7 結婚か?爆発か?
Dr.ミヤタ、大暴走です。
「ミヤター、ミヤター、ボクお腹空いちゃった~。ご飯行こう、ご飯~!」
キラキラしい金髪と、綺麗だけど存在感皆無なフワッと系美人のクロスは、いつまでも机にかじりついたままのDr.ミヤタの手を、ウンウン言いながら引っ張っている。
引っ張られているのは、プラチナブロンドの巻き毛が縦横無尽に絡まる鳥の巣状の頭の痩せて頬のこけた少年だ。服装は、シャツの裾がズボンからはみ出ている。とにかく汚い。
こう見えて、ミヤタは魔法使い研究の第一人者だ。前世で魔法使いの研究と臨床をしていたそうで、彼が生まれてからの15年間で、魔法使いに対する理解は飛躍的に進んだ。
15歳のカズ・ミヤタと、36歳のクロス・マキアは友達同士だ。
傍目に見ればクロスがミヤタに纏わり付いてるように見えるが、実際はそうでもなくて、クロスが仕事で不在の時はクロスを探しまわるミヤタの姿があったりする。
無表情なミヤタは唐突に立ち上がると、クロスを置いてスタスタと部屋から出て行った。
「ミヤター、待って〜!」
クロスは走って追いかけて行く。いつもの光景だ。
追いついたクロスはミヤタの腕を握って、食堂に連行して行く。こうしないとミヤタは思いつくままフラフラ歩き回って食事をしないからだ。
セルフサービスの食堂で、クロスをいつもの席に座らせると、クロスは直ぐに自分の分とミヤタの分の食事を取りに行った。
ミヤタはすぐに食べ物が来ないとまたフラフラ食堂を出て行ってしまうので、ミヤタを呼びに行く前にクロスが注文だけ済ませてしまうので、食堂に着いてすぐに食べ物を受け取る事が出来るのだ。
しかしクロスはクロスの好きな食べ物しか注文出来ないので、ミヤタが食べられる物はほとんど入っていない。
ミヤタは一個だけ入っている唐揚げとブロッコリーのサラダだけを食べると、懐から本を取り出して読み始めた。
クロスはチラッとミヤタの方を見る。
「あ、食べ終わったのにミヤタがいる。めずらしー!」
と言って食べ物から視線を外さず、モグモグ食べながらもニコニコした。
いつものミヤタは、食べ終わるが早いかトレイを片付けて、すぐさま食堂から出てしまうのが決まりなのだ。
そしてそんなミヤタに付き合う事が出来るクロスは、食べ終わるのが異常に早い。ほぼ食べ物は丸呑みに近いだろう。
クロスはミヤタがほんの3行ほど読む間に食事が終わり、食器の乗ったトレイを持って片付けに行った。
ミヤタも続いて立ち上がり、トレイを片付けた。こんな光景は本当に珍しい。
珍しいが、周囲は皆魔法使いである。
誰もが皆自分の興味に没頭しているか、或は毎日の決まりに従ってノルマを果たしているので、ミヤタとクロスの様子に頓着する者はいない。
クロスは食堂を出ると自室に戻る為にスタスタ歩き始めたが、ミヤタはクロスの歩く前に割り込んで目を伏せると、あーとかうーとか言い出した。
「ミヤター、ボクは部屋に戻りたいんだけど?邪魔しないでくれるー?」
と、クロスはやはりフワッとした力ない目で、しかし口元は尖らせてミヤタの方に顔を向ける。
しかしそんなクロスに全く視線を向けずに、ミヤタの視線は下を向いたまま、手はクロスの袖を握って黙り込む。
質問が苦手なクロスでも、これはさすがに聞かずにいられない。
「ミヤター、ボクに何か用なの?」
ミヤタはこっくり頷くと、握ったクロスの袖を引っ張って歩き出した。
「ねえ、どこに行くの?」
聞かれて顔を上げたミヤタは、
「トーコのとこに行く」
と、やっと言葉にした。
「トーコって、トーコお姉さん?」
クロスの言葉にちょっと首を傾げてからこっくり頷くと、立ち止まってクロスに顔を向けた。
「クロス、私はトーコをお嫁さんにしようと思ってるんだ。前世ではトーコは他の人のお嫁さんだったけど、今は違う。私はもうすぐ15歳で大人として認められるから、やっとトーコと結婚出来るんだ。だから、プロポーズする為に会いに行きたいんだ。クロス、連れて行ってくれないか?」
クロスはものすごく解り易く驚いて、「ええーっ」とか「ひえぇ」とか言って飛び上がったが、その後首を傾げた。
「ミヤタ、トーコは確かに前世持ちだしお姉さんだけど、体の方の年齢は確か5歳だよ。未だ結婚出来ないよ。どうするの?」
クロスの言葉に、ミヤタは驚愕した顔のまま凍り付いた。
ミヤタは結婚出来る年齢に達する事ばかり夢見て、トーコの年齢を完全に見落としていた。
「そんな…今日はプロポーズするって決心して、こうして行動したって言うのに、5歳?結婚出来ないだと?そんな今更…」
ミヤタはワナワナ震えて立ち尽くした。
魔法使いは、一度予定した事が果たされないとこの世が終わるかのような苦痛を感じてしまう。
理屈で考えて5歳と結婚は出来ないと自分に言い聞かせ、しかし理屈の外の気持は「予定を守れ」と責めまくる。
そんなミヤタの様子を見て危機を感じたクロスは、周囲をキョロキョロ見回して、ある人を探し出した。
「ロニー!ちょっと来て!早く来て!ミヤタが大変!!!!」
大声を出すクロスに驚いて、ロニーがこちらに駆けて来た。
ロニーがこの突拍子もない話しを聞いて、途方に暮れるまで後30秒。
パニック回避の為にあれこれ手を尽くすが、とうとうローアン西地区魔法使いキャンプ成人棟の食堂近くの廊下で爆発が起こり、壁に穴が空くまで後3分。
ああ…魔法使いは急に止まれない…
魔法使い同士の会話で、状況説明するのって難し過ぎます。
彼ら、質問とか説明とか大の苦手なんです。
困ったもんです。