名城→カフェごはん→人妻【解決編】
「おかしいと思ったんです」
高校生の男女に、若い男性が二人。
奇妙の取り合わせのなか、日向は、レモンイエローのマウンテンバイクを指す。
「その自転車。最初に見かけたときは、アナタが乗って来て、駐輪場に停めていた」
アナタ、と呼びかけられたタヌキは戸惑いつつも頷く。
「それを今、アナタが乗っている」
今度は自転車に乗ったキツネに向かっていう。
「――アナタたちは、自転車を“共有”しているんですね?」
呆気にとられた様子のキツネとタヌキは、「ああ」「まあ」とそれぞれ肯定した。
「どういうことだ」
光がいぶかしげに尋ねる。日向は声を低めて、
「さっき、タヌキは僕らを追いかけてきましたよね。逃げる僕らを、走って追いかけてきた。おかしいと思いませんでしたか――? なぜ彼は自転車を使わなかったのか?」
「……あ」
「足に自信があったからそうしたのか? でも、そうじゃなかったですよね」
タヌキの不格好な走りのフォームを回想しながら、光はゆるりと頷く。
「せっかくの自転車を使わなかったのは何故か?」
そこで、皆に聞こえるよう声のボリュームを戻す。
「駐輪場に停めた後は、別の人物が使う予定だったからです」
ふいにキツネが、「えっと」と口を挟む。
「オレら、従兄弟なんだよ。バイトの行き帰りは俺が自転車を使って、バイトの間は、コイツが大学に通うのに使ってるんだ」
親切なのか物好きなのか、キツネがシャープな輪郭に笑みを浮かべて教えてくれる。
「なるほど……さて、雷宮先輩。問題です」
まだ事情が呑み込めないのか、難しい顔のままの光に、日向が一本指を立ててみせる。クイズ番組の司会者のようだ。
「自転車、4ケタの数字――これらのキーワードから、連想されるものといえば?」
しばらく視線をさ迷わせた後、光は猫のような瞳を大きくする。
「……鍵の、暗証番号……?」
ビンゴ。
出題者は満足げに微笑むと、そのまま、タヌキとキツネに顔を向ける。
「つまり、アナタたちは書店の雑誌を利用して、"自転車の鍵の暗証番号"をやり取りしていた。そういうことじゃないでしょうか」
*
「半年くらい前になるかな」
とがった顎を撫でて、キツネが語り出した。
「俺とマサルの自転車が、偶然、同じ時期に盗難に遭ったんだ」
マサル、というのはタヌキの名前だろう。さらにキツネは続ける。
「結構高価な自転車だったから、二人とも精神的に参っちゃってさ……。お金を出し合って、新しいのを一台買ったんだ。気休めかもしれないけど、キーロックの暗証番号を定期的に変えることにした」
「たしかに気休めだな」
車体に提げてあるワイヤーロックを見やり、光がぼやく。
「そんなことより、もっと強い素材の鍵に変えた方が早い」
自分たちより年下の女子高生に指摘されたキツネとタヌキは、そろってうな垂れた。
後の話をタヌキが引き継ぐ。
「おれが暗証番号を変更する係。で、変更した番号をタケオに伝えるため、本屋の雑誌を利用させてもらっていたんだ。言い訳かもしれないけど、店に迷惑をかけるつもりはなかったんだよ」
だから穏便に済ませてほしい、といった風に、日向と光を仰ぐ。
「聞いてもいいですか」と日向が挙手して、「どうして、あの書店を利用しているんですか。何か特別な理由が?」
「え……そりゃ、タケオがあそこの二階でバイトしてるから」
とタヌキは、キツネ、もといタケオを指す。
「直接伝えられれば楽なんだけど、バイト中に訪ねていくのは気が引けるし。かといって、バイトが終わるまで待つのは大変だから」
「そ、そんな理由で……?」
日向は脱力したようにうめいた。
二階のレンタルスペースまでは、注意して観察してなかったのである。
「じゃあ、雑誌を三冊も利用していたのはどうして? ちょっと用心深すぎる気がしますけど」
「それは、店員に気付かれにくくするためと……」
語尾の歯切れ悪く、タヌキは言いよどむ。少し間をおいて、日向を恨めしそうに見た。
「君、おれのこと見張ってただろ?」
「えっ、そ、そんなこと……は」
「数週間前から見張っていたらしいぞ。アナタの行動がいかがわしいから」
はぐらかそうとした日向だが、光にばっちり暴露されてしまう。
タヌキは、やっぱり、と呟き、
「君のことが気になって。念のため、挟んでおく雑誌の種類を増やした」
「……僕の、せい?」
日向に用心した結果、『日本の名城』と『カフェごはん』のローテーションに、『人妻天国』が加わったのだ。
んっ、と咳払いした光が、日向の腕を小突いてくる。当の本人は、肩をがくりと落とした。
しかし、まだ最大の疑問が残っている。
「あなたたちは何故こんな面倒くさい……手の込んだ方法でやり取りしていたんですか? 暗証番号くらいメールで連絡すれば済みますよね」
たかが四桁の数字である。
その、ごく当然と思われる日向の指摘に、男たちは、おとぎ話から醒めたような表情になった。ぽっかりと奇妙な間が空く。
「そう――そうなんだよ!」
突然キツネが声を荒げた。
「コイツがケータイを持ってないから。だから、こんな不便なことになってるんだ。いい加減、持てよ、ケータイ!」
「嫌だ。持たない」
持ってないんじゃなく、持たない――?
タヌキがまくし立てる。
「おれはケータイが嫌いだ!
アレのせいで、自分の意志に反して勝手に鳴ったり呼び出されたりするんだぞ。地球上のどこにいても、だ! 何が文明の利器だ!? これからも絶対に持たないから!」
穏やかな顔つきを激変させ、嫌悪感を露わにする。
そのあまりの剣幕に黙ったキツネだが、やがて宥めるような口調でいう。
「でもなぁ、この子のいうとおりだぞ。お前がケータイを持たないせいで、あんな面倒な方法でやり取りしなきゃいけない俺の身にもなれよ」
「だから、おれが暗証番号を替えたり、しおりを挟んだり、面倒な役回りをやってるだろ!」
言い争いの声が、やけに遠くに聞こえてきた。
日向は額に手をやる。まさかこんな真相だったとは――
「……犯罪、ねえ」
心底あきれたような、光の物言いが耳に痛い。なるほど、好奇心も程ほどにしておいた方が良いのかもしれない。ケンカの勢いが再燃しそうな従兄弟たちから、ふたりは静かに離れた。
*
秋の空は気持ち良く晴れているが、冬に向かう北風は肌寒い。
光の自宅近くの公園に着いたところで、ふたりは寄り道をした。
「でも、タヌキの言ってたこと、理解できるな」
ブランコに腰かけた光は軽く漕ぎながら、
「ケータイって、私も好きじゃないんだ。便利過ぎる気がして」
「でも……」
無いと不便だと思います。
タヌキとキツネの連絡手段を回想し、心の中で受け答えした。
日向は隣のブランコに座る。立ち乗り用なのか、座面が砂ぼこりで汚れている。光がさらに言う。
「私、人を待つ時間って好きなんだよ。ケータイを持ってたら、そういう機会も減っちゃうだろ?」
「…………」
おもいがけない台詞に、日向はぽかんと口を開けた。
バスケ部の練習終わりを待ち伏せする光が脳裏に浮かぶ。
まさか、あの時間を楽しんでいたなんて。それどころか日向は、光が待ち伏せしているのは、ケータイを持っていないせいだと決めつけていたのだ。
かしゃん、と鎖が重なる音がする。
日向のブランコの鎖を寄せた光が、二本をひとつにして握っている。
気付くと、驚くほど近くに顔があった。
ぎょっとして離れようとしたが遅かった。唇をぺろりと舐められて、甘噛みされる。
「っ!!」
まるで味見のようなキスに、日向はブランコから転げ落ちた。恨みがましく見上げると、光はくすくすと笑っている。
「いいじゃんこのくらい。減るもんじゃないし」
セクハラおやじの台詞である。腕を引っ張り上げられて、あどけなく囁かれる。
「まだ君のことよく分からないけど、ああいう訳のわからない問題に夢中になれるとこ、嫌いじゃないよ」
明日また練習終わりに待ってるから。じゃあね。
一方的な伝言を残して、胸の前でバイバイをして行った。
「便利は不便……」
遠ざかる光の後ろ姿を眺めながら、ぽつりと日向は呟く。
その言葉は、触れた唇の感触とともに、やけに脳内に染みついて残った。
ひとつだけ確かなのは、明日も、光のことでバスケ部員たちにからかわれるんだろうな、ということだ。
(to be continued…)
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