第一話 剣を握る令嬢
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紫色の瞳が、彼女のことを見つめていた。
その瞳には、まるで逃がさないとでもいう様な、執着の色が滲んでいた。
ようやく、見つけた。
あの時、手の中から零れ落ちていった、たった一つの存在を。
今度こそ、絶対に間違えない。
どれだけ時間がかかっても、どんな手を使ってでも、
もう二度と、お前のことを手放さない。
*
セシリア・ヴァルモンドは、騎士である。
そして同時に、広大な国土と、長きに渡る平和を誇る大国、ルミナリア王国の伯爵令嬢でもあった。
真っ直ぐに伸びた輝く金色の髪は動きやすい様に後ろで一つに結び、澄み切った湖のように澄んだ青い瞳は、剣のような鋭さを宿していた。
彼女は普段からドレスではなく、王宮騎士の正装を着用している。
動きやすさを重視した騎士服に身を包み、腰には細身の剣を帯びているその姿は、一切の隙を感じさせない、凛とした気高さを纏っていた。
先日の誕生日で二十歳を迎えたセシリアは、十六歳の頃から王女専属の護衛騎士として仕えている。
まだ十四歳のフィオナ王女は、女性騎士として勤めるセシリアのことを、姉のように慕っていた。
そんな彼女のことを誰よりも信頼する存在として専属護衛に任じ、王と王妃もまた、彼女の真面目さと実力を高く評価していた。
その日、王宮の中庭では、フィオナの護衛任務の合間に、セシリアが剣の型を確認していた。
空気を裂く剣の軌跡は淀みなく、動きには一切の無駄がない。
剣を振るうたび、衣の裾が静かに揺れた。
「相変わらず、見惚れるほど綺麗な剣筋ね、セシリア」
近くで見守っていたフィオナが、ぱちぱちと小さく拍手を送った。
陽光を受けて淡く輝くシルバーブロンドの髪が動く度に柔らかく揺れ、穏やかな光をたたえた翠色の瞳を細めてセシリアに微笑みかける。
セシリアは剣を収め、凛々しい笑顔を浮かべて、恭しく一礼した。
「恐れ入ります、フィオナ様」
「ねえ、セシリア。前から聞いてみたかったのだけれど……」
王女は少し首を傾げ、無邪気な瞳で彼女を見上げた。
「あなたって、伯爵令嬢なのに、どうして騎士になろうと思ったの?」
「強くなりたかったからです」
そう言って、セシリアは一度静かに空を仰いだ。
そして、フィオナの方に向き直り、続ける。
「強い心と確かな力。それさえあれば、どんな状況でも生き抜けると思っています。だから私は、騎士になったんですよ」
その声音は穏やかでありながら、揺るぎない芯を帯びていた。
「じゃないと、大切な主も守れませんしね」
そう言ってふっと微笑むセシリアに、フィオナは目を丸くし、嬉しそうに笑う。
「やっぱりセシリアは格好いいわね」
「ふふ、光栄です」
セシリアはもう一度、フィオナに優しく微笑みかけた。
代々王宮騎士を輩出してきたヴァルモンド伯爵家に生まれたセシリアは、幼い頃から、王宮騎士の総司令官の父と、近衛騎士の兄に剣を鍛えられてきた。
遊びの代わりに木剣を握り、転び、立ち上がり、また振るう。
気づけば、誰よりも剣を握る時間が長くなっていた。
努力は確かな形となり、今では並の男性騎士を凌ぐ腕前となっていた。
そして数年前、王女直々の任命を受け、護衛騎士となった。
その経歴は一見華やかに見えるが、ここまでの道のりは、決して穏やかなものではなかった。
「女だてらに騎士なんて……」
「伯爵令嬢が剣など握ってどうするんだ」
そんな言葉を、彼女は幾度も向けられてきた。
けれど、セシリアはそんな言葉は、全く気にも留めて居なかった。
言葉ではなく、結果で示せばいいと分かっていたからだ。
フィオナに付き添い、中庭の入口付近を歩いていた時のことだった。
数名の若い騎士たちが、彼女を見て小声で何かを囁き合っている。
その中心にいるのは、以前、年下の騎士を馬鹿にして虐めていたところを見かけ、腹を立てたセシリアが懲らしめた相手だった。
男はセシリアを睨みつけている。
その視線には、露骨な反感と、拭いきれない苛立ちが滲んでいた。
それに気づいたフィオナが、わずかに眉を寄せた。
「セシリア、あの人たち……」
「お気になさらず」
セシリアは少し悪そうにニヤリと笑うと、小声で言った。
「あんな小物、相手にするだけ、時間の無駄ですから」
その言葉に、王女は少しだけ誇らしげに胸を張る。
「そうね。……だってセシリアは、本当に強いもの」
セシリアは一瞬だけ目を細める。風が吹き、金の髪が静かに揺れた。
彼女は剣の柄にそっと手を置く。
凛々しいセシリアの立ち姿に、フィオナは思わず頬を赤らめ、花がほころぶように可憐に微笑んだ。
そんな王女の可愛らしい姿を見つめ、セシリアはその凛々しい顔を朗らかに緩める。
かつて全てを捧げ、愛した男と同じ系譜にある、幼さを残しながらも気品を纏う美しい王女。
かつて自分が愛した男は、今はもう、この世にはいない。
だからせめて、成し得なければならない事が訪れるその時までは、この国と、可憐さの奥に確かな強さを宿したこの王女に仕えようと、セシリアはそう決めていた。
そして何よりも、もう誰かに尊厳を踏み躙られて生きるような、そんな弱い生き方はしたくないから。
「そのお言葉が、何よりの誉れです」
その声音には、年齢に似つかわしくない確かな覚悟が滲んでいた。
彼女が強く生きると決めた理由。
それはセシリアが、十歳になって少し経った頃の、あの日に遡る。
*
その日、セシリアは、いつもの様に朝の稽古を終え、庭で木剣を手にしたまま一息ついていた。
そのとき、唐突に、頭の奥で何かが弾け、見知らぬ記憶が濁流のように流れ込んできた。
知らない城。知らない部屋。知らない自分。
だがそれは、紛れもなく、かつての自分の人生だった。
セシリアは、呼吸すら忘れ、立ち尽くしていた。
やがて、ぽつりと呟く。
「……強くならなきゃ」
その瞳には、十歳の少女とは思えないほどの冷静さが宿っていた。
カトリーナ・フランシス。
それが、彼女の前世の名前だった。
彼女は、小国フランシス王国の王宮に生まれた、王女だった。
そしてその人生は、決して恵まれたものではなかった。
見つけてくださり、お読みいただき、誠にありがとうございます!
今作は、異世界転生、執着溺愛ものの恋愛小説です。
引き続き、お読みいただけますと嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします!
陽ノ下 咲




