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恋が詰まった文を貴方様へ

作者: 椎名

拝啓 

行く春が惜しまれる今日この頃。皆様お変わりございませんか。


……なんて、堅苦しい挨拶はこの辺で。貴方様と出会い三十余年、共に歩むことを誓い二十年、結ばれて十年が経ちましたね。そんな節目に、貴方様へ初めての手紙を贈ります。驚きました?


貴方様は私と初めて出会った日を覚えていらっしゃいますか?私はね、ちゃんと覚えてますよ。白い肌に栗色の髪、そしてアメジストの綺麗な瞳と泣き黒子。綺麗な方だと素直にそう思いました。数十人と居る御兄弟の長兄で、王位継承権の最高位に鎮座していた方。頼もしく、勉学にも剣技にも類まれなる才能を発揮していましたね。でもとても努力家で、弟妹思いの優しい方。貴方様と婚約する、と父に聞いた時は驚きました。だって私10歳かそこらでしたからね。貴方様からすれば妹のような存在だったでしょうに。気を使ってあちらこちらへ連れて行ってくれたこと、とても嬉しかったです。「君は僕のお嫁さんになるからね」そう言って笑いかけてくれましたよね。その時の私は貴方様のことは兄のように慕って居たので、そう言われる度に少し困っていましたが。

そんな貴方様への気持ちが変わったのは、婚約し数年経った頃。貴方様の魅力が溢れんばかりの輝きを放っていた頃、と言えば思い出して頂けますか?

貴方様が伯爵家の令嬢様へ首ったけ…失礼、熱をあげていた頃です。眉目秀麗で国を代表する美しい方と有名なあの方です。貴方様の弟君や、騎士団の者など数多くの男性を虜にする可憐な方。しかしまさか貴方様までも夢中になるとは思いませんでした。……まぁ貴方様は否定してましたが。でも、そのお陰で私は、貴方様への思いに気付いたのです。

「好きです」そう告げた時の貴方様の嬉しそうな笑顔は今でも脳裏に焼き付いていますよ。「ずっと待ってたよ」そう仰って抱き締めて、そこで初めての口付けを交わしましたね。令嬢様はいいのかと問えば「僕には君だけが最愛の人だ」なんて。物凄く照れました。だって、貴方様がそう仰るのなんて初めてのことでしたもの。ああ、後私知ってますからね。貴方様が私に振り向いて欲しくて態と、令嬢様へ気がある様振る舞ったと。まんまと術中に嵌った訳ですが………。

勿論後悔なんてしていませんよ?していませんが、もう少し方法は合ったのではないてしょうか。貴方様は無茶をなさることが玉に瑕ですね。そして、好き合ってから意地が悪くなったと思います。変に焦らしたり、かと思えば甘やかすし……。貴方様の優しさを知っているからこそ、受け止めていたんですからね。

「君以外居ない」そう言われる度に誇らしさと愛しさが溢れていました。「ん?」と目を細め首を傾ける仕草が大好きでした。剣を振るう真剣な眼差しも、弟妹を見守る穏やかな眼差しも、愛しくて堪りません。雷が苦手な私に「大丈夫だよ、僕が一緒に居るから」と抱き締め温もりを分けてくださってから、私は雷が少し好きになりました。宵闇の中の熱情を孕んだ目、乱れる吐息、何度も愛を囁かれ、少し余裕のない貴方様を見るのが大好きで。そう伝えて「おまえは…」と呆れた物言いをする様も、愛しいものでした。懐かしいですね。

そういえば先日、弟君と妹君とお茶会を行いました。弟君は益々貴方様に似て来られましたね。眼差しなどそっくりです。妹君も、貴方様の優しさを兼ね備えた立派な淑女となりました。「兄様は、私たちが引くくらい、貴女様のことばかりでしたのよ」なんて、気遣いも見られましたよ。子どもの成長というのは早いものですね。とても立派な弟君と妹君は貴方様の意思を継いで行きたいのだと、口を揃えていましたよ。よかったですね。「兄様に会いたい、遊びたい」と泣いていたあの子たちが……。本当に貴方様に似て立派になられたものです。貴方様を独り占めしていたことへの罪悪感が顔を出します。「そんなもの、出さなくていいよ」と貴方様なら言うのでしょうね、嬉しそうな顔で。


私の近況と致しましてはこんな所でこざいましょうか。波風のない、平穏な毎日を暮らして居り、時間がゆっくりと進んでいるように感じます。貴方様が伯爵令嬢様を助けに、屋敷中包まれる炎の中へ駆け出して行ったあの日から。ゆっくりとゆっくりと動く時間に身を任せていれば五年余り。疑問と憤り、後悔と悲しみ、それらが湧いては消えを繰り返してきました。答えを持つ者など居ないのに。ああ、貴方様が助けた令嬢様は元気でその後を過ごされております。枯れることを知らないほどの涙を流されたとか……。そんな令嬢様も今では二児の母です。男の子には貴方様の名前を付けられましたよ。命の恩人の名を、と。私も見させて頂きましたが可愛らしいお子でした。…羨ましいなどと思ってしまった私をどうか許してください。今、すこぐ貴方様に「おいで」と呼ばれ頭を撫でられたいです。…まぁそれは何十年後にとっておきます。忘れないでくださいね。


では、またお会いできる日を楽しみにしております。


敬具


フーイ国第一王子妃 

マリアーネ・レノアール・フーイより

恋文の日になぞらえ短文を。拙い文章をお読み下さりありがとうございました。

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