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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
保健室で秘密の××探ります―Who(Why) done it?
24/162

3-3 ××の持ち主と××契約書【解決編】

「ビンゴ」


 職員室へ調べものに行った田雲政宗は、数分で戻ってきた。 

 いつものポーカーフェイスが崩れて、いくぶん興奮しているように見える。


「いたよ、ひとり。来月に転校する(・・・・)予定の子」

「うそ」


 アカネが、信じられないといった風に口を手で覆う。


「――どうしてわかったの? 水無月君」


 が、問われた日向ほんにんも「マジですか」と、ビックリしたように笑っているのだった。


 *


「新品のハンカチは、誰のためのものだったのか――? 単純に考えれば、誰かへの贈り物(・・・・・・・)だった、と考えればしっくりきませんか」


 放課後の保健室は、ケガ人も訪れず平和で静かなときが流れている。

 日向は一口コーヒーを啜った。


「そう言われればそうかもね。でも、どうして3人のうち誰かが転校するって思ったの?」

「恥ずかしい話なんですけど」前置きをして続ける。「母の日、初めて母さんに贈り物をしたんです。喜んでくれたけど、『ハンカチのプレゼントはお別れ(・・・)の意味もあるから気をつけなさい』って注意されてしまって」

「そりゃテンションガタ落ちね」


 アカネが日向の肩をぽんと叩く。田雲は腕を組んで「難しいよね」とひとりごちた。


「ハンカチは涙を拭くものだから、『お別れ』を連想するものと言われているけど。そういうの気にする人もいれば、全く気にしない人もいるし。それぞれの認識によるからね」

「転校するのは、3人のうち誰でした?」

「『花子さん』だよ」

「ああ、2番目に来た女の子ね。腹痛の」


 日向は納得したように頷く。


「ハンカチは花子さんからの贈り物だったんです」

「誰への?」

「先生への」

「僕に?」


 田雲は自分を指して、間の抜けた表情をする。


「わざわざ保健室に持ち込むくらいなんだから、先生に渡すためだったとしか考えられません」

「田雲先生に恋をしている花子さんが、転校するのを機会に想いを伝えようとしてたってこと? なんか切ないわぁ」アカネは身をよじるが、ふいに真顔に戻り、「でも、ちょっと変よね」

「何が?」


 真っさらなハンカチを指して、唇を尖らせるアカネ。


「プレゼントなんだから、ラッピングくらいすればよかったのに。そう思わない?」

「あ、それは」


 日向は丸椅子から立ち上がり、衝立ついたてを除けてベッドを探る。マットレスとベッドボードの間から、ずるりと何かを引き抜いた。


「されてたはずです、ほら」


 青色の不織布の袋と麻の紐だ。いかにもラッピング用っぽい。


「ほんとだ! よく見つけたね」

「さっき、ベッドに横になったとき違和感がしたんで。もしかしたらと思って」


 つい先刻、保健室に拉致られベッドに放り出された日向は、恨みがましい目でアカネと田雲を見る。が、二人とも全く動じる様子はない。


「どういうこと? ラッピングしてあったのに、それを取っちゃったってこと?」

「――いえ、本人がやったこととは思えません。他に悪さをした人がいたはずです。三番目にやって来た、ええと」

「『次郎』が?」

「僕と同じように、ベッドに寝転んだときに気が付いて、好奇心でつい包装を開けてしまったんじゃないかと」


 その憶測に、「なにいっ!」とアカネが目くじらを立てる。


「それで元に戻せなくなって、そのままにしていったってこと!? 次郎許せん! ビンタだわね」

「まあまあ」

「でもさぁ――」


 赤いフレーム眼鏡の奥の目を曇らせて、アカネが悲しげに呟く。


「どうして花子さんは、贈り物を枕の下に置いたままにしていたの? 渡そうとしたけど、結局渡せなかったってことよね。彼女が休んでいる間、先生は保健室にいたんでしょう?」

「うん。トイレくらいには行ったかもしれないけど」

「何か話しかけてきたりは?」 

「なかったね。寝息も聞こえないほど静かに休んでいた。だから、僕も事務仕事とか、机の整理をしていたんだっけ」


 そこまで確認し合って、ふたりは日向を見やる。

 視線を受けた当人は溜息を吐いて、「推測でしかないですよ?」と嫌そうに口を開く。


「田雲先生。机の整理をしていたと言いましたけど、そのとき、あの指輪のケース(・・・・・・)を机上に出しませんでしたか?」


 指輪――。


 田雲が雷宮光のために購入したという、婚約指輪のことである。つい先日、ちらっと見せてもらっただけだが、日向はそれが強く印象に残っていた。


「……む。机の中のものを全部出して整理していたから、そのときに出したかも」

「それを、花子さんが見ていた(・・・・・・・・・)としたら?」


 はっとした表情になった後、田雲が黙り込む。


「ねえ、指輪って何?」


 指輪のことを知らないのか、アカネがひたすら首をひねっている。


「もお、先生ってば! 肝心なことは何も教えてくれないんだから。でも、もし好きな人が、指輪のケースなんて持っているのを見たら、アタシでも告白止めちゃうかもね!」


 アカネが拗ねたように叫ぶ。

 そんな彼女に同意するように、うんうん、と日向は小刻みに頷いた。


「――と、いうことで。この後どうするかは、先生にお任せするしかないと思います。じゃあ、僕はこれで失礼します。パンごちそうさまでした」


 そっけない挨拶をして、保健室を出ようとした――


「見いつけた!」

「わ!」


 ところで、光と出くわした。

 軽く抱きしめられて、日向は驚く。何だかとても浮かれているようだ。


「こんなところにいたのか。何してたんだ?」

「……えと」


 猫のような目が爛々と輝いている。

 拉致されて写真を撮られてパンを食べて、推理してました――在りのままに答えようとしたが、かえって誤解を招きそうなので止めた。


「誕生日プレゼントな。何が欲しいか思いついたよ」


 ああ、そういえば――。

 今月が光の誕生月である、と知った日向が、何か贈り物をしたいと申し出ていたのだ。そのときは『何もいらない』とつれない返事をされたのだけど。


「はい、これ」


 光が一枚の紙を差し出してくる。流麗な筆文字で何かが書かれている。


「これにサインして、捺印なついんしろ。中身は読まなくていいから」

「はあ」


 と、いわれても。確認のため、やけに格式ばった文章を読み上げる。


「ええと……『僕、水無月日向は、女性恐怖症を克服したあかつきには、雷宮光さんに童貞を捧げます』――って何だこれ!?」

「あんまり深く考えるな。拇印ぼいんでいいから。政宗、朱肉貸して」

「ちょっと待って、まだ先にある! 『もし、この誓いを破ったら、罰として去勢きょせいします』……?」


 途端、アカネと田雲が顔を見合わせて苦笑する。


「先生。きょせい、って何ですか?」


 全身を襲う嫌な予感に怯えつつ尋ねる。


宦官かんがんとか聞いたことない?」


 言いよどむ田雲に代わり、アカネが笑いをこらえきれない風に教えてくれる。


「大事なとこを取り除いちゃうことよ。男性ホルモンが抑えられて、女性化するっていわれてるけどね」

「!!」


 恐怖に顔をひきつらせる日向に、さらなる打撃が加えられる。


「でも、いいんじゃない? 水無月くん、女の子になってもモテるわよぉ、きっと」


 ねえ、と田雲と頷きあっているが、それどころじゃない。


「い、嫌だ、こんなの! サインしたくないです!」

「誓いを破らなきゃいいんだよ」


 いつの間にか、驚くほど近くに光がいた。上目使いで日向の顔色をうかがっている。


「それとも。私以外の誰かに捧げる予定があるの?」

「……そういう予定はないですけど」

「じゃあ、決まりだな」

「ちょっ!」


 手を掴まれて、人差し指に朱肉をべっとり付けられる。


「はい、完了!」

「……あぁぁ」


 力なく項垂れる日向のかたわらで、光が満足げに完成された『契約書』を掲げた。親友の暴挙に、アカネは爆笑しながらも拍手している。


「――あの、冗談ですよね」

「ん?」

「その、破ったら、去勢する……とか」


 そこで光はとても愛らしく綺麗に微笑んだ。


「冗談だと思うか?」


 天使のような、悪魔の笑み。

 それは日向を体の芯から震え上がらせた。


 


(to be continued...)

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