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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
Interval01 日常の謎
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名城→カフェごはん→人妻【解決編】

「おかしいと思ったんです」


 高校生の男女に、若い男性が二人。

 奇妙の取り合わせのなか、日向は、レモンイエローのマウンテンバイクを指す。


「その自転車。最初に見かけたときは、アナタが乗って来て、駐輪場に停めていた」


 アナタ、と呼びかけられたタヌキは戸惑いつつも頷く。


「それを今、アナタが乗っている」


 今度は自転車に乗ったキツネに向かっていう。


「――アナタたちは、自転車を“共有”しているんですね?」


 呆気にとられた様子のキツネとタヌキは、「ああ」「まあ」とそれぞれ肯定した。


「どういうことだ」


 光がいぶかしげに尋ねる。日向は声を低めて、


「さっき、タヌキは僕らを追いかけてきましたよね。逃げる僕らを、走って追いかけてきた。おかしいと思いませんでしたか――? なぜ彼は自転車を(・・・・)使わなかったのか(・・・・・・・・)?」

「……あ」

「足に自信があったからそうしたのか? でも、そうじゃなかったですよね」


 タヌキの不格好な走りのフォームを回想しながら、光はゆるりと頷く。


「せっかくの自転車を使わなかったのは何故か?」


 そこで、皆に聞こえるよう声のボリュームを戻す。


「駐輪場に停めた後は、別の人物(・・・・)が使う予定だったからです」


 ふいにキツネが、「えっと」と口を挟む。


「オレら、従兄弟なんだよ。バイトの行き帰りは俺が自転車を使って、バイトの間は、コイツが大学に通うのに使ってるんだ」


 親切なのか物好きなのか、キツネがシャープな輪郭りんかくに笑みを浮かべて教えてくれる。



「なるほど……さて、雷宮先輩。問題です」


 まだ事情が呑み込めないのか、難しい顔のままの光に、日向が一本指を立ててみせる。クイズ番組の司会者のようだ。


「自転車、4ケタの数字――これらのキーワードから、連想されるものといえば?」


 しばらく視線をさ迷わせた後、光は猫のような瞳を大きくする。


「……鍵の、暗証番号……?」


 ビンゴ。

 出題者は満足げに微笑むと、そのまま、タヌキとキツネに顔を向ける。


「つまり、アナタたちは書店の雑誌を利用して、"自転車の鍵の暗証番号"をやり取りしていた。そういうことじゃないでしょうか」



「半年くらい前になるかな」


 とがった顎を撫でて、キツネが語り出した。


「俺とマサルの自転車が、偶然、同じ時期に盗難に遭ったんだ」


 マサル、というのはタヌキの名前だろう。さらにキツネは続ける。


「結構高価な自転車だったから、二人とも精神的に参っちゃってさ……。お金を出し合って、新しいのを一台買ったんだ。気休めかもしれないけど、キーロックの暗証番号を定期的に変えることにした」

「たしかに気休めだな」


 車体に提げてあるワイヤーロックを見やり、光がぼやく。


「そんなことより、もっと強い素材の鍵に変えた方が早い」


 自分たちより年下の女子高生に指摘されたキツネとタヌキは、そろってうな垂れた。

 後の話をタヌキが引き継ぐ。


「おれが暗証番号を変更する係。で、変更した番号をタケオに伝えるため、本屋の雑誌を利用させてもらっていたんだ。言い訳かもしれないけど、店に迷惑をかけるつもりはなかったんだよ」


 だから穏便おんびんに済ませてほしい、といった風に、日向と光を仰ぐ。


「聞いてもいいですか」と日向が挙手して、「どうして、あの書店を利用しているんですか。何か特別な理由が?」

「え……そりゃ、タケオがあそこの二階でバイトしてるから」


 とタヌキは、キツネ、もといタケオを指す。


「直接伝えられれば楽なんだけど、バイト中に訪ねていくのは気が引けるし。かといって、バイトが終わるまで待つのは大変だから」

「そ、そんな理由で……?」


 日向は脱力したようにうめいた。

 二階のレンタルスペースまでは、注意して観察してなかったのである。


「じゃあ、雑誌を三冊も利用していたのはどうして? ちょっと用心深すぎる気がしますけど」 

「それは、店員に気付かれにくくするためと……」


 語尾の歯切れ悪く、タヌキは言いよどむ。少し間をおいて、日向を恨めしそうに見た。


「君、おれのこと見張ってただろ?」

「えっ、そ、そんなこと……は」

「数週間前から見張っていたらしいぞ。アナタの行動がいかがわしいから」


 はぐらかそうとした日向だが、光にばっちり暴露されてしまう。

 タヌキは、やっぱり、と呟き、


「君のことが気になって。念のため、挟んでおく雑誌の種類を増やした」

「……僕の、せい?」


 日向に用心した結果、『日本の名城』と『カフェごはん』のローテーションに、『人妻天国』が加わったのだ。

 んっ、と咳払いした光が、日向の腕を小突いてくる。当の本人は、肩をがくりと落とした。

 しかし、まだ最大の疑問が残っている。


「あなたたちは何故こんな面倒くさい……手の込んだ方法でやり取りしていたんですか? 暗証番号くらいメールで連絡すれば済みますよね」


 たかが四桁の数字である。

 その、ごく当然と思われる日向の指摘に、男たちは、おとぎ話から醒めたような表情になった。ぽっかりと奇妙な間が空く。


「そう――そうなんだよ!」


 突然キツネが声を荒げた。


「コイツがケータイを(・・・・・)持ってないから(・・・・・・・)。だから、こんな不便なことになってるんだ。いい加減、持てよ、ケータイ!」

「嫌だ。持たない」


 持ってないんじゃなく、持たない――?

 タヌキがまくし立てる。


「おれはケータイが嫌いだ!

 アレのせいで、自分の意志に反して勝手に鳴ったり呼び出されたりするんだぞ。地球上のどこにいても、だ! 何が文明の利器だ!? これからも絶対に持たないから!」


 穏やかな顔つきを激変させ、嫌悪感を露わにする。

 そのあまりの剣幕けんまくに黙ったキツネだが、やがて宥めるような口調でいう。


「でもなぁ、この子のいうとおりだぞ。お前がケータイを持たないせいで、あんな面倒な方法でやり取りしなきゃいけない俺の身にもなれよ」

「だから、おれが暗証番号を替えたり、しおりを挟んだり、面倒な役回りをやってるだろ!」 


 言い争いの声が、やけに遠くに聞こえてきた。

 日向は額に手をやる。まさかこんな真相だったとは――


「……犯罪、ねえ」


 心底あきれたような、光の物言いが耳に痛い。なるほど、好奇心も程ほどにしておいた方が良いのかもしれない。ケンカの勢いが再燃しそうな従兄弟たちから、ふたりは静かに離れた。



 秋の空は気持ち良く晴れているが、冬に向かう北風は肌寒い。

 光の自宅近くの公園に着いたところで、ふたりは寄り道をした。


「でも、タヌキの言ってたこと、理解できるな」


 ブランコに腰かけた光は軽く漕ぎながら、


「ケータイって、私も好きじゃないんだ。便利過ぎる気がして」

「でも……」


 無いと不便だと思います。

 タヌキとキツネの連絡手段を回想し、心の中で受け答えした。

 日向は隣のブランコに座る。立ち乗り用なのか、座面が砂ぼこりで汚れている。光がさらに言う。


「私、人を待つ時間って好きなんだよ。ケータイを持ってたら、そういう機会も減っちゃうだろ?」

「…………」


 おもいがけない台詞に、日向はぽかんと口を開けた。

 バスケ部の練習終わりを待ち伏せする光が脳裏に浮かぶ。

 まさか、あの時間を楽しんでいたなんて。それどころか日向は、光が待ち伏せしているのは、ケータイを持っていないせいだと決めつけていたのだ。


 かしゃん、と鎖が重なる音がする。

 日向のブランコの鎖を寄せた光が、二本をひとつにして握っている。

 気付くと、驚くほど近くに顔があった。

 ぎょっとして離れようとしたが遅かった。唇をぺろりと舐められて、甘噛みされる。


「っ!!」


 まるで味見のようなキスに、日向はブランコから転げ落ちた。恨みがましく見上げると、光はくすくすと笑っている。


「いいじゃんこのくらい。減るもんじゃないし」


 セクハラおやじの台詞(セリフ)である。腕を引っ張り上げられて、あどけなく囁かれる。


「まだ君のことよく分からないけど、ああいう訳のわからない問題に夢中になれるとこ、嫌いじゃないよ」


 明日また練習終わりに待ってるから。じゃあね。

 一方的な伝言を残して、胸の前でバイバイをして行った。



「便利は不便……」



 遠ざかる光の後ろ姿を眺めながら、ぽつりと日向は呟く。

 その言葉は、触れた唇の感触とともに、やけに脳内に染みついて残った。

 ひとつだけ確かなのは、明日も、光のことでバスケ部員たちにからかわれるんだろうな、ということだ。



(to be continued…)

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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