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中央地下鉄東町線編

この話は「地下鉄大爆破 中央地下鉄南北線編」の続きです。

そちらをまだご覧になっていない方は、そちらから読み始めてください。

また、舞台が架空の鉄道となっているため、そちらの路線図も掲載します。下のリンクからどうぞ。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26858913

↑こちらのほうが読みやすいかも...

 「こちら27S運転士です。東町線への転線、無事完了しました。」

静寂に包まれていた指令室内に織田の声が響き渡る。皆の緊張が解けたのか、ため息の漏れる音や、よかった、と言葉を交わす様子が聞こえてきた。安堵の空気に包まれている中、三笠は次に向けて指示を出す。

 「まずは全列車の車体点検、南北線は新浜津から西町駅間で運転再開、倉田から西町も安全確認ができ次第運転再開します。あとは、西町車両基地の方に救援列車の準備について問い合わせてください。じきに救援計画が遂行されますので。この先乗り入れることになるであろう北中部鉄道とTRには私から話をします。とにかく1分1秒を無駄にすることの無いように。では、よろしくお願いします。」

三笠の指示のもと、指令員たちは列車の整理、各所への連絡などを行う。普段のダイヤ乱れなどとは比にならない忙しさであるが、多くの人命が懸かっていることを考えると、呑気に休んではいられないのであった。

 「ーということなのですが、いかがでしょうか。」

三笠は北中部鉄道の総括指令長、神田友梨と電話をしていた。

 「ええ、いいでしょう。その場合当方への乗り入れはやはり...」

 「北2号連絡線からになります。そこが唯一の場所ですからね。」

 「そうですね。では、そちらの方の整備は私たちで行っておきましょう。」

 「それはありがたい。ぜひお願いします。」

 「では、こちら側としては、列車の整理と連絡線の整備をすればいいのですね。」

 「そうなります。お手数をおかけしてすいません。」

 「こういう時はお互い様ですからね。ともに乗り切りましょう。」

三笠は北中部鉄道との交渉が円滑に進んだことに安堵した。爆弾を積んだ列車を自社線に乗り入れさせるのはリスクを伴い、また、ダイヤの大幅な変更を伴うことであるが、神田は即座に承諾してくれた。上の者に確かめてからの事ではあろうが、それでもスピーディーに話はまとまった。そんな北中部鉄道の対応に感謝しつつ、次はTRに向けて電話をかける。


 「そこをなんとかしていただけませんか!」

三笠は電話口に向かって叫び気味に言った。というのも、TRが提案に応じてくれないのだ。

 TRの言い分はこうである。

 TRに乗り入れさせるなら、国交省の許可を取ったりする必要があり、そこに時間も手間もかかる。また、乗り入れ予定の日光本線には普通列車や特急列車、貨物列車など多くの列車が走行しており、不可能ではないものの、それらの列車すべてを短時間のうちに退避させるのは困難であり、また甚大な影響が出るというのだ。

 そして最後に、北中部鉄道とTRは線路が繋がっているようで、実は繋がっていないというのだ。過去に、近くの自衛隊駐屯地へ物資輸送をするため、TRの貨物列車が北中部鉄道に乗り入れるのに使用されていた。しかし、時代の流れとともに使われなくなり、終いには線路の接続を絶たれてしまったのだ。

 よって、TRはそもそも乗り入れが物理的に困難だと言ったのである。これは三笠をはじめ、計画を練っていた指令員たちに大きな衝撃を与えた。

 三笠は大きくショックを受けた。線路が繋がっていないのであれば乗り入れは不可能である。しかし地下鉄線内や北中部鉄道線内で爆発させてしまえば、甚大な被害が出る。その時、指令員の一人が三笠に向かって言った。

 「繋がってないなら、繋げばいいんですよ!」

 「そう簡単に言いますけど...」

三笠は返答に窮した。彼の言っていることは的を得ている。各社の人員の最大限動員すれば比較的早くに作業ができるだろう。しかしTRが許可してくれるかはわからない。あの態度からして協力には否定的な立場をとるだろう。

果たして、線路が繋がっていればTRは許可してくれただろうか。少しは前向きな姿勢を見せてくれるかもしれない。線路を繋ぐことを乗り入れ許可の条件だとするならば、その工事のための許可を取らなくてはならない。ではそのためには......

 「......さん、...笠さん?三笠さん!」

指令員の呼び声でハッと我に返った。

 「どうしたんですか?なにかアイデアが思いつきましたか?」

 「あっ、いや...すまない...。」

三笠はぐずぐずと考えてはいられない、と思い、直ちに決断を下した。

 「TRと北中部鉄道の線路を繋ぎなおしましょう。双方に許可を求めてください。特にTRの方には粘り強く交渉してください。本当は私が交渉したいところですが、救出計画の指揮を執る必要がありますので、ここは任せます。皆さんに多少の判断は許します。では、お願いします。」

こう言って、三笠は交渉チームのもとを離れていった。交渉にあたる職員は、TRの許可を取れるだろうか、と不安に思いつつ、準備を始めた。自分たちが交渉を成功させなければ、列車の乗員乗客が危ない。時間がたつのは早い。いくら北中部鉄道からの許可をもらったからと言って安心しきってはいけない。彼らは、責任感を持って交渉に臨まなければならないのであった。


 「さっきも話しましたけどね、乗り入れは物理的に無理なんですよ。ダイヤは何とかなるかもしれない。でも、それで列車を止めた時の損害は?今が昼前ですからね...ラッシュ時じゃないだけマシかもしれませんけど。」

 「今は損得勘定なしでお願いします。それで、その物理的な壁を突破するために線路を繋ぐ、と言っているんです。」

交渉は難航している。TRは特に、経済面での損害を憂慮しているようだ。

 「そもそも、早くに解決すべきではありませんか。何もわざわざこっちまでつなげる必要はないでしょう。もし我々がいいと言っても、国交省はじめ政府は何というでしょうね。『テロリストに屈することなく』とか言って許可されるかどうかわかりませんよ。もしOKでも、工事には時間がかかりますよ?今のところ双方の線路は5メートル離れています。この距離でさえ繋ぐのは大変ですよ。しかもこの1回のために、というのもね...」

交渉を担当していた職員は、心底うんざりしてしまった。何度も何度も同じところをぐるぐる回っているように感じられたのだ。やはり上層部に取り合ったのがいけなかったのであろうか。キャリア組は少しの決断にも多くの時間を要する。

 「さっきからどうして経済的損失ばかりを強調するんですか!これは多くの人の命が懸かっている問題なんですよ!」

 「申し訳ないですけど、他の所に訊いてみてください。我々もね、あなた方を見捨てるようなことはしたくないですよ。ただね、助けようとして共倒れになったら本末転倒でしょう。」

やはり大きな船は少し方向を変えるだけでも莫大な時間と労力を要するようだ。TRとの交渉はあきらめるべきか...そう思ったとき、三笠の言葉を思い出した。

ー皆さんに多少の判断は許しますー

そうだ、上がだめなら下に直接取り合えばいいのか。そう思い、電話をTRの北部統括指令所にかける。

 「ーなるほど、乗り入れですか。不可能ではないと思いますが...上の許可は取ったんですか?」

 「いや、許可はもらっていません。ですが、これは人命が懸かっていることなんです。なので、上を何とか説得する時間があったら、一刻も早く現場に要請するべきだろう、と考えまして。」

 「ですが...上層部だけではありません。国の方にも判断を仰ぐ必要があるのでは...」

 「これは人道的な問題です!あとから上層部や国には何とでも説明できます。ここで何もせずに多くの乗客の命を危険にさらすことこそ最も避けるべきことではありませんか。いま頼れるのはあなた方だけなんです。本当に、お願いします!」

TRの北部統括指令所で中央地下鉄と交渉に当たっていた指令長、和田健人は頭を抱えた。果たして現場だけの判断で許可していいのだろうか。先例のない緊急事態であるから、誰も答えは分からない。この状況において最も最善の判断は何であろうか。しばらくの葛藤の末、ついに彼は答えを出した。

 「乗り入れを...許可します。」

中央地下鉄で交渉に当たっていた職員グループは一同、顔を見合わせ、わずかな静寂ののち、大いに喜んだ。和田に万謝し、三笠のもとへ報告に行った。

 和田は、まだ悩んでいた。これにより救われる人が少なからず出てくるだろう。しかし、どのようにすればいいのか。爆弾を積んだ列車が走るのならば、安全面からその他列車は運休が妥当だろう。そのためにどんな理由をつけるべきか...上の許可を取っていないのだからあまりはっきりと明言することはできない。そんなとき、彼のもとへ連絡が入った。走行中の車両から異音がし、緊急停車したのだという。通常ならその列車や周囲の列車の安全が確認され次第の運転再開だが、彼はこれをチャンスと捉え、指令所全体に指示を出した。

 「日光本線は下山以北で運転見合わせ、日光東線は日光本線への乗り入れ中止、大北線は本数を減らして運転させてください。全列車を車庫や引き上げ線、退避設備のある駅に入れてください。」

TRの指令所内に大きなどよめきが走った。本来ならこんなことする必要はない。やりすぎでしょ、といった声も聞かれた。和田は続けて言った。

 「たったさっき、中央地下鉄から要請があり、例の列車を下山駅から日光本線に乗り入れさせることが決定しました。そのための措置です。安全のためにも周囲の列車は全て退避させておく必要があります。このことについて、一般には、複数の車両での車両トラブル発生と周知してください。これならば長期の運転見合わせの理由になるでしょう。」

指令員たちはまさかの事態に信じがたい様子でいたが、直ちに作業に取り掛かった。その後和田は下山駅付近の車両所に連絡し、北中部鉄道との線路接続の用意をするよう、頼んだ。

こうして、中央地下鉄・北中部鉄道・TRの3社による連携体制が完成したのである。


 中央地下鉄の職員がTRとの交渉に難儀している頃、三笠は救出計画の実行に向けて最終確認をしていた。

 「では、これから救出計画第一弾を始めます。では、先の説明の通りに実施願います。」

三笠が開始を宣言すると、指令員一同「ハイ!」と言ってそれぞれ動き出した。

 ところで、その計画というのはー

まず、西町車両基地から救援列車、臨901列車を発車させる。その列車に事前に救援物資を積んでおく。それを27Sに並走させ、列車の窓からそれら救援物資を受け渡す。

では救援物資はどこで使うのか。それは、後尾車の切り離し用である。両サイドを爆弾に挟まれていると、万一の時にリスクが非常に大きい。とはいえ、それを解除する方法はない。また、今後の救出作業を円滑に進めるためにも通路は広く取っておく必要がある。そのため、後尾車切り離しという決断に至ったのだ。

切り離された後尾車は、地下で爆発させるわけにはいかないので、地上にある東町車両基地で爆発させることとなった。しかし、そこまで惰性で勾配を上ってゆく必要があり、ここが今回の救出計画の困難の一つである。

すべて計画通りに行けば、そのまま27Sは連絡線から北中部鉄道線に乗り入れ、そこで乗客の救出を行う算段となっている。

ーこんな計画を三笠や指令員たちはここまで話し合ってきた。そしてそれを実行に移す時が来たのだ。

 「臨901列車、出発してください。」

指令員が無線から救援列車の出発を許可する。ついに乗客の救援に向けて第一歩を踏み出した。

 このことはすでに27Sにも伝えられており、小崎はこの旨を乗客にアナウンスした。

 「お客様にご案内します。まもなくお客様の救出を開始いたします。つきましては、作業の必要が生じますので、6号車と5号車のお客様には1から4号車へのご移動をお願いいたします。繰り返します...」

小崎がこうしてアナウンスすると、乗客たちから歓喜の声が湧き出た。実際、乗務員室からもその声が聞こえるほどの喜びようであった。さっそく小崎と前田が乗客の誘導を始め、今回の作業を主に担う佐々木と落合は作業計画について話していた。そして4号車後方の貫通路に規制線を張り、受け入れ準備を整えた。

 「ついにこの時が来ましたね。」

前田は小崎にそう言って、うれしそうな表情を見せた。

 「まだ気は抜けないですよ。車両の切り離しなんてやったことありませんからね。」

確かに小崎もうれしかった。それでもいままでに聞いたことのない計画を前にして大きな不安に駆られてもいたのである。

 西町車両基地では救援列車である臨901列車が出発した。地下鉄東町線2000系が充てられ、前面の貫通扉は取り外され、代わりに透明なシールドが張られていた。そして内側の運転室と客室を仕切る壁さえも取り払われていた。ものすごい突貫工事である。客室内には一連の救出計画で使用される道具類が置かれ、多くの作業員が待機していた。

 地上の車庫から列車は地下へと入る。一刻も早く27Sのもとへ追いつくべくスピードを出している。前面のシールドはガタガタと音を立てて揺れ、わずかな隙間からヒューヒューと風が吹き込んでくる。前方を確認している作業員たちは27Sに追いつくのはまだかとじれったい気持ちでいたが、同時に自分たちがすべての乗客乗員を無傷で帰還させるんだという責任感を背負っていたのである。

 異様な見た目の地下鉄車両は駅を次々通過してゆく。ホーム上には乗客の姿は見当たらない。おそらく入場規制をかけているのだろう。ただ駅員がその列車の通過を確認すべく立っているのみである。ある駅員は通過際に敬礼をしていた。多くの人々の期待とともに救援列車は走行していた。


このように27Sは東町線への転線を果たし、三笠が各社への連携の要請をし、そして救援計画が動き出した。それと同時に大宮らによる松本への事情聴取も行われていた。指令室の隅のガラス窓で仕切られた小さな部屋で、松本と大宮が机を挟んで真向かいに、大宮の隣にはパソコンで供述調書を取る刑事が一人いた。

 「では松本さん、この件について知っていることを、順を追って説明してくれますか。」

彼が松本にそう言うと、松本はその重い口を開き、すべてを話した。

 「私は、この会社で2年前まで働いていました。最後の仕事は南北線の建設工事で、現場の責任者を任されました。」

刑事の一人分厚いファイルの一つのページを指さし、大宮に見せた。確かにそのように書いてある。

 「そしてその時、重大な事故が発生したんです。本来は世間に公表しなくてはならないほどのー

 現場の責任者であった松本はいつも通り地下トンネルの掘削現場にいた。そこでは日々多くの作業員が働いていた。

 工事開始から1年半が経った頃、悲劇が訪れた。ちょうど昼休憩の頃、ほとんどの作業員は地上に上がって休憩を取っていた。しかし一人の作業員、西田晋一は一人地下にいた。というのも、落とし物をしてそれを捜していたのだ。皆より少し遅れて地上に上がろうと足場を歩いていたとき、突然足場の一部が落下した。そのまま彼は地面にたたきつけられてしまった。いくらヘルメットをしているとはいえ、何の前触れもなく倒壊したのだから彼にはなにもなす術はなく、意識を失ってしまった。

 彼が発見されたのは足場倒壊から10分後であった。安全点検に行った松本が初めに発見した。その時もなお意識はなかった。真っ先に救急車を呼び、しばらく応急処置を続けた。救急隊が到着し、西田は病院へ緊急搬送された。午後の工事を中断を指示し、松本も救急車のあとを追って行った。

 搬送先の病院では医師たちによる懸命な処置が行われていた。そんな中松本は向井に連絡した。この二人は同期であり、役職には大きな違いがあれども、会社を出れば一緒に飲みに行ったりする仲であったのだ。向井は連絡を受けてすぐさま駆け付けた。

 その時にはすでに西田は息を引き取っていた。

 二人ともこの事態を重大なことと受け止めていた。松本にとって最後の仕事である現場で死亡事故が起きてしまったのである。実は彼は事故の起きる前に地面に金具が落ちているのを発見していた。本来ならばすぐに対処すべきところを後回しにしていたのである。ほとんど自分のせいで事故が起きたようなものだ、とさえも思っていた。

 また、向井は自分の進退も含めて案じていた。ここのところ会社では不祥事が続いており、その責任を取る形で前社長が辞任、その席をもらったわけだが、まだ就任して1年にも満たない。そんな彼の頭に一つの考えが浮かんだ。

ーこのことはなかった事にできるのではないかー

 人が一人死んでいるのだからそんな簡単に済まされることではない。でも、これ以上不祥事が重なれば、特に今回に至っては死亡事故である、会社のイメージの失墜は免れられない。また、新路線建設という世間の注目の高いプロジェクトでこのようなことが起きたとなると、風当たりはより一層厳しいものとなるだろう。

 そこで向井は松本に頼んだ。

ー今回の事はこちらに任せてくれー

 松本はその通りこの件について向井に一任した。現場の検証も警察を交えずに全て社内で行われた。そして最終的にはこの事故は実際よりも規模がずっと小さいものとして書き換えられていた。西田も本来は死亡しているにもかかわらず、まだ生きていることになっていたのだ。また、彼は自主退職という形で名簿からその名は消されていた。

 また、この事の形をつけるにあたって松本は責任者の座を交代させられた。それでも松本は向井のもとに居続けた。これは向井からの口止めの代わりであたようにも思われる。今回の件についてほかに口外しないように正式な居場所を提供したのであろう。確かに金も渡されたが、そのときは松本自身受け取る気にはならなかったのだ。

 西田の葬儀も会社としてひっそりと行われた。その場に参列したのは向井と松本のみであった。彼の親族はすでに他界している人が多く、有力な引き取り手の情報も見つからず、結局は無縁仏として扱われることとなってしまった。

 そんな中現れたのが鈴木であった。


 鈴木は何度も何度も松本のもとを訪ねた。どこでかは分からないが、松本が当時の現場の責任者であったことを知ったのだろう。しかし、松本はいつも決まって、個人に関することはこの場では話せない、といったことを言って誤魔化していた。これは向井との取り決めであった。

 ある日、社長室が荒らされたかもしれない、という疑いがでてきた。とはいえそんなに派手に荒らされていたわけではなく、棚に置いてあった資料の配置が変わっていたり、机の引き出しが締まり切っていなかったりと些細なことであったが、向井はすぐに異変を察知した。大きな隠し事をしてるのだから、それがばれることのないよう、ナーヴァスになっていたのだ。すぐさま防犯カメラを確認する運びとなったが、あいにくつい先日に故障で使えなくなっており、その日のうちに交換される予定であったのだ。何の手掛かりもなく、もちろん警察に相談することもできない。特に盗まれたものなどもなく、他の社員に聞いて回っても心当たりがないようなので、最終的には気のせいである、と片付けられた。向井はしばらくの間、以前に増して気を張っていたが、その後は特に何も起きなかったので、しだいに気のせいであったのだと思うようになった。

 しかしその頃、鈴木は真相を知った。そう、あれは気のせいではなく、鈴木の仕業だったのだ。前々から清掃員に扮して張り込み、向井やその近辺に関する様々な情報を入手していた。そして防犯カメラが故障したのをいいことに行動に出たのだ。無論、彼自身電気の技術を持ち合わせているため、防犯カメラを故障させることもできたが。

 会社に対する怒りや恨みが滝のようにあふれて出てきた。会社は彼をまだ生きていることにしている。だが、そう明記しあるわけでもない。かといって死亡したとも書いていない。彼は生きているとも死んでいるともどっちつかずなのであった。ひどく彼の尊厳を踏みにじられているようであった。彼の死を教訓に安全対策を取るわけでもなく、そして誰からも弔ってもらえず、その短い人生は幕を閉じてしまったのだ。会社はただただ保身に走り、彼はその過程でこの世でもあの世でもない、どこか別の場所へ葬られてしまったのだ。

 また、もう一つ解明したこととして、以前にも似たような事故が起きていたのだ。その時は死者こそ出なかったものの、事故による足の後遺症がひどく、一生杖を必要とすることになった者が出てしまったのだ。その人が、今鈴木と一緒に、山間部にひっそりとたたずむ廃倉庫でテレビの生中継を見ている男、樫野亮平である。


 樫野はかつて中央地下鉄の作業員として働いており、東西線の建設に携わった。そんなある日、現場の足場が崩落、地面へ叩きつけられてしまったのだ。命こそとりとめたものの、足への影響が思いのほか大きく、杖の支えがなければ安定して歩けなくなってしまったのだ。

 これは数十年も前の話であるが、彼の足はいまだに直っていない。彼は仕事を続けるのが困難となってしまい、退職を決めた。その際、十分な賠償金が得られず、会社には何度も交渉を重ねてきたものの、時間の経過とともにその話は途絶えてしまったのだ。

 奇しくも西田と同じような事故によって退職することとなった彼は、鈴木と同様にして会社に強い恨みを持っていた。

 そんな二人が出会ったのは瑣末なことからであった。鈴木が社長の話を姿を見ようと中央地下鉄の本社に向かっている途中で、樫野が転倒するのを見かけたのだ。すぐさま声をかけ、救護したが、そんな折樫野から一緒にお茶をしないか、と誘われたのだ。実は樫野も同様の目的で会社の方へ来ており、そして西田の事をいつも見かけていたのだ。

 話をする中で同じく会社へ恨みを持っていることを互いに確認し、その後も一緒に活動していこうと決めたのだ。しかし樫野はその時すでに60歳であり、身体の衰えも感じる頃であった。毎日のように会社へ出向くことが困難になり、最終手段として今回の計画を起こしたのだ。

 松本は、過去に起きた事故、つまりは"秘密"のこと、それにより命を落とした西田について、それから毎日のように会社前までやって来るようになった鈴木の存在について話した。彼自身、樫野の存在は知らなかったのだ。大宮はその重要な証言を聞き漏らすまいとメモを取り続けた。メモを取った手帳にはぎっしりと文字が並んでいる。

 「松本さん、お話しいただいてありがとうございました。今回の事件を紐解くうえで需要なカギとなるでしょう。いわば、会社を裏切ってまで、よく話してくださいました。本当に感謝しています。」

大宮はこのようにお礼を述べた後、刑事たちに指示を出した。

 「やはり今回の事件の原因はこの会社の過去にあると言っていい。"秘密"というのも過去の事故の事であろう。このことについても徹底的に調べていくぞ。多少は無理をしても構わない。また、鈴木という男も重要人物だ。居場所を特定し次第すぐさま聴取だ。主犯格である可能性が濃厚だ。では、各自捜査開始!!」

 そういうと大勢の捜査員がそれぞれ役割を分担して捜査を開始した。なんとなく事件の核心が見え隠れしてきたことで、捜査すべきところも見当がつくようになり、解決の方向へとぐっと近づいてきたようにも思える。

 大宮は十数名の捜査員に向かって指示を出した。

 「これからここの家宅捜索を行う。一刻を争う事態だ。令状は後に請求する。社長室や、資料の保管庫を中心に捜索をする。気づかれることのないよう、隠密に頼む。いいか。」

 大宮は社長などの重役しか立ち入らないような場所にこそ重要な証拠があると目論んでいた。それを見つけるべく、困難ではあるかもしれないが、緊急性が高いとして令状なしでの家宅捜索へ踏み切った。そうして、段ボールを抱えた十数名の捜査員は指令室を後にした。


 「27S、浦戸駅を通過。」

 「臨901、現在新中央町駅通過。まもなく上り線に転線します。」

 指令室内では指令員たちが両列車の位置を確認している。救援列車も段々と27Sに接近してきている。電光掲示板からもその様子をうかがうことができる。

 「まだ来ませんかね。」

前田は乗務員室で小崎と後方を見ていた。佐々木と落合はすでに5号車後方へと移動している。

 「さあ、準備を始めますよ。」

小崎と前田は乗務員室を後にして5号車へと移り、右側の窓を全開にした。車内の空気が外へ吸い出され、何かのチラシが外へ飛んで行ってしまうほどであった。

 貫通扉で仕切られた4号車後方では多くの乗客が作業の様子を見物にやってきている。携帯を向けて動画を撮ったり、心配そうな表情で見つめる人、逆に期待を抱いて見守る人など色々である。

 「救出号、前方に27Sを視認。減速します。」

ついに臨901列車が27Sに接近してきた。小崎は乗務員室に戻りそれの接近を確認していた。

 「救援列車が来ましたよ!」

小崎は前田たちに向けて言った。みんなの表情が若干和らぐ。臨901列車はみるみる27Sとの差を縮めてゆく。ついに両列車の位置は完全にそろった。わずかな微調整を繰り返しながら、併走を開始した。

 901列車の運転士と織田の目が合う。運転士は敬礼をし、織田達への敬意を示した。織田も同じく敬礼をし返した。

 「こちら27S運転士、救援列車を確認。速度は60キロに固定中。」

 「こちら臨901、速度等の調整完了。いつでも受け渡し可能です。」

ついに救援物資の受け渡し準備が整った。901列車の方でも5号車の窓は全開にされていた。

 「梅原駅通過後、受け渡しを開始してください。なるべく迅速に願います。」

三笠は指令室から双方に対して指示を出した。これを受けて901列車の作業員たち、27S側に緊張が走る。梅原駅の3駅先、東芝台駅は島式ホームの駅である。そこまでには受け渡しを完了したいところである。これまでに行ったことのない計画に対して、本当に成功するだろうか、という大きな不安が彼らを包んでいた。


 指令所の電光掲示板を見ると、両列車はちょうど梅原駅を通過したところである。

 「救援物資の受け渡し、開始。」

三笠の指示で受け渡し作業が開始した。

 「車掌さん、聞こえますか!」

救援列車の作業員、出浦勝が無線で小崎へ呼びかける。

 「はい、聞こえてます!」

小崎も無線にて応答した。

 「まず、ロープを渡します。危ないから離れて!それぞれの窓から打ち込んでいきます!」

作業員たちが索発射銃を構えている。出浦の合図で27Sの車内へ向けてロープが射出された。5号車前方の窓では小崎と佐々木、後方の窓では前田と落合、そして双方に偶然乗り合わせていたある大学の柔道部員が補助についている。

 ロープを受け取ると、飛ばされないように必死に押さえつつ、座席の手すりに素早く先端を括りつけた。

 「ロープの固定完了しました!」

 「了解です。これより物資の運搬を開始します!まずは第1・第2キャビンが渡ります!」

ロープウェイの要領で2つの箱は901列車から27Sの方へ渡ってゆく。全員が呼吸を合わせ、力いっぱいにロープを引く。座席があるため、上半身をかなり前に倒すような体勢でロープを引く必要があるが、なかなか力が入りづらい。ゆっくりとではあるが、箱はそれぞれの窓から27Sの車内へと渡り終えた。

 「1・2番キャビン受け取りました!」

 「3・4番キャビンも送ります!4番キャビンは少し重いので注意してください!」

先ほどと同じく、窓から窓へ箱が渡ってゆく。風圧で箱は左右に大きく振られ、ロープを引くのを困難にしている。

 「あと少し!頑張って!」

作業員らからの応援もあるが、それでどうこうなるものではない。しかしゆっくりと、着実に27Sの方へ箱は手繰り寄せられている。先に3番キャビンの受け取りを完了した小崎たちが前田たちの方へ回ってサポートした。そのおかげもあり、無事に4番キャビンも27Sの車内へ渡り終えた。最後にロープを901列車の方で回収し、救援物資の受け渡しは完了した。

 「ありがとうございました!」

小崎は901列車に向けて感謝の意を表した。901列車の車内で出浦や作業員たちが敬礼をしている。

 「救出号、全キャビンの引き渡し完了。この先東町駅で待機します。27Sの幸運を祈ります。」

901列車はそのまま加速し、あっというまに27Sを追い抜いて行った。小崎たちはすぐに窓を閉め、切り離しに向けて物資の確認を開始した。

 指令所では依然として安心できない状況が続いている。ひとまず受け渡しが成功したことに安堵したものの、走行中の車両切り離しという前代未聞のミッションが立ちはだかっているのである。

 ところ変わって西町車両基地では、多くの作業員が集結していた。切り離し作業に当たって、より正確な指示を出すために、実際の車両を用いながらデモンストレーションを行うのだ。屋内の検修線には27Sと同型の車両が5号車と6号車が切り離された状態で止まっている。近くの長机には車両の設計図と、オンライン通話をするためのパソコンが置いてある。車両内にいる作業員たちは手順の確認を行っている。普段とは全く違う雰囲気に、皆落ち着かない様子でいた。


 「では、これより車両の切り離し作業を行います。まずは織田さん、速度を110キロまで上げてください。」

 「了解。27S、110キロまで増速します。」

指令所にある大きなモニターの前で三笠は作戦の開始を指示した。モニターには指令所内、西町車両基地の様子、そして27Sの車内が映し出され、それぞれリモートで繋がっている。

 27S車内では佐々木と落合が機材の用意をしている。そして前田が業務用のタブレットでその映像を撮影している。

 「機材の準備完了しました。いつでも大丈夫です。」

佐々木がタブレットに向かって言うと、すぐに車両基地の方から応答があった。

 「了解です。では、まず初めに5号車後ろの制御盤の蓋を開けてください。」

佐々木は鍵を受け取り、蓋を取り外した。中には数多の電気回路が張り巡らされている。車両基地でも同様に制御盤の蓋を外している。

 「では、早速非常ブレーキの無力化を行っていきます。お渡ししたペンチでこれから言う配線を切ってください。くれぐれも他の所を切らないようにお願いします。」

佐々木のペンチを持つ手が震える。ほんの少しのミスが大惨事を引き起こしかねない。そんな大きな責任を感じているのだ。

 「まずは、31Bのコードを切ってください。」

 「31Bですね。」

慎重に、確認に確認を重ねてコードを切った。1本のコードを切るのでさえも緊張する。普段は車両基地で電気工事も多く行っているが、それとは比にならない重圧である。

 「切断しました。異常ありません。」

 「では、次に46Bのコードを切ってください。」

こうして車両基地からの指示のもと、必要なコードの切断を全て完了した。佐々木はミスなく作業を遂行できたことにひとまず安心するのであった。

 「こちら27S。非常ブレーキの無力化完了しました。異常ありません!」

指令所では安堵のため息が漏れたのが聞こえた。

 「時間が押しています。すぐに切り離し準備を行ってください。」

三笠も安堵してはいたが、まだまだ気は抜けない。一連の作業は常に危険と隣り合わせである。彼のみならず、今この現場に立ち会っている者すべてが張り詰めた様子でいた。


 佐々木と落合は、工具箱から電動ドライバーやレンチを取り出し、手際よく部品の撤去を行った。貫通幌は折りたたんで収納され、渡り板も外された。そうすると、とうとう連結器が姿を現した。

 「こちら27S。部品の取り外し終了です。」

指令室のモニターにもその様子ははっきりと映っていた。すると、車両基地の方から、ブレーキの処理の指示がきた。

 「今、電気的には接続が切れていますが、このまま解結した場合、自動空気ブレーキがかかってしまいますので、そちらの栓を閉めてもらいます。」

もちろん、佐々木らはそんなことは分かっている。すぐさま工具箱からまた別のペンチを取り出した。ただ、作業するには、車両の間から覗き込むような体勢となるため、かなりの危険が伴う。皆が支える中、ブレーキ管のバルブを90度回して閉め、そして切り離す。体勢がつらく、力も入りにくい。恐怖も伴う中、なんとか作業を終えた。

 「続いて、ジャンパ線も切り離してください。制御盤の方から活線になっていないか確認してから行ってください。あとは保護具も着用してください。」

 落合が先ほど開けた制御盤の方から電気回路が遮断されていることを確認する。そのうえで絶縁手袋といった保護具を着用してジャンパ線の切り離しを行った。先ほどと同様、危ない体勢ではあったが、一つ一つ確実に、そして素早く作業を終わらせた。

 「では、最後に解結を行います。連結器横の解放テコを引いてください。工具が渡されていることと思いますので、それを使ってください。」

工具箱には先端に輪っかが取り付けられた金属製のパイプが入っていた。これを引っ掛けて解放テコを引くのだろう。

 しかしその作業は意外にも困難であった。吹き込んでくる風で棒が揺られ、解放テコを引こうにもうまく掛からないのだ。力も入れづらく、手間取っていると、車両基地の方から代替策を提示してきた。

 「お渡ししたキャビンの中に万一に備えての解結機が入っています。それを車両間に置いて、強引ではありますがてこの原理で連結を外せます。」

そう聞くとすぐさま佐々木と落合がそれの用意を始めた。二人掛かりで持ち上げ、5号車と6号車の間の連結器の部分に置いた。

 「これで大丈夫ですかね。」

落合がそう聞くと、車両基地の方も問題ないと言ってきた。残された時間もわずかなため、すぐに解結作業に取り掛かった。

 「じゃあ、私が向こう行きますよ。」

小崎はそう言って6号車側へと回った。5号車側では佐々木と落合がてこの取っ手を握っている。そして3人は力いっぱいに取っ手を回した。

 「せーのっ!せーのっ!せーのっ!…」

息を合わせて取っ手を回す。3人いるとは言え、簡単には連結は外れない。体力も奪われる。前田もタブレットを柔道部員に預け、補助に回った。

 「せーのっ!せーのっ!せーのっ!…」

連結器のきしむような音が聞こえる。確実に力は入っているが、あと少しが厳しい。

 しかし、ガコンッ、という鈍い金属の音の後、てこを回す手が軽くなった。これは、と思い見てみると、連結器が外れていた。

 「連結外れました!」

指令室のモニターからもその様子は確認でき、驚きと称賛の声が上がった。三笠は織田に異常がないか確認をしたが、全く問題ないと聞いて安堵した。次の作戦に向けての確認をすべく、モニターの前から長机の方へと向かった。車両基地の方でも安堵の声が上がっていた。走行中の連結解除など前代未聞のことであり、かつ多くの人命が懸かっていたため、責任は重大であった。ひとまず非常ブレーキを作動させることなく切り離しができたことに安心はしたが、それでも同じく地下鉄に関わる者としては完全に気を緩めることはできないのであった。

 「解結機外します!」

4人は最後の力を振り絞って解結機を5号車側へ置いた。動力のない6号車はこのまま減速してゆくことになるが、車両間の隙間が空いて解結機が落ちてしまうと、それが原因で6号車が脱線する恐れがあったため、すぐに引き上げる必要があったのだ。

 三笠は解結機が取り外されたのを確認すると、織田に速度の向上を指示した。このまま6号車との距離を開けるのだ。

 「速度を120キロまで向上してください。」

 「...了解。でも...大丈夫ですか、そんなに速度を上げて...」

 「あくまでも一時的に、です。問題ありません。」

作戦の内容として事前に聞いてはいたし、今更そんなことを言っても意味がないとは思ってはいたが、織田は不安に思っていた。これまで何回も乗務してきたが、120キロも出すのは初めてである。ましてや地下鉄の線路は新幹線のようにいいわけではない。急なカーブもあれば分岐器も多くある。それでも、助かる可能性があるなら、とマスコンを一番手前まで倒した。


 「早く!早くこっちへ!」

前田たちは6号車に取り残された小崎を必死に呼んでいる。少し前まではそれほど大きくなかった車両間の隙間がどんどん開いてゆく。非常ブレーキが作動していないとはいえ、6号車も減速を始めている。

 「小崎さん!早く、飛んで!」

小崎は覚悟を決めて飛んで5号車へ移ろうと決めた。そのために助走をつけようと後ろに下がり、走りだそうとしたその時、鈍い金属音とともに大きな衝撃が6号車を襲った。強引に連結を解除したことで、部品の一部が損傷して落下したのだ。それが床下や車輪と接触して大きな衝撃を生んだ。小崎はバランスを崩し、前へ倒れそうになる。とっさに近くの手すりをつかみ、そのまま体を後ろへ倒した。

 そして小崎が起き上がったころにはすでに車両間の幅は2メートル程にまでなっていた。飛び移れるかできないかの際どい距離である。しかし少しでも足を踏み外せば線路に落下してしまう。かと言ってそのまま6号車に乗っていては、爆発に巻き込まれてしまう。

 この頃、指令所でも異変を察知していた。モニターに映しだされるはずの27Sからの映像が真っ暗になっていたのだ。というのも前田が持っていたタブレットを座席に放り出して小崎の救助を試みていたからである。

 「大丈夫ですかね、27S。」

指令員の一人が三笠に訊いた。これから6号車を本線から分離させるわけだが、その際には6号車に誰もいないことを確認するべきである。しかし、映像が映っていない以上、確認のしようがない。また、音声も走行音などでかき消され、はっきりと聞き取ることができない。

 「やるしかないでしょう。彼らならきっとうまくやってくれているはずです。」

三笠はとても不安に感じてはいたが、一度連結を切り離したものを再度連結することはできないため、計画をそのまま実行することと決めた。

 「3号転てつ機まで...あと...数秒ぐらい...」

6号車は東町駅を出た先の3号転てつ機で本線から車庫線の方へ進路を変える。三笠は時計を片手にポイント操作のタイミングをうかがっていた。

 「こちら27S、ただいま東町駅通過。間もなく3号転てつ機です!」

ちょうどその時織田からの連絡が入った。一気に緊張が高まる。モニターに映し出されていた西町車両基地の映像は東町車両基地のものに切り替わり、本線へつながるトンネルの出口の様子を写している。

 「小崎さん!!」

もう飛び移るのが危険な距離にまで6号車は離れてしまった。前の方を見ると、列車は左へカーブしている。もう分離地点の分岐器を列車は通過している。残された時間は数秒もない。今はただ、彼の名前を呼ぶことぐらいしかできなかった。小崎もなすすべなく、ただ前田たちを見ている。絶望感に満ちた表情をしていた。


 「3号転てつ機、操作!」

時計を見ていた顔を上げて三笠は指令員に指示を出した。転てつ機は三笠の指示通り5号車の通過直後に切り替わった。時折火花を散らしつつ分岐器を通過する列車に対して、6号車は本線から車庫線の方へ別れ、そのまま進んで行った。すぐに6号車の姿は見えなくなり、小崎はとうとう5号車側へ戻ってくることなく向こうへ行ってしまった。

 「こちら27S、3号転てつ機通過、列車に異常ありません。これより60キロまで減速します。」

 指令室に織田の連絡が入ると一同は脱線させることなく6号車の分離ができたことに安堵した。しかし、別れた6号車が地上まで上がってこれるか、ましてや誰か中にいる可能性が捨てきれない中で爆発させるのだから、不安に満ちた表情でモニターの映像を見ていた。

 その頃小崎は何をするべきかも分からず、呆然と立ち尽くしていた。視界の先にはトンネルの出口が見える。ふと乗務員室の方へ行き、速度計を見ると70キロを切ったところである。このままいけばトンネルの出口付近で50キロを下回って爆発するのだろう。三笠らの正確な計画に感心しつつ、自分に残された時間はほんの僅かであることを悟った。

 「まもなく6号車が出てきます!」

 指令室は静まり返っていた。ただモニターに映る東町車両基地の映像の音声のみがしている。数秒もしないうちに6号車が姿を現した。ちょうど車両の左側が見える角度である。

 そこからはすぐであった。6号車が完全に地上に出たその瞬間、轟音とともに爆発を起こした。車体は衝撃で浮き上がり、爆弾が取り付けられていた場所だったのか、乗務員室側は木っ端みじんになった。たちまち車体は大きな炎に包まれ、黒煙があたりに立ち込めた。指令所の映像も煙でよく見えなくなっている。

 一連の流れを見た後、三笠はすぐに27Sへ連絡した、

 「こちら輸送指令です。たった今、6号車が爆発しました。そちらに異常はないですか。」

 「そうですか...爆発...したんですね...」

三笠からの連絡に応じた前田は言葉を発するのもやっとであった。

 「何か...ありましたか?」

 「小崎さんが...6号車に...」

前田は涙ながらに言った。

 「まさか...そんな...」

三笠は最悪のシナリオになってしまったと確信した。受話器を持つ手に力が入らなくなり、手から滑り落ちてしまった。

 「どうしましたか?」

三笠の様子を心配した指令員が声をかけると、そこから何も言うことなく三笠はモニターへ向かった。

 「どこか、他の角度からの映像は!早く!」

三笠は取り乱した様子で指令員たちに映像を取り寄せるように頼んだ。モニターに映っているのは煙のみでまったく使い物にならない。

 「ありました!これなら右側が見えます!ただ、少し遠めからのものになりますが...」

 「なんでもいい!早くつなげて!」

するとモニターの映像は6号車の右側面を映した映像に切り替わった。風の向きもあってこの映像はそれほど煙に覆われていない。三笠は食い入るように映像を見た。もしかしたらどこかに小崎の姿があるかもしれない、と思ったのだ。あれだけ大規模な爆発なのだから助かるはずがないと思うのが当然かもしれないが、彼はそれを認めることができないのであった。

 「これだ!」

三笠は画面の右下の方に黒い影を見つけた。もしかすると、と思い、すぐさま車両基地へ連絡した。

 「人がいる!?本当ですか!」

 「そうです!早く救助を!」

 「そうしたいところですが...爆発が想定よりも大きいものだから消防隊も近づけないんですよ...」

 「だとしてもです!まだ助かるかもしれない!お願いします!」

口調を強めて、最後は叫ぶかのように懇願した。

 「指令長...」

指令員たちは普段の様子とは全く違う三笠の様子に困惑していた。まさか犠牲が出たのか...そんなことを思いつつ三笠を見ているのであった。


 「指令長...まさか...」

 「いや、信じない...信じない...」

三笠は車両基地との電話の前にいた。目を瞑り、机に肘を置き、祈るように手を組んでいた。

 東町車両基地では基地の所長が消防の指揮官に三笠が言った内容を伝えていた。

 「まさか...あの煙の中に人がいるんですか!?」

 「恐らく...ですので、救助隊を向かわせてください!」

 「わかりました。すぐに向かわせます。」

そういうとトランシーバーで部隊に指示を出した。そしてすぐに10人ほどで煙の中へ突き進んでいった。そのうちの数名はホースを持っており、水をかけながら捜索に当たるようだ。その後ろには消防車と救急車も続いている。

 指令所のモニターからも消防隊員たちの姿が確認できる。三笠は居ても立っても居られず、始終あたりを歩きまわっていた。

 現場では、隊員たちが小崎と思われる影にたどり着いた頃であった。

 「要救助者と思わしき影を発見、確認します!」

車両基地の消防本部の方に現場の隊員からの連絡が入った。本部のパソコンには隊員のボディカメラの映像が転送されて映し出されている。

 「あれって...」

所長はその黒い影を指さして言った。

 「人っぽくないですよね...」

ちょうどその頃隊員らからも連絡が入った。

 「先ほどの影はリュックサックでした。引き続き付近の捜索を続けます。」

本部からはため息が聞こえた。あの煙の中では隊員が危険さらされ、落ち着くまでは捜索中断、ということもなくはない。一刻も早く見つかってほしい、という思いとともに連絡を待っていた。

 指令所にもこのことは連絡が行った。三笠はそれでもなお歩きまわっていた。そんなはずはない、と何度も何度も周りに聞こえるか聞こえないかぐらいで口にしていた。

 「おい、あれって...」

現場の隊員が何かを発見した。煙の中でこれまた黒い影を発見したのだ。かすかに動いているようにも見える。

 「人らしき影を発見しました。確認します!」

隊員たちが近づいて確認すると、そこには確かに人の姿があった。

 「要救助者、発見!要救助者発見しました!!」

隊員らは喜びと緊張が入り混じった感情でいた。すぐに小崎の体を煙から遠ざけて安全な場所まで運んだ。そしてすぐに担架に乗せられ、救急車で搬送された。

 指令所では小崎発見の一報を受けて安堵の声が漏れた。しかし、三笠は未だ安堵できなかった。まだ生死を聞いていないのだ。たとえ発見されても、考えたくもないことだが、すでに息を引き取っている可能性も捨てきれない。すぐに車両基地の方へ連絡を取り、小崎の様子を確認した。そして帰ってきた返事は、今は救急車の車内で心臓マッサージを受けているとのことであった。先ほどとは一転、受話器を持つ手に力が入る。唇をかみしめ、眉間にはしわを寄せて、うなだれていた。


 この様子を指令所で見ていたのは三笠をはじめとした指令員たちだけではなかった。刑事たちも同時に見ていたのである。しかし、そこにいるのは数名ほどで、先ほどまでから大きく減っている。そう、大宮をはじめとした刑事の多くは社内の捜索に向かったのだ。

 27Sで物資の受け渡しや切り離しが行われている頃、大宮の姿は会社の社長室にあった。コン、コン、コン、と扉をたたくと、小林がまず出てきた。

 「どうも。向井社長はいらっしゃいますか。少しお伺いしたいことがあって。」

 「今は席を外されております。先ほど出ていきましたが。」

 「どちらに行かれたかわかりますか。」

 「いえ...すぐに戻るとは仰っていましたが...」

 「奥の資料庫を見せてもらえますか。」

 「しかし...社長の許可がありませんので...」

社長から言われているのかは分からないが、資料庫にはなかなか入れてもらえそうにない。とはいっても令状の発行を待っていてはその間に犯人が何をしてくるか分からない。とにかく早期に松本の話を裏付けるような証拠を入手しなければならないのだった。

 「この事件の解決につながる大事な資料があるかもしれないんです!ぜひお願いできませんか。」

小林は判断しかねていた。秘書として、社長の許可なしに部外者を入れるわけにいかないが、警察の頼みを断るのも難しかった。その時、向井が廊下を歩いてきて、大宮たちの前に立ちはだかった。

 「どうしましたか、そんなに大勢で。」

 「奥の資料庫を見せてもらえませんか。事件解決の重要な手掛かりがあるかもしれないんです。」

 「任意ですか?」

 「ええ。もちろん。」

 「ということなら、お断りさせていただいてもよろしいでしょうか。」

 「なぜです。」

 「あそこには社員の個人情報や企業秘密もありますからね。たとえ警察でも入れるわけにはいかないんですよ。」

向井は大宮らが資料庫に入るのを固く拒否した。入るなら令状を取ってこい、というスタンスである。大宮たちは一旦諦め、指令室の方へ戻っていった。部下に令状の発行を求めたが、早くても数時間はかかる。その間に証拠を隠蔽される可能性もあり、どうにかして即座に家宅捜索が行えないかと思案していた。

 大宮らが指令室に戻った時、そこは沈黙に包まれていた。ちょうど小崎が心臓マッサージを受けていると連絡が入った頃であった。ただ空調やFAXなどの音のみがしている。

 「何か...ありましたか。」

 「いや...その...小崎さんが爆発に巻き込まれて...」

指令員の一人が声を絞り出すようにして言った。

 「そんな...!じゃあ、彼は...」

 「今救急車に乗せられて心臓マッサージを受けています...かなり厳しい状況のようです...」

大宮はため息をつきながら椅子に腰かけた。より一層、この状況を打開する何か証拠をすぐに見つける必要が高まったように思えたのであった。


 指令所の沈黙を破るように一本の無線が入った。

 「こちら臨901、まもなく発車予定時刻ですが、発車して大丈夫でしょうか。」

まもなく救出号が乗客の救出に向けて東町駅を出発する時刻である。三笠はふと我に返り、これからの作戦の遂行もあることを思い出した。小崎の事が心配で、ショックでならないが、次の指示を出すべく受話器を手に取り、出発の指示を出した。

 「臨901、線路の確認は済んでいます。定時発車願います。」

前とは打って変わって全く元気のない声である。初めに救出号に西町車両基地からの出庫を指示した時とは大違いであった。

 「臨901、了解です。」

救出号の運転士、古田幸一は戸惑っていた。指令の指示をもらったのだから発車するのに問題はないが、あの声を聞いて不安になったのだ。まだ彼らは小崎の件について知らされていないため、三笠の声の変わりようが気になったのであった。

 やがて、出発予定時刻の12時15分になった。古田は一連の確認を終えたのち、東町駅を出発した。3号転てつ機も通過し、速度を向上させていった。

 「臨901、まもなく27Sに追いつきます。」

 沈黙に包まれていた指令所もこの頃には再び喧騒が戻っていた。救出計画が始まった今、いつまでもうなだれてはいられないのであった。三笠も指令長として忙しく動き回っている。

 「臨901に減速を指示してください。地下鉄線内を出るまでは、双方60キロで前後1000メートルを確保させてください。」

三笠の指示により、指令員がすぐに救出号への連絡を入れた。時速80キロで走行していた列車は60キロにまで減速し、両列車の距離は指令所の方で調整した。

この先救出号は北中部鉄道線に乗り入れしたのちに27Sの乗客の救出活動を行うことになっている。小崎のことが頭をよぎるたびに気力を失いそうになるが、彼の無事を信じて三笠をはじめ、皆活動していた。


 その時、指令所に電話がかかって来た。

 「犯人からと思われます!」

 「逆探知の用意を!」

刑事らはすぐに体制を整え、三笠に受話器を渡した。

 「...はい、三笠です。」

 「走行中に車両を切り離すとは中々なことをしましたね。確かに6号車の爆弾は爆発したでしょう。どうです、そろそろ公表してもいいんじゃないですか。」

ニュースでも6号車の爆発はすでに伝えられていた。三笠は犯人への怒りを抑えきれそうになかった。何か言いたそうに口を動かすも声にならない。その唇は小刻みに震えている。

 「社長に伝えておいてください。人命よりも会社を優先するのか、と。」

鈴木の語り口は冷徹である。三笠は、彼の罪のない乗客たちを巻き込んだ挙句、彼らの命など全く考えていないような態度に沸々と湧き上がる怒りを感じた。その怒りが爆発するすんでのところで、大宮が受話器を三笠の手から抜き、鈴木との電話を代わった。

 「警視庁の大宮だ。もう我々はあなたの言う秘密にたどり着こうとしている。その確証が得られるのも時間の問題だ。どうだ、爆弾の外し方を教えてくれはしないか。今もあの列車の中では多くの乗客が恐怖を感じている。そして生死の境をさまよっている人もいる。我々は絶対にその秘密の公表を約束する。そして身代金5000万の用意もできている。いつでもそちらの頼みには応じられる。」

 「そうか。じゃあ、まずは一刻も早く社長自らが会見を開くことだな。それが解決への最も早い道筋だろう。」

 「わかった。それで、爆弾の外し方は教えてくれるか。」

 「考えておく。」

この言葉を最後に電話は切れた。結局爆弾の解除方法については知ることができなかった。犯人からは社長の会見を要求されたが、それも一筋縄ではいかない。まだ資料庫にあると思われる証拠にさえ手が届いていないのだ。そんな中で社長に本当のことを自白させるのはかなり難しいと思われた。

 その時、三笠が大宮の横へやってきた。目には涙が浮かんでいる。

 「どうして...どうして電話を取ったんですか。私から犯人に言ってやりたかった...」

 「こんなときに感情的になったって意味がない。どうせ犯人が愉快に思うだけでしょう。部外者が言うのも難ですが、あなたは少し休んだ方がいい。その...小崎さんの事もあるでしょうから。」

副所長の渡辺も、しばらくは自分が代わりに務めるので休んだ方がいい、と言っていた。しかし、三笠は、指令長として最後までやり遂げる責任がある、といってとどまり続けた。どうやら彼の怒りも大宮のおかげでやや冷めたようである。そして、周囲に聞こえるか聞こえないかの声で、自分に言い聞かせるように言った。

 「そうだ。取り乱している場合ではない。まだ乗客の救出も終わってないんだ。気を抜くことなく頑張らねば。」

そして顔を上げて指令員たちに向かっても言った。

 「皆さん、情けないところをお見せしてすみませんでした。これからも、ここにいる全員で、最後までやり遂げましょう!」

その声は先ほどまでとは真逆の、よく通る声であった。指令員たちも、ハイ、と返事をした後、各々の役割を再認識したのであった。


 「そんな...まさか小崎さんが...」

 前田は織田に小崎の事を説明していた。織田もそのことにショックを隠しきれていなかった。

 「それで、小崎さんは...」

 「病院に運ばれています。心臓マッサージが必要だったそうです。」

 「じゃあ...」

 「いや、たぶん大丈夫だと思います。きっと...」

やはり彼らもただ無事を祈ることしかできなかった。織田はいまにも涙を流しそうであったが、前を見ていなくてはならないため、すぐに拭った。しかし、拭っても拭っても涙は止まることはなかった。

 指令所では刑事たちが慌ただしく動いていた。どうやら犯人の身元が割れたとのことである。というのも、はじめの爆破が起きた南町車両基地の入り口近くに落ちていたタバコから指紋が検出され、データベースと照合したところ、前歴が確認されたのだ。

 「名前は鈴木裕作。以前に中央地下鉄本社前での業務妨害行為で逮捕されている。このことからも鈴木を重要参考人として聴取したい。現在の居場所など分かったらすぐに知らせてくれ。」

大宮は刑事たちに各所の捜査を命じた。すでに机の上には聴取記録の資料などが置かれている。大宮は今一度それを読み返し、今回の事件につながる重要な証言がないかなど調べていた。そんな折、松本が大宮のもとへやってきた。

 「あの...これをどうぞ。今取ってきました。」

 「え...これは...」

 「資料庫の鍵です。私なら社長室に入れますから。社長がいない隙をついて持ってきてしまいました。」

 「ありがとうございます!これで捜査に大きな進展が訪れること間違いなしです!」

大宮はその鍵を両手で丁寧に受け取った。すると松本が続けて言った。

 「実は、資料庫には社長室側以外にもう一つ入口があるんです。そこから入ればいいと思います。」

大宮は何度もお礼を述べた後、刑事たちを引き連れてその入り口に向かった。

 松本に教えられたとおりに廊下を進むと、確かにそこには扉があった。辺りは薄暗く、何も言われていなければただ通り過ぎてしまうような所のさらに奥にあった。そして松本から渡された鍵を使って中へ入った。刑事たちは懐中電灯を手にしてそれぞれの棚を見て回った。棚には分厚いファイルがいくつも置かれ、埃が積もっている物もある。その時、刑事の一人がおかしな点を発見した。

 「ここ、変じゃないですか?埃がここだけなくなってます。」

見ると、棚にはファイルが一つ抜かれたぐらいの空間があり、その部分だけ埃がなくなっている。ファイルを引き抜く際に埃も一緒に落ちてしまったのだろう。近くのファイルを見ると、地下鉄の工事に関するものであった。時期も松本の話の頃と一致している。抜き取られたファイルも同様の内容のものと見ていいだろう。大宮は事故との関係が深いと思われる資料を回収するように言って、さらに奥へ行った。抜き取られたファイルはどこへ行ったのか、もしかすると向井が隠蔽工作を図っていっるかもしれない。一刻も早くそのファイルを見つけ出す必要があった。


 大宮はそのまま社長室側のドアへ向かった。そのドアには窓がついており、そこから社長室の中の様子がうかがえる。誰にも気づかれぬよう、そっと部屋の中を見ると、そこには向井がいた。そして分厚いファイルを広げて、その中からホチキスで留められた資料を取り出した。これを見るとすぐに大宮は電話をかけた。実は、社長室の前にまた別の刑事たちを待機させていたのだ。彼らは中に入るよう電話で指示を受けると、社長室にノックもせずに入った。

 「なんです!急に押しかけてきて。」

 向井は驚いた様子で言った。とっさにファイルを閉じ、その上に腕を乗せた。

 「今見ていたファイルをこちらにも見せていただけませんか。この事態の打破につながる重要なものかもしれません。」

 「いや、何を言っているんですか。関係のないものですよ。これは社員の個人情報に関わるものですので、たとえ警察の方であってもお見せできません。」

 「関係ないならいいじゃないですか。外部に漏らすようなことも絶対にしませんし。」

 「情報と言うのはどこから漏れるか分かりません。あなた方以外の所から漏れる可能性だってある。私は社員の安全を第一に考えていますから。あと、こんな問答をさっきもやった気がするのですが。」

そう言うと向井はおもむろにファイルの中から例の資料を取り出し、そばにあったシュレッダーにかけようとした。刑事たちも、あっ、と声を上げ、止めに入ろうとした。その時、大宮がドアを開けて駆け込んできた。そして向井の腕をつかみ、シュレッダーの電源も落とした。

 「何するんですか!大体あなたどこから...まさか、勝手に入ったんじゃないでしょうね!」

突然の出来事に向井は動転していた。

 「勝手に入ったわけではありませんよ。ちゃんと許可を取りました。」

 「いったい誰から...」

 「今はいいじゃないですか。それよりもその机の上にあるファイル、『東町線建設工事における事故報告書』ですか。我々にも見せてくれませんかね。おそらく非常に重要な手掛かりになることでしょう。」

 「何なんだあんた達!だったら読んで行け!」

向井はついに我慢の限界を迎え、大宮の腕を振り払い、そしてファイルを刑事たちの方へ飛ばした。すると大宮は一瞬だけ笑い、再度向井の腕をつかんだ。

 「今のはダメですね。腕を強く振り払い、そしてファイルを投げつけるとは。あなたを公務執行妨害で逮捕します。」

向井の手首には手錠がはめられた。向井は驚き、かつ納得のいかない様子で抗議していた。それでも刑事たちによって社長室から連れ出され、指令室近くの会議室へ一旦連れていかれた。

 「こんなやり方が認められるのか!すぐにでも弁護士を呼んでやる!」

向井はひどく激昂していた。しかし彼が弁護士を呼んでいる間にも捜査は続き、そしてこれまでにないほどの進展を遂げていた。松本の証言は確かなものとなり、鈴木の求める「秘密」というのも明らかになってきた。ただ、今回は多少強引な手段を用いたため、弁護士に来られると、そこを追及されて証拠として認められない可能性もある。なるべく早期に真相を突き止める必要があったのだ。


 三笠は神田に連絡をしていた。

 「まもなく27Sが北中部鉄道線に乗り入れます。そちらで乗客の救出活動も行う予定です。ご迷惑をおかけして本当に申し訳ないです。」

 「いえ、こうしてお役に立ててよかったです。困ったときは助け合いが大事ですからね。」

 「本当にありがとうございます。」

 「連絡線の整備も完了していますので、いつでも大丈夫です。」

三笠は北中部鉄道のスピーディーかつ丁寧な対応に心から感謝した。もし彼らの協力を得られていなければ、乗客の救出はできなかったかもしれない。電光表示板で27Sの位置を確認すると那珂谷駅を通過したころである。次の次の駅が北旭町駅で、その先に連絡線へと分岐するポイントがある。三笠は北旭町駅の駅長や北中部鉄道の北東車両基地へ連絡をし、27Sに関する情報の伝達をした。

 前田は乗客にアナウンスをしていた。

 「まもなく乗客の救出活動が開始します。すでに後ろから救援列車が来ています。救出活動が開始しましたら、落ち着いて、乗務員の指示に従って行動してください。また、それに当たり北中部鉄道線の方へ転線します。それほど大きな揺れは予想されませんが、念のため座席に着席し、お立ちのお客様は手すりなどにしっかりとつかまってください。」

 前田は運転室にいた。そこで織田に小崎の事を説明していた。アナウンスを終えると、前田は車内の見回りもかねて、5号車の方へ向かった。4号車後方の貫通路は規制線が張られ、一般客は入れないようになっている。それをくぐって5号車へ行った。佐々木たちも着席している。前田はそのまま後方へ行き、流れ去ってゆく天井の蛍光灯を見ていた。前方を振り返ると、車内が駅の光に照らされている。ちょうど旭町駅を通過する頃である。彼はそのまま優先席へ腰かけた。やはり小崎の事を乗り越えるのは不可能なようだ。そして流れる蛍光灯を再び眺め始めた。

 しばらくして北旭町駅に接近してきた。指令所では三笠と神田が最後の確認をしていた。それがひと段落すると、すぐに無線を取り、織田へ連絡した。

 「こちら輸送指令です。まもなく北中部鉄道線への乗り入れですが、業務用の携帯を準備しておいてください。私からも指示をしますが、主に向こうの指令長の神田さんからの指示を受けることとなると思います。」

北中部鉄道の方へ乗り入れると、地下鉄の無線は使えなくなる。そのため、今後の連絡も円滑に進められるよう、携帯電話を介して連絡を取り合うこととしたのだ。織田はバッグから携帯電話を取り出し、地下鉄、北中部鉄道の双方の輸送指令とのグループ通話に参加した。

 列車は北旭町駅を通過している。駅にはやはり誰もいない。駅員がただ立っているのみである。そしてその先には分岐器も確認できた。進行方向左側へ分岐している。そして列車は速度60キロを維持して連絡線へ入った。西町の連絡線に比べればそれほどではないが、60キロで、カーブを曲がるのだから遠心力を強く感じる。相変わらず車輪とレールのこすれる音が響く。左カーブを抜けるとしばらく直線区間、そして右カーブへと続いた。そのカーブも抜けると、前方が白く光っている。ついに地上への出口が見えてきたのだ。列車は上り坂を駆けあがってゆく。白い光はどんどん大きくなっていき、やがて視界のすべてが白くなった。

 ついに地上へ出たのだ。

 織田は目をこすって目を慣らし、辺りを見た。左手には北中部鉄道の北東車両基地が見える。多くの車両が止まっている。27Sの乗り入れに際してここへ退避してきたのだろう。先の方には本線へ合流する線路がある。

 列車は次のステージへと止まることなく走行しているのであった。


これにて「地下鉄大爆破 中央地下鉄南北線編」はお終いです。ここまでいかがでしたでしょうか。


次からは「地下鉄大爆破 北中部鉄道編」になります。こちらも読んでいただけると嬉しいです。


ここまで読んでくださりありがとうございました。


by SEKIREI

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