弁天堂美咲と狐憑呪詛《フォックスカース》 01
「弁天堂先輩。今帰りですか?」
下校途中――。
今日は、迷斎さんの屋敷でのアルバイトもなく、まゆりさんは用事があるとかで先に帰りました。西園寺さんも彼女たちと会うそうで、午後の授業は受けずに帰ってしまいました。
今さらながら、西園寺の性癖に驚きはしませんが、二股であることにも去ることながら、三人で会っていることには驚かされます。しかも、お互い合意であるそうなので、私の理解を越えています。
もっとも、私は今まで恋と呼べるものを経験したことがないので、好き――って感情も、嫉妬――って感情も理解できません。
自分が経験したことのないことは、想像することもできない私は、何とも愚かでありちっぽけであると自覚させられます。
こんな私でも、いつかは誰かを好きになり、恋をするのでしょうか?
おっと、これはまた別の機会に――ってことで…。
とにかく、そんな平和で気楽な一人の下校に、水を指す人物が現れました。
「あなたは……誰?」
私と同じ制服を着ているので、同じ学校であることはすぐに解りました。胸元に巻かれたスカーフの色から二年生――、つまりは後輩。しかし、私の知っている後輩ではありません。
彼女は一体、誰なのでしょう。
「私ですよ、弁天堂先輩。同じ中学だった、真倉座歌子ですよ!」
「真倉座歌子――。ごめんなさい、覚えていない」
真倉座歌子と名乗った彼女は、一瞬ぷくっと頬を膨らませ、明らかに不満そうな顔をしましたが、すぐにニコッと笑顔になりました。
「まあ、私を知らないのも無理はありません。中学時代も弁天堂先輩と話したことはありませんから」
「はあ……」
少し背が低く、肩に掛かるくらいの髪を片方でまとめた髪型。背の割に、大きな胸と細長く伸びた足。美少女とは言わないまでも、かわいい見た目の真倉座さんですが、私の経験と第六感が真倉座歌子には、関わってはいけないと告げています。
あんなことを、胸を張って言い切っていまう、真倉座さんは間違いなく変わった人物。これまでの経験上、変わった人物と関わってろくなことはありません。
どう話を切り上げようかと考えていると、真倉座さんはそんな隙を与えないかのように、話を続けます。
「だって仕方ないじゃないですか。弁天堂先輩のような有名人と、話すなんて畏れ多くて中学時代の私にはできませんでしたから」
「有名人? 私が?」
「ええ、有名人ですよ。私の中で、上位十三位内には入る有名人です!」
上位十三位内――って、あまりにも微妙すぎて、喜んでいいのか怒っていいのかわかりません。
「それで、私に何の用? 真倉座さん」
「あれー、ひょっとして怒っています?」
「別に、怒ってないですよ」
「そうですよね。あの弁天堂先輩が、私の尊敬する弁天堂先輩が、そんな小さなことで怒ったりしないですよね」
眩しいくらいの笑顔を見せる真倉座さん。彼女について解ったことはただ一つ。
真倉座歌子は、意図せずに相手を怒らせてしまうようです。もちろん、本人は自覚していないようで、それが輪をかけてたちが悪い。
これでは、怒ったこちの方が悪者のようになってしまいます。
「それで――、そんな尊敬する弁天堂先輩にお願いがあるのですが、よろしいですか?」
「お願いって――、内容によっては……」
「さすが、弁天堂先輩です。私が思った通り、優しい先輩です。改めて、尊敬します!」
「ちょっと待って! 内容によっては――って、言ったでしょう。ああ、もうー。それで、お願いって何?」
さっきまで、ニヤニヤした顔をしていた真倉座さんの顔が、急に真面目な顔になり、その表情の変化に私に緊張が走りました。
「弁天堂先輩、真剣に聞いてください」
「な、何……?」
辺りに冷たい空気が流れたかのように、私は背筋に冷たいものを感じました。
そして十分に間を空けて、真倉座さんは口を開きました。
「弁天堂先輩は、呪いを信じますか?」




