明日があるさ
「えーっと。英五さんのお友達…かな?」
カイさんはカウンターから出てくると、男に近づきどうぞどうぞと中へ招き入れた。
「あぁ、まあ英五のお祝いに来た」
「お爺ちゃん、どちらさま?」
お爺ちゃんを見ると、目を真ん丸にしてウイスキーグラスを持つ手がカタカタと震えていた。飲みすぎかと思ったが、祖父は店に来たいだけなのでほんの一口しか口にしていないはずだ。
「麗か…」
「あ?誰だこの爺さん。それより英五は?」
「はじめまして。祖父とはどちらでお知り合いに?良かったら隣へ」
やや口が悪いのが気になったが、お爺ちゃんの知り合いでお誕生日を祝いに来た事は確定しているので適当な扱いもできない。
にしても、なんだか…漫画に出てくるキザキャラみたいな恰好だな。
テラテラの黒のシャツに、パッツパツの黒のパンツ。足元のとんがり靴が最高にダサイ。
しゅっとした鼻筋、毛穴なんてないんじゃないか?と思わせるピカピカの肌。
長いまつげに綺麗な二重。
顔はいいのにな~勿体ないな。この人性格にも問題ありそうだし、お爺ちゃんが面倒見てやってるのかな?
「英五はまだ来ていないのか、なら待たせてもらう。あぁそこにあるシャンパーニュ俺もいただこうか」
「まーこんなイケメンうちの街にいた?東京から来たのかしら?役者さん?」
スナックのママはキャッキャとはしゃぎながらフルートグラスにシャンパンを注ぎ、男に差し出す。カイさんもおしぼりとおつまみが盛られた皿を机に置いた。
「すまない、ではいただこう」
男はグラスを空中に上げ、エアー乾杯をすると一気にシャンパンを飲み干した。
「いい飲みっぷりですね!」
俺も男と一緒にシャンパンのおかわりを入れてもらい、カチンと乾杯をした。
「あぁ、人間の作る酒は魔界でも人気だ。特に俺はワインが好きだ。のちほどセラーにあるものもいただこう」
「麗…」
魔界って言ったか?酔っ払ってるなこの人。
お爺ちゃんはずっと男を見つめている。そういやお爺ちゃんが言ってた彼氏だかなんだっけかの名前も麗だったような。
「おいジジイ。気安く俺の名前を呼ぶな」
「英五だ」
「は?お前は爺さんだろ。英五はもっと若い」
「ずっとずっと待っていた。俺の20歳の誕生日にここで再会すると約束してから60年間。俺はずっと焚火で誕生日を過ごしている」
「は?なんでそれを知ってんだ。この爺さん誰だよ」
お爺ちゃんは手元にあった水を飲み干すと、男の目を見て再度口を開いた。
「麗。俺が英五だ」
「お前しつこいぞ。英五を早く出せ。英五がこんな爺さんな訳がないだろう」
この麗って男、何を言っているんだ。なんだか面倒な奴が入ってきちゃったな。もう夜も遅いし、相当飲んできたな。
俺がちょっと嫌な顔をカイさんに向けると、カイさんはまあまあと宥めてケーキをとりわけ皆に配ってくれた。
「あ、そういえば今日、昭和の歌謡曲特集やってたわよ英五さん」
「そうそう!観よう観よう」
昭和世代チームがわらわらとカウンターと祖父の傍に集まり、気まずくなった空気を盛り上げようとテレビをつけてくれた。
『本日令和8年。昭和の後に平成ときましたがまだまだ昭和の曲を輝かせていきましょう~!』
わざとらしいレトロな洋服を着たアナウンサーが、昭和歌謡代表曲を紹介した。
『では、坂本九さんで 明日があるさ』
店内には、俺たちも知っている昭和の名曲が流れみな口ずさんでいる。
「私この曲知ってます~!今から60年も前なんですね!」
酔っぱらった、30代の女子がワイン片手にヘラヘラとお客さんに絡みながら歌い始めた。
「……れい…わ?」
男の様子がおかしい。お爺ちゃんはずっと男を見ていてもっとおかしい。
「今日は昭和何年だ」
「今は令和8年ですよ」
「だから昭和だ」
えー?昭和換算?めんどうだな。
「ちょっとまってくださいね、ぐぐってみます」
「なんだそれは鏡か!?」
男は立ち上がって、俺のスマホを取り上げた。
あー酔っ払い本当にめんどくさい。
「ちょっと!やめてください!プライバシーの侵害!」
俺はスマホを奪い返すと、今昭和何年と入力した。
「えーと…今昭和にすると昭和101年だって!」
男の顔を見ると、祖父の顔を見つめてみるみる青くなった。
お爺ちゃんを見つめる若い男が、老人を見て今か今かとえづいて吐きそうになっている。
「ちょっと!英五さん見ながら吐かないでよ!失礼でしょ!」
カイさんがバケツを差し出した瞬間。男はバケツに顔を突っ込んだ。




