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天使の介護  作者: ひるね
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鍋焼きうどん

祖父の誕生日会は男の盛大なゲロで幕を閉じた。

みんなが続々と帰宅する中、店内には悲しさを増長させるように「舟唄」が

流れていた。


「ちょっと…しっかり歩いてくださいね~」


お爺ちゃんの強い意向で、男を一晩俺とお爺ちゃんが住む家に一泊させることにした。

暗い住宅街を10分ほど車椅子を押して歩く。


なんだろうこの2人の間に流れる気まずさは。先程までお爺ちゃんは、男の顔を見つめていたのに、今やずっと前を見ている。男も男で、下を向いて歩いている。バラの花束は持ったままだったけど。


「二人ともなんでそんな静かなの?飲みすぎ?」


無視だ。無視されている。


「あ、お爺ちゃんトイレ行かなかったけど大丈夫?

 まあオムツしてるし平気か」


こそっ祖父の耳元で話しかけると祖父が顔を真っ赤にして叫んだ。


「オムツは万が一でしているだけだ!!!!!!!」


「ご、ごめん…。でもほら、だからこっそり言ったのに」


今言わなくてもいい事を言ってしまったな。ついお爺ちゃんを赤ちゃん扱いしてしまう。悪い癖だ。


そして、2人に流れる空気は…あぁ、そうだ。これは

別れ間際のカップルの仲裁に入った気分に似ている。

大学生の時にあったなあこんなことが。


***


「散らかってますけど…」


放心状態の男を俺は一旦、リビングに通した。


「あぁ…ありがとう」


ソファーにドカっと座り家の中をキョロキョロと見渡している。


「麗、話をしよう」


お爺ちゃんは男を見て、か細い声で訴えたが俺が許さなかった。


「だめ、もう23時だよ。お話しするなら明日にしてね。明日ヘルパーさん来るからね?お風呂の日だよ」


抵抗するお爺ちゃんを宥めてながら、車椅子を寝室に向けて俺は歩きはじめた。


「お待たせしました。えーと、麗さん?」


リビングに戻った俺は、冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出して2つ分コップに入れて注いだ。


「はい、どうぞ。俺飲んだらおなかすいちゃうタイプで。今から鍋焼きうどん作りますけど…食べます?」


「鍋焼き…うど…ん」


男は麦茶を受け取り口にすると震えていた。寒いのか?


「まあ作りますね。あ、おじいちゃんには内緒ですよ。糖尿なんで鍋焼きうどんはたまーににしてるんです」


俺はキッチンに立つと、古びたガスコンロに2つ土鍋をセットして火をつけた。土鍋にだし汁、醤油、みりん、塩を入れてぐつぐつと煮る。


「鶏肉~あったあった」


冷蔵庫からあまりの鶏もも肉を取り出し鍋にポイといれた。

飲んだ後だからいらないともおもったけど、あるなら入れたい。良い出しが出るし。


「あとはこれこれ~」


冷凍庫から冷凍うどんを取り出し、鍋に浮かべた。

冷凍うどんってこしがあってうまいんだよなぁ。煮詰めてもぐちゃぐちゃにならないし。


うどんを煮ている間に白菜を切った。うどんに入れるのは芯に近いほうがいい。甘味が出てじんわり汁に合うからだ。


「いい匂いだ」


男が立ち上がって、キッチンに近づいて来た。

ふふふ、この誘惑には満腹でも勝てる人は少ないんだ。


「もう少しで出来ますよ」


白菜をと卵を割って入れて鍋の蓋をした。

グツグツグツグツ。ここでしか聞けない可愛いリズムがキッチンに響き渡る。


「麗さんでしたっけ?」


「あぁそうだ。麗でいい。お前は?」


「俺はおっくんでみんなからそう呼ばれていますから」


「うーん。じゃあおくと呼ばしてもらう」


「はは、何でもいいですよ。じゃあ麗。自分のは自分で運んで」


俺はミトンを麗の両手にはめてやるとコンロの火を止めた。

麗は両手に被せられた物体をまじまじと見たが、どこかしらウキウキしているようにも見えた。


俺たちはリビングのテーブルにあつあつの土鍋を運び、ゆっくりとふたを開けた。もわ~とたちあがった白い湯気は、古い日本家屋の隙間風に歓迎されるようにふわふわと天井に向かって心地よさそうに昇っていく。


「…英五と同じだ」


「ん?あぁ、これ俺もお爺ちゃんから教わったんだよ」


「英五も俺に作ってくれたんだ」


麗は湯気の中でツーと一粒の涙を流した。涙は1つが2つと数を増やし、小さな宝石のように煌めき、形の良い大きな目からポロポロと流れ落ちていった。





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