マイナちゃんと騒がしき青春の日々
某お題スレより「マイナちゃん」
ネット上に小説を投稿するのが趣味なマイナちゃんのお話
ただいま、と言ってリビングに入ってくるなり男は持っていた鞄を放り投げ、どっかと足を組んで深くソファに腰掛けるや否や胸元から煙草を取り出した。ぱち、と安物ライターで火を付けるとソファの背もたれに上体をあずけて、フゥー、と紫煙を吐き出す。その姿は疲れが明らかに見て取れるが、そこからストレスや苛立ちといった物は感じ取れない。帰宅して気分転換の一服、そんな様子であった。
「おかえりなさい」
部屋の主である男の帰宅に気付いたらしく、リビングに通じる扉の一つからひょこ、と少女が顔を出す。扉越しに伺える部屋の中は暗く、少女が使っていたらしきラップトップのモニタだけが煌々と光を放っている。とんとん、とステンレスの灰皿に灰を落としながら、男は呆れたように溜息をつくと
「マイナ、集中するのは良いけど灯りくらいつけなさいって言ってるだろう」
「あー、うん、ごめんなさい。気付いたら暗くなってたの」
マイナと呼ばれた少女は繰り返し同じ事を注意されている為に、バツ悪げに苦笑する。続けざまに食事もまだなんだろ、と男が言えば返す言葉もなくマイナはがっくりと頭を垂れた。
「これだと飯と風呂も用意出来てない感じか」
「うん……ごめんね、本当」
無人のリビングに入った時点で判っていた事ではあるが、今あえて指摘してやる必要も無い。マイナが煙を吸う事を心配して男は灰皿を持ってキッチンへと向かう。換気扇を入れてもう一口煙草を吸うと、それまで彼が座っていたソファに腰掛けたマイナはしょんぼりとしながら上目遣いで見つめてくる。申し訳なさそうな表情は繕っている訳ではなく、真実彼女が悪いと思っているからだと長年のつきあいで男には判っている。
「まぁ、前よりかはマシになっているからね。段々直していけば良いよ。
それより、晩飯どうしようか?何かあるなら俺が簡単なの作るけど」
「あ……買い物もいってなくて、それで」
「材料も在庫切れか、仕方ないし向かいのファミレスでも行くかね」
返事の変わりにうぅ、と呻くような声と出すと、ますます申し訳なさそうに項垂れるマイナの肩をぽんぽん、と男があやすように叩く。何度似たような事を繰り返した事やら、そう思った男の口は自然と微笑の形を作っていた。
「それで、今日はどのくらい進んだの?」
カチカチ、と注文したステーキセットの肉を切り分けながら男が聞く。熱いうちに食べないと堅くなって食べられたものではないそのステーキセットであったが、値段が三桁という事を考えればそれでも値段相応といった所か。切り分けた肉をセットで頼んだライスに乗せて、ステーキ丼もどきー、と内心でふざけながら頬張る。てんでマナーから外れる行為ではあったが、たかだかファミレスで礼儀作法にこだわるつもりも必要性も無い。
「んーと、半分くらいかなぁ。もうちょっとで更新できそう」
半熟卵の載ったドリアをつつきながら答える。食が細いマイナと比べると男との間に注文した量の差はあったが、成人男性と思春期の少女とでは比べるべくもない。重ねて言えばマイナは相当なインドア派、それも休日とは一日中パソコンを弄っていられる日と断言する程の筋金入り。結果、あまり量を食べる事が出来ない不健康少女のできあがりであった。
「そんで、今度更新したら評価貰えそうなの?」
「わかんない。でもそんな急に人に読んで貰える事は無いと思う」
「まぁ、それもそうだよね」
何処か不満げにマイナが話すのは趣味の話。昔からの趣味が高じたか、インターネット上で自分が書いた文章を公開しだしたのが高校入学とほぼ時を同じくしていた。級友達にも秘密にしており唯一この事を知っているのは男くらいのもので、文芸部に所属していても部員達にも恥ずかしい、と秘密にしている。
「そういえばほら、アレどうなったの? 文芸部の先輩さんが同じ所で書いてるって話」
「ランカ先輩だね」
その先輩を嫌っている、という訳では無いがマイナの表情が曇る。インターネット、という誰でもがアクセス出来る発表の場ではあれど、だからこそ数多い用途の中からマイナの作品に目を通して貰うというのは至難の業だ。せめて、と利用者の多い投稿サイトを利用しているものの、やはり同じような事を考える人間は多い。結局、マイナの作品も”その他大勢”に分類される物の一つであった。名前がマイナだけにマイナーかよ!と自虐の冗句を口にした所で、せいぜい苦笑した男に頭をぽんぽん、と撫でて貰うのが精一杯の有様である。
「いやもう、超人気作過ぎて参考にならなかった」
「そんな凄いの?」
「うんー、サイトの総合ランキングで一位だった……」
あからさまに気を落とした様子のマイナに男は苦笑した。良い境遇で育ってきたとは言えないマイナであったから、誰かに評価される事を殊更に気を使う。それはこういう趣味の場面でも発揮されるのだろう。以前、初めて読んでくれた人から感想を貰った!と大はしゃぎ、とまで行かなくともニコニコとご機嫌だった時を思い出す。
「やっぱり私が書いたのって駄目なのかなぁ」
「駄目ってこたないでしょ。少なくとも俺は面白いと思ったし、感想も貰ってるんだろう?」
「そうなんだけどね……えへ、ありがと。お世辞でも嬉しい」
「コラ、人が本気で褒めてるのになにかねその反応は」
口の上では本気にしていない風を装いつつも、ぱぁ、と表情が明るくなっては隠せる物も隠せない。それを指摘するつもりは無い男ではあったが、仮に指摘してやればやったで可愛らしく慌てふためいてくれるのだろうと考えてまた笑みが濃くなった。マイナはそんな男の様子に気付かず、機嫌を直したようでドリアの残りを頬張った。あつつ、とまだ冷めていなかったらしいドリアを水で流し込みだすと、今度は流石に男の笑みも苦笑に変わったのではあるが。
あつかったー、などと暢気にしているマイナを見ながら男は考える。打ち込む性質のマイナであるから、このままだとまたどんどん気持ちの面で落ち込んでいくのが目に見えた。趣味を楽しむ事は良い、けれど人一番他人の評価を気にする彼女の性格がそれを気楽にさせないとなると困りものである。不意にマイナがそうなった原因である彼女の両親を思い出し、舌打ちしそうになるのをどうにかこらえる。円満な家庭環境があればまた彼女の性格も違っていたのかもしれない。同時に自分と出会う事も無かったのかもしれないが、もしもの話というのは想像してみる分には興味深くもあるが、また意味のない事でもあった。
「それで、その先輩の小説ってどんな感じなの?」
「え? えぇーと、私と同じでファンタジーのお話。剣と魔法とモンスター! みたいなの」
「うん、同じファンタジーなのに参考にならなかったの?」
何とか前向きな話題に持って行こう、そう思っての話題であったがどうも厄介な所をピンポイントで指摘してしまったらしい。あぅ、と俯くマイナは再びしょんぼりとした雰囲気を纏い出す。こういう時のマイナは決まって自分を責めており、特に嫉妬だのなんだのといった感情的な面で何かがあると塞ぎ込む傾向があった。
仕方がない奴だ、と男が苦笑してマイナの額をぺちんと叩く。思わず俯いていた顔が正面を向いたところで視線を合わせてやると、どういう訳か男と視線が合った時に限って動けなくなるらしいマイナが固まってしまう。こうなると後は単純な根比べ――男が話を聞き出すのを諦めるか、マイナが自分で話し出のかの――になるのだが、今のところ男がこの根比べに負けた試しがない。今回もその例に漏れず、二、三分ほど見つめ合った後にマイナが折れた。
「……ランカ先輩って小説書くの、すっごい好きなんだ。現代文の先生が顧問してるんだけど、何度もアドバイスとか貰いにいってるの。それで、文章っていうのかな。私よりもすっごく丁寧で、繊細っていうのかな? 兎に角もう流石一位なんだなぁって思っちゃって」
敗北感を感じる、としょぼくれる。自分でもただの嫉妬だと理解しているらしく、みっともない感情を恥じるかのように視線を下に向けた。かの先輩の話を何度か聞いている男からしてみると、成る程確かにマイナが嫉妬をしてしまうのも無理は無い気がした。同じサイトで、同じ傾向の作品を投稿しているとしても片や、部活動の仲間にも恥ずかしくて明かせず大量の作品の中に埋もれてしまっている自分。一方のランカ先輩はといえば、明るく物怖じしない性格だそうで忌憚ない感想を求めて自ら部員に作品を読むよう頼むほどのアクティブさ。引っ込み思案、という程では無いにしても、その活動的な姿勢には心惹かれると同時に羨ましく思えてしまうに違いない。
「マイナさ、そのランカ先輩とは仲良いの?」
「ん、んー? どうだろう、ランカ先輩良い人だから、結構声掛けてはくれるんだけど」
「仲が悪い訳じゃない、か。それなら先輩だけにマイナ書いてるやつ読んで貰えば?
マイナから先輩の話聞いてる分には真面目に相談に乗って貰えそうだけどね」
「え、無理無理!恥ずかしくて死ぬ、ランカ先輩に読んで貰うとか絶対無理!」
脊髄反射ばりの勢いで首を横に振るマイナに男は微笑を浮かべた。口では無理無理と繰り返しつつも、泳ぐ視線からマイナが『でももし……』なんて事を考えているのを見て取るくらいには少女の性格を熟知しているからである。こうなればもうエンジンが入ったも同然で、きっと明日の夜にはまた騒がしくランカ先輩とのやり取りを報告してくれる事だろう。不思議と悪い結果に繋がる図が見えず、確信めいた予感を覚えた男は続けざまにランカ先輩と話して得られそうな利点を述べる。文章構成、語彙量、物語の展開、登場人物、その他諸々。一人で精査するにはやはり限界があるものだから、きっと現実で見知った相手から得られる物は多い筈だと。同時に辛口の評価を貰っても、真っ当な物であればそれはあくまで批評であって個人に対する攻撃や批判とは別物である、と付け足す事も忘れなかったが。
「……今度、ランカ先輩と話してみようかな」
「そーしてみなよ、面倒見の良い人なんでしょ?きっとアドバイスとかくれるさ」
当然アドバイスを貰っただけで即有名作品の仲間入りを果たす事が叶う訳も無いとは二人とも判ってはいる。ただ、作品の出来とはまた別に気兼ねなく趣味やらを語れる相手を得られればというのが男の意図であった。これも生まれ育った環境のせいだろうか、マイナはあまり他人と親しくなろうとしない。ずけずけと自分の中に入り込んできた男は例外であったが、同時に男が居るからそれで良い、と満足している風にも思える。それが悪い事だとこそ思わないが、同時に良い事でもないのではないか――自分が学生時代の頃は悪友達と馬鹿騒ぎばかりしていたものだ。自分の経験した事がそのままマイナにとっても最適であるとは思わない。でも、こうして楽しそうに笑うマイナを見ているとそう的外れでも無い筈、という思いは強くなる。
「ちゃんと読んで貰えるかなぁ、ランカ先輩なんだかんだで忙しいみたいだし……」
「別に昨日の今日で直ぐ読んで、って訳じゃなくても良いでしょ?
俺の時だってそうだったんだしさ、焦んなくても大丈夫だよ」
「あー、それもそだね」
何先走ってんのかなあたし、と照れ笑いを浮かべるマイナを眺めていると、出会ったばかりの頃、親に押しつけられた世間体の為に優等生たらんとしていた無感動な少女と同一人物とは思えない。自惚れる訳ではないが、こうして彼女が笑えている理由の一つとして自分が有る、と考えると暖かい笑みが自然と口元に浮かぶのを男は感じた。
ふと、手が止まっていた事に気が付いた。マイナとの話に思考を割きすぎたのか、すっかり冷えたステーキとライスが皿の上に残っている。再び手を動かし出したのを認めたマイナが飲み物を取ってこようか、と申し出てくれたので暖かいコーヒーを頼む。ニコニコ笑いながら快諾し、ぱたぱたと駆け足気味に歩いていくマイナの背を眺めながら男は固くなった肉を口に運ぶ。冷えてぱさぱさの筈のソレは何故だろうか、不思議と不味くは感じなかった。
ランカ先輩というのは、男の想像以上に出来た人物だったらしい。マイナが相談を持ちかけたその日から熱心に付き合ってくれていて、今では放課後になると毎日のように家で二人してあーだこーだ言いながら持ち込んだラップトップにカタカタ文章を打ち込んでいた。あのマイナが今の自宅へ誰かを連れ込むなど初めての事である。楽しそうに笑いながら趣味に打ち込む二人の姿は先輩後輩という関係よりは長年連れ添った友人同士のようで、仲の深さと付き合った時間というのは必ずしも比例しないのだという事を改めて男に認識させた。
「いや、なんだかスイマセン。今日も晩ご飯ご馳走になっちゃって……」
「私もごめんなさい、またご飯の支度忘れちゃった……」
「いやいいよいいよ、二人とも楽しそうだったから俺が勝手にやった事だしさ」
薄暗いリビングでひたすらラップトップと見つめ合っていたお馬鹿娘二人の為に料理の腕を振るいながら男は笑った。なんだかマイナが二人になったような奇妙な感覚を覚えながら、時折思い出したように『チャーハン作るよ!』と大げさな身振りと共に冗談を交える事を忘れない。最近ではその手の話題がすっかり通じるようになったマイナと、元から詳しかったように見えるランカの二人が吹き出しながら『やめて!』と仲良くハモる。後に続くのは三人の笑い声。こうでなくてはいけない、と男は思う。愚かしくも懐かしい青春の十代ってのは、時折涙やら怒りが出てきたとしても、やはりこうやって笑い声にまみれているべきなのだと。
「お兄さん相変わらずネタまみれですよね、お腹イタイー。
……マイナちゃんこんなお兄さんいていいなぁ。あ、そうだ私と結婚しましょう!
私は愉快な彼氏兼旦那さん、そして可愛いマイナちゃんを妹にゲットして一石二鳥っ!」
「え、えぇっ!?ダメ、ダメですよ先輩!それに私とこの人兄妹じゃないですよっ!」
「兄妹じゃないのはそうだけど、この人扱いはひどくね?」
はいっ、と授業中に挙手するようにそんな事を言い出したランカに苦笑しながらチャーハンを盛った大皿をテーブルへと持って行く。きゃいきゃい騒ぐ女子二人は喧嘩というよりはじゃれあっているに等しく、年頃の娘さんてのはこんなものなのかと一人っ子だった男は何か勉強したような気分であった。
「アレ、でも兄妹じゃないって事は従兄弟さん?あ、あぁー、それとももしかして恋人っ!?」
でも名字一緒だし、と首を傾げた後にはっとして騒ぎ出したランカに男は疑問を抱く。もしかして我が愛しのマイナちゃんは自分の事を伝えていなかったのであろうか。テンションの上がったランカがあまり周囲に耳を貸さないらしい傾向がある事をここ暫くのつきあいで理解し出していた男がマイナに視線を向けると、助けを求めるような瞳が見つめてくる。どうも何も告げて無かったようで、果たして恥ずかしかったのか単に忘れていたのか、今となってはどちらでも良い事ではあるのだが。ランカは明るくも礼儀は守る事の出来る少女である、と判断して男は仕方ないなぁ、と笑って告げる事にした。
「俺とマイナは親戚じゃ無いよ。一番近いのは恋人だけど、でもちょっとだけ違うかな?」
興味津々の視線をこちらに向けるランカはひとまずそのままに、男はマイナをぐいっと抱き寄せる。年頃の少女らしい細い身体は、けれどやはり年頃の少女らしく柔らかな手応えを返して寄越す。わきゃ、と可愛いのか面白いのか判断しかねる声を上げたマイナをお構いなしに抱きしめて、男はランカに満面の笑みを向けると自分の左手を挙げて、同じくマイナの左手も掴んで見せ付ける。蛍光灯に照らされて光る指輪。
「俺がマイナの夫です。今後とも俺の幼妻マイナちゃん共々宜しくお願いします」
改めてにっこり笑ってやると、流石に予想の斜め上を行ったのかランカは口をぽかん、と空けて固まってしまい、幼妻呼ばわり、といっても事実なのだが、されたマイナも同じく何か言おうとしても言葉が出ないのか口をぱくぱくさせている。耳まで真っ赤に染まった顔色は可愛らしく、このまま押し倒してやろうか、と本気では無いにしろ男に思わせるに十分であった。
「お、奥様は現役女子○生ッ!?うわー、うわー!?
マイナちゃんもげろ!ついてないけどもげろ!ついてたとしたら尚更もげろーっ!
良いなぁ、良いなぁっ!私も混ぜて、愛人とか二号さんで良いからここはひとつっ!」
「変な事言わないで下さい!それについてなんかないですっ!っていうか何ですかそれ!
混ぜませんあげません!私の旦那様だもん!ランカ先輩でもこの人はダメーっ!」
「おぉ、マイナがこんなに素直に!よしよし、もっと旦那様って呼んで?」
「旦那様からも幼妻を説得して下さいよー!ちょっと素敵な人だなとか思ってたらこれだよ!
ちくしょうマイナちゃんのお気に入りも評価ポイントも外してやるぅー!」
「幼妻いうなっ!卑怯な事すんなぁー!私の旦那様だもんー!」
やはり青春とはこうでなくては。騒がしさばかりが増していく部屋の中。落ち着きを取り戻して騒ぐ事を楽しむ事にしたらしいランカが煽り立て、一人必死に自爆しながら感情を露わにするマイナを男は眺める。ランカとマイナの付き合いがどの位続くのかは判らないが、きっと長い友情になるのではないだろうか? 以前のファミレスでランカに相談する事を勧めた時のような確信が生まれて、男は一人楽しげに笑った。