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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
ステージは危険な××にご注意!―Who done it?
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4-1 王子様みいつけた!

 誰にでも、怠惰たいだに過ごしたい日はある。


 水無月みなづき日向ひなたにとって、今日がそれだった。

 三日間にわたった中間テストがようやく終えて、部活動も今日までは休みだ。

 つまり、午後からは完全なフリーなのだ。

 

 さて、何をしよう?

 生徒玄関で、上靴から外靴に履き替えながら考える。

 テスト勉強のため我慢していた漫画や雑誌を読んだり、ゲームをやったり……とにかくダラダラ過ごすのだ。

 ああ。ダラダラ過ごすだけの予定なのに、どうしてこんなにも心が躍るんだろう?

 そんな調子で――


「ラーメン好きか?」


 校門で出くわした、雷宮らいきゅうひかるに誘われて、


「大好きです」


 と何の警戒心も抱かず、答えるくらいに浮かれていたのである。





 ラーメンが好きか――と問われて、嫌い、と答える人なんているんだろうか。


「はあ、おいしかった」


 スープを飲み干して、日向がしみじみと呟く。


「そりゃあ、よかった」


 すでに食べ終えていた光は、冷水のコップを舐めている。替え玉を頼んで完食した日向はハイテンションで語る。


「海老塩ラーメンって、初めて食べました。細麺によく合ってて、うまいですね。うちの親、外食好きなんで、ラーメン屋はよく行くんですけど、これ今年で一番かもしれない」

「ふうん」


 光は伝票を持って立ち上がる。


「あ、僕が払います」

「いいよ、こっちが誘ったんだし」


 止める間もなく、光はさっさとレジに行ってしまう。彼女の方が二学年上だから、奢ってもらって良いのかもしれないけど……。男としてはなんだかなぁ、である。


「ごちそうさまでした。今度、ドーナツかケーキでも奢りますね」


 戻ってきた光にお礼をいうと、光は怪訝(けげん)そうに「どうして甘いモノなんだ」などと言う。


「え、女の人は、甘いものが好きなんじゃないかと思って」

「それって思い込みだよ」

「雷宮先輩は嫌いですか?」

「食べられないわけじゃないけど、あまり好きじゃないな。水無月くんはどうなの? 男は甘いモノが苦手じゃないのか」

「僕はわりと好きです」

「な?」と、光は残っていた冷水を飲み干す。「男とか女とか関係ないよ。だいたい、甘い飲み物が好きじゃないんだ。太りやすいし」


 店を出た後、とりあえず自販機でココアでも買おう、計画していた日向は、早々にそれを諦めた。


「ところで、このあと予定ある?」

「いえ」


 あれ?

 答えた日向は首をひねる。午後からの予定に心を躍らせていた気がするけど、それが何だったか思い出せなくなっている。


「演劇、好きか?」

「……演劇」


 正直、微妙だ。

 好きか嫌いかと問われると、どちらでもないと答えるしかない。演劇なんて、学校祭のクラス発表以外で見たことがないからだ。


野巻のまきからチケットを貰ったんだ。あいつ、今、社会人の小劇団を手伝っていて」


 野巻、というのは、本名を野巻アカネといって、光のクラスメートかつ親友である。

 演劇部をようやく引退したと思ったら、そんな活動をしていたのか。相変わらず活発な人だ、と日向は感心する。


「チケットの売り上げがよくないらしくて。水無月くんを誘って来てくれないかって頼まれたんだ」

「はあ」


 もしかしたら、ラーメンを奢ってくれたのも、この伏線だったのかもしれない。


「――わかりました、行きます」


 ダメだ。断れない。承諾すると、そうか、と光は嬉しそうに笑った。



 たどり着いたのは、一見どこかの商社ビルみたいだった。

 一歩入ると、さまざまな劇団のチラシがコラージュのように貼られた壁面が目につく。受付の快活そうな女性にチケットを渡して、パンフレットをもらい、ふたりは劇場に入った。


「けっこう混んでますね」

「そうだな。チケット売れたのかな」


 観客席数は百席ほど。すでに、その四分の三が埋まっていた。席の指定がないので、光と日向は、中央列の左通路側の席に並んで座った。


「劇団ふたり芝居、好評第四作目『ふたりのスパイ』」


 手持ち無沙汰に、日向がパンフレットを読み上げた。


「メインの役者が二人だけ、っていうのが特徴らしいぞ」


 アカネからの受け売りだろう、光が教えてくれた。

 開幕まであと十分足らず。

 日向は、こっそり光の横顔を見やる。丁寧にたたんだコートを膝の上に乗せ、行儀よく座っている彼女は、顔立ちも綺麗だし、どこかの令嬢のように見えなくもない。

 女性恐怖症ぎみな日向は、この近距離が気にならないといえば嘘になる。が、大分慣れてきたのも事実だった。『女性恐怖症を治してあげる』と、光は宣言していたわけだから、あながち嘘じゃなかったのかもしれない。


「あ、いた。師範代しはんだい!」


 すぐ横の通路に、少年が立っていた。

 高校生だろうか、いや、童顔で小柄な容姿は中学生にも見える。くるくるした瞳が可愛らしい。


空野そらの。なんでお前がここに?」


 師範代、とかけられた声に光が応じたので、日向は驚いた。知り合いなのか。


「なんでって、久しぶりに会ってそりゃないでしょ」


 少年は短い髪を掻きながら、今度は日向の方を向く。

 言葉もなく、二人の男子はしばし見つめ合う。そらの、と呼ばれた少年は、大きな目をいっそう輝かせて、日向の肩をがっしり掴んだ。


「王子様、みいつけた!」

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