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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
Interval08 グリーン・ノーマライ館の殺人―Let's challenge!
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推理編

 とはいったものの――

 

 いつのまにか注目を浴びていたことに気づき、アカネは体を縮こませた。お騒がせしてすみません、と澪がオープンキャンパスの来訪者らに頭を下げている。

 ひとまず、展示用パーテーションの裏に移動する。


「野巻先輩」


 カナが心配そうに見上げてきた。


「大丈夫よ。その昔、あたしは黒高のミス・マープルと呼ばれていたから」

「そんなの一度たりとも聞いたことないですけど。――変なクイズですよね」


 クイズ。そう、クイズ(、、、)なのだから。

 ヒントを見逃さず、正しく思考すれば、正解にたどり着けるはずだ。


「サイコメトラーが目覚めてから、もう一度サイコメトリーしてもらえば犯人がわかるのに。設定が色々ふざけてますよね」


 問題にケチをつけるカナ。アカネはパーテーションから顔だけ出し、模造紙を眺める。

 

「『犯人はいかにして、ヒグマファミリーを惨殺したのだろうか?』って。犯人当てじゃないわけよね。方法とか手順を明らかにすればいいわけでしょ。

 ええっと、まず――『犯人は玄関扉から侵入したと思われる』。これって信用して良いのかな」

「もちろん」


 堂々と首肯したのは推森である。


「パンダポリスの捜査から得られた証言や推測、サイコメトラーの能力は全て信用していい。出題者の立場から保証する」


 あんたに保証するって言われてもねぇ……。赤フレームメガネの奥の目を細めるアカネ。

 だが一方で、こうも考える。

 ろくに活動もしない推森だが、ミステリにかける情熱は並々ならぬものがあるのは確かで。部室の壁と床を埋め尽くす、推理小説の山がそれを証明している。


「この問題はアンフェアじゃないのね?」


 何気なく口にした、アンフェア、という言葉に、推森は糸のような目をかっと見開いてみせた。


「アンフェア!? この世で一番忌むワードだ!」


 ひときわ大きな声で宣言する。


 だったら他人のサークルの展示物盗むな!


 そこにいる誰もが心の中でツッコんだが、推森の異常な迫力のせいか黙っていた。微妙な空気のなか、アカネは赤みを帯びた髪を梳く。気を取り直して、と。

 

「犯人は玄関扉から侵入した。それから?」

「リビングにいたヒグマ・パパを襲った」


 カナが引き継ぐ。

 ランニング中のアライグマによると、リビングでくつろぐパパが窓越しに見えたという。



挿絵(By みてみん)



「凶器は鋭利な刃物……ナイフみたいなものかな? ナイフを手に家に押し入る、って大胆ね」

「事件直前に侵入したとは限りませんよ、野巻先輩。誰もいない時間に侵入してどこかに隠れていたのかも」

「扉に鍵は付いてないみたいだしね」


 カナに相づちを打ちながら、アカネはドールハウスを一望した。

 一階にはリビング、ダイニング、キッチン、風呂、洗面所とトイレのスペースがある。隠れる場所には困らなさそうだ。


「忍び込んだ後、物陰に潜み、ヒグマ・パパを襲った後、二階に上がって」螺旋階段に視線を落とし、「バルコニーで洗濯物の片づけを終えたヒグマ・ママをホールで襲う」


 制服のリボンを弄っていたカナは、ドールハウスを横から見る位置に移動する。二階のバルコニーから地上へ、梯子が下ろされているのが見えた。



挿絵(By みてみん)



「この梯子って、もともとは館の中にあったものなんですね」

「そう。二階から三階に立てかけて使うの」

「立てかけるだけ? 危ないですね。建築基準法に違反してるんじゃ?」

「カナちゃん細かいね~。ドールハウスだから、その辺はアバウトよ」



挿絵(By みてみん)



「娘のアカルは三階の防音室でピアノを弾いていたんでしたっけ。犯人は三階へ梯子で上がり、防音室のアカルを殺した後、二階に降りた」

「で、バルコニーへ梯子を運び、そこから下りて館から脱出した……?」

「駄目っす!」


 アカネとカナのやり取りに、待ったがかかった。

 澪の背後に控えていた雑学研メンバーのひとりが、ずいっと前に出てくる。三角おむすびのよう形の頭をした巨体の男子である。彼は「飯田(いいだ)です」と名乗り、


「自分も最初は同じことを考えたんすけど。その場合、梯子が使われたのは3回(、、)とカウントされます。サイコメトラーの霊視と矛盾するっすよ」

「ああ、そっか」


 すぐに理解したらしいカナは、小さく舌を出した。


「三階へ上がって二階に下りるだけで2回のカウントですもんね。バルコニーから脱出する分を含めたら3回になっちゃう」

「……ちょい待ち」


 さっそく混乱してきた。アカネは、落ち着いてもう一度確認する。

 ヤギの兄貴は、事件当時《梯子は2回使われていた》とサイコメトリーした。

 さらに、『上り下りをセットで1回か?』と尋ねたパンダポリスに、『上り下りをそれぞれ1回としてカウントしろ』と答えている。梯子を上り下りするだけで、2回とカウントされるのだ。

 

「ややこしいなぁ……つまり、犯人は三階へは上がらなかったってこと?」


 三階へ上がらなければ、梯子カウントを消費せずに済む。

 しかし、事件当時に梯子が使われたのは《2回》。バルコニーから脱出の1回とは別に、どこかで1回使われていなければならないことになる。逆に余分なのだ。


「犯人は三階に上がるとき梯子を使ったが、アカルを殺した後、下りるときは梯子を使わず飛び降りた」


 飯田の発想に、アカネは「おおっ!」と反射的に声を上げたが、


「――と、推森さんに解答しましたが、不正解でした」

「ええ~なんでよ」

「1フロア分の高さだぞ。飛び降りて無事に済むとは限らないだろう」


 不満そうなアカネに、推森は至極真っ当な反論をした。さらに付け足す。


「同じ理由で、バルコニーから梯子を使わずに飛び降りた、という解答も却下しておこうか」

「……ぐぬぬ」


 アカネは歯ぎしりする。

 腰に手を当てて気取ったポーズを取っている推森。ポーカーフェイスを保っているが、口元には余裕の笑みが浮かんでいた。ますます気に入らない。

 苛立つアカネの横で、カナが「あっ!」と叫んだ。新たな説を思いついたらしい。


「梯子を、上り下りで使ったとは限りません! 《凶器》として使われたんじゃないでしょうか」


 めずらしく興奮した様子のカナ。高ぶった声音に、展示の来訪者の相手をしていた澪までもが振り返る。


「凶器として? どういうことっすか!?」


 飯田の期待に満ちた視線を受け、カナは緊張を解くよう一息吐いた。


「犯人は三階には上がっていません。二階でヒグマ・ママを殺した後、三階のアカルを二階にいながら殺害したんです。――梯子を使ってね」

「一体どうやって?」

「二階のホールで、ピアノの練習を終えたアカルが防音室から出てくるのを待ち、梯子を頭の上に持ち上げて」


 そのシーンを再現しようというのか、めいっぱい天井へ両手を上げるカナ。


「梯子の先を振り回し、彼女の足下を払ったんです。足を取られたアカルは真っ逆さまに落下します。不意打ちをくらって身体を痛め、動きがとれない状態になったところを、犯人にナイフで止めを刺された」

「根拠は?」と推森。

「あります。問題文を見てください。検視の結果、アカルだけ『身体の各所に打撲の痣があり』と書かれているじゃないですか! 梯子から落ちたときの痣ですよ!!」


 名探偵カナ、誕生の瞬間だった。

 アカネはひそかに舌を巻いた。身体の各所に打撲の痣――その記述を見逃していたのだ。いや、意識から抜け落ちていた、といった方が正しいか。


「どうっすか今の推理は!?」


 飯田が推森に詰め寄る。

 黒い長袖シャツの腕を組み、しばし、推森は悩むような態度をみせた後、


「エレガントな解答、ではない」


 よりにもよって推森の口から、エレガントなんて単語が出るとは。

 アカネはとうとう耐えきれなくなって怒号を上げる。


「何がエレガントよ! このドールハウス泥棒!!」

「……とりあえず、今の解答について反論させてもらうよ」


 推森はわざとらしく咳払いをした。


「二階から梯子で、三階にいる人物の足下を払うって、どうやって(、、、、、)?」

「え」


 カナが一瞬口ごもる。


そう(、、)上手く(、、、)いくか(、、、)、って話さ。防音室から出たアカルが、たまたま足下の注意がおろそかだったとしても。二階から梯子で足を引っかけるなんて出来るかな」

「……それは、えっと、こんな風に」


 必死に両手を振り回すカナ。小動物めいた動きである。

 先がL字のように曲がっていたらどうだろう……? アカネは頭を抱える。ドールハウスの梯子は、ちょうど一階分をつなぐ長さで、特別な工夫も機能もないタイプであった。


「だが絶対に不可能、とまでは言わない。百回やったら一回くらいは成功するかもな。だから不正解ともしない」


 推森が不敵に笑った。


「あと三時間待って、この解よりもエレガントなものが提出されたら、ドールハウスを進呈しよう」

「なっ!」


 澪が顔を引きつらせた。

 三時間後といえば、展示会の終了時刻ではないか。ふざけている! アカネの憤りが極限まで達しそうになったところで、おもちゃ展に見知った入場客が現れた。


「野巻。受付当番、任せっきりで悪かったな」


 雷宮光だった。

 ポニーテールの尻尾を揺らしつつ、足早に近づいて来る。


「光! 工学部の見学は終わったの?」

「まあな。日向がいちいち気になったことを院生とか教授に質問するから大変だったよ」


 光はどことなく疲れた顔をしている。一方、日向は超人機のフィギュアを興味深そうに眺めていた。


「水無月君!」「日向君!!」


 アカネとカナが同時に声を張る。

 突然名指しされた日向は驚いて尻餅をつきそうになった。掴みかからんばかりの勢いで、アカネは叫ぶ。


「お願いだから、今すぐこの謎を解いてちょうだい!」

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