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階段下は××する場所である  作者: 羽野ゆず
Interval05 イブ限定!幸せの25サンドケーキ事件
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問題編

 今回の話は連載初期からのキャラが登場するので、あらかじめ1章~4章辺りを読んでおくと、より楽しんでいただけると思います。ではではどうぞ。

scene:1


「まさか、こんなことになるなんて」


 空野(そらの)(ふう)が声をふるわせた。

 くるくるとした瞳が愛らしい少年だが、その双眸は絶望に沈んでいる。細かに揺れる小柄な身体は、リスを連想させる。


「済んだことを後悔しても仕方ないだろう」


 ため息を吐いたのは、雷宮光。

 美人だが冷たそう、というのが大方の人が抱く初対面の印象だろう。実際は面倒見が良くて、胸の内に熱いものを秘めた娘なのだが。

 楓はすがるような目で、光を見つめた。


「オレ……オレ、師範代とこんなことになるとは夢にも思わなかったから」

「私だって同じだよ。よりによって空野とこんなことしでかすなんて」


 まあまあ、と間に入ったのは赤みがかった茶髪の少女、野巻(のまき)アカネ。

 髪色になじむ赤フレームの眼鏡をしている。笑顔が似合う元気印の彼女だが、今は表情少なで深刻そうだ。


「アタシにも責任があるわ。二人を止められなかった」

「オレ、オレ……どうしたらいいんすか? 水無月君を(、、、、、)裏切った(、、、、)!」


 防波堤が崩れたように、楓がわめき出し、


「師範代もアカネさんも知ってるでしょ? 奴がぼんやりしているように見えてそのくせ執着心が人一倍強いのを!」


 ばんっと机の天板を叩く。キャスター付の長机が動いたのを、光は冷静に元の位置に戻した。


「知っているよ……でも」

「でも?」

「正直に打ち明けるしかないだろうよ、日向に」

「無理ですっ! オレ、とてもそんな勇気は……」

「わかった」


 楓の肩を落ち着かせるよう軽く叩き、パイプ椅子から立ち上がるアカネ。

 白い壁で囲まれた殺風景な部屋の隅へ走らせた視線は、ぞくっとするような陰謀の色に染まっていた。


「アタシに考えがあるわ。――いい? ここからは全員(、、)が共犯だからね」



scene:2



 黒志山高校の近くに、半年前、新設されたばかりのコミュニティセンターがある。

 木材をふんだんに使い、玄関ホールの天窓からは太陽光がふりそそぐ。ぬくもりが感じられるモダンな造りで、大小会議室や調理室のほか和室も備えられている。

 メインの役割は周辺住民の集会所だが、区民であれば使用可能なので、講座やサークルの活動場としても親しまれている。

 ちなみに、学生も勉強会等の大義名分があれば――後にレポートや映像等の成果(、、)を提出するのが条件だ――、教員の引率を伴い利用することができる。


「すみません、遅くなりました!」


 午後1時半。息を弾ませて、小会議室にやってきたのは、水無月日向。

 扉の看板には『黒志山高・スイーツ研究会』とある。アカネが即席で作った集まりだが、まるっきりデタラメではない。彼らは、とある名物スイーツを食すために(つど)ったのだから。


「おお。スイーツ王子。よくぞ来た!」


 アカネが高々と言った。

 一同は出来るだけ和やかな雰囲気で、スイーツ王子こと日向を出迎えた。

 会議用机を二つ付けて作ったテーブルに、向かい合わせにイスが二つずつ、奥に『お誕生日席』が一つ。光がお誕生日席へと日向を誘導する。


「遅かったな。路上で勧誘にでも捕まったか」


 楓が茶化し、日向の左隣に腰を下ろす。

 日向は「そんな感じ」と尻ポケットのリーフレットを奥に突っ込んだ。ここに来る途中、押し付けられたものらしい。


「空野君は何時に来たの?」

「1時過ぎかな。午前の稽古を終えてから、師範代と歩いて来たんだ」

「一緒に来るつもりはなかったけどな」

「……つれない」


 光と楓は剣道道場に通う師弟で、土曜の午前稽古を終えてから真っすぐここに来たのだ。稽古後のわりに、さっぱりした外見なのは、師匠の自宅のシャワーを借りたからである。


 日向は紺色のダッフルコートを脱ぎ、椅子の背もたれにかけた。

 背後には腰窓があり、さらに向こうには、雪が薄く積もった駐車場が広がっている。逆光を背に日向は、八畳ほどの部屋をぐるりと見回したが、すぐにその大きな瞳はテーブル中央の物体に釘付けになった。


「こ、これが――聖メリノ・ドルチェ会員限定“幸せの25サンドケーキ”!」


 感極まっているスイーツ王子に、アカネはちょっと引き気味で、


「よくフルネームで覚えていたね。メールで知らせただけなのに」

「どんなケーキだろうって、昨夜から楽しみにしていましたから。昼ごはんも控えめにしてきましたし!」


 端正な顔をほころばせた美少年は、舌なめずりしそうな勢いだ。

 聖メリノ・ドルチェは教会にあるレストランに併設されたお菓子屋さんだ。レストランは黒志山住民憧れのウェディング会場で、焼き立てパンと自家製ホイップバターが美味である。


「クリスマス限定スイーツがあるらしい、と噂には聞いていたけど。注文できるのはレストラン会員だけと知って諦めていたんです」

「パパがたまたま会員だったのよ、仕事の関係で」

「野巻先輩と知り合いで本当によかった!」

「アタシの存在意義はそれだけかい」


 アカネのつっこみを無視して、まるで芸術作品のように、幸せの25サンドケーキを愛でる日向。それはもう、とろけそうな甘い表情で。


 食パンのようなスクエア型の生地が、塔のように積み上げられている。

 高さは50センチ弱で、砂糖菓子のサンタクロースとトナカイが最上段を愛らしく飾っている。

 生地の合間には、苺やキウイなどのフルーツと生クリーム、スクランブルエッグやサラダといった総菜とクリームチーズが挟まれており、見た目も鮮やかだ。シンプルに生クリームだけが挟まれた段もある。


「スイーツとお食事ゾーンの配分が抜群だ……もう脱帽ですよ」

「そこまで感心するか」


 紙皿と紙コップを並べている光が苦笑した。

 ケーキの周辺にはスナック菓子などの軽食もあるが、いつもは真っ先に手を伸ばす日向も、今は見向きもしない。うっとりと目を細め、幸せの25サンドケーキを眺めている。儀式めいた所作で一段ずつ指し、

 

「1,2,3,4……24。24()段?」


 何気なくされた数唱に、ゆるみかけていた空気がぴんと張り直す。

 光と楓がかすかに顔をしかめる。この瞬間、見えない火ぶたが切られた気配がした。


「ああ、言い忘れてた」


 動揺をみせずに即反応したのは、野巻アカネ。さすがは元演劇部部長。


「25、と(かんむり)がついているからには25段と思うわよね。わかるよ。本来は(、、、)そうなの(、、、、)。でも、今日ってイブじゃん」


 まさしく、今日は12月24日。世間一般的にクリスマスイブと呼ばれる日だが。


「だから、25段じゃなくて24段バージョンを特別に作ってくれたの。ほら、25段じゃこの人数で食べるのに量が多すぎでしょ?」

「はぁ」

「一段少ない分、値引きしてくれたのよ。あとで割り勘の料金知らせるね」

「……そうなんですか。ていうか僕、言い出しっぺのくせに、会場の手配とか何もかも任せっぱなしですみません。これ運ぶの大変じゃなかったですか」


 悪そうに訊ねる日向に、アカネはいつもの明るい笑顔で、


「地下鉄とバスを乗り継いできたけど、手伝ってもらったから平気だよ」

「地下鉄とバスを? 相当大変じゃなかったですか? せめてゴミを持って帰りますよ」


 コミュニティセンターで出たゴミは各自持ち帰る決まりになっている。

 じゃあ、お願いしようかな、と聖メリノ・ドルチェのロゴが入った紙袋を指すアカネ。

 高さは30センチほどだが、通常よりマチ底が広くなっている。中には、フードパックなどのゴミがまとめてある。

 了解のしるしに頷きかけた日向は、ふと動作を止めて、首筋をかいた。

 なんだか居心地が悪そうに。


「それだけですか?」

「うん? 食べ終わったらまた出てくるだろうけどね。助かるよ、ありがとう」

「はあ……」


 あいまいな返事をして、黙りこくってしまう日向。


(え、何? アタシ何かおかしいことを言った? ミスった?)


 不穏な戦局を感じ取ったアカネは、光と楓を交互に見る。が、ふたりとも心当たりはないらしく、首を横に振るばかり。


「日向、どうした?」


 光が日向の腕に触れて訊ねるも、スイーツ王子は口を閉ざしたままだ。

 白い頬が膨らみ紅潮していく。屈辱のような恥辱のような……なかなかそそる表情である。


「もしかして」

「ん?」

「僕、嘘を吐かれて(、。、、、、)います?」


 駄々っ子のような口調だった。

 が、その発言は瞬時に場が凍り付かせるのに十分な威力を持っていた。

 言葉を失い、呆けたようにしているメンバーらを、日向は恨めしそうに見つめる。


「誰も何も答えない――ってことは、やっぱりそうなんですね」

お仕事&学業お疲れ様です! 解答編は本日午後5時に投稿します。

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