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今世では恋を諦めた伯爵令嬢ですが、前世の夫が今世で執着してきます  作者: 陽ノ下 咲


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第十七話 エドガーの提案

 エドガーとセシリアの名が高らかに告げられた瞬間、観客席の空気が、明らかに変わった。

 そして王族席では、レオナルド殿下がわずかに身を乗り出していた。


「これはなかなかに見ものだな」

「ええ、面白くなってきたわね」


 フィオナも楽しげに微笑む。その隣で、王も静かに頷いた。


「どちらも、見事な腕を持つ者だ。良い試合となることを期待するとしよう」




 控えの場で、セシリアは静かにその時を待っていた。

 周囲には他の出場者たちの気配もあるはずなのに、不思議と意識には入ってこない。

 耳に届くはずのざわめきも遠く、ただ自分の呼吸と、脈打つ鼓動だけがやけに鮮明だった。

 張り詰めた空気の中、時間だけがゆっくりと流れていく。


 ふと気配を感じ前を見ると、次の対戦相手であるエドガーが目の前にきていて、二人の視線が交わった。

 その瞬間、セシリアの空気がピリッとしたものに変わった。

 緊張感のある静寂が、ゆっくりと場を包み込んでいく。

 その時だった。


「セシリア」


 エドガーが、セシリアに声をかけた。


「先程の試合を見ていたが、」


 わずかに目を細め、続ける。


「あなたの剣は、とてもしなやかだな。洗練された美しさだと、感心すらした」


 それは、飾り気も誇張もない、まっすぐな賛辞の言葉だった。

 そう言われたセシリアは、エドガーに試合を見られていた事に少し驚いた。


(兄上もこの人も、なんで他の試合を見てる余裕があるのよ……)


 内心そう思いつつも、セシリアはその心情を悟られない様に、静かに一礼した。


「……恐れ入ります」


 そして、続ける。


「エドガー様の剣技は、まだ拝見できていないので、次の試合で見られるのがとても楽しみです」


 他人の試合など見ている余裕は無い自分に、少しだけ悔しさを感じたが、それを振り切り、顔を上げる。


「……遠慮など、絶対になさらないでくださいね」


 その瞳は、真っ直ぐにエドガーを見据えていた。


「当然だ」


 エドガーは即座に応じた。


「遠慮して勝てる相手だとも思えないしな」


 その声音には、確かな評価が込められていて、その事に、セシリアの中の騎士の心が静かに満たされた。


「……なあ、セシリア」


 ふと、声の調子が変わった。


「この試合、何か賭けないか?」

「……」

「そうだな……、負けた方は、勝った方の頼みを一つ聞く、なんてどうだ?」


 一瞬、沈黙が落ちた。

 この大会では、こうしたやり取りは珍しくない。

 勝者が報酬を得るだけでなく、個人同士で何かを賭け合うこともよくある。

 軽いものなら食事や酒。時にはより大きなものを賭けたり、今エドガーが提示したようなやり取りも、決して珍しくはない。

 セシリアもこれまで、同期と昼食を賭けたことはあった。


 けれど。


(この人は、駄目)


 脳裏に蘇るのは、あの庭園での強引な行為。

 警戒心が、おのずと強まるのは当然のことだった。


「いえ、それはお断りします」


 剣の柄に手を置きながら、静かにそう返した。

 すると、エドガーが、高貴な公爵様とは思えないような悪い顔をして、端正な口元を愉しげに歪めて言った。


「つまりセシリアは、私に負けるのが怖いのか?」

「……は?」


 明らかに煽られている。


 これは挑発だと、頭では理解している。

 乗る必要などどこにもないと、分かっている。

 それでも、胸の奥が、かっと熱くなる。


(……分かっているのに)


 視線を逸らさず、エドガーを睨み返す。

 前世では諦めて逃げてばかりだったけれど、今世の自分は、こんなことを言われて逃げられるほど、出来た人間では無い。


(要は、勝てばいいのよ)


 それだけの話だ。

 自分は強い。これまで積み上げてきたものに、嘘はない。

 セシリアは、ゆっくりと息を吸い込むと、はっきりと告げた。


「分かりました。その勝負、受けて立ちましょう」


 一瞬の静寂の後、エドガーは、とても楽しそうに笑った。




   

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