旧校舎の論理パズル【問題編2】
「うおっ!?」
大杉を乗せたまま、床の一部分が下降していく――!!
やがて、何かがぶつかり合うような、ごぉんという音が響いた。
「――だ、大丈夫か!?」
尻餅をついていた仲丸が、四つん這いで穴に近づき覗き込む。「おう」とすぐに返事があった。
「待ってろ、直ぐそっちに戻るから」
大杉は予告どおり直ぐに戻ってきた。右腕にギプスをしているほか、負傷は見られない。
「驚いたわね。どこに降りたのよ?」
「一階の倉庫です」
身を乗り出してたずねたアカネに、興奮が冷めない様子で語る。
「何だろうなこれ……? 荷物用エレベーター?」
エレベーターといっても、電動では無い。むしろアナログだ。
外観としては、歌舞伎の舞台にある《昇降装置》と似ている。天井から垂れた紐を引っ張ると、一階に降りていた装置が昇ってきた。
「私も乗ってみたい!」
好奇心旺盛らしく、莉々がぴょこんと飛び乗る。――が、うんともすんとも反応しない。
「重さが足りないんじゃない?」
アカネの提言で、双子の片割れ・瑠々も追加で乗った。
装置の寸法はおよそ1メートル四方で、彼女たちが並んで乗るには十分な面積がある。――が、それでも装置は動かない。
「古いから壊れてるんじゃないの?」
仲丸が考え込むように顎に手をやって、
「小玉たちは、38キロ+40キロ=78キロでしょ。80キロの大杉は単独で使えたわけだから、80キロ以上にしか反応しないんじゃないかな。上限は知らないけど」
「上限は100キロだそうです」
装置の機能を推察する仲丸に、倉田が古ぼけた貼り紙を指した。
「あのぉ」
そろりと扉が開く。運動着姿の男子が、遠慮げに顔を覗かせている。
「そこに田雲先生はいますか?」
「――水無月くんじゃない。どうしたの?」
意外な人物の登場に、アカネが駆け寄っていく。水無月日向。アカネの親友の彼氏だ。
「部活中に突き指しちゃって。保健室に行ったら『旧校舎にいます』ってメモがあったから」
「またケガしたのぉ? もう君こそ、救護部に入るべきよ!」
「よかったら」瑠々がごほんと咳払いする。「私が手当しようか? 突き指の手当てくらいなら出来ると思うので」
親切な申し出に、日向はぎょっとしたように身をすくませた。
彼は女性恐怖症なのである。ゆえにバスケ部の女子マネージャーを避けて、田雲を頼りに、わざわざ此処までやって来たのだろうに。事情を知るアカネは、ぷくくと忍び笑いする。
「待ってて。救急セットを取ってくるから」
「私も行く」
小走りする瑠々の後を、莉々が追う。
ぱたぱたと遠ざかっていく足音に、日向は落ち込んだ表情で、「田雲先生は?」と尋ねてくる。
「用事でいったん出ていったけど、ここに来るときすれ違わなかった?」
突き指をしたバスケ少年は頭をふる。しかし、噂をすれば影。間もなく、待ち人がやって来た。
「――危ない!!」
教材室に足を踏み入れるなり、田雲が緊迫した声で叫ぶ。その警告の先には、〈荷物下ろし装置〉を取り囲む男子部員らがいた。
「その機械は老朽化して危ないから、近寄っちゃ駄目だ――って。最初に忠告しておくべきだったね」
「すみません。そうと知らなくて、一度使っちゃいました」
大杉が代表して白状する。
デンジャラスな報告を受けた養護教諭は「あぁ」と額に手をやり、「でも無事でよかった」と安堵の溜息を吐いた。
「戻りましたぁ」
数分後、救急セットを抱えた双子が息を弾ませ戻ってきた。
「水無月くん、お待たせ。手当てしましょうか」
「……あ」日向は田雲にすり寄り、「いいです。僕、先生にやってもらいますから」
「え、でも」
「先生の方がいいです!」
双子は怪訝な顔をした後、救急箱を田雲に渡す。救護部員の立場ナシだ。
莉々と瑠々はアカネにつつと寄ってきて、「水無月くんと田雲先生って何かあるんですか?」などと聞いてくる。完全に誤解されている。乙女ゲームだけでなくBLゲームも嗜むアカネはほくそ笑んで、
「気付いちゃった? 実はあの二人はね、デロデロベッチョンベッチョンの関係なのよ」
「マジですか」なぜそれで伝わる?「でも、あのふたりだったら、見た目的にはアリかな」
「おい、そろそろ作業を始めるよ!」
無駄話をする女子らに、仲丸の叱責が飛んできた。
「とりあえず、身長計と体重計を一階に下ろすから」
ケガをしている大杉が指示役となり、アカネを含めた部員たちで手分けして備品を運び下ろした。
作業を終えた一同が教材室に戻ると、日向がぽつねんと待っていた。
「先生なら電話で呼び出されていきましたよ。『すぐ戻る』って言ってましたけど」
「ふうん。忙しいんだね」
「教員の中でも若手だし、いろいろと雑務があるんじゃないですか」
ぼやくアカネに、倉田が同情するようにコメントした。
「――よし。先生が戻ってくるまでに、他に使えるものがないか確認しておくか」
リーダー格の大杉が提案するなり、部員たちは散り散りになった。
「ここに演台に掛けるような、大きい布があるけど。何かに使えないかな?」
背伸びをして、棚の最上段を見回っていた仲丸が大声で問いかける。
「やぁよ。薄汚れていて不潔そうだし」
即刻拒否され、仲丸は布を戻す。「他の教室も見てくるよ」と後輩の倉田を伴い、教材室を出ていった。
「この箱、何でしょうね?」
腰をかがめた瑠々が、最下段の棚に残された箱を探っている。あまり見かけない緋色のダンボール箱がふたつ。いずれも大型。
「どら」
気を利かせた大杉が、箱を棚から下ろそうとしたが――、
「うっ!」
片腕しか使えない男は、軽率にも箱を取り落とした。中のものが飛び出てくる。瑠々が歓声を上げた。
「わぁ、お雛様だ!」
「なんでお雛様……?」
女雛を手にした莉々が首をかしげている。もう一方のダンボールは、土台の骨組みだった。
「野巻先輩、これでピクニック出来そうですよぉ」
雛段に敷く赤い毛氈を床に広げて、双子がきゃっきゃっと遊んでいる。大人が3、4人座れる広さがある。
「あまり弄るなよ。ちゃんと元通りに仕舞っておくように」
悪ノリする双子たちに忠告して、大杉が座を離れる。
「待って」続いて出ていこうとした日向を、アカネは呼び止めた。「水無月くん、どこへ行くの?」
「突き指の処置がまだ途中で。先生を見失わないように、階段の下で待ってます」
「そういえば今日、光は?」
彼女の名前を出すと、ほのかに顔を赤らめる。
「今日は塾だそうです」
「ああそうか。受験生って、ほんとツマラナイよね。たまには癒してあげてよ」
「……はあ」
軽口を叩いて、アカネはきびすを返す。
静かな旧校舎に足音が響く。
教材室の戸窓をのぞくと無人だった。お雛様は片付けられ、棚の最下段に収まっている。
みんなどこに行ってしまったんだろう――? 校舎内に散らばっているのか。自分もすこし探検してみよう。
方向転換して歩き出したところで、突如、視界が闇につつまれた。
「!?」
もう夜がやって来たのか。いや、そんな訳ない。
布状の何かを被せられたらしい。両腕を強く掴まれ、強制的に前進させられる。
「な、なに、ちょっとっ!?」
片足が"虚空"を踏み出した。
……え?
たどり着いた場所がどこか予想がついて、ぞくりとした。
「きゃっ!!」
抵抗する間もなく、強く背中を押される。
こうして野巻アカネは、旧校舎の階段を転げ落ちたのである。
【問題編……おわり】




