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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
Interval08 グリーン・ノーマライ館の殺人―Let's challenge!
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いわゆる解答例

 ふだんは草を()むアルパカのようにぼんやりしている日向だが、不可思議な事態を前にすると、思考が異様に冴えるのだ。


「ちょっと、カナさん?」


 腰が引けた体勢のまま、ミステリ研究会のスペースへ引きずられてゆく日向。


「グリーン・ノーマライ館じゃないか」


 後を付いてきた光が、懐かしそうに呟いた。あいにく、幼少期の思い出に浸っている場合ではない。

 カナに連行されてきた日向は、アカネに大雑把な成り行きを説明された後、渋々といった感じで問題文を読み始めた。


「…………」


 しばしの静けさ。

 次第に日向の大きな瞳の焦点が合わなくなっていく。


「日向君。もしかして、何かわかった?」


 顔を覗き込んでくるカナに、日向は「いいや」と大げさに頭をふった。


「全然わからない!」


 落胆を隠せないアカネ。一方、光は平然としたまま「何がわからないんだ?」と問いかける。


「何が……っていうか全部ですよ! 謎ばっかりです」


 なぜか嬉しそうに答える日向。


「例えば、この犯人。玄関扉から館に入ったのに、出るときは二階のバルコニーから梯子で下りている。どうしてそうなったんでしょう?」

「どうしてって……」


 きょとんとするアカネは、拍子抜けした気分だった。

 なぜ脱出に梯子を使ったか――なんて、演出的効果を狙ったものとしか考えていなかったからだ。その方が面白いだろう、という出題者の都合で。

 アカネは、透明なカバー越しに、扉に寄りかかった姿勢で絶命しているヒグマ・パパを指す。



挿絵(By みてみん)



玄関扉(、、、)の前に(、、、)ヒグマ(、、、)パパの(、、、)死体が(、、、)あるから(、、、、)。出たくても出られなかったんじゃないの?」


 扉に寄りかかる(、、、、、)ようなかたちで倒れていた、と問題文にあるし。

 思いついたまま口にすると、日向は「そうでしょうか?」と首をかしげた。


「僕が犯人なら、死体を退けて玄関から出ますね。

 バルコニーまで梯子を運んで、地面に下りることを考えたら、ですよ。その方が圧倒的に楽ですから」

「…………」

「なぜ楽な方を選ばなかったのか? ――犯人は、ヒグマ・パパの死体を退けたくても退けられなかったんじゃないでしょうか」

「退けられなかった、って?」

「まず思い浮かぶ理由は、犯人が死体を(、、、)移動させる(、、、、、)ほどの(、、、)()()なかった(、、、、)――“非力な人物”という可能性ですね」


 非力、という言葉に、カナは日向を真っ先に見た。


「そもそも、ヒグマって、巨大で重いよね。日向君、動かせるの?」

「いや、カナちゃん……その辺りは、ドールハウスの世界だから。擬人化されてるから。ヒグマとはいっても、他の登場人物たちと大差ない設定だから」


 苦笑ぎみにフォローするアカネ。飯田が太い腕を組みながら言う。


「退かせられなかった理由……血が苦手とか宗教上の理由で死体に触れなかったとか、どうっすか?」

「血が苦手な奴が、こんな血まみれ殺人事件を起こすかよ」


 光がツッコむ。幼い頃に親しんだドールハウスを、ふざけた用途に使われたと知り、ご立腹のようだ。


「謎といえば、日向君! 梯子が使われた回数だよ。サイコメトラーの霊視!」

「そうっすよ、あれこそ最大の謎っす!」


 カナと飯田が競うようにわめく。


「なにせ犯人は、三階のアカルを殺してバルコニーから脱出したのに、梯子は《2回》しか使われてないんすから!」

「三階に上り下りするだけで2回。バルコニーから下りた分を含めると、3回になっちゃうでしょ」



挿絵(By みてみん)



「……不思議だね」


 考え込む日向へ、カナは高いテンションを保ったまま話す。


「だから私、二階から梯子を振り回して、三階にいるアカルの足を引っかけて落下させたんじゃないか、と考えたの。その後、倒れているアカルに止めを刺した」

「へえ、面白い!」

「エレガントな解答じゃない、って却下されたけどね。……そこの人に」


 そこの人扱いされた推森は、「別に却下はしていない」と薄い唇を尖らす。


「斬新な推理なのにね」

「でしょ? 梯子を“凶器”として使う、っていう発想が秀逸よね我ながら」

「自分も感心したっすよ。エレガントな解答じゃなくて残念っす」


 年下の高校生にまで、妙な敬語を使う飯田。日向は二本指を立てたり折ったりしている。


「2回のうち1回はバルコニーから脱出するために使われたとして。――残り1回は、どう使われたのかが悩みどころですね」

「ちなみに、『上りだけ梯子を使って、下りるときは飛び降りた』っていうのは却下済みっすよ」

「……ありがとうございます。ちょうど今、似たようなことを考えてました」

「似たようなこと?」

「三階に上がってアカルを殺した後、二階ホールに死体を蹴落として、犯人が飛び降りた際の衝撃を受け止める、クッション代わりにしたんじゃないかと」


 けろりとした様子で打ち明ける日向に、周囲はドン引きした。


「酷すぎる!」

「爽やかな顔でなんて残酷なことを! 悪魔なんすか!?」

「アカルに謝れ!!」

「す、すみません……もう許してください」


 本当に謝ってしまうところが、日向の流されやすい性分を表している。

 せっかく期待していたのに、ろくでもない死体クッション説が披露され、アカネはがっくり肩を落とした。

 磯部澪が時計を気にしている。

 あと二時間半で、展示会は終了となる。雑学研の会長として無力さを感じているのだろう。その気持ちが手に取るようにわかった。


 なんとかしてあげたい!

 でも、どうしたら良いだろう。こうなったら、やっぱり暴れるしかないのか。拳を固めたアカネが(おもて)を上げると、問題文を読み直している日向が視界に入った。めげずに何度も何度も。……実力行使に出るのは、もうちょっとだけ待ってみようか。


「事件があった時間帯に、アカルがピアノ練習をしているのは日課だった。村の人たちはそれを知っていたようですね」

「有名な美少女ピアニスト、って設定だったからね」

「野巻も私もピアノなんか弾けないけどな」


 アカネと光は微かに笑い合う。


「同じ時間帯に、ヒグマ・ママがバルコニーで家事をしているのも、村人たちに知られていた」

「家事っていうのは大抵ルーティン化されるからね。――で、それがどうしたの?」

「うん……」


 尋ねてきたカナに、日向は曖昧に語尾をにごす。


「まるで、家族がバラバラの(、、、、、)タイミング(、、、、、)()狙った(、、、)みたいだなって」

「グッドな観点じゃないっすか」


 飯田は短い髪をわしわしと掻いている。


「犯人にしたら、まとまってリビングにいるタイミングを狙うより、それぞれ別の場所にいるタイミングを襲った方が良いに決まってる。心理的にも納得できるっすよ。非力で、体力に自信がない人物だったらなおさらね。

 襲われたパパの悲鳴を聞いて、ママはバルコニーから駆け付けたかもしれないけど、防音室のアカルはしばらく異変にさえ気づかなかったんじゃないっすか」


 耳を傾けていた日向は、口を開けてぼおっとしていたが、突如早口で呟き出す。

 

「バラバラの時間帯……梯子……非力で体力に自信がない……防音室」


 そんな日向を飯田は不審そうに見つめている。

 やがて、虚ろだった瞳に輝きが宿った。


「――わかりました! “2回目”の梯子を使ったのは、犯人じゃありません。アカル(、、、)です!」


 絶叫した日向に、周りの人間たちは驚いて飛び上がった。

 光は慣れたものでけろっとしている。さすがだな、とアカネはひそかに思う。


「……水無月君、何か閃いたのね?」

「はい!」


 日向は大きく頷いて、


「ピアノの練習を終えたアカルは防音室を出て、やがて二階に下りてきます。

 犯人は、ただ、その(、、)タイミングを(、、、、、、)待てば(、、、)よかった(、、、、)んです」


 理解しがたいといった感じで、カナは問う。


「梯子を使ったのは、アカルなの? 結局、犯人は三階へは上がらなかったってこと……?」

「うん。そこの方――飯田さんとおっしゃるんですね――の言うとおり、犯人はヒグマ・パパの死体を動かせないほど、“非力で体力に自信がない人物”だった。足に不自由があった、とも考えられます。梯子で上がり下りするのも躊躇(ためら)うほどに」

「……たしかに、梯子を使うのって結構ハードよね。慣れていないと怖いし。ごめん――悪いけど、もう少しわかりやすく説明してくれない? できれば手短に」


 皆の気持ちを代弁したアカネに、日向は「はい!」と再び元気よく頷いた。


「犯人は、三人が館の中でバラバラの時間帯を狙って犯行に及びました。玄関扉から忍び込み、不意打ちでパパを襲う。このとき、刺されたパパが扉に向かって倒れたのは犯人の想定外でした。次に、二階のバルコニーにいたママを、ホールで待ち伏せするようにして襲撃、殺害」


 いつもはオドオドしているのに、推理を述べるときだけは、やけに生き生きする日向である。ドールハウスの現場を指し示しながら続ける。


「最後にアカルです。普通ならば、三階へ梯子で上がって防音室の彼女を襲うところですが、体力に自信がない犯人は、より簡単に(、、、、、)アカルを(、、、、)襲う方法(、、、、)を思い付いたんです」


 そこで、日向はカナを一瞥して、いたずらっぽく笑った。


「つまり、こうです。

 二階の梯子の下――三階から見下ろすと死角になる位置――に潜み、アカルが練習を終えて防音室を出てくるのを待ちます。そして、彼女が二階に下りようと、梯子に足をかけたタイミングで――梯子を思いっきり押し倒した(、、、、、)!」


 両手を広げて前にプッシュするような仕草をする。

 アカネは顔をしかめた。背の低い脚立を使うときでさえ、誰かに足場を支えてもらうのに……。足場を崩されるなんて、想像するだけでゾッとした。


「足場を失ったアカルはどうしようもありません。梯子から二階のホールに落ちた彼女は、『身体の各所に打撲』を負った。後はカナさんの推理と同じです。身動きが困難になったアカルを、犯人はナイフで一突き。とどめを刺した」


 誰かが唾を呑み下す音がした。真剣な表情で聞き入っていた推森が言う。


「その後、犯人の動きは?」

「先に話したとおりです。玄関扉から出ようとしたが、ヒグマ・パパを退かすことができず――扉は内開き(、、、)なんでしょうね――、やむを得ずバルコニーから梯子で下りた。

 犯行当時、梯子が使われたのは2回。サイコメトラーの霊視とも矛盾していないと思いますが」

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