第五話 懐かしい瞳②
その声は静かだったが、強い意志がこもっていた。
セシリアは思わず顔を上げる。
すると、彼の紫色の瞳がまっすぐに自分を見つめていた。
逃げ場のない視線にドキリとする。
エドガーは、静かに言った。
「この庭園で、あなたはよく花を見ているだろう?」
その言葉に、セシリアは目を瞬かせた。
「……え、」
全く予想していなかった突然の言葉に動揺して、言葉が詰まってしまう。
「その姿がとても印象に残ったものだから」
そう言って、彼はわずかに目を細めた。
その眼差しはどこか懐かしむような、優しさを帯びている。
「……花が好きなのか?」
柔らかな声音で問われる。
「はい」
セシリアは小さく頷いた。
「花そのものも好きなのですが……、私は、この庭園が好きなのです。とても落ち着くので」
そう答えて微笑むと、エドガーの表情が、心から嬉しそうにふっと緩んだ。
その反応に、セシリアはわずかに戸惑う。
ただ好きなものを答えただけなのに、どうしてそんなに嬉しそうなのだろうと。
けれど、彼はそのまま視線を逸らさずに言った。
「優しく花を眺めるあなたの姿を見て、好きになってしまったんだ」
あまりにも直球な言葉に、セシリアはあからさまに狼狽した。
「……は?……え、……それは、どういうことでしょうか」
戸惑うセシリアに、エドガーは当然と言わんばかりに、さらりと返す。
「そのままの意味だよ。…… セシリア嬢、私はあなたのことが好きだ」
真っ直ぐにそう言われ、セシリアはたまらず視線を逸らしてしまった。
心臓の鼓動が、わずかに早くなっているのが自分でも分かった。
理由は分かっている。
目の前のこの男性が魅力的だから、ではない。
ただ、この人の存在が、なぜか前世の記憶を強く刺激するからだ。
(そう、それだけよ)
セシリアはそう自分に言い聞かせ、静かに息を吐いた。
「公爵家の方にこんなことを言うのは不敬であると承知してはいますが、」
エドガーの視線を正面から受け止める。
「私は、恋も、結婚もする気はありません。生涯、王女様に仕える騎士であり続けることを、両親も兄も、承知してくれており、既に周知の事実かと存じますが……」
遠回しな言い方では伝わらない気がしたから、はっきりと、そう伝えた。
けれど、エドガーは驚く様子もなかった。
「ああ。どうやらその様だな」
ただ、穏やかに頷くだけのその反応に、セシリアは少しだけ拍子抜けする。
何故か、もっと食い下がってくるかと思った。
そして、そんな事を考えてしまった自分に、驚いた。
次の瞬間、彼は静かに続けた。
「けれど、それは、あなたを諦める理由にはならない」
セシリアは思わず目を見開いた。
「……は?」
「あなたが恋をする気がなくても」
エドガーは一歩だけ距離を詰めた。
「私は、あなたを諦める気はないからな」
低く落ち着いた声で、はっきりとそう言われ、セシリアの胸の奥が、妙にざわめいた。
まるで、ずっと昔から、そう決めていたかの様なその強い言葉に、セシリアは無意識に拳を握った。
だめだ。こんな感覚に流されてはいけない。
恋なんて、もうしないと決めたのだから。
「お言葉ですが、公爵様」
セシリアはできるだけ冷静な声で言った。
「私に時間を使うのは、無駄かと存じます」
「いや。あなたのために使う時間に、無駄なものなど一つもない」
間髪入れず返ってくる、その断言に、思わず言葉が詰まる。
エドガーは静かに言った。
「むしろ、あなたのために使わせてほしい」
その言葉の意味を聞こうとして、彼の顔を見た時、その瞳がどこか切なげに揺れていることに、セシリアは気が付いた。
どうしてそんな顔をするのだろう。
セシリアは胸の奥の違和感を振り払うように、小さく頭を下げた。
「失礼いたします」
それ以上、そこにいるのが落ち着かなくて、急ぎ踵を返して庭園を離れた。
背中にずっと視線を感じていたけれど、振り返ることはしなかった。
もう恋はしないと、そう決めたのだから。
けれど、胸の奥で小さく疼く感情を、完全に無視することはできなかった。




