約束
麗という男はうどんを啜りながら、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。それはもう、見ていられないほどに。
鼻からは鼻水を盛大に垂らしているし、涙を止めようなんて1ミリも思ってないのだ。
欲しい玩具を買ってもらえなかった、子供の頃を思い出した。
癇癪って起こすともう眠るまでやめられないんだよなぁ。
「麗はどこの人なの?」
「…っ……魔界だ……っ」
「まだ引っ張るんだ」
「なにも引っ張ってなんかいない!」
「はいはい。今日は俺もほろ酔いだから信じるよ」
「……」
麗はうどんを啜るのを一旦やめて、麦茶をぐびぐびと飲み干した。
そして、近くにあった台拭きで盛大に顔面を拭く。
意外とワイルドだなぁ。
「おく。お前…英五をお爺ちゃんと呼んでいたが…まさか英五の孫か?」
「うん。焚き火にいる時からそう言ってたし、孫の振る舞いしてたろ?」
「親戚の英五をお爺ちゃんと呼んでいたのではなく…英五の子供の子供なのか…?」
「うん。父がお爺ちゃんのお父さんだよ」
俺は、冷め始めたうどんを啜った。
鶏から良いダシが出ているなぁ。次は三葉をいれようか。
「ふざけるな!!!!」
麗は勢いよくダイニングテーブルを叩きながら立ち上がった。グラスに入っていた麦茶が揺れた。
ちょっと飲んどいて良かった、零れてない。
「…え?何が?いきなりヒステリー起こすのやめてよ…俺、怒鳴られるの苦手なんだ」
はぁ、と俺がため息をつくと麗は我を取り戻し、ゆっくり椅子に座り直した。
「すまない。取り乱した。しかし…英五は私と婚約していたのに…人間の女と結婚し子供まで設けていたのか」
「はぁ?麗さんとお爺ちゃんが?婚約?」
「あぁ。付き合っていた。ただ、人間と悪魔の婚礼は禁じられている」
「あははっ、そうなんだ。で?」
酔っ払いの話は面白い。明日起きたらからかってやろう。
「悪魔と人間の婚礼は禁じられているからな。俺は魔王である父の許しを得るために、しばらく魔界に帰っていた」
「ほー?で、許しは得られたの?」
「あぁ、かなり厄介だったが…条件付きでだ」
「条件ってなに?血を貰う〜とか?なんか契りを交わす〜とか?」
「……」
「なに」
「命だ。英五を俺が殺す。人間界で。証人に、親族がいる。血縁関係者に見守られながら、英五を殺すことだ」
「うわあ。悪趣味〜」
「仕方がない。王の希望だ」
「で、お爺ちゃんは魔界でめでたく結婚となる予定だったと」
「あぁ。英五の了承も得ていた」
「じゃあなんで、殺してないわけ」
「殺す殺す言うな。儀式だ。儀式は成人まで待つ予定だった。残りの1年半程、麗は家族と過ごすのを望み、俺は俺で魔界の皇族で、人間界にはびこっているわけにもいかなかったからな」
「で、お爺ちゃんの20歳の誕生日に迎えに来たの?」
「あぁ、そうだ」
「あはははははははは!!!!60年経っちゃってるじゃん!!!!そんでお爺ちゃんは妻子持ちどころか孫までいたと!!??」
麗は爆笑する俺をみて、目を見開いたのち睨みつけた。睨みつけられた瞬間目が合う。
黒い瞳の中に、赤い揺らめきが見えた。
蝋燭に灯る火が、風に晒されているように小さく小さく揺れていた。
「その目は、カラコン?」
麗の瞳は美しすぎる。俺は瞳に宿る小さな炎に吸い込まれそうになりながら、問いかけた。
「から…こん?」
「はは、まあいいよ。明日、お爺ちゃんに詰めてみれば?気が済むまで話し合うといいよ。仕事は大丈夫なの?」
「あぁ、すまない。しばらく休暇とする。英五と話が済むまで滞在させてもらっていいか」
お爺ちゃんにとっても、俺やヘルパーさん以外と話すことはいい刺激なはずだ。
俺は麗を客間に通すと、タオルやら歯ブラシを渡してもてなした。この人は怪しいけど、何故だか見捨てる気にもなれない俺だった。




