10 気付いているのか?無視されてるのか?
頑張れロニー!
幼年学校に入るまでの一ヶ月間でミヤタの家庭生活の構造化を済ませるべく、トーコはミヤタの一日の流れを調べ始めた。
朝、二階の自室で七時に目を覚ます。
直ぐにモソモソ服を着替えて靴を履き、顔を洗って歯を磨く。
上着を羽織って鞄を持ち、階下に降りると黙って出勤する。
魔法使い成人棟の三階にあるミヤタの仕事用の部屋に入り、机上の予定表に目を通す。
予定表を机上にポイと投げ、上着を脱いで上着掛けに引っ掛ける。
今日の面接が予定されている小児棟の十歳の男児のカルテを眺め、電話で誰かを呼ぶ。
ほどなく部屋には体の大きなガチムチ系の男性が来て、アレコレ指図を受けているようだ。
続いて二人目の面接者のカルテを読んで、何やら資料を用意しだしたミヤタは、カルテにその資料をクリップで留めた。
三人目の面接者はキャンプ外から来るらしく、電話で先のガチムチくんを呼び出し、ガチムチくんは指図を受けた後、スタッフ三人を連れて来た。
検査と検査後のカンファレンスの為、今日の面接はここまでになるらしい。
トーコはミヤタの部屋をそっと出て、ロニーに向き直った。
「見てて思ったんですけど、仕事部屋はキッチリ構造化されてますよね。あの部屋は一体誰が担当したんですか?」
「あれは、カズーとガチムチなウィルくんが5年ほど前にアレコレ手を入れて部屋作りをしたんだよ。ひょっとして、あの部屋ってトーコの言ってたTEACCHメソッドを使って作ったわけ?」
「多分そうでしょうね。それ以外の理由で部屋中衝立と絵カードと貼り紙だらけになる事ないでしょうから」
「オレ…今までずっとカズーに「カッコ悪ぃ部屋」って言ってたけど、もう言うのやめるよ。この部屋のお陰でカズーが超人的に仕事が出来るって事みたいだし…」
「うわ…ロニー最低ですね。支援者が魔法使いを批評するなんて、アリエナイデスよ。魔法使いは繊細な心の持ち主なんですよ」
「いや、そうなんだけどさ、カズーは逆にオレの下品な物言いを気に入ってるらしいんだよな。「ロニーは身勝手ですけど、嘘は言わないから側に居ても許してやりますよ」って、前言ってたんだよ」
「それは下品を気に入ってる訳じゃないでしょ」
「いや、オレだってたまには丁寧な言葉使いする時もあるわけね。でもカズーはその度に怒るんだよ。「ロニーは下品な言葉使いじゃなきゃおかしいでしょうが」って、失礼にも程があるよなー」
「…俄かに信じ難い話しですけど、Dr.ミヤタはロニーを信頼してるんですね。て言うか、ロニーはDr.ミヤタが好きなんですね」
「うわ気持ち悪ぃ…けどまあ、オレはカズーの微妙な魅力にやられたんだろうな。認めたくはないけど」
トーコがじっとロニーを見つめると、ハッと何かに気付いたように慌てた様子のロニーは、トーコに詰め寄った。
「ほ・・ホモとかじゃないからっ!そこは絶対否定するからねっ!そんな誤解だけは勘弁してよ。オレは女性に夢いっぱい持ってるし、結婚も絶対するつもりだからっ!」
「そんな風に必死になられると、つい腐った妄想をしたくなるじゃないですか。私だってリアルな人間関係でそんな妄想をして平気じゃいられませんから。余計な事を言わないでくださいよ」
「つい妄想しないでよ。頼むからねっ!て言うか、リアルじゃなきゃ妄想OK?ひょっとしてトーコは…」
「お互いの為にそれ以上のツッコミはやめときませんか?」
トーコが折角引いたと言うのに、ロニーはまだあわあわしている。
「ひょっとしてトーコは腐…」
「それ以上言うと、R18の妄想をしますよ!」
ロニーは言葉を失い、驚愕に凍り付いた表情で固まっていた。
途中までちょっといい話だったはずなのに、ロニーは台無しにする名人過ぎてガッカリだった。
確かに余計な事までだだ漏れで、嘘は吐けない性格のようだ。
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12時10分に、クロスはミヤタを迎えに来た。
腕を引っ張って食堂に誘導すると、ミヤタは名前札の付いた席についた。
クロスは直ぐにランチ定食の乗ったトレイを持って来て、ミヤタの前に置いた。
憮然とした表情のミヤタと、喜色満面のクロス。
チキンピカタのみを食べて、ミヤタの昼食は終了。
さっさと片付けて、ミヤタは部屋を出て行った。
仕事用の部屋に戻ったミヤタは、夜7時に帰宅予定。
後は家での過ごし方を観察する事となる。
「Dr.ミヤタは仕事場に関係のない私が居ても、全然気付きませんね。いや、気付いてても私に対応してないだけかな?」
「あー、気付いてるよ。だって、トーコの事見てたし。オレを無視してたのはワザとだし」
無視って…ロニーはニコニコしてるけど、ニコニコしてていいんだろうか?いやいいのか。て言うか、ロニーだから別にいいや。真面目に相手してたら疲れる。
「うん。後はDr.ミヤタが家に戻って来てからでいいですね。て言うか、今日こそ夕食摂ってもらわなきゃ」
「あー…カズーにご飯食べてもらうのは難しいねー」
「て言うか、ロニーは家政婦さんにDr.ミヤタの食事の好みとか伝えてあるんですか?」
「一応言ってはあるよ。「とにかく肉を焼いて出して!」ってね」
「そう言えば昼もチキンピカタを食べてましたね」
「でもさ、ちょっとでも焦げてたら食べないし、牛でもウェルダンじゃなきゃ食べないし、気難しいったらねーのよ」
「それは結構凄いですね。ところで、Dr.ミヤタはお野菜とか食べないんですか?」
「野菜は料理によりけり。味噌スープのジャガイモは好きらしいし、カレーライスなら野菜まで全部食べることもある」
「カレーなら食べられるんですか?」
「食堂のおばちゃんのは食べるけど、余所のは食べないねえ」
「相当気合の入った偏食ですね。でもそもそも食卓に付く事さえないってのは、改善の余地ありだと思うんですよ。取り敢えず、今日は絵カードを渡して様子を見て見ます。さて、それじゃあ私は先に帰りますね。今日は助かりました。ありがとうございました」
「いやこちらこそ…て言うか、昨日からの流れで礼を言われるとは思わなかったよ。トーコも読めない子だねえ」
「余計な事言わないで、オシゴトガンバッテクダサイネ」
ワハハハ…と、笑い合って、トーコは帰途についたのでした。
負けるなロニー!
でもきっとモテないと思う。