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閑話〜サバトの夜

酔っぱらいは社会の迷惑ってお話です(え?

 夕食の喧騒が終わり、静かになった乳幼児棟の食堂では、近々乳幼児棟を巣立つ予定のトーコとアニーの為に、お別れ会が開かれていた。


「では、トーコとアニーの前途を祝して、乾杯!」


「「「「「「かんぱーーーい!!!」」」」」」


 通常、巣立って行く子供に対してお別れ会を開くことなどない乳幼児棟だが、トーコとアニーの為に、特例でキャンプから予算が出たのだった。


 二人がこのキャンプで身軽に動き回れるようになる二才になるまでの保育環境は、それはそれは酷いものだった。

 日に数度のボヤ騒ぎ、突如水が降り、オモチャやお菓子が落ちて来るなど日常茶飯事。

 心を病んで辞めて行く世話役は後を絶たず、皆疲弊し切っていた。

 魔法使いの保育は常に暗中模索の連続で、確たる方法論もないまま危険と隣り合わせでやって来た世話役達が、トーコとアニーと言う確固たる信念と方法論を持つ二人に出会い、暗闇から脱出して、誇りと喜びを持って保育の仕事が出来るようになったのだ。

 感謝の一端でも表さねば人としておかしいではないかと、キャンプの事務方に直訴して、予備費から捻出させたのが今回の費用。

 参加した古参のメンバー、リリア・ケイト・マギー・タニアと、トーコ・アニーの合わせて六人の為に、食べ切れないほどの料理と、常識を逸した量の酒が用意されたのを見るに、いったいどれだけお金を出させたのか、小一時間ほど問い詰めたくなるトーコであったが、アニーはそんな事よりも酒を目の当たりにして飲めない事の方が大問題のようで、酒瓶の群れを恨めしそうにガン見して無口になっていた。


「ところで、トーコって前世の記憶があんまりないって、本当なの?」


 マギーがジョッキに発泡酒をなみなみ注ぎつつ話しかけてくる。


「うん。赤ちゃんの頃は憶えてたみたいだけど、今は殆ど憶えてないの。特にね、家族や親兄弟や友達に至るまで、人に関する記憶が抜けちゃってるみたい。これで前世持ちって、詐欺みたいよねぇ」


 下を向いてしんみりしたトーコを見て、皆静かになってしまったが、リリアだけは真っ赤な顔でニヤニヤしていた。


「私ね、クロスが表層意識の音声化させたのを聞いたから、自己紹介分くらいは知ってるわよ」


 目が点になったトーコは、リリアを凝視した。初耳だった。


「聞きたい~?」


 との問いに、「お願いします!」とキッパリお願いした。


森尾瞳子(もりお とうこ)、享年48才。

 日本の神奈川県横浜市に住んでました。

 死因は乳ガン治療中に罹った肺炎デス。

 家族は、同い年の夫と子供が二人。

 上の子は18才の女の子で、下は11才の男の子。

 二人とも知的な障害のない自閉症で、数々のサポートを必要とする身です。

 なので私は、少しでも早く子供達の元に帰らなきゃなりません」


「…って、言ってたわよ」


「って、ちょっとリリア、あんた5年も前に一度だけ聞いた事を、よくもまあ憶えてるもんだわね」


 ケイトはかなり呆れた調子で言った。


「そうよ。せいぜい子供は何人とか何人家族かとかさぁ、そう言うレベルのお話だと思ってたのに、何なの?下手するとトーコが喋ったそのまんまって感じでしょ!」


 マギーもケイトと同様に呆れ、更に若干の気味悪さを感じている。


「そりゃ仕方ないでしょ。私、魔法使いなんだから」


 リリアの言葉に、この場にいる全員がギョッとして固まった。

 何だコレ?ものすごい爆弾発言だ!


「まあ魔法使いって言っても、魔法が発動しない魔法使いなんだけどね」


「魔法が発動しない魔法使いって、ナニソレ?」


 タニアは「ハァ?」て顔して、息を吐くような声でそう言った。


「こんなとこに勤務してなきゃバレない程度の、うっすら魔法使いって事よ。でもそのせいで、聞いた音声がそのまんま頭に残ってるの。あ、何でもじゃないのよ。印象に残ったモノだけね。モノによっては映像付きのもあるわよ」


「写真記憶とか、あの辺の特殊能力ですか。他にも何かありますか?」


 トーコが興味津々で質問すると、


「えーとぉ、最近はトーコの行動調査をまとめた書類が、映像で丸ごと入ってるわよ」


 あわわわわわ!!!!と、ケイトとマギーとタニアは慌てて空中で手を掻く。

 トーコはギョッとしたまま固まった。

 アニーだけがニヤニヤして「知ってるぅ〜それ〜」と、リリアを指差している。


「なんかぁ〜、最近トーコの一日の行動調査をこまかーーく書き込んでるよねぇ。トーコの後ろを付いて行って、何やら書き込んでる男性職員を何度か見た事あるよ〜!」


 面白そうにニヤニヤしながら、アニーは周囲を見回す。

 リリアは「バレてるし〜」と、真っ赤な顔で笑っている。

 蒼白な顔でケイトとマギーとタニアは固まっている。

 トーコは訳が解らないといった様子だが、ふと気付いたように、


「リリア…ひょっとしてお酒に弱いの?」


 と漏らした台詞に、ケイトは「それかぁ〜」と額に手を当てた。


「酔っぱらうには早過ぎるから気付かなかったけど、リリアはすぐ酔っぱらうのよ」


 そう言ったケイトに、不信げな目を向けたタニアは、


「ちょっと、今回お酒の手配をしたのってリリアなんだけど、あんまり飲めないならなんでこんなに用意したのよ?」


 と、ツッコミを入れて来たが、事実は小説より奇なりな答えが返って来た。


「酔っぱらった所から長いのよ」


「ハァ?」


「酔っぱらって正気を失ってから、ずーっと飲んでるのよ!」


 なんて迷惑なっ!ケイト以外の全員の目がそう言っていた。


「でもそれじゃあ明日はものすごい二日酔いになるんじゃないの?」


 トーコが気遣わしげにそう言うと、


「そこがリリアの恐ろしい所よ。二日酔いになった所を見た事が無いの。アイツ、どれだけ飲んでも翌日いつも通りなのよ。魔法使いどころか、リリアは化け物よ!」


「それが解ってるなら、なんでお酒なしにしなかったのよ?」


 タニアの尤もな意見に対して、ケイトはフッと良い顔で微笑んだ。


「だぁって傍目に見てあんな面白い生き物見た事ないんだもん♪折角飲むなら面白い方がいいじゃな〜い♪」


 その台詞に、マギーとタニアとトーコは空いた口が塞がらなかった。

 アニーだけがゲラゲラ笑って、「確かに〜〜〜〜♪」と指差していた。


 既にトーコの前世話しはすっ飛んでしまった。

 と言うか、これはトーコとアニーのお別れ会と言う名のサバトと化していた。


 リリアとケイトはどんどんテンションが上がり、マギーとタニアはすっかりペースを乱され、皆正体の解らぬ魔物集団となっていった。

 アニーは飲んでないのに、まるで酔っぱらったかのようにテンションが上がり、魔物達と遜色の無い仕上がりとなっていた。


 主賓であるはずの自分だが、トーコは帰ろうかと考えつつあった。

 このままここに居続けると、何か良からぬ事が起こるに違いないと…予感が告げていた。

 盛り上がっている中、自分から注意が反れているのを確認してそっと立ち上がって扉に向かうと、


「トーコ、会いたかった!」


 扉の向こうから両手がにゅっと伸びて来て、抱き留められてしまった。

 驚いて手の持ち主を見ると、何故かそこにはDr.ミヤタがいた。


「あー、カズーいらっしゃぁ〜い♪トーコ〜、恋人呼んでおいたわよ〜♪」


 リリアが上機嫌でとんでもない事を言う。


「こ!恋人ぉぉ?!」


 驚愕の台詞に動揺していると、ミヤタは憮然とした表情になった。


「恋人になったことはありません。でも、もうすぐ一緒に暮らせるんです」


 最後の方は少し嬉しそうな顔になったのを見て、リリアがゲラゲラ笑った。


「そーだそーだった!恋人じゃなくて、お父さんだったわね。失礼失礼!」


「お父さん?私がトーコのお父さん?!」


 養子にする事は承知しているはずなのに、何故か見当違いの所で衝撃を受けるミヤタを見て、「やっぱり解ってなかったか」と、リリアはニヤリと笑った。


「あの、やはりDr.ミヤタが私を養子にするのは、色々将来困るんじゃないかと思うんですが…。結婚したい人が出来ても私みたいなコブが付いてると不利でしょうし…」


 トーコがここぞとばかりにミヤタの養子になる話しをナシにしようと、結婚まで絡めて話した出した途端に、ミヤタの首がギギギと音がしそうな挙動でトーコの方を向いた。


「結婚?私が誰と?トーコは私を捨てるんですか?」


 何が何だかさっぱり判らない内容の話しをされて、トーコの頭の中は「?」だらけになった。

 いや、さっきから誰の話しを聞いても意味が解らない。これはひょっとして、ミヤタもどこかでお酒を飲んできたんだろうか?と思い、聞いてみようと思い立った。


「あのぉDr.ミヤタ、ひょっとしてどこかでお酒を飲んで来られましたか?」


「いや、飲まない。酒は嫌いだから」


 と、いきなり素に戻ったミヤタは毅然とした態度で否定した。


「トーコウケるぅ!ギャハハハ!!!」


「一生ミヤタと二人で漫才やってて!たまに見物に行くわね〜♪」


 リリアとケイトはすっかり出来上がっていて、ミヤタをネタに楽しむ気満々だった。

 アニーは面白い流れになったと、やはり楽しむ気満々で、マギーとタニアも出来上がっているので、何を聞いても大笑いしている。


「漫才はしません。トーコと二人で研究をしていくのが私の将来の夢です。漫才師には向いていません」


 必死で説明するミヤタを見てこれは悪い流れ(パニックに繋がりそうだ)だと感じたトーコは、ミヤタの手を握った。驚いた顔でトーコを見たミヤタに、トーコは小声で話しかけた。


「Dr.ミヤタ、私を散歩に連れて行ってくれませんか?外の風に当りたいんですけど、私5歳ですから勝手に外に出るわけにいかないんです。良かったら…」


 トーコの言葉を聞いて固まったミヤタは、「ふ…二人きりで?って事ですか?」と言うと、耳が真っ赤になった。


「はい。出来ればお願いします」


 トーコのにっこり微笑む顔を見て、ミヤタは顔中真っ赤になって「喜んで!」と言うなり、トーコをお姫様抱っこして部屋を出て行ってしまった。


「あらあらぁぁ?」


「おやぁ?」


「なになにこれ?」


「ウケるんだけど〜!」


 ぎゃはははははと笑い声が響く中、一応素面のアニーは不味い事になった気がしていた。


「あたし、ロニーに電話してきます」


 そう言って、職員室に電話をかけに行くアニーだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あの…あの、抱っこしてくれなくても歩けますから。そこまで小さい子じゃないですから」


 トーコはさっきから一生懸命ミヤタにお願いしているが、ミヤタは変わらない表情のままトーコを抱っこし続け、乳幼児棟を出てからもどんどん歩いていた。

 何が原因かは解らないけれど、ミヤタは今ストップのきかない状態になっているのが判ったトーコは、何か良い手はないかと思案した。


「あの、Dr.ミヤタは私と前世で会っていらっしゃるんですよね。前世の私はどうしてDr.ミヤタと出会ったんですか?」


 取り敢えず真面目に話しかけてみる事にしたトーコは、上手く行く事を祈った。


「私とトーコとの出会いですか?」


 歩みがピタリと止まった。

 トーコは上手く行った事に、心の中でガッツポーズをした。

 そっと下に下ろされたトーコは、地面に足が付く事にホッとして思わず微笑んだ。

 街灯に照らされたトーコの笑顔を見て、ミヤタはまたしても顔が熱くなって来た。


「わ・・私とトーコの出会いは、トーコが娘さんを連れてクリニックの初診にいらした時でした」


 ああ…そう言えばリリアが18歳の娘と11歳の息子がいたって言ってたっけ。


「じゃあ、Dr.ミヤタは私の娘の主治医でいらしたんですね。私、前世からDr.ミヤタにお世話になりっぱなしで、申し訳ないです」


「申し訳…なくないですよ。私はモリオさんに会いたかったんです。私は車にはねられて、こちらに来てしまって、モリオさんに会えなくなって困っていたんです」


 ミヤタの言葉の意味を測りかねて首を傾げるトーコの視界に、えらく慌てて走ってくる男性のシルエットが見えた。


「おーーいい!!カズー!!どこに行くつもりなんだよぉぉぉぉ!!」


 ミヤタはくるりと振り返ると、苦虫噛み潰した顔で苦々しく名を呼んだ。


「ロニー…」


 ロニーはハァハァ落ち着かない呼吸で苦しげに、「ああトーコ無事で良かったぁ」と言って座り込んだ。


「ロニー邪魔だから帰って下さい」


 ミヤタの視線は絶対0℃だった。でもそんなものは気がつかないかのようにヘラッと笑って「いやいやいや、そーは行かないでしょ」と手をプラプラ振ると、おもむろに立ち上がった。

 しかしそんなロニーをキレイに無視して、ミヤタはトーコに話しかけた。


「他に何か聞きたい事はありますか?」


 ミヤタの問いかけに、先ほどの疑問をぶつけてみる事にしたトーコを見て、ロニーは「あーあ」と額に手を当てた。


「あの、何故私に会えなくて困ったんですか?」


 トーコの言葉を聞いて、ミヤタは当たり前のように答え始めた。


「それは、モリオさんに会うと私が浄化されるからです」


 また訳の分からない話しになり、トーコもさすがに眉根がギュッと寄った。


「私と会うと、Dr.ミヤタが浄化されるんですか?何が浄化されるんですか?」


 若干イラついていたのかもしれない。トーコは問いつめるような言い方をした事に気付いて、言った直後後悔したものの、打ち消しもせずそのまま答えを待った。


「モリオさんが娘さんの話しをされると、広汎性発達障害の世界が美しく輝くからです。私自身も浄化されて、キレイになるからです」


 思わぬ話しにトーコは驚き、前世の自分はDr.ミヤタにどんな話しをしたのかと思いを馳せた。

 まるで想像がつかない。

 だが、解った事もある。

 Dr.ミヤタは自己評価が低いと言う事。

 前世は魔法使いが評価され、保護される世界ではなかったようだから、その苦労たるや大変だった事だろう。

 生きて行く過程で、相当な努力をして来た事だろう。

 傷つけられても来ただろう。

 ひょっとしたら、自分はそんなDr.ミヤタの救いになっていたのかもしれない。


「私、前世でDr.ミヤタのお役に立ててたんでしょうか?」


 そう問いかけると、ミヤタはキレイに笑って、


「はい。モリオさんは私の…」


 言いかけて、ミヤタは突然言葉を失った。

 これ以上は恥ずかしくて言えない…


「あの、どうしました?」


 トーコの声を聞いて、恥ずかしさは更にヒートアップ!

 ロニーは不味いと感じ、トーコを抱えて走った!


 ドカーーーーン!!


 道の真ん中が突如爆発した。

 大きなクレーターが出来上がった。


「トーコぉぉ、頼むよぉぉぉ」


 ロニーは半泣きだった。


「頼むって、何をですか?」


「トーコ、魔法使いの危機察知能力高いって聞いてたのに、そんなとこが鈍感なのかよぉぉ!ああ〜〜しくじったぁ!」


 頭を抱えたロニーは、トーコに恨めしそうな目を向けた。


「何を私に期待してるんですか?何をさせるつもりだったんですか?それで養子にするようDr.ミヤタに耳打ちしたんですか?それで勝手に失望ですか?」


 トーコのツッコミを聞いて顔を上げたロニーはニヤッと笑った。


「いや、それそれ!赤ちゃんの頃に話したトーコはそれだった。やっぱり君はあの時のトーコだ」


「って、それ、クロスって人が赤ちゃんの私の声が聞こえるようにした時、ロニーもそこにいたって事ですか?」


「いたよ。あの時、カズーの言ってたモリオさんだって事も判ってた。…でも、今ゆっくりその話ししてる場合じゃないよね。ヤバイ!カズーが怒りながらこっちに来てる!」


「トーコ、ロニーから離れて!私がこの変質者を今消し炭に変えてやるから」


「ぎゃーー!!俺はトーコを守ったんだよぉぉぉ!!カズー誤解だーーー!!」



 ドゴーーーン!!!!


 さっきより大きな爆発音が響き渡った。

 トーコはミヤタに抱きかかえられて、乳幼児棟に連れて行かれた。

 ロニーが無事かどうか問いかけるも、ミヤタは良い笑顔を向けるだけだった。


 ー大丈夫だよねぇ。うん。そう言う事にしておこう…


 これから始まるミヤタとの生活に多大な不安を感じるも、逃げ道はない事をしっかり自覚したトーコなのでした。

ミヤタが爆発した廊下と道路は、後でミヤタ自身が「無かった事に」する魔法で、治しました。

トーコが赤ちゃんの頃にバキバキに折られた骨も、同じ魔法で「無かった事に」してもらいました。


ロニーは、どうやら逃げ切ったようですw

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