若気の至り
10代で芽吹いた初恋は永遠に咲き続けるのだろうか。
辛く苦しい想いも甘美な思い出に姿を変え、
淡い恋心をなぞれば当時の味を思い出す。
何を舐めても脳が開く味蕾を人を忘れることが出来ない。たとえその後誰に出会ったとしても。
***
「おじいちゃん、今日はあったかいね」
コーヒーミルに豆を入れて、祖父に話しかけながらゆっくりと弾く。
豆が破れると、香りが勝手に鼻に入ってくる。
祖父の好きな豆。いつもの朝だ。
「そうだなぁ。つまらんなあ、いい天気は」
祖父はタブレットをタップし、新聞を読みながら俺の定番の問いかけに答えてくれる。
いい天気がつまらないなんて、贅沢な老人だな。
祖父のお気に入りのシンプルなマグカップに
コーヒーを入れて差し出す。
お気に入りのマグカップは、俺の妹からの贈り物。
大して会いにも来ない妹からの義理敬老の日ギフトだ。
いや、誕生日だったかな?
マグカップ、ハンカチ、パジャマ、傘、帽子、マフラー
ああ、あとは入浴剤。
無難な贈り物を大切に使う祖父に、アイツは形だけだぞと告げ口したくもなるがグッとこらえて、俺も淹れたてのコーヒーを啜った。
コーヒーを3口程いただくと、厚切りの食パンをトーストに入れる。
その間に、フライパンに卵を2つ。
ベーコンも2枚。パチパチと音を立てる定番の食材は国王のように威厳がある。
「王道には叶わないんだよな〜」
お皿に王様を盛り付けダイニングテーブルへ運ぶ。匂いに気がついた祖父は、足早に席へ座った。
「お客様。日曜日の特別モーニングでございます」
「おお!素晴らしい。今日は目玉焼きか。
うーん。パンに載せるか…別で食べるか悩ましいな」
祖父は目の前のご馳走に目を輝かせた。
鼻歌を歌いながら、トーストにバターを塗る祖父は子供である。
孫にご飯を出してもらう、大人を引退した子供なのだ。
「来週は、卵スクランブルにしようかな」
「おう、そうしてくれ。いや、たまごサンドもいいな」
祖父のマグカップにオカワリのコーヒーを注ぎ、俺もパンにバターを塗った。
窓からの光で床が反射して、リビングへ暖かい光だけが到着している。
これから冬が来るのに。嘘つきな光はキラキラとより一層輝いた。
俺は祖父と過ごす穏やかな朝が好きだ。
誰も否定しない穏やかな空間。
刺激はないけど、1日でも長く続いて欲しい。
「今日は何日だ」
「今日は11月20日だよ」
「俺の誕生日だ」
祖父はガツガツとトーストを食べる。
口からはパンカスが盛大にこぼれ落ちているので
後で念入りに床掃除をする必要がある。
まあ、俺は暇だから全然構わない。
「うん、夜は焚き火に飲みに行くだろ。」
「うーん。夜は約束がある」
「?友達?三原さんなら今日焚き火で待ってるって言ってたよ」
「いや、違う」
なんなんだ。面倒臭いなぁ。最近意味わからないこと言う事が増えたからか、祖父の発言はつい話半分で聞いてしまう。
「恋人が来るんだ」
…恋人?コイビト??
恋人って何だっけ…じいちゃん今日で80だぞ。
ばあちゃんが亡くなってから早5年。
その後なにがあったんだ?
「恋人?おじいちゃん彼女いたっけ」
過去の話がごっちゃになってんな。
まあ誕生日だし、真剣に聞こうではないか。
「彼女じゃない」
「はあー?おじいちゃん、恋人でしょ?」
「彼氏だ」
ブッッ!!!!
俺は盛大にコーヒーを吹き出した。
鼻にコーヒーが入って咽る。最悪。
「おじいちゃん、心臓に悪いからやめて。冗談?それともなんかドラマの影響?」
ティッシュで吹き出したコーヒーを拭いた。
おじいちゃんは照れくさそうに口元を隠している。
「だから、彼氏。今日の夜待ち合わせしてる」
…今日は誕生日だしな。うん。
付き合おう。とことん。
「どこで?」
「この家」
「誰と付き合ってるの?」
「麗だ」
「麗って人ね。名字は?どこの人?」
「名字はない。場所は魔界だ」
「…」
こりゃーかなり面倒臭いな。
最近アニメ見てたからなあ。おじいちゃん。
異世界転生アニメの影響かな?
「魔界ね〜魔界からわざわざ誕生日に来てくれるなんて優しいね」
「うむ。麗は優しいんだ。俺の初恋だからな」
「あは、何歳の時よ」
「18だ」
「おばあちゃんとは25で結婚したよね?」
「麗とは1年付き合って、今も付き合っている。だから、もう62年だ」
「やけにおじいちゃん計算早いね」
「麗の事は忘れん」
「わかった。じゃあ焚き火で誕生日会あとにその麗さんをもてなせばいいのね?」
「頼む。あぁ、これは真由美には言うなよ」
一応お母さんには内緒なんか。
まあ娘だもんな。空想だとしても合わせておこう。
「わかった!それ食べたら歯磨きして、テレビでも見て昼寝してね。今日夜は長いんだから!」
俺はトーストを口に詰めると、自分の皿を持ってキッチンに戻った。
認知症の症状、進んじゃったのかなあ。
ツンと胸に棘が刺さった。
今日はいい天気だ。おじいちゃんの発言に不安は残るけど誕生日会までに、諸々の家事を終わらせよう。




