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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
Interval08 グリーン・ノーマライ館の殺人―Let's challenge!
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問題編

 澪は西側の壁際を指す。

『お菓子のオマケ玩具コーナー』から微妙な距離をとり、『ミステリ研究会』の看板があった。さらに奥の長机に、グリーン・ノーマライ館は飾られていた。


「ちょっ……な、なによこれっ!?」


 悲鳴を上げるアカネ。

 館は外側ではなく、内側をみせるよう置かれている。部屋がたくさんあるのに、家具は一切置かれていない。

 館の中に存るのは、三体の人形のみ。しかも異様だった。


 一階ではヒグマ・パパが、二階ではヒグマ・ママが倒されていた。娘のアカルはママから少し離れた位置で、仰向けに転がっている。――いずれも赤黒い血だまりのなかで……

 

 「『グリーン・ノーマライ館の殺人』現場へようこそ」


 全身黒づくめの男が、待ち構えていたかのように登場した。

 ミステリ研究会の会長、推森琢郎(たくろう)だ。


「野巻アカネさん。ドールハウスの寄付をありがとう」

「これは雑学研究会に譲ったの! あんたになんか寄付してないわよ」


 なぜミステリ研究会の名義で展示されているのか。意味がわからない。


「ごめん……私が油断したせいで」


 澪が青ざめた顔色のまま話し出す。


「昨日の会議の後、雑学研で展示会の準備をしていたら、推森が手伝いにきたの。会議をサボったお詫びに、って。ドールハウス用のカバーを用意してくれて」


 透明なプラスチックのカバーが館全体を覆っていることに、アカネは今さら気づく。サイズはぴったりで、即興でしつらえたにしては申し分のない出来である。

 

「私、つい感心しちゃって……ドールハウスの展示を推森に任せたの。で、他の作業が終わって戻ったときには、こんな状態に」

「そんな馬鹿なこと!」


 あってたまるか。取り戻そうと、ケースごと館に手をかけたアカネへ、


「待った」


 推森が書類を突きつけてきた。

 展示許可書であった。アカネは目を丸くする。文化総務部公認を示す朱印が、はっきりと押印されているではないか。


「どういうこと? こんな展示、認められるわけないのに!」


 呆然とするアカネに、推森はひょうひょうとした口調で、

 

草森(くさもり)教授って、推理小説好きなんだよ。展示の説明をしたら、面白い企画だねキミって褒めてくれて、すぐに認め印をくれたさ」

「草森教授って、文化総務部の顧問の?」


 なんということだろう。

 推森の日頃の行いを知っている総務部の学生役員なら、そんな簡単に許可しなかっただろうに。推森(ヤツ)はそれをわかっていたからこそ、名ばかりの顧問へ直接交渉しに行ったのだ。姑息(こそく)な!


「オープンキャンパスで活動をしないと来年度から会費を減額する、って根岸君に通告されていたらしいよ」


 澪が耳元にささやいてくる。なるほど、会費減額を回避するため、焦ってこんな行動に出たわけか。


「卑怯」


 今までの会話を聞いていたらしいカナが、はっきりと口にした。ボブカットの艶めく天使の輪が小刻みに揺れている。

 よりによって、オープンキャンパスを訪れた高校生に、ひどい現場を見せてしまった。


「カナちゃんの言うとおり、こんな横暴が許されるわけないでしょ! ――そもそも、なんなのよこれは(、、、)


 ドールハウスの後ろの展示パネルに、文字がびっしり埋まった模造紙が貼られている。それにはこうあった。



+ + +



『ミステリ研究会からの挑戦状! 謎を解いた君にドールハウスをプレゼント!



 ――グリーン・ノーマライ館の殺人――



 惨劇が起こったのは、白昼堂々であった。

 村中の誰もが羨む豪奢な館に住むヒグマ・ファミリー。その一家が皆殺しにされたのである。


 発見したのは、郵便配達員のハリネズミ。

 荷物の配達に訪れたところ、扉をノックしても反応がない。

 異様な気配を感じたハリネズミが窓から覗くと、玄関扉に寄りかかるようなかたちで倒れているヒグマ・パパが見えた。


 異常を察したハリネズミは、すぐに駐在所のパンダポリスに通報した。

 パンダポリスが現場に入ったところ、ヒグマ・パパはすでに息絶えていた。

 二階のホールでは、ヒグマ・ママが死んでいた。どちらも鋭利な刃物で背後から刺されていた。

 ヒグマ・ママは即死だったみられるが、ヒグマ・パパは刺された後、わずかに移動した痕跡があった。

 ふたりの愛娘アカルは、二階のホール、ママの傍で死んでいた。身体の各所に打撲の痣があり、胸部を刺されていた。


 村の診療所・ウサギ医師の見立てによると、三人の死亡推定時刻は午後三時から午後五時の間。

 パンダポリスが村中で聞き込みをしたところ、次のことがわかった。


・午後三時少し前、事件直前とおぼしき時間、館の前を通りかかったランニング中のアライグマが、三人の姿を窓越しに目撃している。


 一階のリビングでくつろぐヒグマ・パパ

 二階のバルコニーで洗濯物を片付けるヒグマ・ママ

 三階の防音室でピアノを弾くアカル


 なお、アカルはピアニストとして活躍しており、午後に三時間ほどピアノを弾くのが日課だった。


 ※村人たち(森の探検隊の子供たち、魚釣りが趣味のアヒル爺さん、リハビリのため散歩するキツネ婆さん他)から、事件当日に限らず、この時間帯にママがバルコニーで家事をする姿、アカルがこの時間帯にピアノ練習をしている姿を見かけたとのこと。

 

・村の住人たちには施錠の習慣がなく、そもそも玄関扉に鍵を付けていない家が大多数。ヒグマ・ファミリーの家も例外ではなかった。ゆえに犯人は凶器を携え、玄関扉から侵入したと思われる。

 また、バルコニーの大窓以外の窓は換気用で、人が出入りできる隙間は開かない。


・二階バルコニーから梯子(はしご)が下ろされていた。犯人はそこから逃走したと思われる。

 その梯子は、二階と三階を昇降する際にヒグマファミリーが立てかけて使っていたものである。



 以上。

 館は森の奥地にあり、隣家のリス・ファミリーとも数キロ離れていることから、犯行推定時刻に怪しい物音等を聞いた者は見つからなかった。

 パンダポリスの捜査が行き詰まったところ、村に立ち寄った流浪人・ヤギの兄貴がこの惨劇を知り、協力を申し出た。

 彼は物体に触れることにより残された人の記憶等を読み取る、サイコメトラーだったのである。

 ヤギ兄貴が、バルコニーから下ろされていた梯子に触れたところ――


 事件当時《梯子は2回使われていた》ことが判明した。


「2回だと? ちなみに、1回ってのは上り下りをセットでカウントして良いのか?」


 パンダポリスが尋ねたところ、


「いや……断片的な映像しか見えなかったが違うようだ。上り下りをそれぞれ1回として、2回でカウントしてくれ……ウッ」


 頭を押さえながら苦しげにうめくと、兄貴は気を失った。能力を過剰に使いすぎた後遺症らしい。



 ――さて。私は読者に挑戦する。

 犯人はいかにして、ヒグマファミリーを惨殺したのだろうか?



 論理的に矛盾のない解答は、すべて正解とする。

 なお、勝者は、最もエレガントな解答を提出した者とする』


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


+ + +



「……あたしの思い出のドールハウスを……よくも、こんなふざけたミステリー仕立てに」


 怒りにわなわなと震えるアカネの傍らで、


「野巻先輩、この血スライムです! 剥がれますよ」


 ドールハウス床面に広がった“血痕”を、カナがぺらりと剥がした。血に見えるよう色を配合したのだろう。


「そこの高校生の君。現場を荒らすのは止めてほしいな」


 ケースを元のように戻した推森が渋い顔でたしなめる。

 でも元々は野巻先輩のものなんですよね、と食い下がるカナを止めて、アカネは二人の間に立ちはだかった。

 

「――ようするに謎を解けば、このふざけた展示は撤去してもらえるってわけね?」


 推森は、ふっと笑いを漏らす。


「論理的に矛盾がなければ正解として扱わせてもらうよ。約束どおり、ドールハウスを贈呈する。――雑学研究会のメンバーは、まったく歯が立たなかったみたいだけどね」


 鼻白んだ推森の視線の先で、雑学研のメンバーがばつが悪そうにこちらを眺めていた。恨めしい目で推森を睨んでいる。


 今すぐ文化総務部に通告すれば、ドールハウスは戻ってくるかもしれない。でも……

 アカネは唇をきゅっと噛む。


 なんとかして、この傲慢男の鼻を明かしてやりたい……! 


「ノマちゃん」


 黙り込むアカネを、澪が心配そうに見つめてくる。

 長机を強く叩いてアカネは絶叫した。


「あたしがこの謎を真っ先に解いてやるわ。じっちゃん……は、まだ生きてた!」

「生きてちゃ駄目なんですか」とカナ。

「この謎はあたしが必ず解く! 野巻家先祖代々の名にかけて!!」

推理編、解答例は随時更新します

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