人間2―買出しとドライブ
ドライブインを出て、野巻嬢の愛車のミニバンで十分ほど。
大型スーパーの巨大な駐車場に停車し、アカネは両肩にマイバッグの取っ手をかけた。
「いざ出陣!」
その後ろ姿は、これから漁に出る漁師のように勇ましかった。
「この店、めちゃ広いから。二手に分かれて買い物しようか。生鮮食品は光とあたし。パン、飲み物、菓子類等は早乙女君、水無月君、茉莉花ちゃんでよろしくね。レッツらゴー!」
ちなみに、水、米、基本調味料は、別荘の管理人が用意してくれるらしい。
チーム分けされたメンバーで店内をめぐる。大きなカートを早足に押して行く女子先輩チームを見送ってから、残り三人はぼちぼちと行動を始めた。
「じゃ、行こうか……さぶっ」
スーパー内の冷気で、早乙女がぶるっと身体を震わせる。
まだ吐き気が残っているらしく、顔色も冴えない。合宿に行く数日前は『旅のしおり』など作って、あんなに張り切っていたのに……。
早乙女さん。トリッキーな性格で苦手なタイプと思っていたが、このトホホ感には同情を禁じ得ない。日向はカートを押し、気の毒な先輩に付いていく。茉莉花は日向の後を所在なげに付いてきた。
「うきうきしますよね」
背後から声がして、「えっ?」と日向は足を止めた。
知らない人が話しかけてきた? と一瞬勘違いしたが、声の主は茉莉花だった。
「いろんな食材がたくさん並んでいる光景って、うきうきしますよね」
「うきうき……?」
台詞とは裏腹に彼女は無表情である。
言葉と表情が全く合っていないので、違和感しかない。日向は、車酔いと似たような感覚に襲われる。
無感動な声音で、さらに茉莉花が言う。
「昔、家族と別荘に行く前、このスーパーに寄って大量買いしていたんです。別荘の周りにお店がないから」
「あーそうなんだね」先頭の早乙女が振り向いた。「近くにコンビニとかもないんだ?」
「まったく。三キロ先にカフェがあるくらいです。管理人さんに頼めば買い出しに行ってくれますけど、車で往復二時間かかるんで」
色鮮やかなズッキーニの群れを眺めつつ、茉莉花はうっすら微笑んだ。
「懐かしいな……。光お姉ちゃんとアカネさん、ママの料理を競うように手伝ったりして……。小さい女の子ってお手伝い好きですよね。でも私はイタズラばっかり。ジャガイモやにんじんに落書きして怒られたっけ。光お姉ちゃんは、かわいいって喜んでくれたけど。あーなんだか楽しくなってきました」
日向と視線を合わせて、にまっと笑った。と思えば、次の瞬間にはポーカーフェイスに逆戻り。
ミステリアス――。
そんな形容がぴったりだ。でも、何だか惹きつけられるのはどうしてだろう。
「日向君、卵1ケース、かごにいれて」
「はい……生鮮食品は向こうのチーム担当じゃ?」
「だって、渡されたメモに書いてあるんだもん」
あとはもう野巻リストの通り、品物を買い物かごに入れる作業を繰り返す。
茉莉花はこの店舗に慣れているらしく、『菓子パンコーナーはこっちの方が近いですよ』等、細々アドバイスしてくれた。
「おーい、水無月君。こっちよ!」
レジの列の並んでいると、精算を済ませたアカネと光が袋詰めコーナーに見えた。呼ばれて向かうと、「車に運んで置いて」とキーを渡される。
カートに乗せられたダンボールの中身は、おびただしい量の生鮮食品だった。カルビやロース肉のパックが高く積まれている。そういえば、今夜は焼き肉だったか。
火起こし、とかしなきゃいけないのかな。やったことないけど……。
アスファルトの照り返しを受けつつ、日向は漠然と不安になる。
両親がインドア派なせいか、家族でキャンプなど行ったこともなく、アウトドアな活動には馴染みがない。実のところ、力仕事も苦手である。
しかし、カートを押してミニバンに着いたまでは良いが、そこからは紛れもなく力業。トランクを開けると、各人の荷物が手前に乗せられていて、まずそれらを奥に押し込むところから始める。
アカネのトランクケースが海外旅行用か、と見まがうほど巨大で、茉莉花の鞄が日帰りか、と思うほど小さいのが印象的だった。
「っこい、しょ……っ」
非力な腕をぷるぷるさせながら、ダンボールを荷台に移す。
こういう局面での、男子の評価は非常にシビアである。『重い』『運べない』など弱音を少しでも吐いた瞬間、『使えない男』のレッテルを貼られてしまう。
グロッキー早乙女は当てにできないため、日向は食材運搬のため店から車を三往復した。
「水無月君、お疲れ!」
「……ど、どうも」
「夜に光が労ってくれるでしょうよ。買い忘れはないわね」
「アカネちゃん、別荘まであとどれくらいかかるかな」
再出発してからすぐ、後部座席の早乙女が情けない声で問う。
アカネはカーナビを起動させて、
「んーとね、一時間強かな」
「……一時間」
車酔いを紛らわせたいのか、早乙女は日向と茉莉花をしりとりに誘った。
「じゃ、僕からスタート。クマ。はい、日向君、次」
「ま……雅秀」
「誰それ?」
「クラスメイトです。隣の席の」
「まぁいいや。次、茉莉花ちゃん」
「で……でか盛り」
「うっ! り……リモート」
「と、富岡」
「誰それ?」
「雅秀の名字です」
「やっぱ人名禁止にしようか。はい、茉莉花ちゃん、次」
「か、カツ丼……ぁ。カツ丼大盛り」
「うぷっ!」
早乙女が口元を押さえて絶句し、しりとりは終了となった。
しかし黙っていると、吐き気がこみ上げるらしく、めげない早乙女は再びドライバーに話しかけた。
「ねえ、別荘ってどんな感じなの? すっごい豪邸だったりして」
「三世帯とゲストが宿泊できるよう建てたから、広いことは広いわね。建ててくれたのは光と茉莉花ちゃんのお父さんだけど。デザインは、パパが仕事で知り合った建築士に依頼したんだって」
車窓の光景が森深くなっていく。カーブでハンドルを切りながら、アカネは答える。
「アカネちゃんのパパって、顔が広いんだね。その建築士って有名な人?」
「んーと、最近は海外でも活躍していて……たしか名前は中村青」
「な、な、なな、なかむら、せ、せせ、い……じ!!?」
早乙女が素っ頓狂な悲鳴を上げる。
「やばいよそれ!!」
「絶対に何か起きる! むしろ起こらないはずがないですよ!!」
お決まりのように、後部座席の日向も「わあああ!」と怒号をあげた。
「あ、思い出した。中村青湖って、女性だわ」
「なんだ……なかむらせいこ、か。セーフセーフ」
「一文字違いで、危ないところでしたね」
「お前たちが勘違いしてた建築士って、いったい何なんだよ」
阿鼻叫喚の推理小説ファン二人を、光がしらっとした顔で、助手席から振り返る。
こうしている間に、彼らは順調に目的地へと近づく。
そのミニバンを追う者がいるとは、夢にも思わず――。




