第十一話 逃げ道を塞がれて
「フィオナ様っ!一体どういう事ですか!」
扉を開けた瞬間、セシリアの声が室内に響いた。
「あら、セシリア、どうしたのよ。あなた今日、非番でしょ?」
対するフィオナ王女は、優雅にティーカップを傾けたまま、少しも動じる様子を見せない。
ゆったりとした午後の空気の中で、ただ一人だけが緊張感を帯びているのが、ひどく場違いに思えた。
本来であれば非番の日。
騎士としての任務もなく、穏やかに過ごしているはずだった。
けれど、どうしても黙っていられなかった。
きちんと話を聞かなければならない。……いや、問いたださなければならない。
その一心で、セシリアは騎士服に身を包み、王宮の一室へと足を運んだ。
「どうした、ではございません。エドガー・アルヴェイン公爵との縁談の件です」
まっすぐにフィオナを見据える。
「あの話を持ってこられたのが、フィオナ様だと伺いました」
「ああ、そのこと?」
あまりにも軽い返答だった。
フィオナはくすりと笑い、カップをソーサーへと戻す。
「エドガーは良い男よ?」
「……」
あまりにもあっさりとした返答に、セシリアは言葉を失う。
否定も、言い訳もなく、肯定するどころか、むしろどこか楽しんでいるようですらある。
「悪い話じゃないと思うけど」
フィオナは足を組み替え、頬杖をついた。
「結婚後も私の護衛を続けても良いって言っているし。私は嬉しいし、あなたにとっても悪い条件じゃないでしょう?」
「それは、そうなのですが……。でも、私は……」
咄嗟に食い下がろうとする。
だが、フィオナはそれを軽く手で制した。
「それにね」
いたずらっぽく、目を細める。
「あのエドガーが、あんなに表情をころころ変えて人間臭くなるなんて、面白いんだもの」
「……人の縁談を面白がらないでください……」
思わず肩を落とし、ため息が漏れた。
どうやらこの人は、本気でこの状況を楽しんでいるらしい。
だが、それでも。
(……そういうところも、フィオナ様らしくて、嫌いになれないのよね)
そう思ってしまう自分がいるのが、また厄介だった。
フィオナはしばらくセシリアの様子を眺めていたが、ふと何かを思いついたように首を傾げた。
「セシリア」
「はい」
「あなた、この後何か用事はある?」
「……いいえ、特には」
少しの間の後、正直に答える。
特別な予定は入れていない。だからこそ、こうしてここに来ているのだ。
「じゃあ、ちょっと付き合いなさい」
「……へ?」
あまりにも唐突な言葉に、間の抜けた声が漏れた、次の瞬間。
「セシリア様、失礼いたします」
「ちょ、ちょっと!?」
控えていたメイドたちが一斉に動いた。
左右から腕を取られ、そのまま半ば強引に連れ去られる。
「フィオナ様!これは一体!」
「いいからいいから」
ひらひらと手を振る王女の姿が、遠ざかっていく。
抗議の声も虚しく、セシリアはそのまま衣装部屋へと運び込まれた。
そこから先は、流れる様に進んでいった。
着ていた騎士服を手際良く脱がされ、肌に触れる柔らかな布地。そして慣れない化粧の感触。
鏡の前で座らされ、髪を丁寧に編み込まれていく。
「すぐ終わりますからね」
にこやかな笑顔ではあるが、その奥には、有無を言わせぬ圧が滲んでおり、口を挟む気すら削がれてしまった。
「……完成でございます」
その一言とともに、鏡の前に立たされる。
「……え」
その姿に、セシリアは思わず言葉を失った。
そこに映っていたのは、見慣れた自分ではなかった。
柔らかな薄桃色のドレスは、裾に繊細なフリルがあしらわれ、動くたびにふわりと揺れる。
胸元には上品な装飾が施され、華美すぎず、それでいて確かな華やかさを持っている。
耳元ではドロップ型のダイヤが光を受けてきらめき、首元には細い銀のネックレスが輝く。
いつもは無造作にまとめられている金髪は、丁寧に編み込まれ、背中に沿うように流れていた。
さらに、薄く施された化粧によって、表情はどこか柔らかく見える。
「……え、……誰……?」
思わず、ぽつりと呟いた。
それほどまでに、印象が違っていた。
けれど同時に、胸の奥が、ふわりと浮き立った。
(……可愛い)
意外にも、自分はこういうものが嫌いではない。
必要無いので着ることはほぼ無いが、むしろ可愛いものは好きなので、フィオナの可憐なドレス姿をうっとりと眺めることも、これまで何度もあった。
鏡の中の自分を、見惚れるようにじっと見つめる。
少しして、はっと我に返った。
(……何をしているの)
首を振り、気持ちを切り替えて外に出ると、すでにフィオナが待っていた。
セシリアの姿を見るなり、満足そうに頷く。
「素敵ね、セシリア」
その視線は、まるで最初からこうなることを分かっていたかのようだった。
「あなた、綺麗なんだから、普段からそういう格好もすれば良いのに」
「……ありがとうございます、フィオナ様」
礼を述べながらも、どこか落ち着かない。
裾を軽くつまみ、わずかに眉を寄せる。
「ですが、この格好では……、いざという時に姫をお守りできませんから」
少し眉を下げて、苦笑しつつそう言った。
この姿では、剣も満足に振るえない。
「もう、真面目なんだから」
フィオナが片眉を下げ、ふっと笑みを浮かべる。
「でも、今日はそういう日じゃないのよ」
「……?」
意味深な言葉に、胸の奥がざわつく。
だが、それ以上問いかける間もなく、
「それじゃ、行くわよ」
軽やかな声と、何かを企むような愉しげな光を宿した瞳とともに、フィオナは歩き出した。
セシリアも慌てて後を追い、王宮の廊下を進み、やがて外へ出る。
向かった先は、庭園だった。
(……まさか)
視界に入ってきた場所に、思わず息を呑む。
目の前にあるのは、今朝、夢に見たばかりのガゼボ。
柔らかな光が注ぎ、爽やかな風が花の香りを運んでいる。
そこには、すでに二人の男性が座っていた。




