第九話 埋められる外堀①
父のゼノンと兄のクラウスに漂っている、言いようのない違和感に、セシリアは思わず目を細める。
二人とも、どこか落ち着かない様子で顔を見合わせている。
常であれば、どんな危機的状況であっても冷静に判断し行動できる、図太い神経の持ち主だ。
それが今は、どこか戸惑いすら滲ませた表情なのである。
その様子に、セシリアの緊張が高まった。
けれど、彼女もまた、ヴァルモンド家の騎士だ。
簡単に内心の焦りを見せる訳にはいかない。
「……父上、兄上。何かございましたか?」
できるだけ平静を装いながらそう問いかけると、ゼノンが小さく息を吐いた。
そして、セシリアの様子をうかがうように口を開く。
「セシリア。……以前にお前は、結婚は生涯する気はないと言っていたな」
「はい」
ゼノンの問いに、セシリアは即答で答える。
「それは、今も変わらないのか?」
「変わりません」
その考えに、全く迷いなど無かった。
「今後も、恋も結婚もするつもりはございません」
はっきりと言い切る。
すると、ゼノンがわずかに言葉を探すように沈黙した。
そして、少しだけ言い淀みながら、口を開く。
「例えば、だ。……公爵様との結婚などは、……その、……考えたりしないか?」
目の前にいる尊敬する父の、普段とあまりにも違った歯切れの悪い物言いに、セシリアの中で、何かがぷつりと切れた。
「父上!」
思わず声を強める。
「その妙な話し方はおやめください!何をおっしゃりたいのですか!?」
セシリアの一喝に、ゼノンは一瞬、言葉を失った。
やがて、気まずさを誤魔化すように一つ咳払いをした。
「……それもそうだな」
観念したように姿勢を正し、きっぱりとした声で告げる。
「セシリア。実はな、お前に縁談の申し込みがあった」
「お断りします」
セシリアは、間髪入れず即答で断った。
「返事が早いぞ、セシリア……」
わずかに戸惑いを含んだゼノンの声。
だが、セシリアは一歩も引かない。
「以前から申し上げている通りです。私は結婚いたしません。父上も了承済みのはずでは?」
「それは……そうだが……」
ゼノンは言いよどみ、そして、意を決した様に息を吐いて、静かに続けた。
「相手は、エドガー・アルヴェイン公爵だ」
「……!」
つい最近、知ったばかりの人物の名前に、セシリアの思考が一瞬止まる。
あの庭園でのやり取りから、まだそれほど時間は経っていない。
それなのに、もうすでに、正式な縁談として話が動いているというのか。
その行動力に、驚きを通り越して、呆気に取られてしまった。
そんなセシリアの様子を見ながら、ゼノンは続ける。
「本来であれば、公爵家からの申し出など断れるものではない」
ゆっくりと、敬意をにじませた声音で言葉を紡ぐ。
「だが、あちらは『本人の意思を最優先にしてほしい』とおっしゃっているそうだ」
「……」
言葉を失う。
それがどれほど異例のことか、セシリアにも分かっている。
この国において、身分の上の者からの縁談は絶対だ。
拒否など許されないのが常識。
それを、本人の意思に委ねるなど、普通なら考えられないことだった。
「……なあ、セシリア。この話、考えてみないか?」
その声音には、父としての願いも滲んでいるのが分かった。
今世の家族は前世と違い、セシリアの事を心から考えてくれている。
父の優しさに、胸がジンと熱くなった。
それでも、セシリアは、ゆっくりと首を横に振った。
「……いいえ、お断りいたします」
たとえどれほど条件が良くとも、たとえどれだけ相手が誠実であろうとも、セシリアの心が簡単に揺らぐことはない。
「アルヴェイン公爵とは、以前お会いしました。その時、すでにお断りしています」
内心に秘めた強い意志を抑え、できるだけ平静を装ってそう告げた。
あの時の庭園でのやり取りを思い返す。
自分の意思は、あの時、公爵にきちんと伝えた。
あれは明確な拒絶だったはずだ。
あの場から去る前に、セシリアのために時間を使いたいなどと言ってはいたが、こちらとしてはそのつもりは無い。
セシリアは、確かな意志を持った目で父を見据えた。
その時だった。
それまでずっと、セシリアとゼノンの話を黙って聞いていた兄のクラウスが、口を開いた。
「セシリアは、エドガー様の凄さを知らないから断れるんだよ」
それは、妙に熱のこもった声だった。




