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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
図書館で××しちゃ駄目です―Why done it?
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2-4 不効率すぎる理由【解決編2】

 厚い雲が空を覆いはじめた夕方。

 朝は清々しく晴れていたのに、天窓から見上げる空は灰色に染まっている。


 休憩コーナーから事務室に戻ろうとして、彼女は立ち止まる。

 閉架書庫前の暗く人気のない通路に、だれかがたたずんでいたからだ。


「あなたは……」


 見覚えがある。掲示板に貼られた写真の少年だ。


「さきほどはお騒がせしました」


 ぺこり、と若者らしい動作で会釈えしゃくされる。

 帆南杏子は微笑んだ。


「水無月くんでしたっけ。いえいえ、こちらこそ勘違いで失礼をしてしまいましたね」

「実は――」


 少年はおもむろに白い紙片を見せてくる。


「昼ごはんのため席を離れたんですが、机の裏にこんなものが貼り付けられていたんです」


 彼女は目を疑った。まさか――。


「今朝僕が見た封筒と同じものだと思います。一応、お届けした方が良いかと」

「……そう。何なんでしょうね一体」


 受けとろうと手を差しのべるが、少年は、端正な顔をこちらに向けたまま封筒を手放そうとしない。


「僕、封筒を仕込んだ人物を見たかもしれません。外出から戻ったとき、ちょうど僕らの席の近くで怪しい動作をしている男性を見かけたんです」

「男性?」

「すぐ去ってしまったから後ろ姿しか見なかったけど、背格好からして男性でした」

 

 え、と帆南は思わず声をもらす。日向が、封筒を開けて、同色の便せんを取り出したからだ。


「『街路樹の葉も日を追って、燃えるような紅に色付いてきましたが、変わりなくお過ごしでしょうか』」


 朗読が始まってしまった。風邪ぎみなのか、声が少し掠れている。


「『僕は元気です。こうして、あなたと手紙のやりとりをするのは何度目でしょう』」

「……待って」


 呼びかけた帆南をちらりと見るが、日向は朗読を進める。


「『あなたからのメッセージを読むたび、心が安らぐのを感じています。こんなことを伝えたら、あなたは驚くかもしれません』」

「待って。他人の手紙を読むなんて、趣味が良くないわ」

「『でも、この想いを、胸の中に留め続けておくことはできそうにありません』」

「ちょっと聞いてるの?」


 制する声がどんどん大きくなっていく。少年は赤い唇を開いた。


「『僕はあなたのことが』――」

「デタラメはやめなさい!」 


 怒鳴ってしまった帆南は、呆然として立ち尽くすしかなかった。

 肩が上下するほどに呼吸が荒い。


「どうしてこの手紙がデタラメだと?」


 少年がしずかに問いただす。言葉を失ったままの彼女に、起伏きふくのない声音で言う。


「封筒を貼り付けたのは、あなたですね」

 

 図書館係長の帆南玲子は伏せていた顔をゆるりと上げた。



 休憩コーナーの木製ベンチに、ふたりは並んで腰かけている。

 帆南杏子は、先刻の動揺ぶりが嘘みたいに穏やかな表情をしていた。


「図書館の閲覧コーナーの机で手紙のやり取りをする。考えれば考えるほど妙な話です。なぜこんな手段でやり取りしているのか……っしょん!」


 日向は口を押えてくしゃみをして、


「まず、僕は、双方がどんな関係なのかを考えてみました。

 知り合いなら、直接話したり電話で伝えれば済むでしょうし、顔を知らない文通相手と仮定しても、なぜ郵便を使わないのか。さらに今日の出来事です。机に仕込まれた封筒を回収するため、その人物(、、、、)は、僕らを退かせるよう信じられないほど回りくどい手段を使った。姿も見せずにです。以上のことをまとめると」


 日向は指を折りながら、


「彼らは――知り合いじゃない、住所も知らない、おそらく名前も知らない、顔さえも知らない――そんな不思議な関係なんです」


 帆南は一言も発しない。シワが目立ってきた目じりを緩ませ、笑っているようにも見える。


「あの封筒は、朝一番に僕らが席についた時点で仕込まれていました。そんなことができるのは、おそらく図書館の職員だろう、と僕は推測しました。では、職員のうち、誰が仕込んだのか。

 まず除外したのは、貸出カウンターにいる司書さんです。彼女たちは、位置的に閲覧コーナーが視界に入っています。回収する側に助け船を出す――たとえば封筒を仕込む時間を調整するとか、僕らを移動させるように、もう少し取り計らうことができたはずです。でも、カウンター奥の事務室にいる職員はどうでしょう」

「私と館長のことね」


 帆南がすかさず列挙する。


「あなたたちは、来客や電話応対もあるでしょうし、常に閲覧コーナーを見張っていられるわけではない。

 手紙のやり取りの、大体の周期は決まっていたかもしれません。ただ、どんな人物が、いつ封筒を取りに来るかは知らなかった――だから、朝一番に仕込むしかなかった」


 ふうっと、帆南玲子が息を吐く。なめらかな額に白い手を当てる。


「なんともまあ……」

「見当違いでしたか」

「逆よ、逆。私の行動を見張られていたみたい」


 ほとほと参ったように、図書係長はこうべを垂れた。

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