第十三話 場違いなお茶会②
エドガーはセシリアと目を合わせた瞬間、あれほどまでに張り詰めていた空気を、一瞬にして和らげた。
先ほどまでとはまるで別人のような甘く柔らかな微笑みに、セシリアは思わず、ヒュッと息を呑む。
こんなにも甘やかな空気を誰かに向けられた経験は、前世を含めて考えてもこれまで一度もなかった為、どう振る舞えばいいのかわからず、戸惑ってしまう。
「……すまない、セシリア嬢。随分と見苦しいところを見せてしまった」
エドガーが、少し眉を下げ、申し訳なさそうな表情でそう言った。
「……いいえ、お気になさらないでください」
セシリアは内心の激しい動揺を知られたくなくて、努めて冷静に返した。
彼女を見つめるエドガーの頬に、ほんのりと赤みが差し、彼はさらに言葉を続けた。
「……そのドレス、とても似合っているな。いつもの姿も美しいが、ドレス姿のあなたは、さらに魅力的だ」
熱を帯びた瞳でセシリアを見つめ、愛おしむように微笑みながらそう言った。
そのまま、しばらくじっと彼女の姿を見つめた後、エドガーは少し表情を曇らせた。
「けれど、どうにも妬けてしまう。……ぜひ今度、私にもあなたの全身を着飾る機会をくれないか」
「……っ!?」
悔しげな声音でそんな言葉を口にされて、セシリアの頬は、既に熱を帯びていたのに、更に熱くなってしまった。
けれど、なんとか気を取り直して、
「……いえ、結構です」
短くそう返した。
するとエドガーは、目に見えて落ち込んだ。
あからさまに肩を落とし、どこか寂しそうな表情を浮かべていた。
「……そうか」
(な、なんで私が申し訳ない気持ちに……?)
意味が分からない。
断ったのは当然のことのはずなのに、なぜかこちらが悪いことをしたような気分になる。
その様子を、レオナルドは面白そうに眺めていた。
「お前がそこまで感情を表に出すなんて本当に珍しいな、エドガー」
「……その様に見えましたか」
「ああ。お前とは長い付き合いだが、先程から、これまで見たことの無い顔ばかり見せられている」
可笑しそうに笑いながら、レオナルドは空いた席を示した。
「さあ、役者も揃ったことだし、茶会を始めるとしよう。二人とも席に着いてくれ」
ガゼボの中、白いテーブルにはすでに茶器が整えられている。
柔らかな春の光が差し込み、花の香りを含んだ風がゆるやかに通り抜けていく。
フィオナとセシリアはそれぞれ席についた。
カップに注がれた紅茶から、ほのかに湯気が立ちのぼる。
(……完全に場違いだわ)
セシリアは、普段なら護衛として控えている立場の人間で、こうして王族と同席すること自体、あり得ない事だ。
(正直、今すぐ席を立って騎士服に着替えて、フィオナ様の後ろに控えたい……)
内心そんな事を思いつつ、緊張を誤魔化すためにお茶に口をつけた。
この国特有の茶葉を使ったそれは、ひと口含めばわずかな渋みが舌に広がる。けれどすぐに、すっと引いていくような軽やかさがあり、後味は驚くほど澄んでいる。
前世であるカトリーナだった頃から、変わらず好んで飲んでいるお茶の味に、ほっとする。
静かに息を吐くと、口の中に残るほのかな余韻とともに、胸の奥の緊張がわずかにほどけていった。
お茶会は、和やかに進んでいく。
レオナルドが軽口を叩き、それにエドガーが淡々と返し、フィオナが楽しそうに笑う。
三人の空気は、驚くほど自然で、王族と公爵という立場でありながら、それを感じさせないほどの距離感で、テンポ良く会話が続いている。
(……本当に仲が良いのね)
セシリアはそう思った時、ふと、エドガーの視線が揺れているのに気がついた。
何かを言いかけては飲み込むその姿は、少し緊張している様にも見えた。
やがて、彼は意を決したように顔を上げ、
「セシリア嬢」
彼女に声をかけた。
ほんの少しだけ緊張を滲ませた声音で続ける。
「よければ、少し、庭園を歩かないか?」
「……え?」
一瞬、思考が止まる。
だがセシリアは、すぐに、首を横に振った。
「いえ、私はフィオナ王女の護衛ですので。申し訳ありませんがお断りします」
きっぱりとそう告げる。
けれど横から、とてもあっさりとした主君の声が割り込んだ。
「歩きに行って構わないわよ?」
思わずそちらを見ると、フィオナは少し眉を顰めて続けた。
「……っていうか、セシリア。あなた今日、非番でしょ?そもそも私の許可自体、必要ないわ。いい加減、私を断る理由に使うのはやめてちょうだい」
「ええ……っ、フィオナ様っ!?」
あまりに無慈悲なフィオナの言葉に、思わず声が裏返ってしまった。
(今までそんな風に言われたことなんて一度も無かったのに……)
セシリアが信じられないという顔でフィオナを見れば、当の本人は楽しそうに笑っているだけだった。
「フィオナ様、ご好意痛み入ります」
エドガーが静かに頭を下げる。
「いいえ、お礼なんて結構よ」
ひらひらと手を振るフィオナ。
「あ、そういえば私、新しいドレスが欲しいんだっけ……」
わざとらしく、可愛らしい声で言う。
するとエドガーは、即座に応じた。
「では、最高級のものを作らせましょう」
「ふふ、さすがね」
フィオナが満足そうに微笑む。
(……この人たち……!)
完全に取引が成立していて、セシリアは思わずフィオナに恨みがましい視線を向けた。
そんなセシリアに、悪びれもせず、フィオナが言う。
「あなたも何か好きなものを頼んだら?きっと、あなた相手だったら喜ぶわよ」
すると、エドガーが勢いよく身を乗り出した。
「ああ、それは是非知りたいな!セシリア嬢、好きなものを教えてくれないか。私に贈らせてくれ」
「ですから、必要ございませんっ!」
セシリアは反射的に叫んだ。
これ以上巻き込まれてたまるものかと意気込む。
けれど、視線の先で、エドガーがどこか切なそうな表情をしているのを見ると、
(……だから、なんで……)
また、胸の奥が勝手にざわついた。
どうしてこんなにも、調子を乱されるのか分からないまま、セシリアはただ、視線を逸らすことしかできなかった。




