入浴
「おはようございます~!高宮です~!」
翌朝、10時ぴったりに玄関から大きな声が聞こえた。
介護士の高宮さんが訪問介護にやって来たのだ。
「よろしくお願いいたします!ほら、おじいちゃん高宮さん来たよ!
お風呂!!80歳最初の日にお風呂なんて幸先いいね!」
「別に風呂くらいで何も変わらんだろう。じじいじゃなかったら毎日自分で入ってる。お前は毎日の風呂で幸先を決めているのか?」
ダイニングテーブルの前でコーヒーを飲んでいたおじいちゃんは、嫌味ったらしく文句を垂れて俺を睨みつけた。朝から機嫌が悪い。
「まったく、今日は高宮か。あいつは声がデカいから俺は嫌いなんだ」
補聴器を触りながら、わざと高宮さんに聞こえるようにまた嫌味を垂れる。
高宮さんは確かに声はデカいしちょっと空気は読めないけれど、それが彼の良いところなんだよなぁ。言いづらいこともズバズバ言えるし。
身体も大きいから見ていて何よりの安心感がある。家族としては、高宮さんの日は安堵するほどだ。
「英五は風呂ももう自分で入れないのか……」
不機嫌の原因である、昨日魔界からはるばるいらした美青年は、瞼を腫らした顔で心配そうにソファーに座ったままおじいちゃんを眺めていた。
おじいちゃんも気まずそうに麗をチラチラと見ている。
俺が朝食を作っている時に2人で話して揉めてたから気まずいのかな。
麗はきっと何かに悩んで、おじいちゃんに相談するために訪ねてきたのだろう。
【焚火】でそういう若者は何人も見てきたから。
「足が悪いからね……俺が入れて怪我でもしたら困るし。もう入浴はプロにお任せしてます」
「……」
「本当はデイケアで入ってきて欲しいんだけど、外のお風呂は入った気がしないとかで……」
「デイケア?」
「はは、若いと馴染みのない言葉だよね~。高齢者向けのサービスで、迎えが来てリハビリしたりレクリエーションしたり、ご飯を食べたりだよ」
「ほう……」
「まあ爺さん婆さんの幼稚園みたいなもんだよ。最初はおじいちゃんも行きたくないって駄々こねたけど、行ったら行ったで楽しいみたいでさ」
麗はコーヒーをソファー前のローテーブルに置いて、ふうと軽くため息をついた。ローテーブルは深い茶色の丸形で、おじいちゃんのお気に入りだ。
たしかおばあちゃんの嫁入り家具だった気がする。
窓から光が差し込むと、塗られている塗装のせいか優しい光で反射するのだ。
小さい頃、何度かジュースを零したことがあったが、おばあちゃんは怒らなかったな。
【それもこのテーブルの歴史として染み込んで味になるのよ】
おばあちゃん、2年前に死んじゃったけど、おじいちゃんは相変わらず人脈が広くって、今は若い男を泊まりで連れ込んでいるよ。
「麗、風呂に入ってくるから待っていろ。話はまだ終わってないからな」
おじいちゃんは麗に一言決めると、高宮さんに連れられてお風呂へ消えていった。




