第十七話 エドガーの提案
エドガーとセシリアの名が高らかに告げられた瞬間、観客席の空気が、明らかに変わった。
そして王族席では、レオナルド殿下がわずかに身を乗り出していた。
「これはなかなかに見ものだな」
「ええ、面白くなってきたわね」
フィオナも楽しげに微笑む。その隣で、王も静かに頷いた。
「どちらも、見事な腕を持つ者だ。良い試合となることを期待するとしよう」
*
控えの場で、セシリアは静かにその時を待っていた。
周囲には他の出場者たちの気配もあるはずなのに、不思議と意識には入ってこない。
耳に届くはずのざわめきも遠く、ただ自分の呼吸と、脈打つ鼓動だけがやけに鮮明だった。
張り詰めた空気の中、時間だけがゆっくりと流れていく。
ふと気配を感じ前を見ると、次の対戦相手であるエドガーが目の前にきていて、二人の視線が交わった。
その瞬間、セシリアの空気がピリッとしたものに変わった。
緊張感のある静寂が、ゆっくりと場を包み込んでいく。
その時だった。
「セシリア」
エドガーが、セシリアに声をかけた。
「先程の試合を見ていたが、」
わずかに目を細め、続ける。
「あなたの剣は、とてもしなやかだな。洗練された美しさだと、感心すらした」
それは、飾り気も誇張もない、まっすぐな賛辞の言葉だった。
そう言われたセシリアは、エドガーに試合を見られていた事に少し驚いた。
(兄上もこの人も、なんで他の試合を見てる余裕があるのよ……)
内心そう思いつつも、セシリアはその心情を悟られない様に、静かに一礼した。
「……恐れ入ります」
そして、続ける。
「エドガー様の剣技は、まだ拝見できていないので、次の試合で見られるのがとても楽しみです」
他人の試合など見ている余裕は無い自分に、少しだけ悔しさを感じたが、それを振り切り、顔を上げる。
「……遠慮など、絶対になさらないでくださいね」
その瞳は、真っ直ぐにエドガーを見据えていた。
「当然だ」
エドガーは即座に応じた。
「遠慮して勝てる相手だとも思えないしな」
その声音には、確かな評価が込められていて、その事に、セシリアの中の騎士の心が静かに満たされた。
「……なあ、セシリア」
ふと、声の調子が変わった。
「この試合、何か賭けないか?」
「……」
「そうだな……、負けた方は、勝った方の頼みを一つ聞く、なんてどうだ?」
一瞬、沈黙が落ちた。
この大会では、こうしたやり取りは珍しくない。
勝者が報酬を得るだけでなく、個人同士で何かを賭け合うこともよくある。
軽いものなら食事や酒。時にはより大きなものを賭けたり、今エドガーが提示したようなやり取りも、決して珍しくはない。
セシリアもこれまで、同期と昼食を賭けたことはあった。
けれど。
(この人は、駄目)
脳裏に蘇るのは、あの庭園での強引な行為。
警戒心が、おのずと強まるのは当然のことだった。
「いえ、それはお断りします」
剣の柄に手を置きながら、静かにそう返した。
すると、エドガーが、高貴な公爵様とは思えないような悪い顔をして、端正な口元を愉しげに歪めて言った。
「つまりセシリアは、私に負けるのが怖いのか?」
「……は?」
明らかに煽られている。
これは挑発だと、頭では理解している。
乗る必要などどこにもないと、分かっている。
それでも、胸の奥が、かっと熱くなる。
(……分かっているのに)
視線を逸らさず、エドガーを睨み返す。
前世では諦めて逃げてばかりだったけれど、今世の自分は、こんなことを言われて逃げられるほど、出来た人間では無い。
(要は、勝てばいいのよ)
それだけの話だ。
自分は強い。これまで積み上げてきたものに、嘘はない。
セシリアは、ゆっくりと息を吸い込むと、はっきりと告げた。
「分かりました。その勝負、受けて立ちましょう」
一瞬の静寂の後、エドガーは、とても楽しそうに笑った。




