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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
Interval01 日常の謎
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名城→カフェごはん→人妻【推理編】

「他にご注文はいかがですか」


 水足しにきたウェイトレスが、ふたりを交互に見やる。

 すかさずデザートメニューを手に取った日向に、光は「もういいです」と断った。


「ハンバーグディッシュを完食したくせに。夕飯が食べられなくなるぞ」


 ちなみに、ハンバーグは三百グラムだった。プラス大盛りご飯。


「大丈夫ですよ。このくらいなら、夕飯もお代わりして食べられます」


 美少年然とした顔で、へらりと得意げに笑う日向に、光はあきれたように言う。


「見かけによらず大食いだな」

「――それより。どう思います? さっきの話」


 空になったコーヒーカップをもてあそんでいた光は、小さく肩をすくめた。


 世にも不思議な、“タヌキ”と“キツネ”の話。

 週に一、二度、書店を訪れ、三冊の雑誌を順に立ち読みするタヌキ。

 読んだ雑誌に《4ケタの数字》が書き込まれた〈しおり〉を毎度挟んでいき、さらにそれを回収していくキツネ。


「四ケタの数字ね……何か規則性があるのかな」


 日向はブレザーの胸ポケットから、生徒手帳を取り出し、開いて光に見せる。


「《1192》、《1582》、《7654》、《8620》。僕が見たのはこの四つです」

「最初の《1192》。いい国(1192)つくろう、鎌倉幕府」

「歴史年号の語呂合わせですか」

「次の《1582》年。本能寺の変」

「その語呂合わせは知りませんでした」

「語呂合わせじゃないよ。暗記してるだけで」


 日本史は光の得意科目である。


「でも、《7654》と《8620》は? これは年号じゃないでしょう」

「……うむ」


 光は細い腕を組んでうなる。


「そもそも、だ。この数字は、本当に"タヌキ"が書いたものなのか?」


 タヌキが〈しおり〉に書きこむ姿を、日向は見たことがないという。だったら、タヌキ自身が書いたとは限らないじゃないか。


「それは、タヌキが使う前の〈しおり〉に、数字が書き込まれていたということですか?」


 タヌキが利用しているのは、『ご自由にお持ちください』と書店に置かれている販促用の〈しおり〉である。


「商品管理のために、書店が数字を記入していたとか」

「違います。僕もそれを疑って、文庫コーナーに置かれているのを確認してみましたが、数字なんて書かれていなかった」

「じゃあ、こうだ」


 光は少し考えるようにしてから言った。負けず嫌いなのである。


「君がタヌキの行動を観察していたように、キツネも、タヌキに目を付けていたんだよ。本屋の雑誌に、迷惑な〈しおり〉を挟んでいる不審者がいると。――で、タヌキが帰った後、即刻〈しおり〉を排除していた」

「キツネは書店の店員じゃありませんよ」

「店員じゃなくても、正義感で行動していたのかもしれない」

せません」


 即答だった。


「どうして?」

「悪事を何度も目撃しているなら、何故それを止めようとしないんでしょう? タヌキがいなくなった後、〈しおり〉を抜くだけ、なんて。正義感と行動力が釣り合いません」

「タヌキの見た目が強そうで、注意するのを躊躇ためらっているとか」


 日向は、う~ん、と人さし指を唇に当てる。


「高校生の僕が注意するには、明らかに年上だろうし、気が引けますけど。タヌキとキツネは同年代に見えます。それに、外見だけならキツネの方が長身で筋肉質で強そうです」


 ちりーん、と。光はティースプーンをコーヒー皿に投げた。


「そんなに不思議だったら、聞けばいいだろう! 本人たちに」

「駄目ですよ」


 禁句をたしなめるように、日向はぶんぶんと首を振る。


「前に言ったでしょ、"悪巧み"の可能性があるって。――はっきり言いましょうか。僕は、彼らが何らかの犯罪に絡んでいると疑っています」

「犯罪、だって……?」


 何やら大袈裟な用語が出てきた。


「だって、こんな特別(・・)な方法で、"暗号"をやり取りしてるんですよ。

 考えてもみてください。状況からして、彼らは示し合わせてやり取りしているとしか思えない。『示し合わせてる』ということは、『互いに知った仲』ということです。なら何故、直接会って受け渡しをしないのか。もしくは、電話を使ってやり取りしないのでしょう……?」


 日向は冷水で唇を湿らせる。


「きっと、彼らには直接会うことができない理由があるんです。電話を使わないのは、盗聴に注意しているからでしょう。ここまで厳重に気遣っているとなると、犯罪めいたことに関わっているとしか思えません」

「……うん」


 相槌を打ちながらも、光は半信半疑だ。

 しかし、タヌキとキツネの不可思議な行動を、他にどう解釈したら良いものか。代替案も浮かばない。


「行きましょう」


 日向がおもむろに席を立つ。

 張りつめた表情で、窓の外を見ている。


「――タヌキが来ました。いま、自転車を停めているところです」


 ウインドブレーカーを羽織(はお)った男が、レンタルビデオ店の駐輪場で、マウンテンバイクの前にしゃがんでいる。レモンイエローが特徴的な、真新しい車体(ボディ)だ。


「ふうん……アイツか。いざ決戦になっても、力ずくでいけそうだな」

「争いごとは止めてくださいよ」


 すばやく会計を済ませ、ふたりはハンガーバーグレストランを出た。


「――やっぱり。『日本の名城』を読んでます」


 ふたりは、棚をへだてて、タヌキの斜め向かいに陣取った。

 カモフラージュのつもりなのか、日向は雑誌を手にしている。『ネイルアートのすべて』。セレクトが適当過ぎる。

 しかたがなく、光も立ち読みのフリをする。『ヨガではじまるハッピーライフ』。こちらははたから見ても、自然なセレクトだろう。十分程経過した頃、


「今、しおりを挟みました」


 日向が小声で伝えてくる。目的を終えたタヌキは、雑誌を棚に戻して去っていく。その後ろ姿が遠ざかるなり、日向はすぐに『日本の名城』を探った。


「……《0003》か。やはり法則性は見当たりませんね」


 しおりの数字を生徒手帳にメモする。

 周囲を見渡していた光は、おい、と押し殺した声で日向に告げた。


「タヌキが戻ってきたぞ」

「えっ」


 入口付近に見え隠れする紫色のウィンドブレーカー。日向は慌てて、しおりを元に戻し、雑誌を挟んだ。


「どうして戻ってきたんだ……? 目的は果たしたのに」


 とりあえずこの場をやり過ごさなければ。素知らぬフリを装って、ふたりはタヌキとすれ違う。

 そのまま書店を脱出し、日向がほっと息を吐いたときである。


「おいっ、タヌキが追いかけてくるぞ」

「っ、なんで!?」


 一体どうなってるんだろう――?


「何やってるんですか、逃げましょう!」

「でも、別に悪いことしてるわけじゃないんだし」


 パニック状態になった日向は、留まろうとする光の腕を引いて走り出す。途端、「待てよ」と男の怒号どごうが響いた。タヌキだ。


「ほらやっぱり! 僕らを追ってきているんですよッ!」


 半泣きで日向が叫ぶ。


「暗号を盗み見していることに気付かれたんだ! どこかの交番に逃げ込みましょう!」

「ちょっと、落ち着けって」


 光は半身だけ振り向く。

 タヌキは追いつこうと必死に走っているが、お世辞にもカッコ良いとはいえないフォームだ。


「アイツあんまり足速くないぞ」

「……え?」


 突如、日向が立ち止まった。

 相手の足が遅いと知って、油断したのか?――いや、茫然自失ぼうぜんじしつといったようすで立ち尽くしている。


「あの人、なんで走って(・・・)いるんでしょう……?」


 日向が白目をむきだした。

 そうこうしている間に、距離を縮められ、追いつかれる。

 タヌキは、ぜいぜいと息を弾ませ、膝に手を付いている。息を整え終えると、おもむろに口を開いた。


「……水無月、日向くん」


 名前が、バレている――!

 これには光も戦慄せんりつした。タヌキはウィンドブレーカーのふところに手をやると、小型の物体を取り出して、


「これ。落としていたよ」


 濃紺の手帳を差し出された日向は、目を瞬かせる。生徒手帳だった。


「ほんとだ、無い……!」


 ブレザーのポケットに入れていたはずなのに。数字をメモしたとき、書店に置き忘れてしまったらしい。

 手帳を日向に渡すと、役目を終えたかのように、タヌキは「じゃあ」ときびすを返した。


「待て」


 それを光が呼び止める。


「一度書店を出たのに、戻ってきたのはなぜだ?」

「……へ?」


 いきなり詰問きつもんされたタヌキは、垂れた目をぱちくりさせている。

「雑誌に〈しおり〉を挟んでいるだろう。店に迷惑だから止めろ」

「……せ、せんぱい」


 次々と問いただす光に、日向はあたふたする。

 タヌキは唖然として押し黙っている。自分の身に何が起こっているのか、まったくわからない、といった風だ。


 しばらく続いた睨めっこは、自転車のベル音で終止符が打たれた。

 イエローのマウンテンバイクでやって来た男に、「あ、タケオ」とタヌキが呼びかける。

 

「バイト終わって店を出たら、高校生たちと追いかけっこするお前の姿が見えたからさ」


 自転車の人物は、長身で筋肉質な男――キツネだ。


「もしかして」


 じっくり二人を観察していた日向が、やがて口を開いた。



「あの数字――“鍵番号”ですか?」



 タヌキとキツネは驚いたように顔を見合わせた後、気まずそうに頭を掻いた。

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