4-1 王子様みいつけた!
誰にでも、怠惰に過ごしたい日はある。
水無月日向にとって、今日がそれだった。
三日間にわたった中間テストがようやく終えて、部活動も今日までは休みだ。
つまり、午後からは完全なフリーなのだ。
さて、何をしよう?
生徒玄関で、上靴から外靴に履き替えながら考える。
テスト勉強のため我慢していた漫画や雑誌を読んだり、ゲームをやったり……とにかくダラダラ過ごすのだ。
ああ。ダラダラ過ごすだけの予定なのに、どうしてこんなにも心が躍るんだろう?
そんな調子で――
「ラーメン好きか?」
校門で出くわした、雷宮光に誘われて、
「大好きです」
と何の警戒心も抱かず、答えるくらいに浮かれていたのである。
*
ラーメンが好きか――と問われて、嫌い、と答える人なんているんだろうか。
「はあ、おいしかった」
スープを飲み干して、日向がしみじみと呟く。
「そりゃあ、よかった」
すでに食べ終えていた光は、冷水のコップを舐めている。替え玉を頼んで完食した日向はハイテンションで語る。
「海老塩ラーメンって、初めて食べました。細麺によく合ってて、うまいですね。うちの親、外食好きなんで、ラーメン屋はよく行くんですけど、これ今年で一番かもしれない」
「ふうん」
光は伝票を持って立ち上がる。
「あ、僕が払います」
「いいよ、こっちが誘ったんだし」
止める間もなく、光はさっさとレジに行ってしまう。彼女の方が二学年上だから、奢ってもらって良いのかもしれないけど……。男としてはなんだかなぁ、である。
「ごちそうさまでした。今度、ドーナツかケーキでも奢りますね」
戻ってきた光にお礼をいうと、光は怪訝そうに「どうして甘いモノなんだ」などと言う。
「え、女の人は、甘いものが好きなんじゃないかと思って」
「それって思い込みだよ」
「雷宮先輩は嫌いですか?」
「食べられないわけじゃないけど、あまり好きじゃないな。水無月くんはどうなの? 男は甘いモノが苦手じゃないのか」
「僕はわりと好きです」
「な?」と、光は残っていた冷水を飲み干す。「男とか女とか関係ないよ。だいたい、甘い飲み物が好きじゃないんだ。太りやすいし」
店を出た後、とりあえず自販機でココアでも買おう、計画していた日向は、早々にそれを諦めた。
「ところで、このあと予定ある?」
「いえ」
あれ?
答えた日向は首をひねる。午後からの予定に心を躍らせていた気がするけど、それが何だったか思い出せなくなっている。
「演劇、好きか?」
「……演劇」
正直、微妙だ。
好きか嫌いかと問われると、どちらでもないと答えるしかない。演劇なんて、学校祭のクラス発表以外で見たことがないからだ。
「野巻からチケットを貰ったんだ。あいつ、今、社会人の小劇団を手伝っていて」
野巻、というのは、本名を野巻アカネといって、光のクラスメートかつ親友である。
演劇部をようやく引退したと思ったら、そんな活動をしていたのか。相変わらず活発な人だ、と日向は感心する。
「チケットの売り上げがよくないらしくて。水無月くんを誘って来てくれないかって頼まれたんだ」
「はあ」
もしかしたら、ラーメンを奢ってくれたのも、この伏線だったのかもしれない。
「――わかりました、行きます」
ダメだ。断れない。承諾すると、そうか、と光は嬉しそうに笑った。
*
たどり着いたのは、一見どこかの商社ビルみたいだった。
一歩入ると、さまざまな劇団のチラシがコラージュのように貼られた壁面が目につく。受付の快活そうな女性にチケットを渡して、パンフレットをもらい、ふたりは劇場に入った。
「けっこう混んでますね」
「そうだな。チケット売れたのかな」
観客席数は百席ほど。すでに、その四分の三が埋まっていた。席の指定がないので、光と日向は、中央列の左通路側の席に並んで座った。
「劇団ふたり芝居、好評第四作目『ふたりのスパイ』」
手持ち無沙汰に、日向がパンフレットを読み上げた。
「メインの役者が二人だけ、っていうのが特徴らしいぞ」
アカネからの受け売りだろう、光が教えてくれた。
開幕まであと十分足らず。
日向は、こっそり光の横顔を見やる。丁寧にたたんだコートを膝の上に乗せ、行儀よく座っている彼女は、顔立ちも綺麗だし、どこかの令嬢のように見えなくもない。
女性恐怖症ぎみな日向は、この近距離が気にならないといえば嘘になる。が、大分慣れてきたのも事実だった。『女性恐怖症を治してあげる』と、光は宣言していたわけだから、あながち嘘じゃなかったのかもしれない。
「あ、いた。師範代!」
すぐ横の通路に、少年が立っていた。
高校生だろうか、いや、童顔で小柄な容姿は中学生にも見える。くるくるした瞳が可愛らしい。
「空野。なんでお前がここに?」
師範代、とかけられた声に光が応じたので、日向は驚いた。知り合いなのか。
「なんでって、久しぶりに会ってそりゃないでしょ」
少年は短い髪を掻きながら、今度は日向の方を向く。
言葉もなく、二人の男子はしばし見つめ合う。そらの、と呼ばれた少年は、大きな目をいっそう輝かせて、日向の肩をがっしり掴んだ。
「王子様、みいつけた!」




