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アウトコレクター  作者: 一ノ瀬樹一
第二章 弁天堂美咲と低級悪魔
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弁天堂美咲と低級悪魔《ネームレスデビル》 07

 「これで……よし!」

 「……」


 先ほどの部屋を出て、私たちは応接室に移動しました。幸い、男の子の怪我はかすり傷などの軽症だったので、私が手当をすることにしたからです。


 薬箱から、消毒液とバンソウコウを取り出し、男の子の傷の手当をしたのですが、その間も男の子は終始無言のまま、私の話に相づちさえしませんでした。


 滅多なことでは凹まない私も、さすがに心が折れそうです。


 ともかく、このまま帰すわけにもいかないので、男の子に色々と聞いてみることにしました。


 「そう言えば、自己紹介がまだだったね。私は弁天堂美咲。君のお名前は?」

 「………………」

 「まあ、名前はいいかな。それより、お家はどこなのかな?この近くなの?」

 「………………」


 無口と言うよりも、シカトされているようで、段々と腹が立って来ました。


 「それにしても、迷斎さんはどこに行ったのかな?」

 「…………ねえ。さっきの人、迷斎って名前なの?」


 これまで、黙りを決め込んでいた男の子ですが、迷斎さんの名前を聞いた瞬間、ようやく口を開きました。

 多少、納得いかないですが、ようやく突破口を見つけました。


 「迷斎さんに用事があったの? それで、窓ガラスを割って屋敷の中に入ったーー」

 「ちょっと、質問をしているのは僕だよ。ちょっと黙っていてよおばさん!」

 「!?」


 滅多なことでは怒らない、温厚な私でもさすがに怒りを覚えました。傷の手当までしてもらっておいて、恩知らずにもほどがあります。


 そして何よりも、十七歳の私をつかまえて『おばさん』呼ばわりしたことを、許すことができません。


 「ねえ、おばさん。さっき人が黒柳迷斎なの?」

 「……お…………ん……」

 「え!? 何?」

 「だ~か~ら~。お姉さんでしょ!!」


 そう言って、憎しみを込め、男の子の左頬をつねってしまいました。衝動とは恐ろしいもので、普段の私なら決してしないことなのですが、思わずと言いますか、はずみと言いますか、力一杯つねりました。


 「!?」


 しかし、一つだけ誤算があるとしたら、男の子が反撃してくることまでは、私も考えていませんでした。

 男の子も私の左頬に手を伸ばすと、力一杯つねって応戦してきました。もちろん、子供の力とはいえ、柔らかい頬を力一杯つねられれば、痛いのは当然。


 「ちょっと、放しなさいよ!」

 「そっちが先につねったんだろう! そっちが放したら放すよ!」


 まったくもって放す気配がないようなので、確たるうえは徹底交戦しかありません。

 私は左手を、男の子の右頬へと伸ばし、力一杯つねりました。


 「!?」


 ここまでくれば、誤算ではなく完全な戦略ミス。因果応報とは良く言ったもので、今度は私の右頬もつねり返されてしまいました。

 こうなってしまっては、意地と意地のぶつかり合い。根気くらべならぬ、我慢くらべ大会の開幕です。


 「ほら、放しなさいよ。顔が限界だって言ってるよ!」

 「そっちこそ、目に涙が溜まってるよ。早く放した方がいいんじゃない?」

 「これは、目が乾いているからよ。そっちこそ、涙目じゃない?」

 「さっきの消毒液のせいだよ!」


 お互い、折れることを知らない負けず嫌いな一面が出てしまい、膠着状態へと突入してしまいました。

 もちろん、あと四時間ぐらいは耐えることができますが、このままでは話が進まないので、ここは人生の先輩である私が大人になるしかありません。


 「わかった。せーので、お互い手を放そう。それでおしまい。どう?」

 「まあ、まだまだ余裕だけれど、そこまで言うならしょうがない」

 「じゃあいくよ。せーので手を放すんだからね。裏切ったりしないでよ! 裏切ったりしたら許さないからね!」

 「わかったよ!」

 「じぁいくよ。せーの」


 お互い裏切ることなく手を放なし、お互い言葉とは裏腹に赤く腫れ上がった両頬を擦っています。

 あまりにも滑稽な姿に、お互い声をあげて笑い合いました。


 「…………後が残ったらどうしよう。それより、そろそろ教えてよ」

 「教えてって何を?」

 「な~ま~え」


 さっきの我慢くらべで、大分打ち解けたと思ったので、再度名前を聞くことにしました。もちろん、これが目的だったので、先ほどのことはすべて計算ですーーと言いたいのですが、偶然の産物で棚ボタでしかありません。


 「……わかったよ。教えてやるよ! 僕の名前はーー」

 「あ、名前は答えなくて結構」


 せっかくのチャンスを台無しにしたのは、やはりと言うか、当然と言うか、当たり前のように迷斎さんでした。


 「迷斎さん! 何で邪魔をするのですか? せっかく名前を聞き出せたのに……」

 「弁天堂? 私がなにもしないで、子供の世話をお前にさせていたと思うのか? 名前を聞かなくてもよい理由は、昇ってきた太陽がどこに向かって沈むのか解るぐらい、答は簡単だろう?」


 聞かなくてもよい。

 つまりは、すでに聞く必要がなく解っているからに他ならない。

 迷斎さんは、私が男の子の相手をしている僅かな間に、調べていたようです。


 「少年よ、私が黒柳迷斎だ!」

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