1-5 『五人の部長』
日向はうつむき加減だった顔を上げる。
「野巻先輩。演劇部の皆さんに話を聞くこと、できますか」
「うちの部員に? いいけど、大変なことになるよ」
「大変なこと……?」
謎の脅しをされた日向だったが、すぐにその意味を思い知らされた。
特別棟二階の空き教室。開きっぱなしだった扉から中をのぞくと、台詞合わせをしていた部員たちはいっせいに振り向き、部長のアカネに殺到した。
「おかえりなさい!」
ソフトボールのユニフォームを来た女子が、日向を見るなり嬉しそうに顔をほころばせる。
「部長、とうとう水無月くんの勧誘に成功したんですね!」
「わあっ、マジ?」
次に、道着姿の女子が後方から背伸びして、さらに奥から『アニメ研』の鉢巻をした女子が嬌声をとどろかせる。
「水無月くん、ようこそ演劇部へ」
「いえ、あ、あの」
何がなんだか分からないまま包囲され、日向は恐怖に顔を引きつらせる。対照的に、部員たちの盛り上がりは勢いを増した。
「水無月くんが入ってくれたら、シェイクスピアできますね。『ロミオとジュリエット』なんてどうでしょう? ちなみに私、いつかこういう日がくるかと、ジュリエットの台詞すべて暗記しておきました!」
「『白雪姫』は? もちろん演劇部一美白な私がスノウホワイトね」
「こらっ」
欲望丸出しの不埒な部員たちに、容赦ない雷が落とされた。
「いまさら勧誘しても無駄だぞ、部活動の兼部は認められていない。水無月くんはバスケ部に入ってるからな」
「はい! 僕、バスケ部なんです」
助け舟をだしてくれた光に感謝して、日向は主張した。
「才能はないけどな」
おまけのように言い放たれ、がくっと日向は崩れる。センスがないのは自覚しているが、武道で優秀な成績を収めている人にいわれると、なかなか堪えるものがある。
「さあさ、練習に戻って! セリフ合わせの途中でしょ。あんたたち興奮しすぎ」
アカネが後輩たちをたしなめると、「はあい」とおのおの不満げな返事をして離れていった。
「十月に公演があるんだっけ」
「そっ。他校と合同だけどね」
様々な恰好の部員らを、光は猫のような目を細めて眺めている。
「あれが衣装なのか? 普段着と変わらないように見えるけど」
制服姿に、ソフトボールのユニフォーム姿、武道の道着姿。なんら特徴のない、高校生活でよく見られる服装である。
「『五人の部長』っていう脚本で女子高が舞台でね、色々な部活動の部長が登場するの。有名な脚本を少人数で演じられるようにアタシが書き直したんだ」
「ふうん」
「――野巻先輩」
日向は、教室の後方でかたまっている部員たちを、食い入るように見つめている。
「悲鳴が聞こえたとき、皆で一緒に教室を出たと言っていましたね」
「あ、うん。それがどうかした?」
「誰かが教室に残っていたとか、そういったことはありませんでしたか」
アカネが怪訝そうに首をかしげる。
「ええと、皆、いたわよね。たしか」
「私、ビビっちゃって野巻部長の腕を掴んでました」
ジャージ姿の女子が挙手して発言する。
「ああ、そういや掴まれてたわ」
「ブッチは、私と手をつないでたよね」
「うんうん」
鉢巻の女子と、ブッチと呼ばれたユニフォーム姿の女子も頷きあう。
「やっぱ全員いたよね、ユイも」
「すみません、私、残ってました」
ユイと呼ばれた道着姿の女子は、後ろめたそうに告白した。
「怖くてパニックになっちゃって……動けなかったの。ひとりだけ残るなんてズルいな、とは思ったんだけど」
「え、嘘。ユイいたじゃん」
ブッチが黒目がちな瞳を大きくして反論する。
「今の道着姿に、面を被って、竹刀まで持ってさ」
「ええ?」
訳が分からない、といったようにユイが目を白黒させる。
「でも、私、廊下に出てないよ」
「またまたぁ。隠さなくっていいのに。張り切って装備したのがバレて恥ずかしくなった?」
「ないないない!」
「ストップ」
アカネが一度、騒ぐ部員たちを黙らせた。
「身内で揉めてどうするの。落ち着いて、もう一度確認し合おうよ」
「――その必要はないです」
ひときわ晴れやかな声に一同は振り向く。
皆の視線の先で、日向が爽やかに微笑んでいた。艶やかな黒髪の頭を下げる。
「僕の疑問はすべて解決しました。ご協力に感謝します」
思わず見惚れるほどの、上品な笑顔と所作だった。
「これでスッキリした気分で部活に行けそうです。今日はもう無理と諦めてかけていましたが、間に合ってよかった。では」
ここにきて初めて、日向は王子様らしい外見に見合う態度を見せた。
演劇部の部員たちは、ほうっとしたまま手を振り返す。が――
「解決って、どういうことだ」
王子のゆく手を阻む門番のごとく、光が立ちはだかる。
日向はぽかんとした表情のまま答える。
「いやあの……階段下で起こった全容についてですけど」
光とアカネは驚いたように顔を見合わせる。
「はっきり言って、今回のことはわからないことだらけだ。何がどうしてああなったのか、わかったのなら説明してくれ」
「わ、わかりました……わかりましたから、ちょっと離れてくださいっ」
唇が触れそうな距離まで迫ってくる光に、日向はおずおずと承諾した。




