「知ってるよ」
メアリー・フォン・スノーホワイト。
ナーロッパ風のこの世界に転生した彼女は、前世では高校卒業間近の女の子だった。
どこにでもいる、何者でもない、ただの少女。
その少女は異世界の「大陸一の大国」の伯爵家の娘として生まれた時勝利を確信した。
何者にもなれなかった自分が、「聖女」にすらなれると。
「ねえ、お母様。魔道具を作ってみたの。自動洗濯機と乾燥機、冷蔵庫と冷凍庫と食器洗い機と掃除機とオーブントースターよ」
仕組みなど知らない、けれど家に当たり前にあった家電の数々。
「魔術」さえ覚えれば、魔道具として「自分の想像力」と「錬金術」と「魔力」さえあれば再現できた。
「お米、あるでしょう?あれでワインやビールとはまた別の新種のお酒が作れるの」
「精製の粗い塩あるでしょう?あれを安く買い叩いて、お塩の再精製で儲けられるわ。お父様、信じてくれる?」
「ブラジャーやパンツ、たしかにこの時代設定ではよく頑張ってる方だと思うけど…ううん、こちらの話。でも、もっと洒落たデザインに出来るのよ。良い話だと思わない?」
高校の授業と、その先生方の雑談で知った知識。
高校卒業間近で儚くなった「メアリーになる前の自分」の知識は、まだ幼いメアリーには鮮明に思い出せる。
知っていること、全部を使った。
そしてメアリーは、傾き始めていたはずの歴史ばかりが古い伯爵家を再興したのだ。
そしてそれは巡り巡って、税金という形で国の血となり肉となる。
伯爵家は、そしてメアリーは国から叙爵と勲章をそれぞれ賜った。
国だけではない。
教会も、「知識の聖女」と呼ばれるメアリーを放ってはおかない。
これまではただの異名であった「知識の聖女」の称号をメアリーに「教会が」与える。
国からは勲章を、教会からは称号を、そして実家は歴史の古く裕福な侯爵家に。
メアリーの人生はまさに勝ち組、さらにメアリーは両親から与えられる莫大なお小遣いをできる限り寄付に回す。
慈善団体、孤児院、養老院。
出来うる限りすべてを救うメアリーは、まさに聖女。
何者にもなれなかった少女が、今では「聖女様」だ。
メアリーは誰にでも優しい、使用人がミスをした時でさえ庇う。
メアリーは「世界は愛に溢れている」と宣う。
心からの言葉でなくても、メアリーの勲章と称号がそれを真実たらしめた。
けれど一人だけ。
幼いメアリーを冷たい目で見る幼い少年がいた。
ユリウス・フォン・リーフグリーン。
この国の公爵家の次男だ。
冷たい、氷のような凍てつく瞳。
あの射抜くような瞳が、メアリーを貫く。
そう、そうなのだ。
ユリウスの見抜いた通り。
メアリーは善人ではない。
メアリーは「現代日本」を作ってきた偉人たちの真似をしただけの卑怯者だ。
それを彼だけが見抜いてくれた。
いや、見抜いたわけではないかもしれない。
ただの嫌悪感かもしれない。
それでもよかった。
何者にもなれなかった少女は、「聖女」となって初めてその重責を知った。
誰にでも優しくしなければならない。
誰をも愛さなければならない。
けれどメアリーは、ユリウスの前でだけはただの少女に戻れる気がした。
メアリーはユリウスとの婚約を望んだ。
「聖女」の願いに、誰もがそうなるよう場を整えた。
そして、幼い二人の婚約届が教会に出された時…初めてちゃんと目と目を合わせて会話した時、ユリウスは言った。
「知ってるよ」
「え?」
「君が誰にでも優しいのは、誰もを見下しているからこそだって」
ああ、やっぱり!
彼は見抜いてくれていた!
彼の前でだけは、私はただの少女で居られる!
「ふふ、そんなこと聖女に言ったら怒られるのではなくて?」
「別に構わないさ、僕は君の薄ら寒い笑顔を見るのが嫌いなだけだから」
「うふふふふふ!」
これは心からの笑顔だ。
心が踊る。
彼だけは、みんなが称賛する「聖女」をこき下ろしてくれる。
「…今、心から笑っているでしょう」
「え、それも見透かしていらっしゃるの?素敵っ」
「…うん、その笑みは悪くない」
「え?」
「ちゃんと笑えば、可愛いじゃないか」
赤くなる頬。
でもユリウスは気にも留めない。
「まあ、僕を婿に迎えるのは好きにすれば良い。どうせ騎士になるか、出家して神父になるか、玉の輿狙うかしか選択肢がなかったからね」
「そ、そうですの…」
「けれど、薄気味悪い笑顔はもうやめなよ。人を見下すのも。そうすれば、かなり可愛いと思うよ」
「…なら、貴方の前でだけはそうしますわ」
「……勝手にしたら?」
こうして幼い少女は、幼い少年に恋をした。
そして幼い少年もまた、ちゃんと笑えばちゃんと可愛い幼い少女に惹かれてしまった。
メアリーとユリウスが、十八歳を過ぎた頃。
ある告発があった。
「メアリーさまは偽聖女です。私が本物の救国の聖女です」
そう言い放つのは男爵家の娘、リリー。
リリー・フォン・ブラックローズ。
メアリーはリリーを見つめ分析する。
なるほど、人に優しく接するという条件は合格している。
結界を張る技術は、たしかに国を守る盾になるだろう。
治癒の魔法…魔術ではなく魔法というのが肝だ、奪われた四肢さえ回復させるのだとか。それも有用だ。
だが。
身の程知らず過ぎた。
「なら貴女は、国の授けたこの勲章も教会の授けたこの称号も偽りだと言うのね」
「国と教会は騙されただけです!」
「そう…なら私に異端審問でもすれば良いわ」
「…えっ」
「その代わり、貴女も異端審問を受けなさい」
「え!?」
リリーはぶつぶつと呟く。
私は神から力を授かったのだから大丈夫なはず。
私は神から寵愛を受けたのだ。
怖がる必要はない。
あの女だけが罰せられるはず。
…なるほど、神に愛されていると盲信しているらしい。
それが何故かはメアリーは知らないが、それでもよかった。
「わかりました…国を救うため、異端審問に臨みます!」
メアリーはリリーに微笑む。
「そう…楽しみね」
リリーは何故だか、その笑顔にゾッとした。
ユリウスは…呆れたように婚約者を見て言った。
「僕の前ではやめるんじゃなかったの」
その瞬間、メアリーの表情が変わる。
「ふふ、ごめんなさい!愛してるわ、ユリウス」
「はいはい、知ってるよ」
ユリウスは言葉は冷たいが、抱きついてきたメアリーを抱きしめる腕はとても丁寧で優しかった。
「悪役令嬢メアリーを告発し、真の聖女となるべく男爵家の娘の私が異端審問に臨む」
そんなブラックローズ家の令嬢の自ら振りまく噂に、人々はざわめいた。
「あのメアリー様が偽聖女?有り得ない、あの方の寄付金でどれほどの孤児が救われたと思っている」
「そうだそうだ!国の財政もホワイトスノー家あってこそ潤っているのだぞ?」
「あの小娘はなんなんだ!なんの功績もない無位無冠の娘が勲章持ちのメアリー嬢を貶めるなんて!」
リリーは思ったのと違う周りの反応にびっくりした。
自分は結界を張れる。
自分は治癒の「魔法」を使える。
なのに何の功績もない娘と言い捨てる。
「どうして…」
私が、聖女なのに。
メアリーはそんなリリーを見下す。
「さあ、二人で共に異端審問に挑みましょう」
そしてそれは始まった。
「魔剣を持て」
その言葉に、メアリーは魔剣を持つ。
「そなたは聖女か」
「はい、その通りです」
魔剣は何の反応もしない。
それはそうだ、メアリーは教会から聖女の称号を受けている。
「そなたは国の安寧を望むか」
「はい、その通りです」
魔剣は何の反応もしない。
それはそうだ、メアリーは立場ある「聖女」なのだから国が荒れたら「困る」。
「そなたは全てを愛するか」
「はい、その通りです」
魔剣は何の反応もしない。
それはそうだ、だってメアリーにとっての「全て」とはユリウスだけのことだから。
「剣を下ろせ、メアリー嬢が異端ではないことは証明された」
メアリーの異端審問はこれにて終了。
見守っていた貴族たちは。
「やはりな…」
「ということは、ブラックローズの令嬢が嘘つきか」
そうざわめいていた。
リリーは青ざめる。
どうして、なんで。
「さあ、リリー様。次は貴女の番です」
「剣を持て」
リリーは魔剣を受け取る。
「そなたは聖女か」
「はい、私が聖女です!」
魔剣は反応しない。
周囲の、見守っていた貴族は騒めく。
聖女が、二人いる。
「そなたは国の安寧を望むか」
「もちろんです!…え、あ、熱いぃぃぃいいいいい!」
貴族は騒めく。
聖女が、国の安寧を望んでいなかった。
「熱い、熱いよぉ!」
だって仕方ないじゃないか。
リリーはただ「自分が」幸せになりたいだけだったのだから。
「そなたは全てを愛するか」
熱い、熱い、でも答えないともっと熱くなる。
「愛する、愛するからとめてぇ、魔剣をとめて!!!」
リリーは剣を離せない。
熱くて手とくっついていた。
さらに、熱かった魔剣は鋭い刃でリリーの自慢の長い髪を切った。
リリーは望んでもないのに、貴族の子女としてはあり得ない短髪になった。
魔剣は今でも熱い。
「これで決まりだな。異端は貴様だ、リリー」
この場の異端審問官が言い放つ。
リリーはそれどころではなかったのだが。
「なら異端審問官さま。手筈通りでいいですね?」
「ああ。異端者よ、貴様は国の神の信徒に相応しくない。故にその身に与えられし魔術や魔法を全て破棄とする」
「え、あ、私の、私の中の「ギフト」が抜けていくっ…?」
ギフト、なるほどそんなものをもらっていたのか。
リリーのそれは、身体から抜けて一つの結晶となる。
この結晶の中に、リリーの結界を張る魔法と治癒の魔法が込められている。
「これは、異端審問の場に引き摺り出された私への…風評被害の慰謝料として受け取っておきますね」
「傷ついた評価などないとはいえ、男爵家の娘が侯爵家の娘に濡れ衣を着せようとしたのだから当然だな」
「返して!私のギフト、返してよ!」
先程までは、ギフトが自動発動していた。
結界がリリーへの魔剣の被害を抑え、治癒の魔法がリリーを自動で癒して守っていた。
だがそれがなくなった今、リリーの身体は手から全身へ火だるまになっていた。
「熱い、熱い、熱い!だれかたすけてぇ!!!」
やがてリリーだったものは燃え尽きた。
燃え滓は風に吹かれて天に昇る。
「お空へのお散歩ですの?本当に無邪気な方。ではいってらっしゃいませ」
結晶を…ギフトを手に入れたメアリーは、薄く笑っていた。
だが、全てを見届けたユリウスが近付くとパッと愛らしい少女の笑みに戻る。
「ユリウス!これで私、魔法も使えるスーパー聖女ですわ!」
「おお怖い。でもよくやったね、メアリー」
こんな光景を見たあとに、満更でもなさそうに抱きついてきたメアリーを優しく抱きしめ返すユリウスも大概である。
そんなこんなで、メアリーとユリウスの愛が深まっただけの茶番劇はそれを祝福する貴族たちの喝采で幕を閉じた。




