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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
ステージは危険な××にご注意!―Who done it?
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4-5 クソガキ2

「大きい家だな」

「普通だと思いますけど」

「うちも戸建てだけど、一階が父親の事務所になっていて間取りに余裕がないんだよ」


 既視感(デジャヴ)か?

 つい先ほど、楓と同じような会話を交わしたのは気のせいだろうか。

 楓に渡しそびれた緑茶のペットボトルを差し出すと、


「ありがとう。おかまいなく」


 リビングのソファに座る光は、かしこまった仕草でそれを受け取った。


「なんかスミマセン」


 コーヒーか紅茶くらいれるべきと思うが、ふだん全く家事をやらない男子高校生には無理な相談だった。さりげなく光のトートバッグを見やる。楓によると、あの中に『新妻エプロン』が入っているらしいが。

 どうしよう……。

 楓が部屋にいることを、いっそ白状してしまおうか。するなら今のタイミングしかない。――でも、靴を隠して部屋に潜んでいる状況をどう説明したら光は平和に理解してくれるだろう?


「水無月くんの部屋はどこ?」


 部屋にさえ連れていかなければいい。そう考えていた日向はぎくりとする。


「二階にありますけど。ちょっと散らかっていて」

「これ」と光はバッグをごそごそやって大判の図鑑を出して、「借りていた本。返すよ。遅くなってごめんな」


 暗闇に青い星が浮かぶ表紙に『宇宙大辞典』とある。


「受験勉強の合間に読ませてもらったよ。宇宙って興味深いな。ビッグバンとかブラックホールとか。途方もないことを考えると、自分が些細な存在に感じるっていうか」

「あ、それ僕も同じこと思ってました!」

「水無月くんの気持ちがやっと理解できたよ。よければ他の本も見せてくれないかな」

「ほんとですか? いいですよ」


 ……あ。

 しまった。つい、大好きな宇宙を話題に出され、テンションが上がってしまった。


「部屋も見てみたいし。いい?」

「……本だけなら」


 冷静になれ。

 今のところ『裸エプロン』の気配はおくびにも出ていない。本棚を案内したらすぐに部屋を出ればいいのだ。空野楓はガッカリだろうが、ざまあみろ、だ。


「なんだ、散らかってないじゃん」


 部屋に入った光が開口一番つぶやく。そうですか、と日向は半笑いを浮かべる。

 実は昨日、両親が不在がちな水無月家の家事をやるべくして乗り込んできた幼馴染の宮西カナに掃除させられたのである。


「天体望遠鏡、絶対あると思ったのに。案外普通の部屋だな」

「小学生のとき買ってもらったんですけど、壊しちゃって」


 さて――。

 日向は六畳の自室を見回す。楓はどこに隠れているのか。クローゼットに人が隠れるスペースは無いから、やはりベッドの下が怪しいか……


「っ!?」


 近づいて気配を探ろうとしていた日向はベッドに尻もちをついた。光に押されたせいだ。そんなに強い力じゃなかったのに、不意を突かれた。


「いつもここで寝てるんだ」

「本を見にきたんじゃ……?」

「本()見に来たよ」


 大きく目を見開いた日向に、光が口づける。


「!……ん」


 油断していた。完全に油断していた!!

 覆いかぶされて全身に光の弾力を感じる。拒否したい焦りと同じくらい、あらがいがたい心地良さを味わっている。

 のし掛かっていた光が身を起こす。荒い息がふたつ。光と、日向の。

 光の頬は上気していて、潤んだ目が艶めかしい。自分も同じ表情をしているんだろうか。


 そのとき、きしり、と。

 どこからか微かな物音が響いて、日向は心臓が縮むほど驚く。

 楓なのか? どこだ!? 

 役者生命にかけて忍者になりきる、と啖呵たんかを切ったくせに、不用意な音を立てるな! 

 もし、この場で、楓が隠れているのが見つかったらオシマイだ。楓も、そして、日向も――


「先輩っ、待って!」

「……なに」


 光が怪訝けげんそうに動きを止める。

 とにかく彼女の気をいで、違う展開に持っていかないといけない。この部屋を脱出するのだ。


「あっ、そうだ! 先輩今日なんか雰囲気違いますね。私服だし、髪をしばってないし」


 今日の光は、ウサギを思わせる白いモヘアニットを着ている。下は黒のスカートで、色彩的にもバニーガールを連想させる。普段はポニーテールに括っている髪は、肩に下りている。


「稽古のあと髪洗ってすぐ出てきたから乾かなくってそのまま……変かな?」


 小首をかしげる光に、日向はぶんぶんと頭を振った。


「おかしくなんてないです! とてもカワイイです」


 光は、一瞬妙な顔をすると、そろりとベッドを下りた。

 止めてくれた……? 日向がほっとして起き上がると、やけに聞き慣れた音がした。光がカーテンを閉めている。


「うあっ、ちょっと!」


 薄暗くなった室内で、光が服を脱ぎはじめた。

 ニットが絨毯の床に落ちて、中に着ていたキャミソールもそれに重なる。

 上半身ブラだけになった光が、妖しく微笑む。服に隠れていた肌が、まばゆいほどに白くてなめらかそうで――

 世界が歪んでいくような、おかしな感覚に囚われる。鼻の奥がツンとした。


 駄目だ、ダメだ、だめだ。


「大丈夫?」とうとつに尋ねられる。「こういうのもショック療法でいいかもよ?」


 女性恐怖症のことを心配されているらしい。

 日向はただ圧倒されている。

 このままじゃ、たぶん、流される。抵抗できるわけがない。だって――


「そんなにじっと見ないでよ。恥ずかしいだろ」

「す、すみません……」


 あわてて視線を逸らそうとしたが、駄目だった。魔法にかかったみたいに目が吸い寄せられてしまうのだ。

 これで、本当に、女性恐怖症治るのかも……? 都合の良い考えばかりが浮かんでは消えていった。

 ベッドに近づいてきた光が、日向の横に腰かけようとした瞬間――

 

 きいっ……


 クローゼットの扉が、スローモーションのように開いていった。

 途端、夢も覚めるような現実に引き戻される。クローゼットの中で、縮こまっている空野楓の青白い顔と対面した。


「こ、こんにちは……」


 クローゼット(そっち)の方だったか! 日向は地団駄を踏みたくなる。

 そうか、ベッドの下じゃ覗けない(・・・・)

 楓の体積分クローゼットから出されていた、ダンボールが伏線だったのか……!

 惚気のろけていた脳細胞が急速に働き始める。だが、すべては遅すぎるひらめきだった。


「……お邪魔してます」


 忍者を演じきれなかった役者志望の少年が、ぎこちない笑顔を向けてくる。出歯亀でばがめ根性を丸出しにして、扉の隙間を広げようとしたところ、やり過ぎてしまったらしい。

 光は、日向と楓を交互に見つめた後、薄らと笑った。ぞっとするような静けさが訪れる。 

 この世に生まれて十六年。これほどに気まずい沈黙があっただろうか――? いや、ない。


「このっ」


 ――終わった。

 日向にできることといえば、目前に迫ってきている平手(ビンタ)に目を瞑ることだけだった。


「クソガキどもーっ!」

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