3-1 プレゼントあげます
基本NLですが、今回に限ってはBL的な表現が多くありますので、苦手なかたはご注意ください。
「どこを触って欲しい?」
「……手」
「手のどこ?」
「左手の、中指」
「……どう?」
「んっ……冷たい」
放課後の保健室。
夕焼けの陽が艶めかしく射し込む、その場所で――
「――あの」
「なに」
「早くテーピングしてもらえませんか?」
「あのね、突き指をなめちゃいけないよ。アイシングきっちりしとかないと」
「はあ」
「それに君の場合、今年に入ってもう何度目? いい加減、癖になっちゃってるだろ」
「お世話かけます」
「いいんだよ、僕は。君に会えるから嬉しいしね。正直、何度でも突き指してほしい」
「嫌です」
笑顔を絶やさない養護教諭・田雲政宗に、運動着姿の少年・水無月日向が軽蔑した視線を送った。
*
「ところで、野巻先輩は何をしてるんですか?」
「ん?」
一眼レフカメラを構える野巻アカネは、夢中でシャッターを切っている。赤いフレーム眼鏡に、腰まで伸びた明るい髪色が特徴的な少女である。
「こっちのことは気しないで。さあ、思う存分先生と見つめ合いなさい」
「……そう言われても」
「演劇部を通じて知り合った他校の友達がね、ボーイズラブ漫画を描いてるのよ。そんで、うちの学校にイケメンの養護教諭がいるよって教えてあげたら、すっごい興奮してね。写真撮ってこいって頼まれたの」
「じゃあ、田雲先生だけ撮ればいいじゃないですか! なんで僕がいるときに撮るんです?」
「愚かモノが!」
殺気立った目で睨まれ、日向は「ひっ!」と悲鳴を上げる。
「ただでさえ貴重な男性の養護教諭よ、しかもイケメン! さらに、部活動でケガした美少年を救護している図――だなんて、もうほぼ完璧じゃない! ああ、神は私を見捨ててなかった!」
叫びながら、ドン引きする日向とその指にテーピングを巻く田雲の姿を激写している。
「他のいろんなものからは見捨てられてるけどな」
日向の斜め後ろに座っている、猫目の少女が呟く。
丸椅子の上で胡坐をかいているので、スカートが捲れているが、本人は気にしている様子はない。
「ちょっと、光。どいてくれない?」
「なんで私がどかなきゃいけないんだよ」
「違うアングルからも撮りたいのよ。あんたが入っちゃ台無しでしょ。ていうかパンツ見えそうよ。写ってもいいの?」
「そんな都合知らないよ」
雷宮光は、けだるそうに姿勢を直す。
「しゃーないね! 光は腐女子ってことにするから。どんな美女でも美少女でも、腐女子だったらオッケーな世界だからね!」
「それどんな世界?」
「やばっ! これ、マジでお金とれるレベルの写真だわ! じゃあ、皆さん、お騒がせしましたわん。先生またよろしくねー!」
「はいはい」
アカネは慌ただしく退場する。
「――よし、できたよ」
静けさが訪れた保健室で、田雲はテーピングを終えた。
「ありがとうございます」
巻かれた指を握ったり開いたりしながら、日向が立ち上がる。
「でも、テーピングなら部活のマネージャーでも出来る仕事だよね。やってもらえないの?」
自分で聞いておきながら、「ああそうか」と、田雲は手をポンと叩く。
「君は女性恐怖症ぎみなんだっけ? バスケ部のマネージャーは女の子だもんね」
「……まあ」
日向は気まずそうにうつむく。
バスケット部の練習中に突き指した。大したことないだろうと黙っていたのだけど、部活を見学に来ていた光に見ぬかれ、保健室まで強制的に連れてこられたのだ。
「でも、最近は少しマシになってきた気がするんですよ」
「本当に?」
「たぶん。ちょっとくらいなら、触られても平気になったし」
そう主張するなり、光が、日向の右手首をひょいと掴む。
「……全然だいじょーぶです」
そのまま手をつながれ、指を絡められた。
「……う……へ、い、き」
「いや……汗、噴き出てるよ」
しまいには、顔を覗き込んでいた光にも「無理すんな」と慰められてしまう。
「まだ完治までには遠そうだね。本気で治す気があるなら、カウンセラー紹介するよ? 僕がカウンセリングしてもいいけど」
「出来るんですか?」
「真似事くらいは。どう? やってみる?」
黒縁眼鏡の奥の目が、柔和に微笑んでいる。
「じゃあ」と言いかけた日向の口は、手早く塞がれた。
「やめとけ。だいたい、政宗のカウンセリングなんて、いかがわし過ぎるんだよ」
「いかがわしいって……?」
「あいつのことを好きになるように、とか、暗示をかけられたらどうする?」
「ええ?」
「服を脱げ、とかさあ」
「ちょっとちょっと。あやしい催眠術じゃないんだから」
田雲は穏やかに否定するが、日向はすっかりその気がなくなったようで、養護教諭から離れていく。
「なんたって、男も女も見境ない変態だからな」
「それは偏見だね」
蔑んだ視線を送ってくる光と日向に、田雲は動じる様子もなく答える。
「この殺伐とした世界で、老若男女愛せるなんて素晴らしいと思わない?」
「お前の場合、節操がないだけなんだよ」
「手厳しいなぁ」
苦笑いしながら、「そういえば」と田雲は、デスクの引き出しを開ける。
「光ちゃん、今月で十八歳になったんじゃない?」
「それが?」
「そろそろ結婚しようか」
デスクの上に置かれたのは、指輪のケースだった。
「誰と誰が?」
「以前からプロポーズしてるだろ。僕たち親同士が認めた許嫁じゃないか。婚約指輪だって用意してるのに、なかなか受け取ってくれないんだから」
「……学校にそんなもの持ってくるなよ」
「ちゃんと保管はしてるよ」
いつの間にか、光は不機嫌な表情になっている。ふくれっ面のまま、「他の誰かにあげれば?」と吐き捨てる。
「誕生石も埋めたし、誰にでもってわけにはいかないよ。まあ、気長に待ってるよ」
開いたケースからちらりと見えたのは、青い宝石だった。それを大事そうに田雲は仕舞う。
田雲先生と光が交際していた――。
それらしき情報を、日向は田雲から聞いて知っている。真偽のほどはわからないが、こうして婚約指輪まで用意しているんだから、まったくの嘘じゃないんだろう。いまどき許嫁って……。
光は返事もせずに、日向の腕を引っ張って保健室を出た。
*
「今月誕生日だったんですか?」
ポニーテールの後姿に声をかけると、興味もなさそうに「うん」と返事がかえってくる。
「いつもお世話になってるし。僕、何かプレゼントしましょうか」
「そんなのいいよ」
「高価なものは無理ですけど、なにか欲しいものありませんか?」
光は立ち止まると、髪を括っていたゴムを外す。長い髪がふわりと下りてきて、甘い香りが漂ってくる。
「じゃあ、おまえ」
「……う」
予想通りといえば、そのとおりの答えだったが、日向はたじろぐ。
光の言葉使いは乱暴だが、普段から、日向のことを『お前』呼ばわりすることはない。
間違いない。これは機嫌が悪い証拠だ。何も反応できずにいると、「嘘だよ」とデコピンされた。
「誕生日プレゼントなんていらないから」
ひらひら手を振って、「帰る」と生徒玄関へと去っていく。
さて、どうしたものか――?
細身の後姿を眺めながら、日向は憂うような溜息を吐いた。




