしている薄汚れた布のことだ。彼女と一緒に落下したのだろう、階段に落ちていた。


「それ、教材室に在ったやつじゃないか。演台掛けっぽい大きい布」

「……そうだな」


 大杉と仲丸が頷きあう。


「そういえば、野巻先輩が落ちた後、倉庫(ここ)から変な音がしたんです」思い出すように日向が言う。「ごぉん、って何かがぶつかるような音が2回(・・)。あれは何だったんだろう……?」

 大杉が顎をしゃくって、「〈荷物下ろし装置〉が作動した音だな、多分。――ほら、こっちに下りてきてる」

「装置……?」

「あ、そうか。水無月君は遅れて来たから知らないのね」


 首をかしげる日向に、アカネが〈装置〉について説明した。


「――間違いないですね。野巻先輩を突き落とした人物は、それで一階に下りたんだ」 

「「どうして、そんなことが分かるの?」」


 莉々と瑠々がユニゾンで質問する。


「簡単なことです。野巻先輩が突き落とされてから、階段を下りてきた人物はいなかった。でも、事件直後、全員(・・)が一階に揃っていたんです。東側の階段は壊れていて使えないんですよね? 二階で先輩を襲った犯人が一階に下りるためには、〈装置〉を使うしかないでしょう」

「誰かが装置を使ったって?……危険だから、とあれほど注意したのに」


 端正な顔を歪ませて、田雲がつぶやく。今日の彼はポーカーフェイスが崩壊ぎみだ。


「一応確認しておきますが」と日向は前置きして、

「たまたま旧校舎に侵入した人物が犯人――という可能性は低いですよね。救護部が旧校舎へ行くことを知っていたとしても、〈野巻先輩がいること〉を、他の第三者が知り得たとは考えにくいので」


 部外者のアカネが同行したのは、彼女の気まぐれによるもので、全くの偶然である。

 つまり、犯人はこの中にいる可能性が高い――。


「アレッ?」


 落ち着かない雰囲気のなか、倉田が周囲を見渡している。


「――あの箱、教材室に在ったものじゃないですか?」


 倉庫の隅に雑然ざつぜんと置かれている、緋色のダンボール箱が二つ。


「ほんとだ! お雛様の箱よ。どうしてここに……?」二階に在ったはずのものが、一階に下りている。「誰がここに運んだの?」

「〈装置〉で下ろされたんでしょう」


 混乱するアカネに即答し、日向が続ける。


「僕は、教材室を出てからずっと階段下に居ました。――でも、その箱が運ばれるところなんて見なかった。……野巻先輩」

「はいな?」

「箱の重さって、どのくらいですかね」

 アカネは肩をすくめて、「さあ? 計ってみればいいんじゃない?」廊下にある備品を見やって、「せっかくだから、あの体重計で」


 しぶる仲丸と貧弱な倉田のコンビが、箱の重さを計ってくれた。

 結果、〈5キロ〉と〈15キロ〉。箱の大きさは同じだが、中身の違いか、重さは随分と違う。


「おいっ」


 ふいに大杉が叫ぶ。

 倉田が箱を重ねて置こうとしたところ、下になった箱の蓋がぐにゃりと歪んだのだ。


「備品に傷をつけるなよ!」

「――ちょっと待ってください。今度は上下を逆にして、重ねてもらっていいですか?」


 何を言ってるんだこいつは、といわんばかりに大杉が睨んできたが、倉田は無謀な指示に従った。


「ほら、言わんこっちゃない!!」


 先刻と同じようにダンボール箱の蓋が歪んだ。どちらの箱も、重量のわりに、上部分に物が詰まっていないのが原因だ。


「次です。二つの箱を〈装置〉に並べて置けますか?」

「え?……うん」


 無謀な指示はまだ続く。

 ロボットじみた動きで、倉田がこころみてくれた。――結果、どう配置しても、二つの箱を〈装置〉に並べて置くことはできなかった。


「――で? こんなことをして何が分かるっていうんだ。倉田の上腕二頭筋を鍛えてくれたのか?」


 もはや怒りを通りこし、呆れ気味の大杉が疑問を投げてくる。


「見てのとおりです。この箱、元々はキレイな状態だったんですよね?」


 ダンボール箱の蓋に刻まれたばかりのシワを指し、逆に尋ねてきた。


「そりゃそうだ」

「――ということは、です。二つの箱は積み重ねられて(・・・・・・・)いなかった(・・・・・)ということだ。かつ、〈装置〉に並べて(・・・)置くことも出来ない。つまり……」


 日向はそこで口をつぐみ、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。救護部のメンバーを、大きな瞳でぐるりと見回した。


「最後のお願いです。皆さんの〈体重〉を教えてください」

「……なんで?」


 いぶかしむ双子に、日向は穏やかに宣言する。


「それで"犯人"が分かるんです」

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