表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
Interval06 「日常の謎」クソくらえ!―Life is beautiful.
132/162

ストリートピアノ奇談【前編】

「――やはり、時間旅行(タイムスリップ)は無理っぽいね」


 土橋(どばし)(たかし)は腕組みを解いた。

 ここで話を終わらせてもいいし、続けてもいい。そんな気遣いが感じられる、あいまいさと一緒に。


「そう……かもなぁ」


 水無月(みなづき)日向(ひなた)はソファに身を沈ませ、


「光速で移動する乗り物ってのが、実現不可能っぽいし。できたとしても、搭乗する人間が移動に耐えられるのか謎だし」


 落胆の表情をみせた友人へ、べっ甲縁の眼鏡を片手で押さえ、崇は言う。


「時間旅行の話とは少しズレるけど、最近観た海外ドラマでね。時間軸の異なる世界がいくつも存在する設定があったんだ」

「それ! 観たことあるかも」

「個々の世界を行き来する方法はあるが、何度も行うと肉体の崩壊を招く」


 時空を超えるような超移動は人間には不可能なのか。

 けれど、と崇は続ける。


主人公(ヒロイン)はノーダメージで移動できた」

「あ~幼い頃に能力を開花させられたとかで。ちょっとズルい設定だと思ったけど」

「僕が考えているのは、タイムトラベルに耐えうる人種が存在するって説なんだ」

「人種?」

「能力を持つ人間だけに可能なんじゃないか、って。極秘裏に研究が続けられているのではないか」

「としたら、希望のある話だね。凡人の僕らには知りようもないけど」


 よいしょと崇はソファから立ち上がった。

 人を堕落させる、と定評のあるソファで、立ち上がるにはコツを要する。運動神経が残念な日向は少し手間取りながら立ち上がった。

 入れ替わりに、老夫婦が近寄ってきて、このソファを購入するかしないかを相談し始めた。

 日向と崇が退くのを待っていたのかもしれない。展示品コーナーでタイムトラベル議論はちょいとマナー違反だったか。


「ええっと、キッチン用品はあっちかな」


 広いショッピングモールの店舗を、きょろきょろと見回しながら進む。

 目当ての商品を見つけると、崇はほっとしたようにそれを手にとった。


「これだ、料理用スプーン」

「母の日のプレゼント?」

「テレビの特集を見て欲しがっていたから。混ぜる、すくう、盛り付ける、がこれひとつでできるらしい。明日カーネーションを添えて渡すよ」


 さすが土橋君だ。

 日向は感心した。買い物に誘われたものの、明日は母の日で、母に贈り物をしよう、なんて思い付きもしなかったのだ。


「じゃあ、僕も同じの買おう」

「事前に欲しいものを聞いて、リサーチしなかったの?」


 しているはずがない。

 しっかり者で家族思いの幼馴染みに、日向はへらりとした笑みを返す。

 崇に続いてレジの列に並んだ瞬間――


 背後で、ピアノの音色が鳴り響いた。

 館内放送とは違う響き。生の演奏である。


「……ストリートピアノ」


 崇が首だけ振り向いた。

 広場にあるグランドピアノを誰かが演奏しているのだろう。街中に設置された、誰でも自由に演奏できるピアノである。


「買い物公園通りや駅内でも見かけたし、流行っているんだね」


 日向が言う。崇は演奏に耳を傾けている。


「アラベスク。上手だね」

「土橋君も弾いてきたら?」

「いや、大した腕前じゃないから」


 ところが、そうでもないのだ。

 幼少からピアノ教室に通い続けている崇は、コンクールでの入賞経験もあるのに。何を謙遜しているんだか。

 レジで清算を済ませ、次は三階にある本屋に寄ろうか、と話していたところ、


「おうい! 水無月君」


 見知った顔が走り寄ってきた。

 高校生にしては小柄で童顔の男子、空野そらの(ふう)だ。


「何してんの、こんなところで。そちらは友達? 師範代は一緒じゃないの?」


 突如現れ、嵐のような勢いで質問を浴びせてくる。

 日向はたじろぎつつも崇を指し、


「こちら、幼馴染みの土橋君。小学四年のとき本州へ引っ越して、去年戻ってきたんだ」

「へ~え。その眼鏡オシャレですね! 都会っぽい。自分は空野楓。白志山高校の二年です」

「土橋崇です。紫王学院の二年です」

「紫王っ!? 超進学校じゃん! 今度勉強教えてもらわないと!」


 やたらとグイグイくる男子だった。

 大抵の人はこの時点でドン引きだろうが、崇はなぜか面白そうに微笑み、


「――なるほど。師範代、っていう言葉から察するに、道場か何かの? 君はその後輩ですかね。休日のショッピングモールで一緒かどうかを確認するってことは、水無月君の彼女さんが、その師範代ってところかな」


 ビンゴ! ビンゴ!! ビンゴ!!!

 立て続けに見事な推理を披露した。日向は恐れおののく。そんな彼の心中も知る由もなく、楓は前のめりぎみに「そうなんすよ!」とあっさり答えた。


「見かけは綺麗系の女子大生。道場では鬼のように怖いけど」

「年上なんだ。水無月君に会いたいってお願いしているけど、なかなか実現しなくて。ねえ?」

「――で! 空野君は何をしていたの?」


 ザ・わざとらしい話題転換。

 崇から恨みがましい視線を浴びせられたが、ここは無視一択だ。


「オレ? スニーカーを買いに。今履いてんのがボロボロになったから」


 足元のくたびれたスニーカーと、アルファベットのロゴが入った黄色いショップ袋を順に示す楓。


 そういえば、上靴がボロくなってきたんだよな。そろそろ新しいのを買わなきゃ――と、日向が隣の靴屋に目をやると同時に、再び音色が響き出した。


 店舗から出たので、グランドピアノと演奏者が見渡せた。

 幼稚園に通っている年頃の少女が、きらきら星を両手で弾く。

 演奏を終えると、『Enjoy Music♪』の看板の横でぴょこんと頭を下げた。愛嬌たっぷりの少女に、周りの客等から拍手が送られた。


「上手だねぇ」

「小さいのにエラいなぁ。舞台度胸あるよ」


 自身も拍手を送りながら崇が、俳優を目指しているという楓も感心したように言った。


 度胸。たしかに。

 日向はというと、人前に出るのが苦手で、大勢の前で何かを披露するなんて、考えただけで吐き気と頭痛が襲ってくる。

 ストリートピアノを弾く人の精神構造というのは一体どうなっているのだろう、と疑ってみたりする。


「おっ、次の演奏者だ」


 愛嬌たっぷり幼女の余韻が鎮まらないうちに、別の人物が椅子に腰かけた。

 小学校高学年か、もしくは中学生くらいの少女。カチューシャのリボンが跳ね上がっており、後ろからみるとウサギの耳のようだ。


 そして――。

 前置きも、緊張を和らげるような一呼吸もなく、いきなり演奏を始めた。


「……この曲」


 どこかで聞いたことがある。

 日向がそう思った瞬間、少女は演奏を止め、お辞儀することもなく、素早くピアノから離れていった。

 先の幼女のような愛嬌は皆無であった。


「今の曲、どこかで聞いたことがあるような……?」


 首をひねっていると、「わかった」と楓が声色を変えて、


「『お風呂が沸いてます』――の曲だよ」

「それだ!」


 お風呂の沸き上がり時に給湯器から流れる音楽だ。

 どおりで聞き覚えのあるメロディだと思った。


「『人形の夢と目覚め』だね。すごく上手だったねえ。有名なフレーズだけ弾いて終わるのはもったいないくらいに」


 崇の『上手だね』に『すごく』が付け足された。

 短いフレーズだったが、ピアノ経験者にわかるレベルの違いがあるのだろう。


「本当はもっと長い曲なの?」


 崇は日向にうなずきを返し、


「今演奏されたのは、中盤からの数小節だよ」

「へえ……」


 次の演奏が始まった。

 有名なJポップの曲だった。しばし聞き入る。

 ストリートピアノの演奏が始まってから、周囲に人が集まり出していた。演奏待ちの列もでき始めている。


 そのとき、ある光景を目にした日向は、白目をむき硬直した。


「水無月君……?」

「どうした?」


 崇と楓。続けざまに顔をのぞき込まれ、驚いた日向は「おわっ!」と奇声を発した。


「えっ、何!?」

「何じゃねえよ。おかしいのは水無月君だろ」

「……いや、さっきの、『お風呂が沸いてます』の曲の子。気になるんだ」

「お前っ! 師範代という彼女がいながら、堂々と目移りか!」

「そうじゃなくって! なんだか変わっているなぁって」

「変わっている? どういうところが?」


 楓に責められた日向へ、助け船を出すように、崇が先を促す。


「なんていったらいいか……他の演奏している人とは、何かが違う」

「違う?」


 日向は崇におずおずと頷き、


「大勢の前でピアノを披露したのに、恥ずかしそうでも、嬉しそうでもないし……むしろ嫌そうっていうか。仕方なく弾いた、みたいな」


 ちょうどJポップ曲の演奏が終わり、年配の男性が聴衆へ向かって、帽子を取り深々と頭を下げていた。洒落た仕草だった。

 それを眺めていた崇は、ふむ、と眼鏡の縁に触れて、


「いわれてみれば、そうだったかもね。楽しそうでもないし、緊張してるようでもなかった」

「なのに――その子、また(、、)、演奏待ちの列に並んでいるんだよ」


 列の最後尾を指す日向。

 ウサギの耳のようなカチューシャが見え隠れしている。

 間違いない。『お風呂が沸いてます』の少女だ。


「別に変じゃないだろ」


 楓が口を挟む。


「さっきの演奏に満足がいかなかったんじゃねえの? もしくは弾き足りないとか?」

「僕が聴いた限りでは、短いフレーズを完璧に弾きこなしていたけど。

 でも、弾き足りないというのはそうかも。さっきのは指慣らしのウォーミングアップで、次が本番だったりして」

「きっと、そんなところだろ。なあ、これから予定ある? アイス食っていかない?」


 エスカレーターを指す楓。

 アイスクリーム店は二階にあるのだ。このショッピングモールは多種多様な店舗が入っていて、市内でも最大規模を誇る。


「どうする、水無月君? 本屋行こうかって話してたけど、寄り道しても問題ないよね」

「……うん」


 崇に、ぼんやりとした返事をする日向。

 行こうぜ、と楓に腕をひっぱられ、上りのエスカレーターに乗りこむ。


「オレさあ、周期的にサーティンアイスのチョコミントが、無性に食いたくなるんだよねぇ。これって一種の依存症なのかな」


 上昇するエスカレーターから、ストリートピアノがある広場が一望できた。

 短い演奏が終わると、再びあの少女の出番が巡ってくる。


 今度は何を弾くのだろう……?


 楓の空言を右から左に流しつつ日向が注目していると、少女は、前回と同じく素早く椅子に座り、すぐに演奏を始めた。


「――はあ?」


 つい、すっとんきょうな声を上げてしまう。

 またも耳慣れたメロディで。

 他の買い物客もそうだったのだろう。周囲で空気がざわりと動いたのを感じた。そして、またも極端に短いフレーズ。


「これって、『お風呂で呼んでます』――の曲?」

「ソドミソラ、ソドミソラ。お風呂で呼んでます。同じメーカーの給湯器のメロディだね」


 唖然としたように、楓と崇が顔を見合わせている。

 当の少女は椅子から下りると、何かを確認するように、周囲をぐるりと見渡した。

 が、直後、お辞儀もなくピアノから離れていってしまう。この辺りも前回と同じ。


 そうして――あたかも当然のように、再び(、、)演奏(、、)待ち(、、)列の(、、)最後尾に(、、、、)並んだ(、、、)のだった。

今回の話は、日向や楓が高2のエピソードになります。こんな章タイトルですが、作者は「日常の謎」だいだい大好きです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ