第二話 カオスなリハーサル
聖女様は真面目にやってます。
抵抗むなしく王都とやらに連れてこられた。マイクを持ったままだと邪魔だろうと取り上げられそうになったが、必死で死守。
これは私がアイドルとして活動してきた最後の記憶のよすがなのだ。涙目でマイクを抱きかかえる私に、さすがにやめてくれました。
それからやたら豪華な馬車に押し込まれ、パレードのように大通りを通りながら馬車の窓から手を振らされた私は、観衆から浴びせられる「歌姫様!」「救世主!」の歓声に笑顔を引きつらせていた。
ちょ、ちょっと待って!?私まだ状況理解してないんですけど!?
混乱状態のまま、たどり着いた先は、きらびやかな大神殿。
奥の大広間で待っていたのは……この国の本物の聖女リラ様。
菫色の瞳にストレートの腰までありそうなきれいな金髪。華奢なお人形さんみたいな美少女だ。
文字通り聖女様だ、この子。
神々しい衣をまとい、透き通るような微笑みを浮かべる彼女は、私を見るなりぱあっと顔を輝かせた。
「わたくしはこの神聖オルカティア国の聖女、リラと申します。異世界からの歌姫様、お名前を教えていただけますか?」
「リラ。星宮リラ、です」
その瞬間、聖女様の笑顔が更にぱあっと輝いた。
「まあ…!歌姫様はわたくしと同じ名前だと神託を受けていましたが、本当にそうなのですね!なんてすばらしいのでしょう!」
「いや、たぶん偶然……」
って私の話聞いてないよ、聖女様。ぐいぐい距離詰めてくる。
近い、近いって!!
「星宮リラ様、どうかお願いです!神託には異世界よりの歌姫リラ、歌と舞で人々を魅了し鼓舞する、とありましたの!今ここでリラ様の歌と踊りを見せていただきたいのです!騎士たちは見たのでしょう?ずるいですわ!」
「ちょ、ちょっと待って!いやいやいや!まず神託って何!?私、ただの売れない地下アイドルですが!!」
「神託は神託ですわ。神からこの世界のためになるお言葉を頂くことです!!」
必死にマイクを抱えつつ後ずさる私。
聖女リラはまったく気にせず、にこにこ笑顔でさらに距離を詰める。
「このとても可愛らしい服で歌い踊るリラ様が見たいのです!どうか!ぜひ!!」
めっちゃくちゃな熱量で迫ってくるんだけど、聖女様。
その無邪気すぎる圧力に、私の心は完全に押し切られる。
「……えと、それじゃ、さっき歌ったのと同じやつを。白雪ドロップ最後のシングル、スターライトエコーです」
脳内で前奏を鳴らし、私はマイクを握りしめると真っすぐに前を見据えた。
アイドルたるもの、目の前の観客をまっすぐ見るべし。
脳内で曲を鳴らしながら、私は深呼吸して歌い始めた。
「──スターライトエコー、届けるよ!」
これは、私の、私たち白雪ドロップの最後のシングルだ。これが地元インディーズで最低10位以内に入らなければ解散だと通告され、結果は惨敗だった。
だから余計に私の未練を詰め込んだ曲になった。私はもっとアイドルを続けたかったのだから。
歌声とともに足元の空気がピリピリと震えるような感覚がある。
踊るたびに、聖女リラが目を輝かせて「キャーッ!」と声を上げ、後ろの騎士たちも剣先を光らせて、まるでサイリウムのようだ。
ああ、きれいだな……。
私はこんなにたくさんのサイリウムの光をステージから見たことはないけど、見たかったな、と思ってしまう。
「な、なんだこれ……!?」
「なんかめちゃくちゃ力が湧いてくるぞ……!?」
何だか騎士さんたちを光の粒子が包んでいる。
「これがリラ様の歌と踊りの力なのですわ!皆様、先ほど皆様が森でオークと戦った時もこのような奇跡に包まれたのでは?」
「そういえば……!」
「この歌を聞いたとき、力が湧いてきました!」
「オークたちを今までになく簡単に倒せました!」
「そう!それが歌姫リラ様のお力なのです!」
聖女様の力強い宣言に、周りの人たちが、おおっ!とかって感動してる。
え、まって。
ほんとに私の歌でそんな?
なんか昔、歌姫が歌うことで戦う人たちが強くなるってアニメがあったけどあんな感じ?
一曲歌い終わったところで、聖女様が手を組んで宣言する。
「歌姫リラ様が歌えば、兵は千人力!皆が希望を取り戻すのですわ!」
「いやいやいや!そんなチート設定、アニメの中だけでしょ!?てか、私アイドル活動五年でファン三人だったんですけど!?」
私のツッコミに、聖女様のボケが加速する。
「その、ファン、というのが何かは分かりませんが、その三人はきっととても強かったのでしょうね。きっと伝説の勇者様並みに」
「んなわけあるか!」
私が全力でツッコむと、騎士たちが神妙な顔でうなずいた。
「なるほど……伝説の勇者が三人ももう歌姫様の世界にはいる。だからこそ歌姫様はこの世界にいらっしゃったのか」
「では、我らも歌姫様の歌の力で勇者のように強くなれると!?」
「ちょ、待って待って!?勝手に話を広げないで!?」
すると聖女様が両手を打ち合わせたまま、ぱぁっとさらに笑顔を咲かせる。
「神託では、歌姫様がこの世界にも魔物と戦う大きな力を授けてくれるとありましたの!では、早速国王陛下にもリラ様の歌と踊りをお披露目しなくてはなりませんね!」
「いやだから話聞いて!?私、そんな偉い人に会うようなレベルのアイドルじゃないから!」
日本だと、しがない地下アイドルの一般人が一国の総理大臣とか大統領に会うようなもんでしょ!?ないないない!!
「ご安心ください、舞台は大神殿の大広間をご用意いたしますわ!」
「舞台!?コンサートするの!?」
「コンサートとは、歌姫様の歌と踊りの舞台のことですか?すばらしい響きですね」
「いや、だから!」
地下の箱しか知らない私になんてことを!大神殿ってここの建物でしょ!?この建物の大広間なんて、私からしたらアリーナクラスなんですが!
「大広間は五千人ほど収容できますわ!」
ほら、アリーナクラスだった!
「五千!?私の今までの動員、最高で20人だったんですけど!?」
「まあ!20というのは神々の聖数!やはり運命ですわ!」
「いやだから聖数とか知らないから!20人って友達の友達とかでかき集めたやつだから!」
必死に否定する私をよそに、聖女様は天真爛漫に声高に宣言する。
「さあ準備です!歌姫様の大神殿コンサートを!楽団にわたくしの名前で至急の連絡を。それから魔法庁にコンサートの照明に使う魔法の照明を含めた演出の手配を!それから王宮と、王都の有力貴族に至急の招集を!神の神託通り、我が国に歌姫様が降臨されたと連絡してください!!」
「いやいやいや!だから!なんでやる方向で決まってんの!」
この聖女様、人の話聞きゃしねえ……。いや、聖女様だけじゃなくてここにいる全員か。
……コンサートやることになっちゃった。
聖女様が大興奮で取り決めたんだけど、なんか……なんか……えらいことに。
「では、観客は王族とこの国の有力貴族とそのご家族、そして将軍様方も!それから、騎士たちも話を聞いて参加したいと各騎士隊から申し出がありましたので、警護も兼ねて許可いたしました」
「客層おかしいって!地下アイドルの現場はもっと庶民的で、フリードリンクにぬるいウーロン茶とかで……!」
「では、飲み物は神殿から特注で聖水を使った果実水を用意いたしますわ!」
「いやだからね……!」
「衣装はもちろん神殿の縫製部が全力を尽くしますわ。純白に金糸の豪華衣装を!歌姫様にふさわしい衣装を作らせていただきますわ!最低でも50着ほど!王都の一番人気の宝飾店も呼んで、衣装に合うものを用意させますわ!それに靴も!ちなみに今着ておられる衣装はどちらで作られたのですか?やはり、元の世界のリラ様専属のデザイナーとお針子が?」
「んなもんいるか!私の衣裳なんて、全部ネットフリマか、裁縫の得意な友達に格安で作ってもらったのばかりだよ!靴やアクセだって、格安店のセール品だし!」
地下アイドルの財布なんてそれが限界ですから!
って、全然聞いちゃいねえよ、この聖女様!
「……そうですわ、王都中に歌声を届けるため、魔導放送局にも依頼を!」
「歌声を放送!?それもうのど自慢じゃん!」
なんでこうなった。
私がこの世界に来て一週間。今日はリハーサルだ。
この一週間、聖女様が朝から晩まで私の部屋に突撃してきて、私のいた世界のアイドル事情を聞き取りしたり、衣装のデザインを山のように抱えてきたりしていた。聖女の仕事はどうしてんだ。
ファンと言う概念を説明するのが一番大変だった。
「えっとね、ファンっていうのは……好きになって応援してくれる人のこと。歌を聴いてダンスを見て『もっと見たい、聴きたい!』って思ってくれたり、ステージを見て『頑張れ!』って声を届けてくれる人たちのことなの」
「それはわたくしたちが神を信仰しているようなものですか?」
「似てる、けど、ちょっと違うかな。仲間、が一番近い感じかも」
「では信仰仲間、ということですね!」
「?う、うーん……そう、かな?」
一事が万事こんな感じで疲れ切った。ここは異世界、異世界……私の常識は通用しない……と自分に言い聞かせ続けた。
そんな中、明日は本番なんだけど、不安しかないんだが。
聖女様が手配した楽団はすごく高レベルで、私が口ずさんだメロディから、即楽譜を作り上げ、目の前で演奏された曲はカラオケ音源とは全然違ってた。
コンサートにはステージと言うものが必要だと話すと、大神殿の大広間の真ん中に、魔法を仕込んだ照明付き円形ステージを二日で作ってしまった。
私は今その円形ステージの真ん中にマイクを持って立っている。
まずは最初の曲を口ずさみながらステップを踏む。
すると。
ステージ下から光の粒子がふわっと舞い上がった!
「わ、わあ……ちょっと待って、何これ照明!?」
てか、これが魔法!?え、現実でやろうと思ったら、どんだけお金かかんの!?
聖女様が両手を大きく振り、「素晴らしい!リラ様、そのままもっと歌って!」と絶叫。
私は必死に「え、ちょ、待って!」とツッコミを入れるが、楽団も魔導照明もすでにフル稼働。
さらに騎士たちがステージ脇で剣を光らせ、まるでサイリウムを持っているかのように待機している。
しかも、曲に合わせて剣先がピカッと光るたび、光の衝撃波で舞台周囲の椅子が飛び跳ねる。
「うわっ!危ないって!何この戦闘仕様ステージ!?」
聖女様は全然危機感なく「素晴しいですわ!リラ様の歌の力で大広間が輝いていますわ!」と満面の笑み。
私ここで何かと戦うの!?
私の歌はただのアイドル曲だし、地下の箱でしか披露したことないんですけど!?
私の心のツッコミに追いつかないスピードで、剣先からの光?ビーム?が椅子をなぎ倒してしていく。
次に、騎士たちが応援用に剣を光らせるはずが、テンション上がりすぎて光の衝撃波を前方に放つ。舞台上の装飾が宙を舞い、ついでに私の靴が少し滑る。
「ちょっと待って!私、転ぶ!!」
聖女様は大喜びで「リラ様の舞いがステージに魔力を!これぞ伝説の歌姫アイドルのパフォーマンスですわ!」
いやいや、滑ってるだけだから!
ステージ上でけがは勘弁して!
しかも魔導照明が勝手に色を変えすぎて、途中で真っ赤に点灯。
「うわあ、なんか血の海みたいになってる!!」
騎士たちは戦闘モードに見えるし、私は地下アイドル史上最大級のパニック。
血の色の中で歌って踊るのって、なんかもう呪いの儀式では!?
私は深呼吸し、マイクを握りしめながら「──落ち着け、自分!」と心の中で叫ぶ。
リハーサルなのに、もう本番以上のカオスだ……。
騎士の皆さんの剣先からの光の衝撃波で椅子が飛びまくるたび、聖女様は拍手喝采。
「なんて素晴らしいパフォーマンス!リラ様、力がみなぎってきますわ!」
いやいやいや、拍手する前に床片付けてください!椅子、飛びすぎ!!危ないから!!明日、その椅子に国のお偉いさんたちが座るんでしょ!!
私、この世界で不敬罪とかになるの嫌だからね!!
次の瞬間、楽団の演奏者の女の子が「ひゃっ!」と叫び、舞台上に浮いた光の粒子に当たって転倒。
「きゃああ!?」
私はマイク片手に駆け寄ろうとするが、光の粒子が風のように舞い、私まで少し浮き上がる。
靴のつま先だけが地上に触れていて、体がワイヤーか何かで吊り下げられているような感じだ。ワイヤーなんて使ったことないけど。
「え、ちょっと!!歌うだけなのになんで飛ぶの!?」
さらに照明の魔法が暴走。色とりどりのライトがぐるぐる回転し、まるでディスコのような錯覚空間が大広間を支配する。
「ま、眩しい……!目が回る……!」
聖女様はその間も両手を大きく広げ、歓声を上げる。
「これぞリラ様の舞!輝きが人々の心を照らすのですわ!」
いやいいや、輝きどころじゃないでしょ、これ大惨事の一歩手前だよ!!
もはやリハーサルじゃない!命がけの体験型ライブ!!
私は深呼吸して、必死にツッコミを入れる。
「まって、私の歌、普通のアイドル曲だから!戦闘とか奇跡とか、オーバーすぎるから!」
でも聖女様や騎士たち、楽団は全員大真面目で頷きながら演奏を続ける。
……ああ、明日の本番、どうなるんだ私……。