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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
Interval07 その片腕は何をしたか?―"The sin"
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解決編―いわゆる模範解答2

 最後のケース、といいつつも、まだ突破すべき課題がいくつか残っている。

 日向は、手品のタネを明かすように、両手をぱっと開いてみせた。


「ところが、これもおかしいんです。 

 容疑者の立場になって考えてみてください。殺意を持って別荘に辿りついたところ、どんな光景が広がっていたか?」


 内見に来たついでに、野山を散策でもしていたのか。不運にもクマに遭遇した被害者は、片腕を噛み千切られ足を骨折し、すでに重傷を負っていたのだ。

 妻の視界に飛び込んできたのは、血まみれで倒れている夫の姿――


 今回反応が早かったのは、早乙女だった。うめき声が沈黙を破る。


「残酷な言い方だけど……。放っておいても、死にそうだよね。

 連絡手段はないし、大声を出したところで、すぐに人が気づいてくれる環境でもない。念のため、車のキーを雪の中に捨てて、家の暖房を止めておけば、凍死も目論めそうじゃない?」


 ああっ僕って残酷、と顔を覆う早乙女に、日向は大げさに頷いた。


「まさにそう。夫を殺しにやって来たが、殺すまでもなく瀕死の状態だったわけです。早乙女さんの言うとおり、このまま放っておいても、死に至る可能性が高そうだ――そんな状況で、ですよ?

 わざと頭を殴りつけ、人が手を下した痕跡を残すようなリスクを(おか)すでしょうか?」


 二人の反応を伺いつつ、投げかけた。腕組みを解いた光が細い息を吐く。


わざわざ(、、、、)自分が(、、、)手を下す(、、、、)必要はない(、、、、、)ってことか」

「はい。殺人事件として捜査されたら、自分が容疑者になるであろうことを、妻はわかっていたはずです。夫から暴力を振るわれていたという周りの証言もありますしね。

 けれど、もしも――自分は手を汚さずに、夫が死んでくれる。そんな機会が訪れたとしたら?」


 短い沈黙があり、早乙女がかすれた声で言う。


「か……絶好の好機(チャンス)。僕ならそう思う」


 本当は、もっと踏み込んだ表現をしたかったのかもしれない。『か』で始まる言葉――『神』が与えてくれた好機、と。

 法律には詳しくないですが、と日向は前置きして、


「死にそうな夫を放置したことがバレたら、何かの罪にはなるかもしれません。でも、殺人の容疑者になるよりはマシでしょう」

「場合によると思うぞ」と光。「だが、妻が瀕死の夫を置き去りにした、と第三者が証明するのは難しいだろうな」

「補足ありがとうございます。

 クマ襲撃()に頭部を殴ったというのは、犯行が計画的であればあったほど考えづらい。そういう結論になりましたね」

「たしかに……」


 脳が糖分を欲したのか、おにぎりに手を伸ばす早乙女。


「瀕死の夫にとどめを刺す、にしても、もうちょっとやりようがあった気がするね」

「どんな方法で?」


 早乙女が取ろうとした五目おにぎりを、さらっていく光。


「たとえば、柱に後頭部を打ち付けるとか。昏倒したときに頭を打った、という事故にみせかけて殺すの」

「んぐ……なるほど。一理ある」


 今日の光はよく食べるな。

 視界の端で観察しつつも、日向は別のことを考えている。


 憎き夫が瀕死になった姿を目にして、激情にかられて殴った、というストーリーも十分あり得るんじゃないかと。

 結局、非日常に直面したときの人間の心や行動なんて、他人が読めるものじゃないのだ。


 こら、止まるな――。


 ふとすると、些末な引っかかりを考え込んでしまう自身を、日向は叱咤(しった)する。

 彼は、ぱんと軽く手を叩いた。


「さて、これで殴られたのがクマ襲撃前か後だったか、の考察が終わりましたね。ご協力ありがとうございました」

「ぬっ?」


 早乙女はきょとんとしている。


「僕、頭が悪いのかなぁ……両方のケースとも成立しない、って結論になった気がするんだけど」

「そのとおりですよ、早乙女さん」

「どういうこと? 今までの議論は全て無駄だったってことぉ?」

「無駄なんかじゃありません」


 脱力したように伏す早乙女に、日向は語気を強めて言った。


「むしろ、はっきりしたんです。容疑者が事前に(、、、)殺意と凶器を持っていた――その前提が間違っていたことが」

「……よくわからないが」


 光が訝しげに言う。


「犯行は計画的じゃなかった、ってことか?」

「衝動的なものだった、と僕は考えています」

「ちょい待ち!」


 再び混乱をし始めた早乙女が、まくしたてる。

 

「衝動的な犯行って、流れでつい()っちゃいました、って感じ? でもでもっ、容疑者はドライブインに置き去りにされてから、わざわざ別荘に向かっているんだよ! バスと徒歩で」

「殺すため、だったとは限りませんよ。話し合うためだったかもしれません。置き去りになんかされたら、僕だって怒るし、一言二言いってやりたい。怒りはあっても、殺意までは持っていなかった。当然、凶器は準備していなかったし、調達もしなかったわけです」

「え~」

「日向。お前の言ってることは辻褄(つじつま)が合わない」


 息巻く早乙女を制して、光が身を乗り出した。


「忘れたのか? 被害者は鈍器の(、、、)ような(、、、)もので(、、、)殴られて(、、、、)いた(、、)んだぞ。

 犯行が衝動的だったとしたら、凶器は(、、、)何だった(、、、、)んだ(、、)? 現場が自宅だったのなら、まだわかる。かっとなった瞬間に、バットとかゴルフクラブとか木刀が、手が届く範囲にあるからな」

「木刀って……そんなん持ってるの光ちゃんだけ」


 光は早乙女をさらっと無視して、


「だが、現場はそうじゃなかった。売り物件で、家具や生活用品は何も置かれていない状態だった。

 そんな場所で、被害者が鈍器で殴打されていたからこそ、容疑者は凶器を持っていた――つまり犯行は計画的だった、判断できるんじゃないか?」


 正しい。日向は首を縦に振る。

 光の主張が正しいと認めた上で、別の可能性を示唆する。


「では、殺意を抱いた瞬間に、たまたま(、、、、)鈍器の(、、、)ようなもの(、、、、、)()持っていた(、、、、、)から(、、)殴った(、、、)。――これなら?」

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