第一話 人の話は聞きましょう
三話完結予定です
「本日は……ご来場、ありがとうございましたーっ!」
地下三階のライブハウス。
ぶっちゃけ閑古鳥。客席にいるのは、たった三人。しかも一人はスタッフ、もう一人は友達、残りの一人は通りすがりで入った酔っぱらい。
拍手の代わりに聞こえてくるのは、ビール瓶を置く音。ステージの上には私を含めて5人のメンバー。
そう、客席よりステージ上のメンバーのほうが多いのだ。
私は星宮リラ、22歳。アイドル歴五年。鳴かず飛ばずの地下アイドル活動のまま、ついに今日が“ラストライブ”。
ライブが終わり、私以外のメンバー、スタッフがいなくなる。
明りも落ちて暗いステージには私一人。
ここを降りたら、もう私はアイドルじゃなくなる。それがあまりにも寂しすぎて、どうしてもマイクを置けない。
ラストコンサートでマイクをステージに置いて引退した昭和の時代のTOPアイドルがいたっておばあちゃんに聞いたことあるけど、すごいなぁ。どうやってアイドルとしての自分を置いてきたんだろう。
せめてもう一曲歌いたい。
ステージにひとり立ち、マイクを握りしめて小さく歌い始める。
誰も聞いてない。でも歌って踊るのが楽しくて、今日が最後だと決まっていたのに、未練しかない。
その瞬間、足元の床がチカッと光った。いや、ステージライトじゃない。こんなところに配線はない。
「え、なにこれ……?」
思わず後ろに飛び退いた瞬間、床がずぶずぶと沈む。ステージの上で、私はまるでゼリーに落ちたみたいに吸い込まれていく。
「ちょ、待ってー!やだ、やめてー!私、こんな引退いやーっ!」
そして目を開けると──
見渡す限りの緑の森、しかも衣装はそのまま。マイクもってアイドル衣装で森の中。
「……ちょ、ちょっと待って。ここ、異世界じゃん!?」
木陰から、全身鎧の騎士が二人、剣を抜いてこちらを睨んでいた。
よく見れば、騎士が剣を向けているのは、豚に似た何かの生き物だった。
騎士たちが剣を構え、森の空気がピリッと張りつめる。
「ま、まさか、聖女様の神託の伝説の歌姫アイドルか!?」
……は? 誰ですかその伝説。
私は確かにアイドルだけど、この世界では断じてアイドルしてない。
「ま、まって、私も何が何だか……!」
「空が光って不思議な恰好をしたものが現れた!聖女様の神託された通りの出来事だ!」
まって、私をここに引きずり込んだ原因はその神託ってこと!?
騎士たちの後ろから同じような恰好をした人たちがぞろぞろと現れた。
騎士の集団と豚の集団に挟まれて、私は完全にパニックになっていた。
「え、えっと……こういう時は、たぶん歌うんだよね!?」
何故かそうしないといけない、という想いが沸き上がり、私はマイクを握り直し、ステップを踏む。ターンし、手を振る。自然と体が踊りだす。
音楽はない。私の脳内だけで流れる持ち歌のメロディが音源だ。
「レッツゴー! 皆、盛り上がっていくよーっ!」
するとどうだろう。騎士たちもモンスターも、なぜか動きを止め、じっとこちらを見ている。
「な、なんだこの……不思議な感じは!」
森のど真ん中、騎士と豚に囲まれて歌うなんて初めてだ。いやまあたぶん、こんな経験したアイドルいないだろうけどさ。
歌うごとに周囲の空気が震え、森の小枝が光る。踊ると、騎士の剣先がピカッと光り、攻撃が空を切る。
その攻撃にさくさく倒されていく豚に似た生き物。たぶんモンスターってやつ?
回転ジャンプで決めポーズをとると、斬撃の衝撃波が前衛にいる騎士の剣から出て、モンスターたちは思わず後ずさる。
そして歌を歌うと騎士たちの剣先が光り、その光が更にモンスターを切り裂いていく。
なんて一方的な。
歌い終わるころには戦いは終わり、私は騎士たちから崇拝のような瞳で見つめられていた。
「ええと……ありがとうございました。白雪ドロップの星宮リラです。名前だけでも憶えていってね」
ごく自然に体に染みついた挨拶が口から出ていた。すると、騎士たちがザワッと声を上げる。
「……リラ……!? 聖女様と同じお名前だ!」
「つまりこの方こそ、我らを導く歌姫にして救世主!」
「えっ、いやいやいや!私ただの地下アイドルなんですけど!?しかも引退したんですけど!?したくなかったけど!」
「引退……? 最後の戦い、という意味か!」
「やはり神託は真実だったのだ!」
「え、ちょっ……! だから違うってば!」
必死に否定する私をよそに、鎧の騎士たちは感極まった様子で剣を掲げる。
「さあ、リラ様を王都へ!」
「聖女様にお会い願おう!」
いや、だから……!!人の話を聞けええええええ!!!!!
二話は明日の夕方に投稿します。