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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
サイン会は××の法則で解決します―How done it?
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5-4 『太陽』みっけ!【解決編】

「周囲の『惑星』を引っ張り込んで動かした、その中心にる『太陽(はんにん)』は一体どこ(・・)にあるのでしょうか?」


 奇妙な謎かけに、カナと鞠小路が顔を見合わせる。

 そのとき、すでに日向はサイン会のコーナーへ向かっていた。

「日向くん!?」

 カナも慌ててその後を追いかける。

 何をする気なんだろう――? これ以上の揉め事は本当にごめんだ!


 まもなくサイン会の第二部が始まるらしく、ファンが列に並び始めている。

 マネージャーの鎌田が恰幅かっぷくの良い体をせわしなく動かし、エッセイ集販売の準備をしていた。秋人もちょうど席についたところである。

「なんだい、また君か。腕時計なら見つからなかったよ?」

 近寄ってきた日向に、鎌田がぶっきらぼうに言う。

「今度は本当に、腕時計のり場所がわかったかもしれないんです」

「ああ、もしかして君、アイドルになりたいの? あのねえ、いくら顔が良くても、それだけでアイドルになれるってわけじゃないんだよ」

「ちょっと失礼」

「おいっ!」

 断るなり、日向はテーブルの裏側を回って、秋人と鎌田の間に入り込む。

 周囲が唖然とするなか、日向は二台のテーブルの中央に両手を置いて、テーブル同士を引き離した。


「あーっ!?」

 鎌田が頓狂とんきょうな声を上げる。秋人もうめいた。

 離れたテーブルの隙間に、クロスがたるんで挟まれている。その、弛んだクロスの底に――シルバーの腕時計が鎮座ちんざしていた。




挿絵(By みてみん)




「『太陽』、見っけ!」

 やけに楽しげな日向が腕時計をひょいと拾い上げる。

「――あ、あった」

 驚愕に目を見開いた秋人がこわごわと呟く。

「な、なんでこんなところに……?」

「最初にこのテーブルを見たときは、二台テーブル(・・・・・・)が並べられた上に、1枚のテーブルクロス(・・・・・・・・・・)がかかっていました。

 クロスの下になって見えなかったけど、テーブルの間に少しの隙間(・・)があったんですね」

「嘘でしょ……」

 カナは、つぶらな瞳をぱちくりさせている。

「じゃあ、腕時計は、その隙間に落ちてしまったってこと……?」

「こんな出来事があったそうです」

 なおも楽しげに日向は話す。

「アッキ―さんがサインをしているとき、テーブルクロスがズレて、その後、テーブルが動かされた――そのせいでサインの文字が崩れてしまった、と」

 人差し指で唇をすうっと撫でて、さらに続ける。

「重要なのは、一連の動きです。

 最初に、テーブルクロスがズレたとき、腕時計は隙間の上に移動した。時計の重さでテーブルクロスがたるんで沈み、さらに、離れていたテーブル同士が動かされたことでピッタリ付いた――こうして腕時計は僕たちの視界から消えてしまったんです」

「…………」

 公転運動の説明を受けたときのように――カナはその光景を思い浮かべる。


 2台のテーブルはピタリと付いているように見えて、実は少しだけ隙間が空いていた――。

 テーブルクロスだけが宙を浮いている、その上に腕時計が乗り、重みで沈んだクロスがその隙間に挟まれた。その後、鎌田がテーブルにぶつかったことで、テーブルは()るべきようにピタリと付けられた。

 日向が感じたという違和感の正体は、隙間にクロスが挟まれたせいで、各テーブルにそれぞれクロスがかかっているように見えた――ということか。


「腕時計がクロスを弛ませたせいで、水がほとんど入ってないボトルやサインペン等の軽いものが真ん中へ位置が寄っていたんです。それで、もしかしたらと思って」

「……うぅ」

 カナは悲鳴を上げたくなる。

 なんて単純で馬鹿馬鹿しい種明かしなの!?

 どうして誰も気づかなかったのだろう?

 だが、こんなところに在るはずがない――という先入観が盲点を生むのかもしれない。日向といると、その途方もない好奇心ゆえに厄介ごとに巻き込まれることも多いが、意外な発見をすることもある。


 脱力感に襲われたカナは、しかし、腕時計の異常に気付いて甲高い声を上げた。

「あっ! 時計が壊れてる!!」

「なんだって!?」

 秋人が顔色を変えて、日向から時計を取ろうとした。それよりも早く鎌田が奪い取る。

「ほらっ、秒針が動いていないでしょ!?」

「ちょっと見せてください」

 日向は鎌田の手の中にある腕時計を覗き込んだ。

「……ああ。この『秒針』が動かないのは、壊れてるからじゃないよ」

「へ?」

 混乱ぎみのカナを落ち着かせるように、日向は言う。

「これは『クロノグラフ時計』といって、ストップウオッチ機能が付いた時計なんだ。ほら、俺も同じタイプのやつを持ってるんだけど」

 コートの袖を捲って、カナに時計を見せる。



挿絵(By みてみん)



「『普通の秒針』がストップウォッチ用の針になっているんだ。

 この文字盤の中にある、小さい針のひとつが秒針になってる……ああ、でも、これ本当に壊れてますね。秒針用の針が動いていない」

 日向は手の中で時計をひっくり返す。

「裏側に傷がある。これが原因か」

「……そうだ」

 秋人が青白い顔で呻く。

「衣装を着替えてるとき、時計を机に置いてたんだけど、鎌田さんがその机にぶつかって腕時計が床に落ちたんだよ! きっとそのとき壊れたんだ!」

「エエッ!?」

 鎌田がギョッとしたように飛び上がる。

「……それは妙ですね」

 興奮した様子の秋人に日向が言う。

「もしそうだとすれば、あなたは壊れている(・・・・・)時計を、わざわざサイン会の会場に持ち込んだことになるんですよ?」

「だって……そのときは壊れたことに気付かなかったから」

「ほんとうですか? 時計のような精密機械を落としてしまった場合、人はまず、壊れていないかどうかを気にかけるものでしょ? クロノグラフ時計みたいに繊細な造りのものだったらなおのこと」

「……でもっ」

「あなたが言ったんですよ?――『腕時計を置いてから、無くなったことに気づくまで、何も不審なことはなかった』って」

 何かを言おうとした秋人は押し黙り、悔しそうに唇を噛む。

「テーブルクロスの底に沈んだくらいで壊れたとは思えないし……あなたの行動、とても不思議です」

 蒼白な顔色で俯いてしまった秋人に「教えてください」と感情が籠っていない声で日向は尋ねた。

「なぜ『壊れた時計』をここに置いていたんですか? 時間なんて誰かに聞けば済む話だ。それなのに、わざわざこんなものを持ち込んだのはどうして?」

「……」

「さっきのファンとのやり取り……マネージャーさんを立ち合わせなかったのは、時計が既に壊れている(・・・・・・・)ことを彼に知られたくなかったからじゃないですか?」

「……秋人、お前」

 マネージャーの鎌田は茫然ぼうぜんとして、傍らのアイドルを眺めている。

 秋人は口をつぐんだままだ。


「俺に納得できる答えをくださいよ……そうじゃないと、また、気になってどうしようもなくなるじゃないですか」





「あの腕時計、ノースKの先輩からの借り物だったみたいね」


 カレー鍋をかき回しながら、カナが切ない息を吐く。

 両親が不在がちな水無月家のキッチンで、カナは夕食の用意をしていた。

「ファンの間で流れている噂だけど……先輩から借りた時計を壊しちゃって、アッキ―も焦ってたんでしょ。仕事中の事故か何かで壊れたっていうことにしたかったみたい」

 テーブルに着いている日向は「ふうん」と相槌あいずちを打つ。

 同時にお腹がグーっと鳴った。

「それよりもっとショックな噂があってね! アッキ―、幼馴染の子と付き合ってるんだって。でも、ノースKって恋愛ご法度じゃない? あのマネージャーから別れるよう散々忠告されて、恨みが溜まっていたみたいよ」

「なんかドロドロしてるなぁ」

 お腹が空いている日向は気のない反応しかしない。

「何言ってるの。ドロドロしてるのが良いんじゃない! あんなにキラキラしたアイドルたちの中で、ドロドロな揉め事があるなんて、すっごい萌えるじゃーん」

「……カナさんって、天然ドSだよね」

「アッキ―、無期限の活動停止だって。――日向くんのせいだからね?」

「そうかな」

「そうよ」

 手持無沙汰で、コンロに向いているカナのエプロンの紐を引っ張ると「えっち!」と怒鳴られた。

「まあ、でも。アッキ―と直接お話できたことは良い思い出になったわ。そう割り切れば、あの騒動も悪くなかったかもしれないね」

「……やっぱり変だよな」

「何がよ?」

 手渡されたスプーンを並べながら、日向は言う。

「アッキ―にとって、腕時計を見失ってしまったことは不運だと思う。

 彼が何より避けたかったのは、既に『壊れてしまっている時計』を他人に発見されることだ。皆の前で事故を装うなり何かアクションを起こさない限り、あれを見られるわけにはいかなかった。――だから、何としてでも彼が最初に見つけなきゃいけなかったんだな」

「……でもさ、テーブルのあんな目立つ場所に置いて。マネージャーやファンに壊れていることが先にバレたらどうするつもりだったの?」

「他人の時計が壊れてるかどうかなんて、よほど注意して見ないとわからないよ。クロノグラフ時計の『秒針』は基本的に動かないんだから尚更だ」

「まあねえ」

 カレー皿を差し出すと、日向の表情がぱあっと明るくなった。

「いただきまーす!」

「召し上がれ」

「美味いなあ。母さんのより、よっぽど美味しいよ。コツは何ですか?」

「ジャムを少しだけ加えることかな」


 まったく――。

 カナは苦笑いする。手がかかり過ぎる幼馴染だが、こうして頬を膨らませて夢中で食べている姿を見ていると、不思議と憎らしい気は起きないのだ。 


「ねえ、日向くん。アイドルになってみない?」

「ぶっ……なに、いきなり」

「これ」

 カナはエプロンのポケットから名刺を出す。

「この前ライブに行ったときにマネージャーさんに会ってね、誘われたのよ。今度ノースKの追加オーディションをするから、日向くん来ないかって」

「……あのね」

「もしノースKに入ってくれたら、日向くんが好きなとき、いつでもカレーを作りに来てあげるよ?」

「ほんと?」

 カナの提案に大きな目を爛々と輝かせる。

「う~ん」

 日向は、スプーンの先を口に咥えて揺らしながら唸っている。

 幼馴染がアイドルになれば、他のアイドルともプライベートで会い放題じゃないか。安直な願望を抱きながら、カナは期待に胸を膨らます。



「いや、騙されないよ?」

「ふふふ」




(end)

第5章を、お読みいただきありがとうございます。

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