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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
Interval01 日常の謎
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名城→カフェごはん→人妻【問題編】

「今日もいるな」


 ぶしつけな言葉とともに、背中を叩かれた。

 体育館の壁にもたれる女子は、紺色のハイソックスの脚をクロスして立っている。

 練習終わりのバスケ部員たちが、好奇の視線をそそいでいく。

 が、存在している次元が違うみたいに、彼女の目線は合わされない。まるでマネキン人形のよう。

 やがて彼女は日向ひなたに気付くと、猫のような瞳を大きくして、手を振ってきた。



「先に帰ってもらっていいのに」


 部活が終わるまで待っていなくていいのに。

 ストレートにそう伝えるのは、さすがに気が引けた。


「図書室で勉強しているから平気だよ」


 ひかるは、いかにも受験生らしい待ち時間のつぶし方を答える。

 手もち無沙汰のように、ポニーテールの毛先をもてあそんでいる。


「先輩、ケータイ持ってます?」

「持ってるけど」


 ブレザーのポケットからスマホを出した光に、日向は意外そうな反応をする。


「ああ、持ってたんですね。スマホ弄ってる姿とか見たことないし、持っていないと思ってた」

「用がないときに、こんなもの弄ったら目が悪くなるだろう」

「……えと、ID交換しませんか。練習が終わったら、連絡しますから。そうしたら待たせなくて済むし」

「べつにいいけど」


 本当は、光が、バスケ部員らの視線に晒されるのが忍びなかったのだ。

 からかわれるのも嫌だったし。


 半月程前に、水無月みなづき日向は、雷宮らいきゅう光から告白された。

 それからは、ほぼ毎日会って一緒に帰宅したり寄り道したり。はたから見れば、立派に交際しているように見えるのだろうか。


「聞いてもいいですか」


 夕暮れに包まれたオレンジ色の路地を、ふたりは並んで歩いている。


「先輩は、どうして僕に告白してくれたんですか。僕なんかの、どこが良かったんでしょう……?」


 光の歩くペースは速い。ぼやっとしていたら、置いていかれそうなほどに。


「そりゃ、“顔”だよ」


 さも当然のように返してくる。


「だってまだ、水無月くんのこと何も知らないんだから。どこが気に入ったって、そこしかないだろ」

「……そうですか」


 光栄に思ってもいいんだろうけど。

 そこしかない(・・・・・・)と言われると、なんだかなぁ、という気持ちになる。

 ションボリしているのが伝わったのか、「でもね」と軽く手を握られた。女性恐怖症ゆえに、いちいちビクっとしてしまう自分が情けない。


「中身も好きになる自信はあるよ」


 何故そんなことが言えるんです?

 そう反論しかけたが、迷いのない魅力的な双眸そうぼうについ見惚れてしまう。

 しばし、見つめ合いの時間が続いた――が、レンタルビデオ店の駐輪場である人物とすれ違うなり、日向は一変したのである。


「ちょっと、すいません!」


 繋がれた手を解き、レンタルビデオ店に入ると、そのまま一階の書店へと直行する。

 奥まった一角まで進むと、棚から雑誌を取り出して、乱暴にページを捲った。


「くそっ、間に合わなかったか!!」


 思いっきり舌打ちをする。

 そのまま地団駄じだんだを踏みそうな勢いの日向に、背後から呆れたような声がかけられた。


「あ~あ、女子の前でそういう本見るか。しかも『人妻モノ』って……趣味(わる)。まあ、いいけど」


 いいけど、という割に、軽蔑けいべつの表情を浮かべている。


「あっ!? えっと、これは、違うんですよ!」


 日向は慌てて雑誌を戻す。

 辺りを見回した後、鼻梁びりょうを撫でながら、密やかに打ち明けた。


「実はですね。この本が、"悪巧み"に利用されているかもしれないんです」




「不思議なことがありまして」


 ハンバーグは均等に箸で切り分けられ、口元へ運ばれていく。

 日向は、もぐもぐごっくん、とせわしなく口を動かしながら、


「若い眼鏡の男性……タヌキに似ているから、“タヌキ”としましょうか。タヌキは週に一、二回、例の書店を訪れて、雑誌を立ち読みをします」


 ハンバーグレストランの窓から二階建てのレンタルビデオ店が一望できる。

 一階は書店、二階はレンタルスペースになっている形態の店舗だ。


「それがただの立ち読みじゃないんです。読み終えたページに、毎回必ず〈しおり〉を挟んでいくんです」

「迷惑なヤツだな」


 コーヒーカップを包んでいた光は、不愉快そうに顔をしかめる。


「つまり、そいつは本屋の雑誌を、自分の本みたいに、私物化してるってことだろ」

「にしても、妙なんですよ」


 喋りながら、マヨネーズがちょこんと付いたミニトマトを日向は頬張る。


「〈しおり〉を挟むということは、次回続きから読むつもり、ということですよね。

 でも、タヌキが立ち読みするのは、毎回違う(・・・・)雑誌なんです。正確に言うなら、二冊の雑誌を交互に読んでいた。火曜日は『日本の名城』、木曜日は『カフェごはん』――というように」


 光は首をひねる。

 随分ずいぶんとちぐはぐな趣味だ。


「書店から去る際に、必ず〈しおり〉を挟んでいく。二か月程前からずっとですよ。三週間前から、さらに一冊増えて、それが、あの」


 気まずそうに口ごもる。


「『人妻天国』という本だったと?」


 こくり、と頷く日向。

 要するに、立ち読みローテンションが二冊から三冊に増えたというわけか。しかし……。

光はコーヒーをブラックのまま啜る。


「毎日、本屋に寄り道するなと思ったら、そんなことを観察していたのか。呆れるなぁ」

「気になることがあると、どうにもこうにもならなくなる性質(タチ)でして」


 ハンバーグの最後の一口を食べ終えて、恥ずかしげに性癖を告白した。

 さて――。

 タヌキは、三冊の雑誌――『日本の名城』→『カフェごはん』→『人妻天国』を順に立ち読みして、その度に〈しおり〉を挟んでいく。


「ローテーションの順番は崩れません。絶対です。僕が確認した限り、百パーセント」

「まあ、変っちゃあ変な話だけど……」


 真剣な表情で断言する日向に、光はうつろな目になって、


「その、タヌキは『三冊を同時に立ち読みしている』ってことだろ。売り切れたらそこまで、と割り切って」

「まだ続きがあるんですよ」


 ここからが本番、とばかりにナプキンで汚れた口を拭って、身を乗り出してくる。


「ある日、タヌキが帰った後に、彼が読んでいた雑誌に挟まれていた〈しおり〉を取り出して、観察してみたんです」

「ほう。思い切った行動をしたな」

「その〈しおり〉自体は、文庫コーナーに『ご自由にどうぞ』って置いてあるものだったんですけど。――よく見たら、〈しおり〉の隅に、赤字で《4ケタの数字》が書き込まれているんですよ」


 まるで国家機密を扱うスパイのように、大それた口調で続ける。


「立ち読み途中に、タヌキが〈しおり〉に何か書き込んでいる姿なんて見たことがない。

 つまり、数字はあらかじめ(・・・・・)書き込まれているということです。その後、何度か〈しおり〉を盗み見る機会があったんですが、その数字は毎回違って(・・・)いるんです。さらにさらに――」


 語りがいよいよ本調子になって、


「別の日、二階のレンタルスペースで時間を潰して、一階の書店に戻ってきたときのことです。

 目を疑いました。タヌキが仕込んだ〈しおり〉を手に取っている人物がいたんです!

 狐に似た若い男性で、こちらは“キツネ”としましょうか。キツネは、タヌキが読んでいた雑誌を手に取ると、迷いのない動作で、〈しおり〉を自分のふところに入れたんですよ」


 光は思わず、え、と小さく呻いた。

 確かに、普通の話じゃあない。

 ようやく関心を持ち始めたらしい彼女に、日向は如才じょさいなく切り出す。


「それ以降、何度も確認しました。タヌキが仕込んだ〈しおり〉を取っていくキツネの姿を。

 タヌキが立ち読みする三冊の雑誌から、間違いなくその日の一冊を選んで、〈しおり〉を抜いていく動作。あらかじめ示し合わされているとしか思えません。そして《4ケタの数字》。どうです――とびっきり不思議でしょう?」


 大きな瞳は、宝物を見つけた子供のように、爛々(らんらん)と輝いていた。

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