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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
ステージは危険な××にご注意!―Who done it?
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4-8 ”恋愛ごっこ”

 控室に設置されたステージモニターは開演前で何も映っていない。

 暗闇のステージは間もなく七色に照らされ、観客たちの注目を浴びる。もうすぐ幕が上がる。


「君が忠告してくれたことに、正直に答えようか?」


 埜村は愚鈍ぐどんな動作で、長い脚を組み替えた。


「『何もしない』――なぜなら、俺の目的(、、)は達成されたから」

「目的?」


 すっかり当惑している状態の楓が、繰り返す。


「玲於奈は、今日の舞台を最後にしばらく活動を休止する。ついさっき俺に伝えてきた」

「活動を休止? なんで?」


 精悍な顔に暗い影が落ちる。ぎりっと音が聞こえそうなほど埜村は強く唇を噛んだ。押し殺した声で独白する。


「俺の失敗だ……彼女をこの劇団に引っ張るべきじゃなかったんだ! 新劇団の方針で、メインの役者を当麻と玲於奈に絞った。画期的で良いアイディアだと思ったけど、そのせいで、玲於奈がさらに注目を浴びてしまった。俺のせいで、彼女はストーカーに付きまとわれるハメになったんだ」

「ストーカーって……そんなに深刻な事態になってたんですか?」


 充血した目で楓をねめつける。


「尾行から始まって、隠し撮りや、最近じゃゴミや郵送物をあさられたり」

「ひでぇ。警察に相談した方がいいって、それ!」

「もちろんしたさ。警察は、まず舞台活動を控えるように忠告してきた……玲於奈はそれから警察を頼りにしなくなったんだ」

「どうして舞台に上がってることを責められなきゃいけないんだよ? 玲於奈さんは何も悪いことしてないのに!」


 埜村は自嘲じちょうめいた笑みをもらした。


「そのとおりだよ、楓。でもな――俺は、警察がいっていることも一理あると思った。ストーカーに付きまとわれているのに、わざわざ自分から注目を浴びるようなことをしているんだから」

「……ッ!」


 楓が絶望したように押し黙る。


「俺も説得したさ。ストーカー被害が落ち着くまで、舞台に出るのを止めようって。でも、アイツ――他のことは大抵、俺の言うとおりにするのに首を縦に振らなかった」

「……だから、あんな(・・・)ことを?」


 日向が口を挟むと、埜村は唇の片端を吊り上げた。


「彼女がこの世で一番大事にしているステージで酷い目に遭えば、しばらく舞台に上がる気はなくなるだろう……そう考えた。ついさっき活動を休止するって伝えてこなければ、そうだな……今日も何か仕掛けていたかもしれないよ?」


 埜村は日向を一瞥いちべつしてうそぶく。

 聞くに耐えられないといった様子で楓が立ち上がった。


「アンタ、あんなことをやって! 玲於奈さんにどういつもりで寄り添ってたんだよ!?」

「知ったような口をきくな」


 埜村が固そうな拳で机を叩いた。


「俺だって、自分の脚本を玲於奈が演じてくれることがどれほど幸せだったか。でも、だからって……大事な人が危ない目に遭っているのを見過ごせるか? 俺は――自分がどれだけ最低なことをしても彼女の身を守ろう、って決めたんだよ!」

「谷島さんは気づいたんじゃないですか」


 日向は伏し目がちのまま呟く。


「あなたがやった、っていうことに……。スプレーを吹き付けられた本人まで全く気付かなかったとは思えない。だからこそ活動を休むことにしたんじゃないですか」


 埜村は組んでいた腕を解くと、ふと怜悧れいりな双眸をした。あきらめ、失望、安心――色々な感情が表情から読み取れる。


「君に俺の気持ちなんて理解できないだろう。高校生の恋愛ごっことは違うんだ」

「黙れよッ!」


 楓が怒鳴る。


「なんでだよっ! オレ、埜村さんのこと尊敬してたのに……どうしてこんなことに」

「玲於奈だけじゃない。俺もしばらく活動を休止する。ストーカー被害が落ち着くまで、彼女と一緒に地元で過ごすことにしたんだ。楓、ごめんな」


 完全にしょげた楓の頭に、大きなてのひらを置いて、埜村は朗らかな笑みを浮かべた。


「――でも、俺はちっとも後悔してない。もう行くよ。そろそろ彼女のラスト公演が始まる」





 開幕のタイミングで日向は劇場を出た。

 受付にいた鏑木梓が「また来てね」と誘ってくれたのに、笑顔を返すことができなかった。

 ショッピングモールの煙突広場まで来たところで足を止める。コートを着込んだ光が白い息を吐きながら、ライトアップされた煙突を見上げている。


「もしかして、待っていてくれたんですか――?」

「もしかしなくても待ってたよ」


 見ればわかるだろう、とブーツの脚で軽くすねを蹴られる。

 光が座るベンチに近づいていくと、ねた表情で見上げられた。寒いのか指先を擦り合わせている。


「さっきのこと、まだ完全に許したわけじゃないからな?」


 なんだろう、と一瞬考えてしまう。

 が、思い出して脱力した。『裸エプロン』の件だった。


「なにニヤけてるんだよ! 私は、本当にやってあげるつもりでいたのに」

「本当にやるつもりだったんですか!?」


 衝撃の事実に思わず引いてしまう。


「お前が空野を部屋に潜ませてなきゃな? 自業自得(じごうじとく)だろう。残念だった?」


 日向は視線を泳がせる。


「……まあ、はい」


 消え入りそうな声で答えると、光はくすりと笑って、路地に積もった雪に視線を落とす。


「水無月くんは、私が何をしても嫌わないでいてくれるんだろ? だから――許してあげる」 


 何をされても嫌わない――確かに、そんなことを言った気がする。

 冷静に考えると、結構スゴイことを口にしてしまったんじゃないか。日向はいまさら焦りはじめる。


「許すけど、今回だけな?」

「……ありがとうございます」

「うん」


 顔を上げた光が柔らかく微笑んでくれた。


 そのとき、何と表現したら良いのか――

 心臓がきゅっと掴まれるような、不可思議な感情が湧いてきたのである。もしかしたら、これが“愛しい”っていう感情なのか、と日向は思う。

 同時に困惑する。この気持ちを、今すぐにでも伝えたいような、絶対に秘密にしておきたいような、矛盾した欲求が生まれてきたからだ。


「先輩、あの、僕」

「ん?」

「……いえ、なんでもないです」


 かろうじて止めたのは、埜村の言葉が頭をよぎったからだった。

 恋愛ごっこ――。

 いま無限にも感じたこの感情は言葉に出した途端、とんでもなく薄っぺらなものになってしまうんじゃないか――? そんなはかない予感がしたからだ。


「何かあった?」


 光が心配そうに顔をのぞいてくる。漠然とした不安をふりはらうように、日向は「いいえ」と元気に笑ってみせた。

 

「帰ろっか」

「はい」


 コートのポケットに手を入れて、光が歩き出す。

 凍結した路地がライトアップに照らされている。ふと立ち止まった光がポケットから手を出して日向を振り返った。


 手、繋いで――。


 猫のような目で雄弁に語る。

 日向は、光の冷えた指をそっと握った。

 繋いだ指がじんわり同じ温度になっていく――何だかそれだけで満たされるような気がした。やっぱり不思議な感情だ。



「転んだら道連れな?」

「……はい」




(end)

シリーズの最初から読んでいただいたかたも、こちらの話が初めましてのかたも、最後まで読んでいただき、感謝感謝でございます!

作者が、ラブコメとミステリを偏愛しているため、こんな中途半端な作風になっております。ラブコメとミステリが仲良く手を繋げたら良いな――そんな想いで、拙い力ながらも執筆しました。

解決編の内容については、批判や疑問を受けても仕方がない要素が含まれていることと思います。気分を害されたかたがいたら、申し訳ありません。

前のシリーズ作は、ひとつのストーリーの中で視点が色々ブレていたんですが、今回は、一貫して、主人公の水無月日向の視点(背後霊)になって描きました。日向の気持ちを進めたくて。ちなみに、ヒロインの光の脱ぎっぷりは良いんですが、日向は全然だと思ったので、脱がしておきました(笑)

気づかれていると思うのですが、私は、キャラの名前を考えるのが苦手です。

このシリーズは、雷宮光とか水無月日向とか、天候に関する名前にしているんですが。新キャラの名前を考えるとき、次は『風』にしようと思って、『空野風そらのふう』に決めたら、なんか……人の名前っぽくない。というわけで、『空野楓そらのふう』となりました。絶対『ふう』って読まれないけどね。『かえで』って読まれちゃうよね。でも、彼は物語をかき回したり引っ張ってくれる、数少ない男子キャラなので、チャンスがあれば、また登場させようと思います。さらに、この作品は、札幌らしき街を舞台にしているのですが、すでに雪が降ってさも寒いかのような描写をしたんですけど、11月中旬現在、まだ雪は積もっておりません。去年は積もるのが早かったんだけどな…。


長いエピソードをお読みいただきありがとうございます。

よかったら、ブクマ、評価、感想などなどお待ちしています。

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