手がかり編
「痛たた……」
ゆっくり目を開ける。鈍い痛みに襲われて、アカネは顔をしかめた。肘を打ったらしい。
「……うぅ」
身体の下で、苦しげにうめく声がした。え?
「ぎゃっ!!」
日向がアカネの下敷きになっていた。
「だ、大丈夫!?……もしかして受け止めてくれたの?」
しんどそうに身を起こすと、日向はうつろな目で両手を眺める。
「どうかした?」
「……全部の指を、突き指しました」
やがて、救護部のメンバーたちが騒がしく駆け寄ってきた。
*
「ちょっと、これじゃあアタシがすごく重いみたいじゃない!?」
助けてくれた恩人に、ついケチをつけてしまう。
片手はすでに"突き指済み"だったので、全てがアカネのせいではないのだが。ちなみに彼女は奇跡的に無傷だった。
「でも、ふたりとも無事で良かったよ。ほんとに」
日向のケガを処置しながら、田雲が嘆息する。今日の養護教諭は心労が絶えない。
「それより、野巻先輩。誰かに突き落とされたんですよね――?」
その言葉に、場の空気が張りつめた。
一階の倉庫に集合した救護部員たちは、それぞれ神妙な面持ちをしている。
「廊下を歩いていたら、後ろからコレを被せられて……。両腕を掴まれて、階段から突き落とされたのよ」
コレ、というのは、アカネが手にしている薄汚れた布のことだ。彼女と一緒に落下したのだろう、階段に落ちていた。
「それ、教材室に在ったやつじゃないか。演台掛けっぽい大きい布」
「……そうだな」
大杉と仲丸が頷きあう。
「そういえば、野巻先輩が落ちた後、倉庫から変な音がしたんです」思い出すように日向が言う。「ごぉん、って何かがぶつかるような音が2回。あれは何だったんだろう……?」
大杉が顎をしゃくって、「〈荷物下ろし装置〉が作動した音だな、多分。――ほら、こっちに下りてきてる」
「装置……?」
「あ、そうか。水無月君は遅れて来たから知らないのね」
首をかしげる日向に、アカネが〈装置〉について説明した。
「――間違いないですね。野巻先輩を突き落とした人物は、それで一階に下りたんだ」
「「どうして、そんなことが分かるの?」」
莉々と瑠々がユニゾンで質問する。
「簡単なことです。野巻先輩が突き落とされてから、階段を下りてきた人物はいなかった。でも、事件直後、全員が一階に揃っていたんです。東側の階段は壊れていて使えないんですよね? 二階で先輩を襲った犯人が一階に下りるためには、〈装置〉を使うしかないでしょう」
「誰かが装置を使ったって?……危険だから、とあれほど注意したのに」
端正な顔を歪ませて、田雲がつぶやく。今日の彼はポーカーフェイスが崩壊ぎみだ。
「一応確認しておきますが」と日向は前置きして、
「たまたま旧校舎に侵入した人物が犯人――という可能性は低いですよね。救護部が旧校舎へ行くことを知っていたとしても、〈野巻先輩がいること〉を、他の第三者が知り得たとは考えにくいので」
部外者のアカネが同行したのは、彼女の気まぐれによるもので、全くの偶然である。
つまり、犯人はこの中にいる可能性が高い――。
「アレッ?」
落ち着かない雰囲気のなか、倉田が周囲を見渡している。
「――あの箱、教材室に在ったものじゃないですか?」
倉庫の隅に雑然と置かれている、緋色のダンボール箱が二つ。
「ほんとだ! お雛様の箱よ。どうしてここに……?」二階に在ったはずのものが、一階に下りている。「誰がここに運んだの?」
「〈装置〉で下ろされたんでしょう」
混乱するアカネに即答し、日向が続ける。
「僕は、教材室を出てからずっと階段下に居ました。――でも、その箱が運ばれるところなんて見なかった。……野巻先輩」
「はいな?」
「箱の重さって、どのくらいですかね」
アカネは肩をすくめて、「さあ? 計ってみればいいんじゃない?」廊下にある備品を見やって、「せっかくだから、あの体重計で」
しぶる仲丸と貧弱な倉田のコンビが、箱の重さを計ってくれた。
結果、〈5キロ〉と〈15キロ〉。箱の大きさは同じだが、中身の違いか、重さは随分と違う。
「おいっ」
ふいに大杉が叫ぶ。
倉田が箱を重ねて置こうとしたところ、下になった箱の蓋がぐにゃりと歪んだのだ。
「備品に傷をつけるなよ!」
「――ちょっと待ってください。今度は上下を逆にして、重ねてもらっていいですか?」
何を言ってるんだこいつは、といわんばかりに大杉が睨んできたが、倉田は無謀な指示に従った。
「ほら、言わんこっちゃない!!」
先刻と同じようにダンボール箱の蓋が歪んだ。どちらの箱も、重量のわりに、上部分に物が詰まっていないのが原因だ。
「次です。二つの箱を〈装置〉に並べて置けますか?」
「え?……うん」
無謀な指示はまだ続く。
ロボットじみた動きで、倉田が試みてくれた。――結果、どう配置しても、二つの箱を〈装置〉に並べて置くことはできなかった。
「――で? こんなことをして何が分かるっていうんだ。倉田の上腕二頭筋を鍛えてくれたのか?」
もはや怒りを通りこし、呆れ気味の大杉が疑問を投げてくる。
「見てのとおりです。この箱、元々はキレイな状態だったんですよね?」
ダンボール箱の蓋に刻まれたばかりのシワを指し、逆に尋ねてきた。
「そりゃそうだ」
「――ということは、です。二つの箱は積み重ねられていなかったということだ。かつ、〈装置〉に並べて置くことも出来ない。つまり……」
日向はそこで口を噤み、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。救護部のメンバーを、大きな瞳でぐるりと見回した。
「最後のお願いです。皆さんの〈体重〉を教えてください」
「……なんで?」
いぶかしむ双子に、日向は穏やかに宣言する。
「それで"犯人"が分かるんです」




