3-3 ××の持ち主と××契約書【解決編】
「ビンゴ」
職員室へ調べものに行った田雲政宗は、数分で戻ってきた。
いつものポーカーフェイスが崩れて、いくぶん興奮しているように見える。
「いたよ、ひとり。来月に転校する予定の子」
「うそ」
アカネが、信じられないといった風に口を手で覆う。
「――どうしてわかったの? 水無月君」
が、問われた日向も「マジですか」と、ビックリしたように笑っているのだった。
*
「新品のハンカチは、誰のためのものだったのか――? 単純に考えれば、誰かへの贈り物だった、と考えればしっくりきませんか」
放課後の保健室は、ケガ人も訪れず平和で静かなときが流れている。
日向は一口コーヒーを啜った。
「そう言われればそうかもね。でも、どうして3人のうち誰かが転校するって思ったの?」
「恥ずかしい話なんですけど」前置きをして続ける。「母の日、初めて母さんに贈り物をしたんです。喜んでくれたけど、『ハンカチのプレゼントはお別れの意味もあるから気をつけなさい』って注意されてしまって」
「そりゃテンションガタ落ちね」
アカネが日向の肩をぽんと叩く。田雲は腕を組んで「難しいよね」とひとりごちた。
「ハンカチは涙を拭くものだから、『お別れ』を連想するものと言われているけど。そういうの気にする人もいれば、全く気にしない人もいるし。それぞれの認識によるからね」
「転校するのは、3人のうち誰でした?」
「『花子さん』だよ」
「ああ、2番目に来た女の子ね。腹痛の」
日向は納得したように頷く。
「ハンカチは花子さんからの贈り物だったんです」
「誰への?」
「先生への」
「僕に?」
田雲は自分を指して、間の抜けた表情をする。
「わざわざ保健室に持ち込むくらいなんだから、先生に渡すためだったとしか考えられません」
「田雲先生に恋をしている花子さんが、転校するのを機会に想いを伝えようとしてたってこと? なんか切ないわぁ」アカネは身をよじるが、ふいに真顔に戻り、「でも、ちょっと変よね」
「何が?」
真っ新なハンカチを指して、唇を尖らせるアカネ。
「プレゼントなんだから、ラッピングくらいすればよかったのに。そう思わない?」
「あ、それは」
日向は丸椅子から立ち上がり、衝立を除けてベッドを探る。マットレスとベッドボードの間から、ずるりと何かを引き抜いた。
「されてたはずです、ほら」
青色の不織布の袋と麻の紐だ。いかにもラッピング用っぽい。
「ほんとだ! よく見つけたね」
「さっき、ベッドに横になったとき違和感がしたんで。もしかしたらと思って」
つい先刻、保健室に拉致られベッドに放り出された日向は、恨みがましい目でアカネと田雲を見る。が、二人とも全く動じる様子はない。
「どういうこと? ラッピングしてあったのに、それを取っちゃったってこと?」
「――いえ、本人がやったこととは思えません。他に悪さをした人がいたはずです。三番目にやって来た、ええと」
「『次郎』が?」
「僕と同じように、ベッドに寝転んだときに気が付いて、好奇心でつい包装を開けてしまったんじゃないかと」
その憶測に、「なにいっ!」とアカネが目くじらを立てる。
「それで元に戻せなくなって、そのままにしていったってこと!? 次郎許せん! ビンタだわね」
「まあまあ」
「でもさぁ――」
赤いフレーム眼鏡の奥の目を曇らせて、アカネが悲しげに呟く。
「どうして花子さんは、贈り物を枕の下に置いたままにしていたの? 渡そうとしたけど、結局渡せなかったってことよね。彼女が休んでいる間、先生は保健室にいたんでしょう?」
「うん。トイレくらいには行ったかもしれないけど」
「何か話しかけてきたりは?」
「なかったね。寝息も聞こえないほど静かに休んでいた。だから、僕も事務仕事とか、机の整理をしていたんだっけ」
そこまで確認し合って、ふたりは日向を見やる。
視線を受けた当人は溜息を吐いて、「推測でしかないですよ?」と嫌そうに口を開く。
「田雲先生。机の整理をしていたと言いましたけど、そのとき、あの指輪のケースを机上に出しませんでしたか?」
指輪――。
田雲が雷宮光のために購入したという、婚約指輪のことである。つい先日、ちらっと見せてもらっただけだが、日向はそれが強く印象に残っていた。
「……む。机の中のものを全部出して整理していたから、そのときに出したかも」
「それを、花子さんが見ていたとしたら?」
はっとした表情になった後、田雲が黙り込む。
「ねえ、指輪って何?」
指輪のことを知らないのか、アカネがひたすら首をひねっている。
「もお、先生ってば! 肝心なことは何も教えてくれないんだから。でも、もし好きな人が、指輪のケースなんて持っているのを見たら、アタシでも告白止めちゃうかもね!」
アカネが拗ねたように叫ぶ。
そんな彼女に同意するように、うんうん、と日向は小刻みに頷いた。
「――と、いうことで。この後どうするかは、先生にお任せするしかないと思います。じゃあ、僕はこれで失礼します。パンごちそうさまでした」
そっけない挨拶をして、保健室を出ようとした――
「見いつけた!」
「わ!」
ところで、光と出くわした。
軽く抱きしめられて、日向は驚く。何だかとても浮かれているようだ。
「こんなところにいたのか。何してたんだ?」
「……えと」
猫のような目が爛々と輝いている。
拉致されて写真を撮られてパンを食べて、推理してました――在りのままに答えようとしたが、かえって誤解を招きそうなので止めた。
「誕生日プレゼントな。何が欲しいか思いついたよ」
ああ、そういえば――。
今月が光の誕生月である、と知った日向が、何か贈り物をしたいと申し出ていたのだ。そのときは『何もいらない』とつれない返事をされたのだけど。
「はい、これ」
光が一枚の紙を差し出してくる。流麗な筆文字で何かが書かれている。
「これにサインして、捺印しろ。中身は読まなくていいから」
「はあ」
と、いわれても。確認のため、やけに格式ばった文章を読み上げる。
「ええと……『僕、水無月日向は、女性恐怖症を克服したあかつきには、雷宮光さんに童貞を捧げます』――って何だこれ!?」
「あんまり深く考えるな。拇印でいいから。政宗、朱肉貸して」
「ちょっと待って、まだ先にある! 『もし、この誓いを破ったら、罰として去勢します』……?」
途端、アカネと田雲が顔を見合わせて苦笑する。
「先生。きょせい、って何ですか?」
全身を襲う嫌な予感に怯えつつ尋ねる。
「宦官とか聞いたことない?」
言いよどむ田雲に代わり、アカネが笑いをこらえきれない風に教えてくれる。
「大事なとこを取り除いちゃうことよ。男性ホルモンが抑えられて、女性化するっていわれてるけどね」
「!!」
恐怖に顔をひきつらせる日向に、さらなる打撃が加えられる。
「でも、いいんじゃない? 水無月くん、女の子になってもモテるわよぉ、きっと」
ねえ、と田雲と頷きあっているが、それどころじゃない。
「い、嫌だ、こんなの! サインしたくないです!」
「誓いを破らなきゃいいんだよ」
いつの間にか、驚くほど近くに光がいた。上目使いで日向の顔色をうかがっている。
「それとも。私以外の誰かに捧げる予定があるの?」
「……そういう予定はないですけど」
「じゃあ、決まりだな」
「ちょっ!」
手を掴まれて、人差し指に朱肉をべっとり付けられる。
「はい、完了!」
「……あぁぁ」
力なく項垂れる日向のかたわらで、光が満足げに完成された『契約書』を掲げた。親友の暴挙に、アカネは爆笑しながらも拍手している。
「――あの、冗談ですよね」
「ん?」
「その、破ったら、去勢する……とか」
そこで光はとても愛らしく綺麗に微笑んだ。
「冗談だと思うか?」
天使のような、悪魔の笑み。
それは日向を体の芯から震え上がらせた。
(to be continued...)
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