弁天堂美咲と円環世界《トラースワールド》09
パンケーキを頬張り、幸せそうなそうな中年男性の向かへに座り、私はそう言いました。
「よく、解ったね。そうだよ、僕がトリックスターだよ」
私が睨んだ通り、やはりトリックスターだったようで、本人はあっさりと認めました。
「さて、何で僕だと解ったのか――、解答を聞く前に、ちょっと長くなりそうだから、邪魔が入らないようにするね」
そう言って、トリックスターは指をパチンっと鳴らしました。その瞬間、辺りは時間が止まったように静止しました。
そして、もう一度指を鳴らすと、中年男性は身体から紫煙のようなモノを吹き出して、全身が見えなくなりました。
身体を覆っていた紫煙が晴れると、そこには目鼻立ちのきれいに整った青年が姿を現しました。
「いやー、こちの格好の方がしっくりくるからね。とにかく、これで邪魔は入らなくなった。改めて自己紹介をするとしよう。僕はトリックスター。はじめまして、弁天堂美咲ちゃん」
「それよりも、なぜ私にこんなことをしたのですか?」
「うーん……。そうだな、それじゃあ先に、美咲ちゃんの方から教えてよ。何で僕が、トリックスターだと見破ったのか。そしたら教えるよ」
もう、美咲ちゃん呼ばわりだなんて、思っていたよりも軽い――と言うか、チャラい印象でした。目鼻立ちも整っているので、さらにチャラい印象しか感じません。
ともかく、私が答えない限り、話が進まなそうなので、先に解答することにしました。
「きっかけは、朝食のパンでした。このループ現象が起きてから、いつも食べていたマーマレードが食べれずにいました。六十八回もですよ! どんなに、辛いことか解りますか?」
「ちょ、ちょっと待ってね。それと、僕を見破ったのと、どんな関係があるの?」
「つまり、同じ物しか食べれないこと――が、重要なのですよ。いくら和食が好きでも、毎日食べていたら、またには中華が食べたい――みたいなことです。それで、思い出したのですよ。あなたは、初めてこのお店に来た時には、メイプルシロップをかけていました。しかし、飽きたのでしょう。何回か違うシロップをかけていました。私が昨日を繰り返しているように、あなたも繰り返していたのですよね? だから飽きてしまって、違うシロップに手を伸ばしてしまった」
単純なことです。六十八回もパンケーキを食べていれば、味を変えたいと思うのは必然。ましてや、このお店には豊富シロップが用意されているので、それに手を伸ばさずはいられない。
その結果。中年男性がトリックスターだと、見破ることに成功しました。
さて、私の解答も終わったので、次はトリックスターの番です。私をこのループ現象に落とし入れた理由を聞くことにしましょう。
「さあ、私はすべて答えましたよ。今度はあなたの番です。なぜ、私をこんな目に合わせたのですか?」
「理由は――、二つある。一つは、君をテストするため」
「テスト? 何のテストですか?」
「予測不能な状況において、解決する能力があるかどうかのテスト。もちろん、僕じゃないよ。僕は、依頼されただけだから。それに――」
それに、依頼主は何となく解るでしょう。トリックスターはそう答えました。しかし、私が気になっているのは、テストのことではなく、なぜ私がテストされているのか――、そのことでした。
予測不能な状況に、この先立つことがあるのでしょうか。
どちらにせよ、トリックスターは依頼をされただけなので、それ以上は答えてはくれないでしょう。
「それで、二つ目の理由は何ですか?」
「それも、解っているだろう? 君の持って来たそれだよ」
「ああ、やっぱりこれですか?」
私はそう言って、カバンの中にから瓶を取り出しました。
「そうそう、それ! マーマレード!」
私たちが最初に訪れた時、このお母さんの手作りのマーマレードの話をしていました。おそらく、その時に聞いたマーマレードでパンケーキを食べたかったのでしょう。私が瓶を渡すと、トリックスターはパンケーキにたっぷり塗って、食べました。
「う、うまーい! 適度な甘さと、程よい酸味。時折見せる皮の苦味が、何とも癖になる。これは、最高傑作と言っても過言ではない」
お母さんの手作りマーマレードを、こんなにも喜んでもらえて、私までうれしくなりました。
地獄のようなループ現象に、内心怒っていましたが、私の好きな物を喜んでもらえたので、すべて水に流すことにしました。
「では、マーマレードも堪能したことだし、僕は行くとするよ。それで――美咲ちゃん、これは忠告ね」
「何ですか?」
「美咲ちゃんは、色々なモノを引き寄せる力がある。良くも悪くもね。今回のように、自分で解決できることもあるし、他人の力を借りても解決できないこともある。つまり、何を言いたいのかというと――。すべてを背負い込もうとしないことだ。すべての人間を、助けることはできないのだから――。依頼主も、それを知ってもらいたかったんじゃないかな」
すべてを背負い込まない。
自分のキャパ以上のことは、見捨てるしかない。
良くも悪くも、色々なモノを引き寄せてしまう私には、今後もこれまでのようなことに巻き込まれてしまうのだろう。その時に、苦渋の選択を迫られることもある。
割り切れる勇気を持て――と、私に言いたかったのだと思う。
それは、トリックスターを概して、迷斎さんが私に告げた言葉のように感じた。
私を思っての忠告。その言葉が、胸に突き刺さる。
「じゃあね、美咲ちゃん。また、どこかで」
指をパチンっと鳴らし、トリックスターは姿を消しました。それと同時に、何ごともなかったかのように、止まっていた時間が動き出しました。
これで、私に明日がやって来ます。




